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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

『見沼田圃の畔から摘み食い(詩歌句誌面・綴込附録)』  お笑ひの彼と涙の幾星霜!薹の立ちたる藤原紀香!

『題詠2009』への鳥羽省三の投稿作と投稿作への作者自身の注釈(+投稿作への鳥羽散歩の返歌)
                       2009-02-17

                       〔序〕
 文芸作品を彫琢に数年数月を要する彫刻に例えたのは評論家の某氏であるが、もしも短歌が文芸作品の範疇に入り得るものならば、そのような短歌(文芸の範疇に入る短歌)と、その短歌を電波に乗せて送らせ、その速さを競わせている如き「題詠2009」の企画とは明らかに矛盾する!
 そう思い、それを悪しとするならば、それに参加しなければ宜しいだけの話であるが、私はそれを格別悪しとも思わないし、そこに別の意義を見出せるとも思うので、ここに、この企画に参加させていただき、いち早く拙作百首の投稿を終えた。
 しかし、私の投稿作品の中には、碌々推敲しなかったが故の失敗作もあり、また、必ずしもそうとばかりも言えない作品もあるかと思う。
 そこで、この度、一に自己確認の為に、二に存在するかどうかも分らない拙作の鑑賞者の為に、「『題詠2009』への鳥羽省三の投稿作と作者自身による注釈」と題して、雑文を書き散らすことにした。
 短歌を書いて恥をかき、その弁解をしては恥をかく。
 近頃の私は、有り余る暇に任せて、ただ書きに書くばかりである。
 斯く書き掻く、文を書くのも「かく」と言い、恥を掻くのも「かく」と言う!
 いずれ「書き掻く」ものならば、在るか無きかの読者の皆様方への義理欠かぬよう、頭掻きつつ、四角い画面に我は斯く書く!
 ご期待あれ!

001:笑(鳥羽省三)
 あの憎いお笑い野郎にコマサレて何故に孕むか藤原紀香
 
 「題詠2009」の主催者の五十嵐きよみさんが加入している<goo>ブログには、投稿上の規則というものがあって、例えば、差別的な表現とか性的な表現を含んでいる記事は投稿できないのだと言う。
 現に、私が、<お題>「003:助」について詠んだ作品の初稿、「「助さんも格さんも居ぬ平成の我は天下の人工肛門」は、私が散々手を尽くしてトラックバックを試みても投稿先のブログの画面に一向に反映されず、結局、投稿を諦めざるを得なかった。
 察するに、この作品中の「人工肛門」という語が、差別的な表現または性的な表現に該当していると判断され、コンピューターから門前払いを食らわされたのであろう。
 こうした措置は、<goo>ブログが示した一つの見識であり良識であろうから、これをとやかく言うつもりは今の私には無い。
 むしろ逆に、たかが詠み棄て短歌一首の投稿のために、「人工肛門」などという、当事者にすれば絶対に眼にしたくない言葉を電波に乗せようとした、私自身の良識の無さを恥じるばかりである。
 そのことが明らかになった時、私は、「001:笑」のお題について投稿したはずの上掲の作品のことが心配になった。
 何故ならば、この作品中の「お笑い野郎・コマサレて・孕む」が、<goo>ブログの言う、差別的な表現、性的な表現に該当しているかも知れないし、この作品の内容自体が、一種の差別意識や性的劣情に基づいて作られていると判断されても致し方の無い側面を持っているからである。
 しかし、この作品は「題詠2009」の画面に間違いなく記録され、私の心配は杞憂に帰した。
 それはそれで良しとしても、そうした事態に直面して私は思うのである。
 それは、「お笑い野郎・コマサレて・孕む」が差別的な表現でも性的な表現でもなくて、「人工肛門」が差別的な表現もしくは性的な表現であると判断された<goo>ブログの基準とは、一体いかなるものか、ということである。
 そして、<お題>「003:助」についての私の作品、「助さんも格さんも居ぬ平成の我は天下の人工肛門」が、<goo>ブログには見事にはねつけられて、「題詠2009」への投稿作品として日の目を見なかったが、私の加入している<FC2>ブログには、格別な拒否反応も示されないで、ここにこうして記録され公開されているのは、一体、ブログ業界全体の、どんな基準及び協定に基づいてのことであろうか、ということである。
 この作品自体については、格別な解説は要さないとは思われるが、私はこれまで藤原紀香ネタの短歌を連発して来た。
 その中の比較的真面目なのを示せば、「身の丈があまりに高くこの僕に似合うはずなし!藤原紀香!」となるが、「あのお笑い野郎と離別した後の紀香となら、少しぐらいの身長の差を無視しても結婚したいな」などと言っているのは、勿論、作中主体としての<僕>であって、そうした無節操でチビな彼と現実の私・鳥羽省三とは一切関わりがありません!
     お笑ひの彼と離別し幾星霜!薹の立ちたる藤原紀香!


002:一日(鳥羽省三)
 一日に百万円も遣えたら友だちの友だちも友だち

 いささか旧聞に属するが、例の「<簡保の宿>の払い下げ拒否問題」で、一躍<男>を上げ、近頃元気の無い自民党議員の中で、異例の壮健振りを発揮している鳩山邦夫現総務相が、「私の友だちの友だちはアルカイダである」などと奇怪な発言をして<男>を下げたことがあり、また、それで<男>を下げたはずの鳩山邦夫氏が、何を隠そう「一日に百万円ずつ使っても、一生使い切れない大金持ち」である、という新聞報道がなされたことがあった。
 上掲の作品、「一日に百万円も遣えたら友だちの友だちも友だち」は、その鳩山邦夫氏のそうした一連の現行に取材して詠んだ、私の旧作である。
 現在の私は、一日に百万円どころか、その千分の一も使えないので、友だちらしい友だちはほとんど居ない。
 だが、その御蔭で、こんな素晴らしい短歌を創作できる余暇に恵まれているので、鳩山邦夫氏の金満ぶりを羨んでいる作品中の<わたし>と、この作品の作者である私とを等号で結ぶのはご勘弁願いたい!
     一ケ月三千円のお小遣い!ほんにせつなき年金暮らし!  鳥羽散歩

  
003:助(鳥羽省三)
 助さんにも格さんにも見限られ印籠持たず何処行く首相

 上述のような事情で、お題「003助」についての作品、「助さんも格さんも居ぬ平成の我は天下の人工肛門」の投稿を諦らめざるを得なかったので、その代りにと、ほんの数秒で作ったのがこの作品。
 「印籠持たずに何処行く首相」の「首相」とは、言うまでも無く、あの<未曾有>のお方を指すが、「助さん」「格さん」については、読者諸氏よ、それぞれ任意にお決めなされ。
     助さんの役でありしも腹中に逸物抱えた官房長官!  鳥羽散歩

 
004:ひだまり(鳥羽省三)
 ひだまりでひざげりをする児らの居て吾が教室の春まだ浅し

 初稿は、「ひだまりをひざげりなどと読み違い支持率落すな総理大臣」であったが、「003:助」に続いて、またもや<未曾有>ネタなので、急遽、上掲の作品に替えた!
 その間、ほんの十秒。
 作品中の<わ>≠作者の私。
 私のかつての勤務先は、ガリ勉コチコチの生徒ばかり居る受験校であったので、私は、こんな教室風景とは無縁であった。
 元・同僚の某教諭の話に拠ると、高校には、<受験校>と<事件校>との違いが在るそうだ!
     陽だまりで膝蹴りをする元気なく受験勉強してゐるばかり  鳥羽散歩

  
005:調(鳥羽省三)
 我が職は人事部付けの調査役!人は私を窓際と呼ぶ!

 恥ずかしながら、私は、池井戸潤氏の銀行小説の愛読者である。
 彼の小説には、必ず、上掲の作品の「我」のような人物が出て来て、悪巧みに長けた銀行幹部を退治する。
 初稿を以て投稿作としたが、「我がポストは人事部気付調査役 人は私を窓際と呼ぶ」と改めてもいいかな、とも思っている。
 いずれにしても、スピードだけが取り柄の<詠み捨て作品>に違いない。
      出向と云へば少しはカッコいい!でも実質は首切りなのだ!  鳥羽散歩


006:水玉(鳥羽省三)
 水玉のシャツ着て街を行くときは何故か弾けてステップを踏む

 この作品の創作には実質一時間を要した。
 いざ詠まんと身構えても、「水玉のシャツ」とか「水玉のエプロン」とかの月並みな語句しか思い浮かばなかったからである。
 結局は、その月並みの「水玉のシャツ」で詠い出すことになってしまったが、「水玉→弾ける→ステップ」の連想ゲームには、いささか自負するところがある。
 この一首を思いついた時には、「俺の脳味噌もそれほど腐れてはいないな」と思った。
     おさがりのトレーナーにて身繕ひ一週一度の餌の買い出し!  鳥羽散歩
 件のトレーナーは、愚息からの<おさがり>なるも、愚息との身長差・二十・cmは如何ともし難し!

 
007:ランチ(鳥羽省三)
 「ギャル曽根やランチ食うとき口開ける」 あいた口から蝿が飛び込む

 大食いネタのテレビ番組はほとんど視たことがない私であるが、ギャル曽根という見るも卑しき大食いタレントがいることぐらいは知っている。
 ところで、今は亡き俳人・西東三鬼に「広島や卵食ふとき口ひらく」という傑作がある。
 上掲の歌の初稿が出来た時、私は、あの卑しき食うだけタレントの醜態を詠むだけのために、私の尊敬する三鬼大先生の名句を下敷きに使うのはもったいない、と思った。
 その思いに殉じて、三鬼句の「口ひらく」を「口開ける」に変えた。
 「口ひらく」よりも「口開ける」の方が、ギャル曽根のギャル曽根振りが一層引き立つと思ったからでもある。
      ギャル曽根の干されて痩せて昨今はテレビ画面でお目に掛からず  鳥羽散歩
 

008:飾(鳥羽省三)
 神持たぬ我が窓にまで光(かげ)寄せて虚飾電飾聖しこの夜

 「題詠2009」のブログを開いて、「008:飾」という文字を目にした瞬間、私は、このお題には井上陽水ネタを使ってやろうと思い、そう思った瞬間、「<飾りじゃないのよ涙は>なんちゃって、泣いたふりしてダイヤねだるの」という一首が、ほとんど完成していた。
 でも、私にとってこそ井上陽水は天才であり神様であるが、「題詠2009」の参加者や読者にとって、今の彼は、NHKの語学番組に七光り出演している生意気な娘の馬鹿親に過ぎないのではないかと思った。
 その瞬間、私の胸には、ある別の思いが走り、初稿は結局棄てられる運命となった。
 私の胸(と言ったって、あの巨乳とか言う奴ではないよ、別に)に走った「ある別の思い」とは何か?
 それは、私には「008」のお題「飾」を使った作品のストックが在る事!
 しかも、将来、歌人・鳥羽省三の代表作と言われるかも知れない大傑作のストックが在る事である!
 去年のクリスマス頃の夜、この土地に転居して間もない私は、自宅近辺を徘徊した。
 すると、つい先日、「ドレス着て犬がおめかしせぬ代りをんな着膨れ冬のさいたま」と私に馬鹿にされたばかりの「さいたま市」の家々の外壁に、煌々と灯りが灯っているではないか? 
 何と驚いたことに、それはクリスマスの電飾なのだ!
 クリスマスの時季に民家の外壁が電飾で彩られる事は、横浜市内に二十年間も居住して居たから、視飽きる程にも視ていたのであるが、まさか、この<さいたま>で、寒風吹き荒ぶ冬になっても愛犬に胴巻き一つ買って与えられない人々ばかりが住む、この<ダさいたま>で、民家の外壁の電飾を拝めるとは思わなかった!
 しかも、濃厚な電飾で彩られた外壁で囲われた民家の中には、某宗教団体を集票源とした、あの政党の委員長様のポスターを貼っている家もあるのだ!
 私には、「虚飾」としか思われない「電飾」の「光」は、クリスチャンでも(一時代前ならこの後、<アグネスちゃんでも>と続けるのだが、あの方も、とうとう正確な日本語を話せないまま老境に入られてしまったから止めた)ない、私の仮寝の宿の窓辺にまで押し寄せて来て、ただでさえ寝不足の私を益々寝不足にさせたのであった!
 「虚飾・電飾・聖しこの夜」、このゴツゴツした語句の転がりが何と無く気に入った!
 「聖しこの夜」の「聖」は、あの某宗教団体の広告塔歌手を思い出させて少し嫌だけど!
 あんまり素敵だから、もう一度転がしてみようか!
 「虚飾・電飾・聖しこの夜」、ああ、ビリビリと来た!
 私、感電したのかしら? 
 寡聞にしてこの鳥羽省三、これ以上快調にして、意味有り気な「転がし」には、生まれてからこの方、出会ったことがない!などと、自分で言っていれば世話はないけど!
 でも、棄ててしまった、「飾りじゃないのよ涙は~~」もなかなかいいよ!
 誰か拾ってくれないかな!
 勿体ないから俺が拾っちゃお!
 ちゃおちゃおバンビーノだってば!
     「飾りじゃないのよ、涙は!」なんちゃって、お目目擦るな!ウイルス着くぞ!  鳥羽散歩


009:ふわふわ(鳥羽省三)
 「ふわふわと飛んで行ったりしないでね!お姑さんに叱られるから!」

 「ふわふわ」という、何と無く<ふわふわ>した擬態語に惑わされて、真面目に歌を作る気になれなかった。
 だから、あくまでも繋ぎとして即興で作った、この一首を仮投稿しておいた。
 「題詠2009」の開催期間は、私にとっては、気が遠くなるほど永いから、そのうちに本格的な作品を再投稿しよう、と思っている。
 一首の意は、「あなたー、お願いだから、こないだみたいに、ふわふわと何処かへ飛んで行ったりしないでね、お願いだから」「こないだなんか、大事な息子のあなたが居ないからって、わたし、お姑(かあ)さまからコテンコテンに叱られちゃった。あの婆ったら、自分が生んだ上等息子が家に居ないからって、他人のこの私を叱るのよ!いつもいつも!だから私、トサカに来ちゃった!」と、近ごろ認知症気味のダンナさまを、奥さまがお叱り遊ばしている図柄!
 そ・れ・だ・け!
    もつと高く打ち上げようよ「紙風船」!平山康代・後藤悦治郎!  鳥羽散歩


010:街(鳥羽省三)
 長春市大同大街ニッケビル父母の出会ひしオフィスありき
 
 初稿は、「新京市大同大街ニッケビル母を見初めし父のオフィス」であった!
 だが、いざ、投稿しようとしてトラックバックを試みたら、<goo>ブログのコンピューターめが門前払いを食らわした!
 中国がアメリカに対抗し得る程の経済力と軍事力を備えた昨今、旧満州に関わる地名を口にするのはタブーなのだろうか?
 それにしても、同じ業界に居ながら、五十嵐きよみさんが加入している<goo>ブログと、私の加入している<FC2>ブログとが歩調を合せていないのは何故か?
 作中主体の<わたし>が、作者の私と別人の架空の人物だから、作中の「父母」もまた架空の人物である!
 尤も、私の縁辺に日本毛織株式会社の社員が居たことは事実だが。
 でも、その事とこの事とは一切関係がありません!
 今の長春市、元の新京市の、今の人民大街、元の大同大街の「ニッケビル」には、設立当時の満映の事務所が置かれていた。
 そこで、このビルには、満映の理事長であった、あの甘粕正彦など、多数の著名な日本人が出入りしていたことが考えられるし、満映が撮った映画に出演した女優なども出入りしていたことが考えられる。
 そこで私は、掲出作品の背景として、それらの人物間の恋愛を想定した。
 例えば、甘粕正彦と李香蘭。
 そうなると、作品中の<わたし>は、甘粕正彦・李香蘭夫妻(内縁関係)の忘れ形見の子供ということになりましょう。
     新京市大同大街ニッケビル父と母とが出会ひし簗場!  鳥羽散歩  
     「蟹工船・小林多喜二・被服廠!」獣に劣る甘粕大尉!     
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『見沼田圃の畔から摘み食い(詩歌句誌面・綴込附録)』

〇  ドレス着て犬がおめかしせぬ代りをんな着膨れ冬のさいたま  鳥羽散歩    

 東京都の南側の隣県から北側の隣県の街に転居して間もない私は、この冬、現住地の愛犬家たちが、元の居住地の愛犬家たちとは異なって、冬になっても、ご自分の愛するお犬様たちに防寒用の衣裳を着せる様子が無いことに気づいて少し驚いた。
 そのことの是非は別のこととしての話である。
 昼前とは違って、少なからず風が吹き出して来たある午後、<見沼代用水東縁のサイクリングロード>に到る遊歩道を散歩中に、連れ立っていた家内にそのことを話したところ、常日頃は他人の悪口や辛口批評を嫌悪している家内が、その宗旨に変化を来たしたのか、「それもそうだが、その代り人間が、特に女性の厚着が目立つようだね」と仰せになられたのには、これまた吃驚。
 なるほど、なるほど。今日の散歩の途中、私達は、少なくとも十人以上の愛犬連れの女性に出会ったが、そのいずれもが、分厚いコートかジャケット風の衣装に身を固めていたし、それとは逆に、彼女らに牽かれた(或は、彼女らを牽いた)お犬様たちは、例外無しに、生まれたままのヌードスタイルであった。
 同じ東京隣県ながら北と南の違いのある、元の居住県の街の人々が、愛犬たちに防寒用の衣装を着せ始めたのはいつの頃からだろうか。
 彼ら、港・横浜育ちのお犬様たちは、今では寒さ避けというのを通り越して、それぞれ鹿鳴館の舞踏会に着て行く華麗なドレスのような衣装を着せ、これ見よがしに裸木並木の冬の歩道を闊歩しているのである。

   ドレス着て犬が舗道を闊歩する街の何処(いずこ)にコロナウイルス  鳥羽散歩

『見沼田圃の畔から摘み食い(詩歌句誌面・綴込附録)』

〇  老いぬれば朽木の洞に身を投げて命絶つとふ雀かなしも    鳥羽散歩

 終戦後間も無くのどさくさの最中に小学校に入った私の夢のひとつに<焼き鳥をたらふく食う>ということがあった。
 都会とは幾分事情が異なるが、北国の田舎町の住人である私たちは、年から年中お腹を空かしていて、その頃、町のあちこちに出来初めた一杯飲み屋の賑わいと、そのつまみの焼き鳥は、欠食児童の一人であった私の憧れであった。
 本当かどうかは知らないが、私の周囲の大人たちの話では、その焼き鳥の原料は、お寺や鎮守の杜などの老木に巣篭もっている雀だ、ということであった。
 また、私の遊び仲間の一人の某君の兄さんが、毎日空気銃を持って何処かに出掛けて行くのは、その焼き鳥の原料となる雀を狩るためで、彼は、自分が採って来た雀を飲み屋に卸した稼ぎで、十人近い家族の生活を支えているのだ、という噂もあった。
 それから長い年月が経って、あの頃よりはかなり大きくなった私の口にも焼き鳥と名づけられたものが入るようになった。
 その頃、いっぱしの給料取りとなった兄が、仕事帰りのお土産として、その頃、町のあちこちに目立ち始めた惣菜屋から、経木に包んだ焼き鳥を買い求めて帰宅するようになったからだ。
 でも、なんか違うのだ!
 今、私が口にしている焼き鳥は、その味も香りも、あの頃、私が憧れた<焼き鳥>とは、なんか違うのだ!
 ある日、その疑問を、成人に達して、たまには飲み屋にも行くようになっていた兄に率直にぶっつけてみた。
 兄曰く、「それはそうだよ。この頃、町の総菜屋で売っている焼き鳥は、本物の焼き鳥ではないからさ。本物の焼き鳥は雀の肉を焼いたもので、私が総菜屋で買ってくる焼き鳥は、鶏の肉や内臓を焼いたものだから」と。
 今になって思えば、あの時の兄のお話も、本当は真実ではないのだろう。
 雀と言えば、子供の頃に抱いた疑問の一つに、「雀の死に場所は何処だろうか?」というのがあった。
 日中は稲の穂にむれたり、電線に数珠繋ぎになって留まっていたりして、夕暮れになると、お寺の境内や鎮守の杜の老木に帰って来て、ちゅんちゅんじゅくじゅく一晩中鳴き止まず、私の町の人口の何百倍もいるはずの雀たちだが、その亡骸らしいものは絶えて見たことが無かったからだ。
 そこである日、この疑問を父に質してみた。
 父、応えて曰く、「雀たちの墓場は、奥山にある老木や朽木に空いている洞の中だ。こんなことを俺がなぜ覚えているかと言うと、俺がまだガキの頃、村の山にそれはそれは大きな橡の木があった。ところが、ある年の秋の台風で、その橡の木が真中から折れてしまい、それまで見えなかった巨大な洞が顔を出したのだ。そこで、俺たち悪ガキどもは、早速家から梯子を持って来て折れた木に登り、その洞を覗いてみた。すると、その洞の中には、雀の死体が何百何千と詰まっていて、獣の腐った匂いをあたり一面に撒き散らしていたのだ」と。
 明治半ば生まれの父は、私たち子供を喜ばせるために、よく現実にはあり得ないようなほら話をすることがあったから、今となっては、この話の真偽も判らない。でも、その頃の私にとって、年老いて餌を採ることも飛ぶことも出来なくなった雀たちが、己の亡骸を巨木の洞の中に隠して、天敵から守ろうとしたことが、とても哀れに思えてならなかったのである。

『見沼田圃の畔から摘み食い(詩歌句誌面・綴込附録)』

〇  ピラカンサの実のつぶつぶの黒みつつ有象無象のふかきつぶやき    
                                     小島ゆかり 『憂春』より

 「わだかまり言はんと来しにわが髪の雪をやさしく君は払へり」といった、凡そ、毒にも薬にもならないような歌を詠んでいた乙女も、年劫を経て薹が立って来ると、と斯かる小難しい歌を詠むのだ!
 とかく、時間の為す業は厄介で、女性という種族は恐ろしい!
 本歌は、「晩秋から冬にかけて、建売り戸建て住宅の玄関先辺りで、紅い小粒の実を無数に着け、<私たちだって紅よ!>と言わんばっかりに自己主張している、あのピラカンサ(ピラカンサス)の、つぶつぶの実を詠っている」のであるが、その盛りを詠わずに、「黒みつつ」ある状態を詠っているところに、この実に対する作者の気持ちの在り様が伺われて興味深い!
 下の句の「有象無象のふかきつぶやき」は、「ピラカンサの実のつぶつぶ」から感得された、作者自身の屈折した心情を比喩的にして具体的に述べたのでありましょう。
 カキ、ナンテン、ウメモドキ、ナナカマド、ゴゼンタチバナ、センリョウ、マンリョウ、ヤブコウジと、晩秋から冬にかけての庭面を紅く染める木の実や草の実は数多い!
 だが、それらの中でも、この歌の題材となったピラカンサは、その実の数が圧倒的に多く、しかも、その中心部に一粒一粒黒々として目立つ逸物を抱えている!
 その「実のつぶつぶの」数の多さと、そのお腹に抱えた黒々とした逸物の存在とは、本作の作者にとって、どうしようもなく耐え難く、気に掛かるのでありましょう!
 それも未だ秋口で、一粒一粒が真っ赤に輝いていた頃なら我慢出来たが、季節が深まり冬になり、黒い逸物を中心としたつぶつぶの実の全体が黒ずんで来ると、いよいよ我慢できなくなるのでありましょう!
 斯くして、.本作の作者には、その逸物を抱えた黒ずんだ実の一粒一粒に、自分の周囲や縁辺の人々の、そのまた縁辺の誰彼の人間像が感じられる。
 否、作者とは全く関わりのない人々の人間性さえも感じられる。
 「この有象無象めッ!ひとりひとり身を真っ赤に焦がして。そのくせ、そのちっちゃな身体のど真ん中に真っ黒な恥部を抱えやがって!それ見ろ!この頃、お前らは、身体全体が黒ずんで来たではないか!生意気にも、一人一人ぶつぶつ呟いているが、つぶつぶのお前らが何を言うのだ!何をぶつぶつと呟くのだ!お前らに何が解ると言うのだ!」と、作者は、その「ピランカサの実のつぶつぶ」を目前にして、言いたい放題の悪口を言い散らすのでありましょう!
 話がこれで終われば、本作の作者にとっても、本作を鑑賞する私にとっても、他人事として片付けることが出来て、それほど複雑な事ではなくなるのであるが、やがて作者の目には、その哀れで汚らしいつぶつふの実の一粒一粒が自分に見えて来る!
 鑑賞者の私の目にも、同じように見えて来る!
 し斯くして、本作の作者もその鑑賞者の私も、その「黒めいて」哀れな実に、屈折した愛情さえ感じるようになり、その前から離れられなくなるのでありましょう!
 凡百の歌人ちゃんなら、「ちっちゃくて可愛いね」とか言っちゃって、簡単に片付けてしまうかも知れない、あのピラカンサの実に「有象無象」を感じた作者は確かに才女だ!
 もしかしたら彼女こそ、<東路の奥の奥>から文学への憧れを抱いて上京した、昭和・平成の菅原孝標女なのかも知れない!
 下の句の「有象無象のふかきつぶやき」にも、十二分の説得力が感じられる。
 更に劫を積んで、あのご皇室の<歌会始の儀>とやらの撰者か召人になつた時の彼女の御歌が読みたい、と思うのは、必ずしも私の悪趣味とばかりは言えないだろう。

   月も出でで闇に暮れたる姨捨を何とて今宵は訪ね来つらむ    菅原孝標女

『見沼田圃の畔から摘み食い(詩歌句誌面・綴込附録)』

     穂村弘第一歌集『シンジケート』編(其の3)
                           2017年12月06日

○  フーガさえぎってうしろより抱けば黒鍵に指紋光る三月     穂村弘

 何は扠て置いて、本作の作者・ホムホムこと穂村弘が、意外にも、伝統を守り、先輩歌人たちに対する礼儀を失しない男、つまりは、ただの律儀な人間であることを、まず真っ先に愛読者の方々に申し上げなければなりません。
 即ち、本作は、一首全体を〈ひらがな書き〉にすれば、「ふーがさえ/ぎつてうしろよ/りだけばこ/つけんにしもん/ひかるさんがつ」と言うことになり、紛れもなく、古典和歌以来の短歌の約束事である、(五七五七七のリズムはともかくとして)三十一音の定形の範囲に収まって作品なのである。
 それなのにも関わらず、私たち読者がこの定形短歌を音読した場合に感得するリズムは、「フーガさえぎって→うしろより抱けば→黒鍵に指紋光る→三月」、乃至は「フーガさえぎって→うしろより抱けば→黒鍵に指紋→光る三月」という四句仕立ての衝撃的なリズムなのである。
 こうした、〈句割れ・句跨り〉を縦横無尽に用いた手法は、彼の塚本邦雄以来の前衛短歌的手法であり、我が国伝統の古典和歌的手法やアララギ仕込みの近代短歌的手法とは真っ向から対立するものでありましょう。
 ところで、作中主体や私たち読者の目前の「黒鍵」に歴々として記された「指紋」こそは、あろうことか、本来ならば中世社会のキリスト教会で演奏されるべき音楽、敬虔なる宗教音楽たる「フーガ」を遮って、美しき女性(もしかしたら‘むくつけきおのこ’なのかも知れませんが?)を「うしろより抱」き締めるという、野蛮にして果敢なる行為、落花狼藉の蛮行に対して、天地を司る神様から与えられた劫罰のシンボル。即ち、アングロサクソン等の毛むくじゃらにして厚顔無恥な種族ならまだしも、生まれながらにして礼節を弁えるべき日本男児なら、決して決して犯してはならない行為を犯してしまったことに対する、天帝からの炎だつ折檻の徴なのでありましょう。
 であるが故にこそ、件の「指紋」は、煌々として「光る」存在なのであり、かかるが故にこそ、本作の作者・ホムホムにとっては、弥生「三月」という季節は、永遠に輝かしく「光る」季節であらなければならないのでありましょう。
 本作は、歌人・穂村弘氏作の〈傑作百選〉にも選抜せられるべき秀作として、文芸を愛する日本国民、なかんずく、短歌ファンの脳裏に末永く記憶せられることでありましょう。

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