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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

今週の「朝日俳壇」より(2020/8/2掲載)

     高山れおな選

○   大出水暮し丸ごと流れ行く  (西海市)前田一草

 首席。
 「<暮し丸ごと>というやや商業コピー的な言い回しがここではなんとも痛切」との、選者・高山れおな氏の寸評には感服せざるを得ません。


○   雲の峰衰へもまた凄まじき  (東京都)望月清彦

 次席。
 「それに見入る心、その時間」との、選者・高山れおな氏の寸評は、掲句の魅力の全てを言い尽しているものとと思われる。

○   離れつつ揚がり花火の重なれる  (大阪市)今井文雄

 三席。
 「大らかかつ繊細な写生だ」との、選者・高山れおな氏の寸評には、付け加える言葉もありません。



○   端居して人傷つけぬやう歪む  (船橋市)斉木直哉

 四席。
 「詠まれているのは、一種の消滅願望にちがいない」と迄も断言とは、さすがに高山れおな氏の寸評である。
      他所様を傷付けぬやう振る舞ひて己が心を歪むる勿れ


○   耳元に夏の湖置いて寝る  (下野市)久保田清

 八席。
 「寝苦しい真夏の夜を屋外から聞えて来る湖の音に耳を澄ませて眠る」といった趣旨の一句でありましょう。
 中七「夏の湖」の「夏の」は不要かと思われるが、「夏の」が在る事に因って<夏の句>になっているのである。
      芦ノ湖の水面涼しき夏の夜を黒き卵をあてにし飲まむ


○   不揃いのコップが並ぶ祭の夜  (越谷市)新井高四郎

 九席。
 「不揃いのコップが並ぶ」とは、いかにも埼玉県越谷市の「祭の夜」に相応しい光景である。
     不揃いのコップ幾つも並べ置き祭り見に来るお客に備ふ
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今週の「朝日俳壇」より(2020/8/2掲載)

     長谷川櫂選

○   球磨川の鮎も驚く豪雨かな  (鎌倉市)吉田和彦

 首席。
 「球磨川の鮎は一尺にもなる。下流の八代には鮎問屋もある」とは、選者・長谷川櫂氏の寸評である。
     球磨川の鮎も驚く商魂の逞しさ!鮎の老舗・より藤!


○  大陸の貨車の貨車の死骸にたかる蛆  (大阪市)今井文雄

 選者・長谷川櫂氏の寸評に拠ると、映画『人間の条件』の一場面であるとか?
      人間の生身にさへもたかるから死骸にたかるは当然である     

今週の「朝日俳壇」より(2020/8/2掲載)

     大串章選

○   岩魚釣る鱒二龍太のよき日かな

 去る七月十日は井伏鱒二忌であり、飯田龍太の誕生日であった。
 井伏鱒二は、平成五年七月十日に、荻窪自宅近くの東京衛生病院で肺炎のため死去。享年九十五歳。
 「翌々日の七月十二日に、天沼教会で密葬が行なわれ、龍太はこれに参列している」との事である。
 「井伏鱒二と飯田龍太との付き合いは深くて長く、釣り好きの井伏の川釣りには、飯田龍太がしばしば同行した」との事である。

『逸題』  井伏鱒二

     今宵は仲秋名月
     初恋を偲ぶ夜
     われら万障くりあわせ
     よしの屋で独り酒をのむ

     春さん蛸のぶつ切りをくれえ
     それも塩でくれえ
     酒はあついのがよい
     それから枝豆を一皿

     ああ 蛸のぶつ切りは臍みたいだ
     われら先づ腰かけに坐りなほし
     静かに酒をつぐ
     枝豆から湯気が立つ

     今宵は仲秋名月
     初恋を偲ぶ夜
     われら万障くりあわせ
     よしの屋で独り酒をのむ


『緑蔭』  井伏鱒二   

     池の水ぎはの立札に
     「この池に投石すべからず―当寺住職謹言」
     と書いてある

     ところが池に石を投げこむと
     どぶんといふ音がする
     もう一つ投げこむと
     どぶんといふ音がする
     何か薀蓄ありげな音ではないか
     もう一つ投げこむと
     これまた奥妙なる音ではないか

     もう一つ大きな石を投げこむと
     がらりと庫裏の障子をあけ
     「こら待て、くせもの」
     老僧が帯をしめながら
     おつとり刀の格好でとび出して来た


『寒夜母を思ふ』  井伏鱒二

     今日ふるさとの母者から
     ちよつといいものを送つて来た
     百両のカハセを送つて来た
     ひといきつけるといふものだらう

     ところが母者は手紙で申さるる
     お前このごろ横着に候
     これをしみじみ御覧ありたしと
     私の六つのときの写真を送って来た

     私は四十すぎたおやぢである
     古ぼけた写真に用はない
     私は夜ふけて原稿かくのが商売だ
     写真などよりドテラがいい

     私は着たきりの着たきり雀
     襟垢は首にひんやりとする
     それで机の前に坐るにも
     かうして前こごみに坐ります

     今宵は零下何度の寒さだらう
     ペンのインクも凍りついた
     鼻水ばかり流れ出る
     それでも詩を書く痩せ我慢

     母者は手紙で申さるる
     お前の痩せ我慢は無駄ごとだ
     小説など何の益にか相成るや
     田舎に帰れよと申さるる

     母者は性来ぐちつぽい
     私を横着者だと申さるる
     私に山をば愛せと申さるる
     土地をば愛せと申さるる
     祖先を崇めよと申さるる

     母者は性来しわんばう
     私に積立貯金せよと申さるる
     お祖師様を拝めと申さるる
     悲しきかなや母者びと


『紙凧』  井伏鱒二

     私の心の大空に舞ひあがる
     はるかなる紙凧 一つ
     舞ひあがれ舞ひあがれ
     私の心の大空たかく舞ひあがれ


○  白梅のあと紅梅の深空あり     飯田龍太
○  なにはともあれ山に雨山は春
○  千里より一里が遠き春の闇
○  黒服の春暑き列上野出づ
○  ふるさとの坂八方に春の嶺
○  入学児脱ぎちらしたる汗稚く
○  いきいきと三月生る雲の奥
○  春の鳶寄りわかれては高みつつ
○  夕されば春の雲みつ母の里
○  嶺暸かに初夏の市民ゆく
○  かたつむり甲斐も信濃も雨の中
○  抱く吾子も梅雨の重みといふべしや 
○  子の皿に塩ふる音もみどりの夜
○  どの子にも涼しく風の吹く日かな
○  炎天の巌の裸子やはらかし
○  毒茸月薄目して見てゐたり
○  黒揚羽九月の樹間透きとほり
○  鰯雲「馬鹿」も畑の餉に居たり
○  新米といふよろこびのかすかなり
○  母が割るかすかながらも林檎の音
○  亡き父の秋夜濡れたる机拭く
○  手が見えて父が落葉の山歩く
○  あをあをと年越す北のうしほかな
○  一月の川一月の谷の中
○  大寒の一戸もかくれなき故郷
○  亡きものはなし冬の星鎖をなせど
○  梅漬の種が真赤ぞ甲斐の冬
○  三伏の闇はるかより露のこゑ
○  元日の掌に鉄管の水ひびく
○  冬の雲生後三日の仔牛立つ
○  冬晴れのとある駅より印度人
○  冬深し巨船ひたすら南溟へ
○  冬耕の父母見下ろしに子が帰る
○  凍光や帰省す尿を大胆に
○  凧ひとつ浮かぶ小さな村の上
○  初夢のなかをわが身の遍路行
○  冬晴れのとある駅より印度人
○  ふるさとはひとりの咳のあとの闇
○  山河はや冬かがやきて位につけり


○   子は明日へ父は昨日へ草矢打つ  (京田辺市)加藤草児

 七席。

今週の「朝日俳壇」より(2020/8/2掲載)

     稲畑汀子選     

「照屋眞理子第三句集『猫も天使も』」を読む

○   陽炎に置かむと母を連れ出しぬ

○   蛇穴を出でて見知らぬ真昼かな

○   春風や猫にほのかな記憶力

○   点景に君置き五月出来上がる

○   夕焼がきれいとそれだけの電話

○   胸鰭のありし辺りに春愁   

○   猫じやらしわれに微かな尾の記憶

○   魑魅魍魎の昼は眠たし濃あぢさゐ

○   虹色の毛虫なら愛してくれますか

○   野遊びや前の世の尾を戦がせて

○   またの名は螢この世を夢と言ふ  

○   またの世の今は前の世天の川

○   尾の名残つばさの記憶裸かな

○   黒猫を入れて全き木下闇

○   サングラス月の窓辺に置いてやる

○   母刀自やさやかに子の名忘らるる

○   いつも見て乗らぬ列車や天の川

○   小鳥来るしづかに本の山崩れ

○   虫止んで声のまぼろし残りけり  

○   もうゐない先刻さつきのわたし流れ星

○   少年の躰よく寝る神の留守

○   その地名読めぬまま書く賀状かな

○   春昼の闇仕舞ひおく納戸かな

○   人間は神の過ち亀鳴けり

○   朧夜の人影となりひと歩む

○   古本に細き傍線春の雨

○   胸鰭のありし辺りに春愁

○   あをぞらへ首の冷たき桜かな

○   黴の世に逢ひて別れて人古ぶ

○   ものみなに影戻りくる今朝の秋

○   煮凝に透けて遥かな夕灯かり

○   雪が降る少女の中の少年に

○   母をらぬ日や綾取は紐のまま

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