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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

古雑誌を読む(かりん・2018年4月号)

 短歌結社誌「かりん」に於いて、「馬場欄」と並んで作品欄(本欄)の一翼を担ってきたのは「岩田欄」である。
 その岩田欄のご本尊たる岩田正氏が、惜しまれつつも昨年十一月に黄泉路を辿る存在になってしまいましたので、その後を襲うべき存在は、当然のことながら「かりん」の編集人・坂井修一氏でありましょうから、それに伴ってその名称も「岩田欄」改め「坂井欄」になるだろう、と私は思っていたのでありましたが、未だに「岩田欄」のままなのである。
 しかし乍ら、他所目には「かりん」らしい保守性を示しているとも思われるそうした措置は、故人・岩田正氏の生前の歌壇での存在の重さや功績の大きさを考えてみると極めて当然の措置であり、故人岩田正氏の絶大なる功績を顕彰しての「岩田欄」は、「かりん」在る限り、永遠に存在するべきものと判断されます。
 就きましては、今回は、その「岩田欄」の永遠なる繁栄を祈念して、「岩田欄」所収作品の中から、佳作数首を選抜して、適わぬながらも鑑賞を試みてみたいと思います。

〇  春ふかく噴門あけて降りてゆくもうすぐ届く胃袋の底    (つくばみらい)坂井修一
〇  一生涯闇ならむこの胃のふくろ一年一度のカメラのひかり
〇  今年また血の斑点が映さるるこの斑点はいづこより来や
〇  口拭いて立つときふるふわれの胃よ血の斑点もダンスしたゐむ
〇  春菜入れ魚入れやがて桃入れて身震ひはじむ夜の胃袋
〇  全自動洗濯機かもわがからだスイングシテルプハプハペッポ

 「岩田欄」の冒頭に「胃袋」というタイトルの坂井修一作の連作六首が掲載されているが、これら六首は、恰も今は亡き岩田正氏の再臨を思わせるが如くにもユーモアセンス溢れた佳作群である。
  察するに、我が国の情報理工学界の権威者として知られている坂井修一博士は、例年通り、勤務先での健康診断を受診されたものと思われる。
 情報理工学界及び短歌界での彼の存在の重さを思えば、その結果は、私たちにとっても、とてもとてもとても心配なことではありますが、その結果たるや、ただ一点、胃カメラを通じて映された「胃袋の底」に、「今年また血の斑点」が映った以外には何一つ心配する必要がないような性質のものであったらしく、しかも、その「血の斑点」さえも「ダンスしてゐむ」と坂井博士ご自身が推測して御自らも小躍りしているくらいですから、私たち坂井修一短歌のファンも、この際は大いに喜んで、これからの坂井氏の、二股膏薬ならぬ二刀流的なご活躍、及び、氏のご健康とを祈念して祝杯を挙げるべきなのかも知れません。
 思うに、坂井修一氏は、恩師・岩田正先生亡き後の「かりん」のリーダーとして「岩田欄」をご継承なさった訳でありますが、ただ単に,、当欄を継承したばかりではなくて、併せて、岩田正氏一流の短歌スピリット、即ち、お臍がお茶を沸すが如き、ユーモア精神をもご継承になられたものと推測される。
    坂井氏の二刀流的ご活躍われらファンは期待してます   鳥羽散歩


〇  母の帯に細き銀扇さしこまれゐたりしことも夢のかなしさ   (市川)日高堯子
〇  くちなしに染めたる革の帯締めもわれのをとめを証してゐたり
〇  音のない夢うすあかり礼装の人らがながれ誰の祝言
〇  うかららの貌がしだいに鳥になる燕尾服の父痩せすぎなりき
〇  目をさましうちがいちばんいいといふ しなびた大根に小さな花さく

 上掲五首の作者・日高堯子氏は、1945年6月29日生まれとのことでありますから、既に古希を迎えたご高齢の歌人でありますが、それでも尚且つ御年にもめげず、ご自身のご婚礼の折りの夢なども見ているものと判断される。
 日高氏の結婚式当日に、氏のご母堂様がお召しになられた着物の「帯に細き銀扇さしこまれてゐたたりしことも夢のかなしさ」と一首目にありますが、もともと古希を五年も過ごしもになられた日高氏にとっては、夢を見る事自体が悲しむべき現象なのではありませんでしょうか?
 以下、掲載作品に用いられている語句を以って説明してみると、二首目には、「くちなしに染めたる革の帯締めもわれのをとめを証してゐたりは」とありますが、その「くちなしに染めたる革の帯締め」を着用した「をとめ」であったところの日高氏が、今となっては明日明日、古希を迎えようとしているのでありますから、歳月の流れは、ほんとにほんとにほんとに速いものですね!
 三首目に見られる「祝言」を述べられた方が「誰」であったは、今の日高には「記憶にございません」といったところでありましょうか?
 当夜見た夢の中に登場する「うかららの貌がしだいに鳥になる」のも、また、その鳥に似せた「燕尾服の父」が「痩せすぎ」であったのも、今の日高氏にとっても、あまりにもあまりにも悲しい事でありますれば、日高氏自らが、いみじくも「目をさましうちがいちばんいい」と」仰るのも、真に当然の事だと私は判断します。
 斯く申す私や日高氏のみならず、私たち人間とっては、やっぱり「しなびた大根に小さな花さく」家が、最も宜しいのではありませんか!
 文句なしの傑作です。


〇  われ一人のゆふべに鮟鱇買ひて来ぬその肝、軟骨、しどけなき皮   (千葉)川野里子
〇  水圧にとろりと潰れて生きてきし日本人のやう黒き鮟鱇
〇  母死にて友死にてわれは生き残り旨味増したる肝和へつくる
〇  生き残る姑のいのちはやはらかく鮟鱇好むを隠してをりぬ
〇  酒少々、みりん少々、わがために墓穴のやうなどぶ汁つくる
〇  わたつみよはらわたといふ海かかへわれは鮟鱇呑み込むいのち
〇  ごくまれに海鳥を襲ひ呑むといふ鮟鱇といふ阿鼻叫喚が

 現在歌壇切っての論客として知られた、川野里子氏の連作七首は、「母死にて友死にて」の後、「生き残る姑のいのちはやはらかく」なり果ててしまい、「われ一人のゆふべに鮟鱇買ひて来」て、その「鮟鱇」の「肝、軟骨、しどけなき皮」までも、余すところなく「呑み込むいのち」たる川野里子氏の生活と生活信条が語られている傑作群ではありますが、彼女の昨今のそうした生活たるや、まさしくも「阿鼻叫喚」そのものではありませんか!
 是を目にしては、さすがの私も、「女性とはなんと恐ろしい種族なんでありましょう!私は今後一切、金輪際、女性相手のセクハラ紛いの仕打ちはせぬように覚悟を決めた」次第でありました。
 坂井氏作、日高氏作、川野氏作、いずれ劣らぬ傑作として鑑賞させていただきました。 
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「斎藤茂吉作『白き山』抄・そのⅡ」(鳥羽散歩選)

(396)短歌ほろべ短歌ほろべといふ聲す明治末期のごとくひびきて

(398)黑どりの鴉が啼けばおのづからほかの鳥啼く春とはなりぬ

(399)三月の空をおもひて居りたるが三月になり雪ぞみだるる

(410)鎌倉に梅さきたりと告げ來しをしばらく吾はおもひつつ居り

(418)名残とはかくのごときか鹽からき魚の眼玉をねぶり居りける

(421)遠く去りし物のごとくにおもほゆる明治時代の單舎利別も

(426)やうやくに病は癒えて最上川の寒の鮒食むもえにしとぞせむ

(428)道のべに蓖麻の花咲何か罪ふかき感じのごとく

(429)やまひより癒えたる吾はこころ樂し晝ふけにして紺の最上川

(437)ふかぶかと雪とざしたるこの町に思ひ出ししごとく「永靈」かへる

(447)みそさざいひそむが如く家ちかく來るのみにして雪つもりけり

(448)かん高く「退避!」と呼ぶ女のこゑおおいしだにてわが夢のなか

(454)オリーブのあぶらの如き悲しみを彼の使徒もつねに持ちてゐたりや

(455)交媾に必ず關はりし女殺しよ新時代といふひびきかなしく

(464)最上川の流のうへに浮びゆけ行方なきわれのこころの貧困

(469)晩餐ののち鐵瓶の湯のたぎり十時ごろまで音してゐたり

(477)外套のまま部屋なかに立ちにけり財申告のことをおもへる

(519)つつましきものにもあるかけむるごと最上川に降る三月のあめ

(547)遠き過去になりし心地すをさな等もたたかひ遊することがなく

(552)いたきまでかがやく春の日光に蛙がひとつ息づきてゐる

(554)瑠璃いろに光る昆蟲いづるまで最上川べの春たけむとす

(588)春彼岸に吾はもちひをあぶりけり餅は見てゐるうちにふくるる

(589)人は餅のみにて生くるものに非ず漢譯聖書はかくもつたへぬ

(591)雪しろき裾野の斷片見ゆるのみ四月一日鳥海くもる

(593)はるかなる源をもつ最上川波たかぶりていま海に入る

(641)すゑ風呂をあがりてくれば日は暮れてすぐ目のまへに牛藁を食む

(672)小國川宮城ざかひゆ流れきて川瀬川瀬に河鹿鳴かしむ

(693)菅江眞澄便器持参の旅せしといふをし聞けばわれも老びと

(694)年老いて吾來りけりふかぶかと八郎潟に梅雨の降るころ

(702)白魚の生けるがままを善し善しと食ひつつゐたり手づかみにして

(745)最上川あかくにごれるきのふけふ岸べの道をわが歩みをり

(746)わが心あはれなりけり郭公もつひに來啼かぬころとしなりて
    
(747)角砂糖ひとつ女童に與へたり郵便物もて來し褒美のつもり

(754)茂山の葉山の中腹とおもほゆる高き部落を次年子とぞいふ 
 
(757)自動車のはじめて通るよろこびをこの部落びと聲にあげたり

(758)高はらの村の人々酒もりす凱旋したる時のごとくに

(759)黒鶫のこゑも聞こえずなりゆきて最上川のうへの八月のあめ

(764)松葉牡丹のすでに實となるころほひを野分に似たる風ふきとほる

(769)水ひける最上川べの石垣に韮の花さく夏もをはりと

(774)湯を浴みてゐねむとぞするこの部屋に蚤も少なくなりてゐたりき

(775)あかつきのいまだくらきに物負ひて山越えきたる女ら好しも

(787)赤とんぼ吾のかうべに止まりきと東京にゆかば思いづらむ

(797)栗の實もおちつくしたるこの山に一時を居てわれ去らむとす

(806)下の山は今の本町三丁目不玉のあとといへば戀しも

(807)ここに至りて最終の最上川わたつみの中にそぞぐを見たり

(818)秋すでに深まむとする象潟に來てさにづらふ少女を見たり

(820)あかあかと鳥海山の火を吹きし享和元年われはおもほゆ

(821)めざむればあかあかと光かがやきて日本海の有明の月

(824)冬來むとこのあかときの海中に湧きたる浪はしづまり兼ねつ

(825)時雨かぜ遠く吹きしきこごりこごり飛びあがりたる日本海の浪

(827)湯田川に來りてみれば心なごむ柿の葉あかく色づきそめて

(832)さまざまの蟲のひろがり鳴く聲をひとつの聲と聞く時あるも

(836)紅き茸まだ損ぜざる細き道とほりてぞ來し山に別ると

(841)秋雨とおもほゆるまで降りつぎし山の峠に寒蟬きこゆ

(843)最上川の水嵩ましたる彼岸の高き平に穗萱なみだつ

(845)ひとむらの川原母子をかへりみて我が歸らむ日すでに近しと

(848)をさな等の落穗ひろはむ聲きこゆわが去りゆくと寂しむ田ゐに

(850)はるかなる南の方へ晴れとほる空ふりさけて名残を惜しむ    (以上、昭和二十二年)


     

「斎藤茂吉作『白き山』抄・そのⅠ」(鳥羽散歩選)

(001)蔵王より離りてくれば平らけき國の眞中に雪のふる見ゆ

(014)しづかなる空にもあるか春雲のたなびく極み鳥海が見ゆ

(028)夜半にして涙ながるることあれど受難の涙といふにはあらず

(029)しづけさは斯くのごときか冬の夜のわれをめぐれる空氣の音す

(030)あまづたふ日の照りかへす雪のべはみそさざい啼くあひ呼ぶらしも

(033)おしなべて境も見えず雪つもる墓地の一隅をわが通りをり

(034)わが眠る家の近くの杉森にふくらふ啼けり春たつらむか

(037)朝な朝な惰性的に見る新聞の記事にをののく日に一たびは

(042)わたくしの排悶として炭坑に行かむはざまに小便したり

(047)四方の山皚々として居りながら最上川に降る三月のあめ

(057)日をつぎて吹雪つのれば我が骨にわれの病はとほりてゆかむ

(061)飛行機の音のきこえし今日の午後われは平凡なる妄想したり

(072)雪ふぶく頃より臥してゐたりけり氣にかかる事も皆あきらめて

(074)幻のごとくに病みてありふればここの夜空を雁がかへりゆく

(078)觀潮樓に君と相見し時ふりてほそき縁の斷えざるものを

(092)臥處よりおきいでくればくれなゐの罌粟の花ちる庭の隈みに

(108)晝蚊帳のなかにこもりて東京の鰻のあたひ暫しおもひき

(111)螢火をひとつ見いでて目守りしがいざ歸りなむ老の臥處に

(130)戒律を守りし尼の命終にあらはれたりしまぼろしあはれ

(135)あはれなる小説ありて二人とも長生をする運命のこす

(137)わがために夜の蚤さへ捕へたる看護婦去りて寂しくてならぬ

(154)元禄の二年芭蕉ものぼりたる山にのぼりて疲れつつ居たり

(163)最上川の上空にして残れるはいまだうつくしき虹の斷片

(166)眞赤なるしやうじやう蜻蛉いづるまで夏は深みぬ病みゐたりしに

(167)昆蟲の世界ことごとくあはれにて夜な夜なわれの燈火に來る

(168)砂のうへに杉より落ちしくれなゐの油がありて光れるものを

(169)やみがたきものの如しとおもほゆる自浄作用は大河にも見ゆ

(172)あまつ日の強き光にさらしたる梅干の香が臥處に入り來

(183)かなしくも遠山脈の晴れわたる秋の光にいでて來にけり

(185)秋たつとおもふ心や對岸の杉の木立のうごくを見つつ

(198)蕎麥の花咲きそろひたる畑あれば蕎麥を食はむと思ふさびしさ

(236)もえぎ空はつかに見ゆるひるつ方鳥海山は裾り晴れぬ

(240)はたはたの重量はかるあま少女或るをりをりに笑みかたまけぬ

(254)鳥を追ふこゑの透りてわたるころ病ののちの吾は歩める

(259)最上川ながるるがうへにつらなめて雁飛ぶころとなりにけるかも

(260)はやくより雨戸をしめしこのゆふべひでし黄菊を喰へば樂しも

(261)現身はあはれなりけりさばき人安寢しなしてひとを裁くも

(264)をりをりにわが見る夢は東京を中心にしてみるにぞありける

(265)朝な朝な寒くなりたり庭くまの茗荷の畑につゆじも降りて

(267)おそろしき語感をもちて「物量」の文字われに浮かぶことあり

(277)ここに立ち夕ぐるるまでながめたる最上川のみづ平明にして

(280)去年の秋金瓶村で見しごとくうつくしきかなや柿の落葉は

(285)にごり酒のみし者らのうたふ聲われの枕をゆるがしきこゆ

(286)みちのくの瀬見のいでゆのあさあけに熊茸といふきのこ賣りけり

(287)朝市はせまきところに終りけり賣れのこりたる蝮ひとつ居て

(297)こもごもに心のみだれやまなくに葉廣がしはのもみぢするころ

(300)のきに干す黍に光のさすみればまもなく山越え白雪の來む

(305)日ごと夜毎いそぐがごとく赤くなりしもみぢの上に降る山の雨

(308)しぐれ降る峽にしづかにゐむことも今のうつつは吾にゆるさず

(310)部落より部落にかよふ一すぢの道のみとなり雪ふりはきる

(311)夢あまたわれは見たりき然れどもさめての後はそのつまらなさ

(312)鹽の澤の觀音にくる途すがら極めて小さき分水嶺あり

(317)をやみなくきのふもけふも雪つもる國の平に鴉は啼きつ

(325)あたらしき命もがなと白雪のふぶくがなかに年をむかふる

(326)おほどかに流れの見ゆるのみにして月の照りたる冬最上川

(327)いくたびかい行き歸らひありありと吾の見てゐる東京のゆめ

(332)ひむがしに霧はうごくと見しばかりに最上川に降る朝しぐれの雨

(333)いただきに黄金のごとき光もちて鳥海の山ゆふぐれむとす

(337)街頭に柿の實ならび進駐兵聖ペトロの寺に出入りす

(338)この家に新婚賀あり白くのびし髪をわれ刈り言ほぎにけり

(340)東京の場末のごとき感じにて映書の夢をわれ見てゐたり

(346)たけ高き紫苑の花の一むらに時雨の雨は降りそそぎけり

(350)やうやくに病癒えたるわれは來て栗のいがを焚く寒土のうへ

(353)かみな月五日に雪をかかむれる鳥海のやま月讀のやま

(354)あたらしき時代に老いて生きむとす山に落ちたる栗の如くに

(356)ねむりかねて悲しむさまの畫かれたる病の草紙の著者しなつかし

(357)二とせの雪にあひつつあはれあはれ戰のことは夢にだに見ず

(359)さびしくも雪ふるまへの山に鳴く蛙に射すや入日のひかり

(365)かりがねも既にわたらずあまの原かぎりも知らに雪ふりみだる

(367)最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも

(369)人皆のなげく時代に生きのこりわが眉の毛も白くなりにき

(371)冬眠に入りたる蟲のしづけさを雪ふる國にわれはおもへり

(376)窓よりも高くなりたる街道を馬橇くれば子ら聲を上ぐ   (以上・昭和二十一年)

今週の「朝日俳壇」より(2018/5/27掲載・そのⅢ)

〇   白といふ色の力や衣更   (川越市)渡邉隆

 「白といふ色の力や」という初五・中七は、私たち読者の意表を突く表現である。
 何故ならば、通常、私たちは、「白」という色に対しては、ほぼ「無色透明」と同質のものとして扱い、この無色透明に近い「白」の色彩に、他の色彩を圧倒するような「力」があるとは思っていないからである。
 評者は高校教師として長く教壇に立っていたのでありますが、私の勤務していた高校では、六月一日の衣替えと同時に、男女共に、厚くて鼠色した制服の上着を脱ぎ捨て、男子生徒は白いワイシャツ姿で、女子生徒は白くて袖の短いブラウス姿で登校するのでありましたが、言われてみれば、そうした鼠色から白色への変身の鮮やかさは、若い生徒の途轍もない「力」を見せ付けられるようにも感じられ、年老いた我が身を顧みて、切なくて寂しい思いをしたものでありました。
 本作の作者・渡邉隆さんは埼玉県は川越市にお住まいとか。
 埼玉の川越と言えば、薩摩芋と南京豆の名産地とお聞きしております。
 とすると、ちょうど今頃は、川越名産の薩摩芋や南京豆の畑中の道を、東京からの観光客や地元の女高生などが、真っ白しろの白いブラウス姿で、自らの青春を謳歌し、恰も若い力を畑中で農作業に勤しむ地元の人々に見せ付けるが如くに闊歩しているのでありましょう!
 「白といふ色の力や」という、初五・中七の表現に圧倒的な「力」あり!
 さすがの長谷川選の首席作品です。


〇   雑草は緑の剣夏は来ぬ   (我孫子市)渡辺肇

 「雑草は緑の剣「」という初五・中七の十二音に、前評作品に勝るとも劣らない、圧倒的な力が感じると共に、その意表を突く表現が、本句の最大の魅力と思います。
 緑色濃き田園に草生す雑草こそは、正しく「緑の剣」と言うべきでありましょう。
 し斯くして、千葉県我孫子市にお住いの渡辺肇さんの下にも「夏」夏が到来したのである。
  長谷川選の四席。

         質問は言葉の剣安倍を刺せ        鳥羽散歩
         指示をして白ばつくれちよる監督は
         美女美女の梅雨過ぐれば夏は来ぬ(笑)

         クォーターバックを潰せとの指示をして、ばつくれちよるな内田監督!
         加計こそは俺が盟友!その加計に便宜はかるに遠慮は無用!
 すべて退屈しのぎの戯作ですから笑ってやって下さいませ!


〇   遠き日のことよみがへる素足かな   (柏市)物江里人

 私にも、野山を素足で歩き回った、という子供の頃の経験があります。
 それはともかくとして、昨年の夏に訪れた、飛島の海辺にて素足で砂を踏み締めている時、私はふと「遠き日」に誘われるような思いに囚われたものでありました。
 長谷川選の六席。


〇   夕焼や楽しき旅になる予感   (東京都)大木瞳

 旅先の海岸などで「夕焼」の景色に出会ったりしたら、人間誰しも、これからの旅路が、必ずや楽しいものになるに違いない、などと思ったりするものなのかも知れません。
 長谷川選の十席。.

〇   傘雨忌のさみしき雨の降るばかり   (愛西市)小川弘

 「傘雨忌」とは、「俳号として傘雨を名乗った、久保田万太郎の忌日であり、昭和三十八年五月五日に七十三歳で亡くなった、久保田万太郎の忌日(傘雨忌)には、文京区本郷五丁目の喜福寺(曹洞宗)の彼の墓所にて、多くの俳句関係者などが集まって墓前祭が行われている」とか。
 長谷川選の十一席。

      あぢさゐの色には遠し傘雨の忌    鈴木真砂女
      こでまりのはなの雨憂し傘雨の忌   安住 敦
      万太郎忌ことしのあやめ咲く遅し    成瀬櫻桃子
      傘雨忌や今年鰻丼安からず      鳥羽散歩
      唐傘が無いから行けぬ傘雨の忌     々

 
〇   金魚にもすばしこいやつのろいやつ   (福島市)引地こうじ

 この世の中には、「金魚」に限らず「すばしこいやつ」が居たり、「のろいやつ」が居たりするものである。
 長谷川選の末席。

   人間にすばしこい奴、のろい奴、居たりするからわたし愉快だ   鳥羽散歩      

今週の「朝日俳壇」より(2018/5/27掲載・そのⅡ)

〇   すぐ横は地震の断層代を掻く   (熊本県菊陽町)井芹眞一郎

 中七冒頭の名詞「地震」は「ない」と読む。
 俳句結社誌「海程」に「代掻いて夜は獣の鼾せり」との山口伸氏作の掲載されていた、とか。
 事ほど左様に「代掻き」という春の農作業は重労働であり、私の出生地である北東北の若者たちが生家を出て東京などの首都圏で職を求める場合の理由付けの一つとして、この「代掻き」という農作業の辛さ、苦しさが挙げられたものでありました。
 然るに、「近年の大土地所有の専業農家で行われる代掻きは、それ専用のトラクターを導入して行うなど、格別に農家の跡取り息子たちから嫌われる作業ではなくなった」との事である。
 察するに、本句の作者・熊本県菊陽町にお住いの井芹眞一郎さんご所有の水田の「すぐ横」には、過日の熊本大地震の際にも話題となった「断層」が走っていて、その土地の所有者である作者の代掻き作業にも幾分かの支障をきたしているものと推測される。
 先祖代々受け継がれてきた田畑の直ぐ横に地震発生の根源となる断層が走っていると思いつつも為さなければならない「代掻き」、その代掻きをしている時の作者の不安なる気持ちが、それとなく述べられている一句である。
  稲畑選の首席。


〇   日本の四季に暮らして衣更   (宇佐市)熊埜御堂義昭

 「日本の四季に暮らして衣更」とは、やや大袈裟な表現と思いつつも、作者・熊埜御堂義昭さんのいかにも古めかしい姓名に魅かれて鑑賞対象作とさせていただきました。
 然し乍ら、春秋二回の「更衣」という、なにやら儀式めいた年中行事は「日本の四季に暮らして」こそ行わなければならない行事なのである。
 という次第で、私は、本句の鑑賞を通じて、春秋二回の更衣を行う時の作者のしみじみとした感慨、即ち「日本という国は四季折々の変化に恵まれている。恵まれていると言えば、少なからず格好よくなるけれども、それは言葉の使い方の妙と言うべきであり、私たち日本人の暮らしには、その四季折々の気候の変化にイチイチ対応していかなければならない、という煩わしさも伴っているのだ。何はともあれ、私はその四季折々に気候が変化する日本に生まれ育ち、日本人の一人として更衣をしているのである」といった類の溜息にも似た感慨の情を感得するのである。
 稲畑選の三席。
 ところで、熊埜御堂義昭さんよ!
 あなたって人は!いや、失礼、あなたっちゅう人そのものは、この際、何も関係ありませんが、あなたの苗字がもの凄く珍しいから、ついこないだの新聞、もっと詳しく言えば、五月十三日付けの朝日新聞の朝刊の朝日歌壇の高野公彦選の入選作として、珍しいあなたの苗字を借用した「かつて娘のクラスメートでありし姓熊埜御堂を俳壇に見る」という、埼玉県久喜市にお住いの布能寿子さんの作品が載ってましたよ!
 もしかしたら、あなたはそれを知ってて、それに気を良くして、今回また投稿したのではありませんか?
 だとしたら、あなたって人は、なんて<カッコつけマン>なんでしょう!
 そんなにカッコ付ける人って、私の兄弟にも親戚にも同級生にも同じ町内にも居ないわよ!
 わーい、わーい、カッコ付けマン!熊埜御堂さんったらカッコ付けマン!
    人ならぬ熊埜御堂を名に負ひて稲畑選にまたも入選    鳥羽散歩
    人ならば熊埜御堂よ顔を出せ顔を出さねば銃で撃たれる
    梯立ての熊埜御堂に酒供へ茸狩りへと出でたり吾は
    
 
〇   夏帽子振つて雲呼ぶ小海線   (七尾市)本谷晋治郎

   母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
   ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
   谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。
       母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
       僕はあのときずいぶんくやしかった、
       だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。
   母さん、あのとき、向こうから若い薬売りが来ましたっけね、
   紺の脚絆に手甲をした。
   そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
   けれど、とうとう駄目だった、
   なにしろ深い谷で、それに草が
   背たけぐらい伸びていたんですもの。
       母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?
       そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
       もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、
       秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
       あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。
   母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
   あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、
   昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、
   その裏に僕が書いた
   Y.S という頭文字を
   埋めるように、静かに、寂しく。      西条八十作『ぼくの帽子』
 稲畑選の四席。


〇   八年の任地を惜しみ春惜しむ   (姫路市)中西あい

 八年もの長きに亘る単身赴任ともなれば、自ずからその地に愛着が感じられ、場合によっては、今となっては別れ難い人との温かい交流や付き合いもあったに違いありません。
 しかし乍ら、本句の作者は、いずれ遅かれ早かれ、夫や子供たちが待っている生まれ故郷に帰って行かなければならない身の上なのでありましょう。
 稲畑選の五席。

     八年の長きに亘る赴任地を振りさけ見つつ春を惜しめり    鳥羽省三
     さようなら温かき友さようなら八年の長きに亘る私の仕事場
     春惜しみ友を惜しみて去らむとす知らぬ他国の私の職場


〇   いつの間に将棋の強し子供の日   (長岡市)内藤孝

 折からの藤井聡太新七段ブームに沸いている昨今であればこその入選作でありましょうか?
 将棋ブームに沸く昨今に於いては、我が子をプロコーチが指導している将棋教室に通わせる親御さんが急激に増えた、とか!
  稲畑選の六席。

    束の間の強さと言へどいまだ父    鳥羽散歩
    詰将棋恋の手管を思はする
    また負けた事の序でに親止めた
    塾やめて新たに通ふ将棋会
    聡太くん昔は師よりも弱かつた


〇   夏めくや今歩かねば歩かねば   (姫路市)黒田千賀子

 是を以って、命懸けの悲壮なる決意と呼ぶべし!
 それにしても、痛い脚を引きずって歩いたら更に足が痛くなるし、歩かなかったら足の筋肉が減って益々歩けなくなるしで、何か矛盾を感じちゃうよな!
 稲畑選の八席。


〇   あきつしまやまと烟らす余花の雨   (松原市)加藤あや

 「あきつしまやまと烟らす余花の雨」とは、何と大きく出たもんだ!! 
 稲畑選の九席。

今週の「朝日俳壇」より(2018/5/27掲載・そのⅠ)

〇   引揚の船中五月五日かな   (三鷹市)二瀬純一

 引揚船に乗って(と言うよりも、乗せられて)兵士や満蒙開拓団員として現地で敗戦をの憂き目に遭った人々などが、凍土のシベリアから、中国大陸から、朝鮮半島から、南の島の各地から祖国日本の港へと引き揚げて来たのは、昭和20年8月15日の敗戦の日からしばらく経ってからのことでありますが、その中でも取り分け、京都府の舞鶴港には、同年の10月7日に引き揚げ第一船「雲仙丸」が入港してから、13年間にに亘って66万人の引揚者が入港しました。
 そうした引揚船に纏わる悲劇を歌ってヒットしたのは、昭和29年9月、テイチクレコードから発売された菊池章子のレコード「岸壁の母」であり、このレコードは100万枚以上も売れて、日本全国の巷、巷に、「母は来ました、今日も来た、この岸壁に今日も来た」という、菊地章子独特のあの張のる声が響き渡りました。
 本作の作者・二瀬純一さんは、件の「引揚の船中」で「五月五日」の節句を迎えられたのでありましょうが、その頃は、未だ「五月五日は子供の日」との認識が無かったはずでありますから、引揚船の船中で五月五日を迎えた二瀬さんの胸中にあったものは、ひもじさと肉親に逢いたさとの二つの感覚だったかも知れません。
 ところで、今年の五月五日の子供の日には、私は、生田緑地の広場で遊び戯れる子供たちの姿を目にして、こんな平和がいつまでも続くといいな、と願い、刻々と迫り来る戦争への恐れと生活資金の少なさとを感じた事でありました。
 大串選の首席。


〇   母の日や孫に余命を問われけり   (東京都)青木千禾子

 生まれた時から、大型のカラーテレビがあり、クーラーやドラム式洗濯機があり、かっこいい自動車に乗って軽井沢の別荘に出掛けたりしていて、生きる事の苦しみ、生活の苦しみを知らない、昨今の頑是ない「孫」たちならば、その祖母たる青木千禾子さんに向かって、「バーバ、バーバはいくつになったの?これから何年ぐらい生きているの?来年のお正月のお年玉は、もう少しアップしてよ!」などとの、無情なる問い掛けをして来るかも知れません。
 それにしても、選ぶにも事欠いて、「母の日」に祖母に向かって「余命」を訊ねるとは、あまりにも頑是ない「孫」であることよ!
 大串選の三席。


〇   春愁の飛行機雲の行方かな   (上尾市)小林芳子

 人間誰しも、うららかな春の日に、我が屋の窓辺から「飛行機雲」を眺めていたら、何故か、その「行方」を知りたくなり、「春愁」の想いに囚われるものでありましょう。
 大串選の五席。


〇   辛夷散つて空の高さの戻りけり   (山形県河北町)小山田恒吉

 東北地方の山や野に、春いちばんに咲く「辛夷」の花は、その乳白色を誇るがに、真っすぐに天高く咲くものであるが、その辛夷の花が散ってしまうと、それまでの辛夷の花の印象があまりにも強烈だっただけに、その上空の高さを認識するものである。
 辛夷の花が咲き誇っている上空は、初めから、辛夷よりも高かったのであるが、それをそうと捉えずに、「辛夷散つて空の高さの戻りけり」と捉え得たのは、俳人としての作者の表現力の賜物であると同時に、その独特の感覚の賜物でもある。
 大串選の六席。
          夏場所の終りて静けさ取戻し      鳥羽散歩
          安倍ちやんが妻の掌を取る成田かな
          麻生氏のへの字への字の口曲り
          羽後なまり境涯の友菅長官
          徹子さん未だ生きてる平成後
          オフェリアに化け損なひし樹木希林
          重役に処女捧げ得し女優・某
          楡よりも身の丈高きピアニスト
          森永のミルク貧しき子供の日
          晩春の曽野綾子氏の辛き口
          遅春や醜態曝す安倍政治
          宰相の疑惑晴れざる西東忌
          藪入りや官僚またも口閉ざす
          天皇も代替わりとか明治の日
          鳥羽散歩俳句詠めざる宵の口
          真夜なれば寝てて句を詠む鳥羽散歩
          

〇   献杯の酒みどりなる立夏かな   (武蔵野市)福田一政

 私がごく最近、盟友の掛光太郎氏の驕りで飲んだスパークリングワインは、壜に入ったままの状態では緑色していたので、田舎者の私は、「これが噂に聞く、みどりの酒なのかな?」などと思ったりしたのでありましたが、緑色をしているのは酒壜だけであり、中身そのものは、少しだけ高級感のあるスパークリングワインでありました。
 就きましては、本作の作者・武蔵野市にお住いの福田一政さんにお訊ね致しますが、件の追悼のための献杯は、新緑の山間の町のささやかなレストランで執り行われたのではありませんか?
 だとしたら、「献杯の酒」が「みどりなる」理由が自ずから解明された事になりましょう!
 大串選の十席。
           完敗の酒も淫らな千秋楽      鳥羽散歩
           献杯と言へど気になる苛めかな
           盟友や酒の総べては奢りなる
           盟友や食事代さへ奢りなる
           鶴竜よ勝つて兜の尾を締めよ
           安倍ちやんの驕り高ぶる五月尽
           宰相の限り見えたる皐月尽
           大谷の勝つて締めざる兜の緒
           大谷が買つて被つた野球帽
           大谷は野球帽など買ひません
           鳥羽ならば野球帽でも買ひますよ   


〇   藤の花揺れて大地も揺らぎけり   (交野市)世古まさじ

 本作の作者・世古まさじさんは大阪府交野市にお住まいである。
 交野市と言えば、「落花の雪に踏み迷う、交野の春の桜狩り、紅葉の錦を着て帰る、嵐の山の秋の暮れ、一夜を明かす程だにも、旅宿となれば物憂きに、恩愛の契り浅からぬ、我が故郷の妻子をば、行方も知らず思いおき、年久しくも住みなれし、九重の帝都をば、今を限りと顧みて、思わぬ旅に出でたまふ、心の中ぞ哀れなる」という、太平記の道行文で知られている櫻狩りの名所地である。
 また、世古まさじさんがお住まいの大阪府内の藤の名所地と言えば、それは、熊野街道の宿場町・大阪府泉南市の信達宿である。
 この地の民家「梶本家」、及び、「平成の花咲か爺さん」こと故・梶本昌弘さん宅には、樹齢数十年に及び藤の古木があり、毎年、藤の花の真っ盛りの時期には、個人宅の庭を会場とした「藤まつり」が行われてている、との花便りが、私の聴こえの良くない耳にも聴こえてきます。
 それはそれとして、折からの春風に吹かれて藤の花房が一斉に揺れる時は、長い長い藤の花房のみならず、藤の老木を支えている大地まで揺れているような気がするのである。
 大串選の末席ながら、印象朧な佳句である。

今週の「朝日歌壇」より(2018/5/27掲載・そのⅣ)

〇  百年の我が家支へし礎石見るライト片手に地下に潜つて  (徳島県)一宮一郎

 佐佐木選の首席。

〇  虫干しのために泳いだ鯉のぼり五月五日の三時間だけ  (仙台市)小室寿子

 佐佐木選の二席。

〇  水張りて苗を待つ田は一面の鏡となりて白山を映す  (白山市)盛田和代

 佐佐木選の三席。

〇  エイト漕ぐ部員の胸板みな厚し背丈は多少ばらつきあれど  (舞鶴市)吉富憲治

 佐佐木選の六席。

今週の「朝日歌壇」より(2018/5/27掲載・そのⅢ)

〇  雉鳴いて笛の音に和す村祭盲目の兄耳で観ている  (高山市)松田繁憲

 選者・馬場あき子氏をして、本作を自選の首席に選出させしめた理由の一つは、「盲目の兄耳で観ている」という、四句目、五句目の表現でありましょう。
 然し乍ら、よくよく熟慮してみると、いかに「盲目の兄」と言えども、聴覚器官の「耳」で以って「秋祭」が展開されている光景を「観ている」事は、全くの不可能事と思われ、こうした表現は、短歌表現のあまりにも初歩的な表現の一つとして挙げられなければなりません。
 視覚を以って為すべきを聴覚を以って為したが如く表現するのは、文芸の初歩的なテクニックの一つであり、学童短歌の表現には、しばしば用いられる手法ではありますが、恐れ多くも、本作は朝日歌壇の選者中・最長老の馬場あき子氏選の首席選出作品なのである。
 察するに、選者の馬場あき子氏は、本作を自選の首席に選出するに当たって、「如何に詠んでいるか」という点よりも「何を詠んでいるか」という点を重視されたのでありましょう。
 馬場選の首席。



〇  わが名に似しアフリカの国で獲れし章魚噛みしめぬ日本の行く末朧ろ  (京都市)森谷弘志

 今更私如き若輩が説明して聞かせる必要が無いとは思われますが、作中の「わが名に似しアフリカの国」とは、アフリカ北西部に位置する共和制国家、即ち「モーリタニア・イスラム共和国」を指して言うのでありましょう。
 彼の国は、我が国に自国の海で獲れた「章魚」を輸出して<外貨>を稼いでいるのでありますが、不肖、私の記憶しているところに拠りますと、「我が国で消費されている章魚の約70パーセントがアフリカ産であり、そのうちの50パーセントが、彼のモーリタニア・イスラム共和国産の章魚」なのである。
 海を隔てた南国から長い時間を掛けての輸入海産物だけに、モーリタニア・イスラム共和国産の章魚の特質の一つとして、よく言えば「噛み応えがある」という点、悪く言えば「肉質が固過ぎる」という点が挙げられましょう。
 従って、本作中の「アフリカの国で獲れし章魚噛みしめぬ」とは、正しく作者の実感がこもった表現なのである。
 我が祖国日本は、かつて世界一の海産物生産国として知られていたのでありますが、その海産物大国日本の国民の一人である本作の作者が、あろう事か「わが名に似しアフリカの国で獲れし章魚噛みしめ」なければならない立場に追い込まれようとは、正しく予想だにしなかった不快事だったのでありましょう。
 し斯くして、本作の作者をして、「日本の行く末朧ろ」という慨歎的感想を呟かしめたのでありましょう。
 馬場選の二席。


〇  そっとしておいてほしいという顔をしている鮒釣りそっとしておく  (館林市)阿部芳夫

 通常、私たち常識人は、通常、散歩の途中などに「鮒釣り」をしている現場に遭遇したりした場合、そっとその場に近づいて行って、びくの中を覗き見たりするのであるが、本作の作者・阿部芳夫氏は、そうした自然なる行為を敢えて為さなかったのでありましょう。
 私は、この鑑賞文を記すに当たって、敢えてその理由を説明するが如き、野暮なことは致しません。
 何故ならば、本作全体が、私同様に「鮒釣り」している者に近づいて行ったりするような野暮なことをしたくない、という作者の想いを代弁しているが如き表現から成り立っているからである。
 世間一般的に言っても、「そっとしておいてほしいという顔をしている」者に対して「そっとしておく」のは、この世の中の常識というものではありませんか?
 馬場選の四席。


〇  更に努力せよとふ神籤引き当ててのちのこころに善哉を食ふ  (香川県)藪内眞由美

 「のちのこころ」とは、一体全体、如何なる「こころ」ならむや!
 それを解くヒントは、「のちのこころ」という説明句の前後の叙述にあり、とするのが極めて妥当なる判断でありましょう。
 即ち、作者・藪内眞由美さんと同一人物と思われる、本作の作中主体は、村の鎮守様の春祭りに参拝して、「更に努力せよとふ神籤引き当てて」、「のちのこころ」の赴くままに「善哉を食ふ」のでありますから、ご当人の心の裡は、一応は安定した状態に置かれていたものと判断されましょう。
 件の「神籤」に記するところが「更に努力せよ」というものであったということは、作中主体がこれまでも鎮守の神様が指摘しているほどの「努力」をして来たということであり、そうした神に依る一定の評価を得て、作中主体の心は、「一先ず安心と」いった程度には安定し、その安定感が因を為して、彼女は、自分に対するご褒美として「善哉を食ふ」ことに決めたのでありましょう。
 馬場選の五席。


〇  女人禁制解かれし山古志闘牛場角突く牛みる女と男

 作中の「角突く牛みる女と男」も帰宅すれば、我が家の牛が今年の闘牛大会で惨敗した責任のなすり合いをして、お互いに「角」の付き合いにも類似した喧嘩をするのでありましょう!
 「角突く牛みる女と男」という、何気ない説明的な表現が示唆する男と女の親密さを、私たち本作の鑑賞者は感受しなければなりません。
 ところで、山古志村切っての著名人たる例の震災時の村長さんは、その後如何お過ごしでありましょうか?
 まさか、既に黄泉路を行く人となったのではありませんよな!
 馬場選の八席。

我が歌ども『大谷翔平を嘆く』 本日堂々大公開!


 〇  二刀流は剣豪武蔵の美称なる 三割前後で二刀流!烏滸がましいぞ大谷!

 〇  二刀流とは彼の剣豪の美称 未だ一桁の勝利にて、二刀流を名乗るとは如何ならむ大谷!

 〇  大谷はホームラン十本打たざるに二刀流を僭称す インチキ二刀流の大谷!

 〇  日本選手・大谷の実力の程は見えたり まーくん相手に無安打・大谷! 

 〇  ともかくも三割台を維持したる?その原因は内角を攻められぬから!

 〇  ともかくも本塁打数本打つてゐる!その原因はノーマークだったから!

 〇  ともかくも二桁勝利が目前だ!その原因はエンゼルスの打撃陣!

 〇  大谷はここ暫くは息災だ!その原因は西海岸の気候!

 〇  大谷は所詮マイナー契約だ!そのうち堕ちるぞ!オールスター戦前!

 〇  大谷を応援する奴バカである!応援せぬ奴もう少し馬鹿!

 〇  大谷に声援贈る馬鹿が居る!送っても贈っても届くはずなし!

 〇  諸人が挙げてファンになったとて 俺は大谷翔平ファンにならぬ!

 〇  宇宙まで大谷ファンが満ちたとて 俺は絶対に大谷を応援せぬぞ!!




我が歌ども『大相撲夏場所を詠む』 本日堂々大公開!


  〇  鶴竜が勝つた相撲のつまらなさ吾は鶴竜ファンではない   鳥羽散歩

  〇  とは言へど二連覇成りし鶴竜に及ぶ力士は角界に無し

  〇  鶴竜の優しさが好きと妻が言ふ優しい相撲は勝てない相撲

  〇  鶴竜の二連覇に沸く東京に今夜あたりは涙雨降る

  〇  誰ゆへに涙雨降る東京に 稀勢の里ゆへ降るか涙雨

  〇  誰ゆへに涙雨降る大東京 栃ノ心ゆへ降るか涙雨

  〇  何ゆへに涙雨降る両国に白鵬再起ならずとて降るや

  〇  今宵降る雨は涙雨なれど鶴竜の妻女うれし泣きしての涙雨  

  〇  初日から千秋楽まで大入りで面目施す発覚理事長

  〇  「発覚」は「八角」の誤字 今更に何の発覚.恐るるや八角

  〇  八角は元横綱の北勝海 襲名前の四股名は保志よ

  〇  八角も保志の頃には強かつた!北勝海を名乗りて直引退か?  

  〇  遠藤が負け越して先づはおめでたし吾は遠藤が大の大嫌ひ!

  〇  遠藤の小結昇進に沸くや夏場所と思ひしに遠藤怪我してケチョン
 
  〇  御嶽海 不調ながらの勝ち越しに吾は格別喜ばざるも

  〇  大関候補一番手と目されゐし御嶽海の力量もここまでか

  〇  ともかくも大型力士に勝たないと大関なんかになれない御嶽海

  〇  大型力士と言へば筆頭逸ノ城モンゴル相撲で鍛へし身体

  〇  逸ノ城三役定着しての後 弱点克服すれば大関

  〇  魁聖はブラジル出身 なかなかの大型なれど今場所負け越し    

  〇  白鵬の限界見えた夏場所に新しきスター未だ現れず

  〇  勢の勢ひ止めて勝つたのは大関仕留めた栃ノ心関

  〇  豪風は嘉風よりも人気なし部屋付き親方になるが定め

  〇  取り分けて哀れ止めし稀勢の里 彼はこのまま.引退するか?

  〇  懸賞金ふれの旗に「石長」の名あり 石長とは墓地周旋業者ならむ

  〇  高安と豪栄道の大関は二人揃つて夏場所球場

  〇  「球場」は「休場」の誤字 さふ言へば往昔横綱前田山本場所休場球場通ひ

  〇  大関陣 揃ひも揃つて休場す これで名古屋はカド番相撲

  〇  そのかみの郷土力士の大蛇潟 醍醐出身妻女の馴染み

  〇  そのかみの美男力士の清国が妻子亡くした日航機事故

  〇  清国は吾の友達の友達 その友達と相撲取つて勝つたのは吾なりき

  〇  貴乃花親方ぶつて居るけれど一門崩壊すでに確定

  〇  今更に師匠選べぬ貴景勝 師匠とその妻の名四股名に背負ひ
  
  〇  安美錦幕尻近くで負け越して再度十両陥落確定

  〇  玉鷲は千秋楽で勝ち越して来場所小結昇進決めた

  〇  松鳳山八勝七敗勝ち越した勝つた一番鶴竜戦だ

  〇  取り分けて鶴竜関に勝ちたるを殊勲甲とし殊勲賞授く

  〇  琴奨菊平幕なれど奮闘し九勝六敗よく頑張つた

  〇  石浦は小兵なれども奮戦し六勝九敗よくぞやつたり

  〇  竜電は大幅負け越し来場所は幕尻近くに陥落覚悟

  〇  正代も勝ち越したれど腰高で三役入りは望み薄だね

  〇  照ノ富士十両力士に歯が立たず幕下陥落元大関が  

  〇  来場所はいちばん熱い名古屋場所名古屋嬢さん応援に来る

  〇  ともかくも楽日までの大入りに面目施す協会幹部

  〇  栃ノ心 怪我にもめげす準優勝 大関昇進内定済みだ

  〇  十両の優勝力士は琴恵光 彼なら所詮平幕止まり

  〇  今場所は立行司なき場所なりき三役行司を昇進させたら如何

  〇  立行司・式守伊之助セクハラで馘首されたる後の寂しさ

  〇  豪風と嘉風育てし功に因り事業部長の座を得た尾車

  〇  そのかみのウルフの名を負ふ阿武松 理事選当選アンチ主流派

  〇  新理事になつたばかりの阿武松を審判部長に据へたる度量

  〇  阿武松 覆面主流派親方といふ噂立つ闇の角界 

  〇  そのかみの異能力士の逆鉾の実弟・寺尾の微妙なる地位

  〇  副理事選に急遽出馬して兄・錣山に敗れし弟・井筒 

  〇  場所終り人通りなき両国に博物館在り江戸博物館が

  〇  暴走し格下げされし貴乃花 谷町からの苦情山積

  〇  今更にフリーのアナになつたとて活躍出来る場面が無いぞ

  〇  天皇杯賜杯を抱いて鶴竜が両国界隈行進中か

  〇  ともかくも本場所終つておめでたい名古屋場所まで地方巡業

  〇  地方巡業最中起きたる暴力沙汰再発せぬやうに祈念をしたり

  〇  今にして思へば惜しき日馬富士一発勝負の相撲爽快


    

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