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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

今週の「朝日俳壇」より(2018/10/28掲載・そのⅠ)  

〇   こんなにも晴れゐて明日は台風に   (玉野市)勝村博

 台風前日の青空の下に居ると、「明日、本当に台風が来るのかしら?NHKはこの頃平気な顔してフェイクニュースを流すから、『颱風十四号、明日午後関東直撃!』なんてニュースは、またいつも通りのNHK流のフェイクニュースじゃないのかしら?」などと思ったりもするのであるが、それでも尚且つ、その日の夕刻から、一天俄かに掻き曇り、風も出て来て、関東地方全体は、夜半過ぎから一躍台風襲来の様相を呈して来た!などという、意外な状態になって来るのである!
 「この戒め、台風のみならず、人生の万事に亘るべし」とは、徒然草を枕にして寝ている私らしい解釈なのかしら?
 稲畑選の首席。
     こんなにも平和な日本!安倍さんの何処が悪いと稲田朋美言う!  鳥羽散歩
     安倍ちゃんは頭も悪いし性根悪!心身ともに良いとこ無しだ!


〇   しなやかにしなだれ風をさがす萩   (大阪市)山田天

 風と戯れて、無暗矢鱈にしなだれている萩を見ていると、「萩という植物は、寺山修司の母親なのかしら?それとも稲田朋美なのかしら?」などと思ってしまう事もあったりするのである!
 そんな私の気持ちも知らぬげに、我が家の狭庭の達磨萩は、一時は、台風十四号の余波の潮風を受けて枯れそうになっていたのであるが、今はすっかり立ち直り、折からの秋風に吹かれて我が妻女の細腰にしなだれ掛っているのである!
 でも、萩は何も好き好んで風と戯れたり、女性の腰に凭れ掛かって来たりする訳ではなくて、萩は風に吹かれるままに、ただ単に自らの周りの景色にお辞儀をしているだけなのである!
 次席。
      人間も生きる為にはお辞儀せよ!萩と風との例に習へ!  鳥羽散歩


〇   どれもこれも捨つべきものやうそ寒し   (堺市)山戸暁子

 安倍も二階も菅義偉も麻生太郎も、今の男性政治家たちはただ単に私腹を肥やす事を目論んでいるだけの事であるから、当然捨ててしまうべき奴らである!
 否、そんな話をするんだったら、掃いて捨てるべき政治家は、何も男性だけでは無くて、彼ら男性政治家に媚びを売っている稲田朋美や片山さつきや小渕優子や東京都知事の小池百合子だって、政治家としては碌に役にも立たないし、それに第一に、無暗矢鱈に顔に壁塗りしているだけの面相の悪い女だからね・・・・・・・・・なんちゃったりして、秋の夜長の連想ゲームは果てしも無く続き、ふと気が付いたら、玄関の新聞受けに十月三十一日付の朝日新聞の入っていたので、スポーツ欄を開いてみたら、私の予想通り、広島カープが、昨夜の対ソフトバンク戦で<9対8>で惜敗していた。
 こうしてみると、掃いて捨てるべき存在は、何も政治家だけでは無くて、今年も日本選手権の覇者となれず仕舞いの広島カープの緒方監督や、吉村禎章、宮本和知、水野雄仁、元木大介といった芸能人紛いの連中をコーチングスタッフに抱えた、読売ジャイアンツの新監督・原辰徳だって、掃いて捨てるべき男たちの仲間に入れるべき存在なのかも知れません!
 本日付の朝日新聞の朝刊の第一面の大見出しは「元徴用工への賠償・命令」、「韓国最高裁根日本企業に」となっている。
 掃いて捨てるべき男性トップの「安倍首相は『あり得ない』」と述べている、との小見出しも在るが、その帰趨は如何なる結果を呼ぶか?
 三席。
     あり得ない!安倍の三選在り得ない!麻生留任また在り得ない!  鳥羽散歩
     在り得ない!巨人優勝在り得ない!あのコーチでは優勝できない!


〇  よきことの予感に林檎むいてゐる   (松戸市)高瀬竟二

 林檎を剝いている時の主婦の顔は、「今日は何か良いことがありそうだ!もしかしたら、今晩あたり、タイの単身赴任地から、息子の圭亮が帰って来るのかもしれない!」などと思っているような、いや、もっと強く、その事を確信しているようにも見受けられるのである。
 林檎の皮を剝くという、日常茶飯事的な作業とも言えない作業には、そんなささやかな秘密が隠されているのかも知れないね!
 夜も寝ずに、こんな事を書いている私ではあるが、実を申すと、我が家では、林檎は皮を剝かないで食べることに決めているのである!
 そうした家訓を我が家に定着させた犯人は、何を隠そうか、我が家のたった一人の女性(=妻女)なのだが、林檎を剝く彼女の手は、かつて「ミス林檎を剝く手」として、彼女の出生地の地方紙の社会面に掲載されたことがあるそうな!
 四席。
     吾は今<ミス林檎を剝く手>に包まれて頬の辺りにキスされんとす!  鳥羽散歩
     林檎剝く昭恵の右手に秘められし亭主の首を縊れる力!


〇  強風に耐へて穭田なほ青く  (木更津市)本郷政信

 「穭田」という単語を目にしたのは、何年ぶりなのかしら?
 私たち鳥羽家の四人家族が、まだ横浜市旭区の某大型団地の十四階建て集合住宅の十四階を棲息していた頃、その当時、小学六年生であった次男の塾友達の一人に<穐吉くん>という美少年が居た。
 「穭田」の「穭」は、<穐吉くん>の「穐」の字と偏は同一であるが、旁には「魯」と「亀」との違いがある。
 話題は突として転変するが、私の学生時代の恩師が名の知れた歌人であり、かつて、我が家の本棚の奥に蔵われていた、彼の有名歌人の歌集には、穭田に題材を得た短歌数首が掲載されていた事を、私は未だに記憶している。
 然し乍ら、件の有名歌人は、今から数年前に天寿を全うして黄泉路を辿る人になってしまいましたし、件の歌集も亦、我が家の十数回にも及ぶ転居史の彼方に消え果ててしまいました。
 五席。
      蘖や我に初孫授かりぬ   鳥羽散歩
 作中の「初孫」も既に高校三年生!
 東京都内の某私立女子高校に通う彼女は、来春早々に行われるセンター試験に於いて、九百点満点中の八百五十点突破を目標にして頑張っているとのこと。
 彼女の中学入試の際には、風邪をひかないようにとの心配りから、佐賀県産の大粒で新鮮な苺を前後数回四パックずつ差し入れしたのであったが、今回は、かつての数年間、私自身が<ミス林檎を剝く手>と一緒に栽培の手伝いをしていた、横手市平鹿町産の新鮮な「葉とらず林檎」の「ふじ」ても差し入れしてやろうかしらん!
     今はもう皮剝くこともなくなりてはつか皺寄る妻女の右手  鳥羽散歩


〇  水の良し米のまた佳しきりたんぽ   (徳島県松茂町)奥村里

 徳島県で「きりたんぽ」とはこれ如何に?
 本作の作者・徳島県松茂町にお住いの奥村里さんは、その麗しき御姓名に相応しく、人間の数よりも熊の数の方が多いとの噂で持ちきりの、秋田県北秋田郡上小阿仁村に生まれ育ったのかも知れません!
 六席。
      阿仁生れ熊と一緒に育ったの!今は徳島・松茂の嫁御!  鳥羽散歩


〇  渡りゆく詩歌の坩堝今日の月   (千葉県横芝光町)藤田考成

 「坩堝」とは、「理化学実験や鉱工業に於いて、高熱を利用して物質の溶融・合成を行う際に使用する湯呑み状の耐熱容器」であるが、派生的用法としては「種々のものが混じり合っている状態や場所」を指して言うこともある。
 中秋の名月を指して「詩歌の坩堝」と詠んだ、本作中の「坩堝」は、上掲の解説中の「種々のものが混じり合っている状態や場所」の意で用いているのでありましょう。
 本作の意は、「中秋の名月は、様々なる詩歌を生み出す根源のようなものであり、私たち日本人の先祖は、この中秋の名月から題材を得て、様々なる詩歌の文句を生み出したのである」といったところでありましょうが、だとしたら、本作中の「坩堝」は、むしろ「泉」とした方がより適切な表現となるのかも知れません。
 七席。
     USA人種の坩堝!オバマ氏の父は黒人、母は白人  鳥羽散歩
     衰ふる詩歌のいずみ有り明け二十日


〇  秋風やどこか遠くへ来たやうな   (八代町)山下さと子

 「秋風」に吹かれていると、自分が何処か遠くの知らない土地を彷徨っているような気持になるのは、何故なのかしら?
 八席。
      秋風に吹き飛ばされて彷徨ひぬ私のこころ淫らな心  鳥羽散歩


〇  降ると云ふ桜紅葉の径あり   (伊万里市)田中南嶽

 私は、何時までもこうして貴女と一緒に歩いて居たいと思うのであるが、そうした私の切ない気持ちも知らぬげに、貴女は「降る」などと、野暮な事を「云ふ」のである!
 そんな折も折、私たち二人の前に「桜紅葉」の小道が現れたのである!
 九席。
      「降る」と云ふ 経るは歳月雨も亦ふるふるふるはせ篩に掛くる  鳥羽散歩


〇  鰯雲旅の終りはいつも海   (神戸市)藤井啓子

 藤井啓子さんの「旅の終り」は、神戸市に在るご自宅へのご帰宅である!
 であるが故に、藤井啓子さんの「旅の終りはいつも海」なのであり、この際、季語の「鰯雲」はあまり関係がありません!
 末席。

 ギラギラした暑い日だった。
 波子は、直吉が書斎にゐて知らぬ間に、何処かへ出て行つた。その時は東京から夏休みで来て居る、十八歳の市郎が階段の下から、
 「ナーちやんはストライキするんだつて出掛けたよ。お金百円持つて行つたよ。」
 と知らせたが、直吉は映画館だろう位に思つて続けて本を読んでゐた。
 夕方、涼しくなつても、波子は帰つて来なかつた。「いよいよストライキか」と直吉は腹の中で舌打ちをしたが、市郎は何も云はなかつた。夕食の後で、彼が翌日から着る白服のズボンを洗濯して、水に漬けて置いたら、市郎がいつの間にか水から出して、外に掛けた。
 その晩、直吉は遅くまで二階の書斎に居た。戦争中、彼は詩を発表することを禁じられてゐたが、終戦と同時に自由になつて、原稿の依頼が毎日のやうに来出した。彼は五年間の空白を埋めるために、夜遅くまで詩を作つた。市郎は自分の部屋にしてゐる洋間で、これも遅くまで勉強してゐた。直吉が十二時過ぎてから寢室に下りてゆくと、市郎は波子のベッドで、よく寢込んでゐた。
 直吉には、波子の行つた先の見当がついてゐた。ケーブルカーで、六甲の山の上の、ハルミのところに行つたに違ひない。ハルミは、直吉と波子が四年前に同棲を初めた頃、同じアパートに居た大柄のフラッパアで、今は軟禁されてゐる独逸の潜水艦の水兵と一緒になつて、山の上に小さな家を借りて住んでゐた。波子が出掛ける時、ストライキと言つたのは、デモンストレーションの意味だらうが、仕様のない女だ───彼はそんなことをしばらく考へてゐるうちに眠つてしまつた。(西東三鬼『颱風前後』より)
      直吉は波子の仕打ちに呆れたがさりとて為す術知らなかつた。  鳥羽散歩

 
〇   たましひが抜けると白くなる芒   (竹原市)岡元稔元

 「白くなる」と言うよりも、むしろ<呆けてしまう>と言いたいところである。
 米寿を過ぎてから間もなく亡くなった、私の姉は、身体が白くなって、看護師たちから「玲子さんは、この頃ますます美人になったね!」などと揶揄われている裡に、あらぬことを口にするようになり、息を引き取ったのは、その後、間も無くのことであった。
 長谷川選の首席。
       たましひを抜かして喚く直吉に愛想つかして波子は家出!  鳥羽散歩


〇   秋風に巨石二つに割れにけり   (熊谷市)内野修

 「秋風」の作用で「巨石」が「二つに割れ」たのではなくて、「真っ二つに割れた巨石が、秋風に吹かれつつ己が身の上の不幸を嘆いている」のでありましょう。
 次席。
      この夕べ妻に逃げられ嘆いてる男が居ると風が嘯く  鳥羽散歩


〇   無月とて一夜美しかりしかな   (久喜市)斉藤たみ

 「無月」とは、「名月が雲に隠れて見えなくなっている状態」を指して言うのである。
  三席。
      焦がれてもスマホ音なき無月かな   鳥羽散歩
      四合瓶逆さにしても無月かな
      無月とてステテコ脱ぎつ戸は開けつ     


〇   大き椀きのふの山の茸汁   (宇都宮市)豊坂正

 ① 山から採って来たばかりの茸は美味しいからね!
 ② 採って来たばかりの晩の茸汁を盛る漆椀は、格別に大きい奴にしなければなりません!
 ③ 本作では、「きのふの山の茸汁」となっていますが、山から採って来た茸は、一晩置くと香りが薄れ、新鮮味が無くなるから、採って来たその日に食べなければなりません。
 以下省略、四席。
     権六の漆椀に盛る茸汁アミタケは好きシメジは嫌ひ  鳥羽散歩

     
〇   平成や最後を飾る菊花展   (新宮市)中西洋

 「菊のご紋章の見納め」という訳ではありませんよね!
 五席。
     懸崖も達磨造りも見飽きたり菊花展など止めたらどうだ!  鳥羽散歩


〇  一生に一度の手紙書く夜長   (新座市)渡辺真智子

 不倫相手への恋文なのか?
 それとも、自らの没後、子孫が諍いしないようにとの思いからの遺言書なのか!
 否、そのどちらでも無くて、朝日新聞の「声」欄への投稿なのかも知れません!
 六席。
     馬鹿にすな!この老いだって文を遣る相手ぐらいはなんぼでも居る!  鳥羽散歩


〇   山眠る前の華やぎ見せてをり   (伊万里市)田中秋子

 「山」に限らず、この世のあらゆる物体や生物、或いは抽象的存在まても、眠りの前に必ずそれなりの「華やぎ」を見せるものである。
 例えば、「俳句という我が国固有の文芸形式は、現在、元禄期や化政期以来の隆盛時代を迎えた」という豪語する廃人同様の俳人が居りますが、それが事実だとしても、そうした現象は、絶滅する前の幻の「華やぎ」なのかも知れません!
 七席。
      惜しまれて金子兜太は逝きたりき彼の残しし功績や何?  鳥羽散歩


〇   白露の葎なに棲む何眠る   (尼崎市)田中節夫

 「白露」に濡れた「(八重)葎」の中には、コブラやマムシなどの毒蛇、もしくはアナコンダやワニなどの大型両生類が棲息しているかも知れませんから、無暗矢鱈に近寄っってはなりません。
 なにしろ、そうした、人間に危害を与える可能性のある動物を自宅に飼っている芸能人だとかスポーツ選手だとか政治家だとかは、一旦、職を失うと乞食同然の身の上になってしまい、それまで飼っていたそれらの動物を許可なく捨ててしまうような世の中になってしまったんですからね!
      白露に濡れし二十重の葎にて壊れパソコン・テレビなど棲む  鳥羽散歩
 八席。


〇   太刀魚も小鯵もかゝる夜釣りかな   (和歌山県白浜町)三木しげる

 海辺での「夜釣り」と言えば、その殆どが、浜辺での<投げ釣り>であるが、美味しくて釣る価値のある<沖魚>を釣るためには、遠投しなければなりませんし、<沖魚>の居る箇所まで遠投するには、相当なテクニックを要しましょう!
 さもなくば、五センチ足らずの鯵や鯖や鰯など、或いは、食べることの出来ない河豚を釣り上げて、他の釣り人たちから笑われるのが関の山です!
 それにしても、「太刀魚も小鯵もかゝる夜釣り」とは、これこそは玉石混交の「夜釣り」ではありませんか!
 九席。
        関サバを生け簀で釣りぬ!白浜の生け簀で釣って何が関サバ?  鳥羽散歩


〇   死なぬとは食べることにて露けしや   (長野市)縣展子

 「人は働くために食べるのか?食べるために働くのか?」というのは人生の課題であるが、ならば、「人は死なないために食べるのか?食べるために死なないのか?」というのも、人生の課題でありましょう。
 という話を、私が我が連れ合いに話した時、連れ合いは、私に向かって、「それは美味しいものを食べているか否かの問題であり、我が家の場合は、毎日美味しいものを食べている訳では無くて、辛うじて命を繋ぐ程度のものを食べているに過ぎませんから、生きるために食べている、という事になります」と答えたのである!
 本作の場合は、そうした話とは少し異なり、「死なぬとは食べることであって、私は未だに死ぬつもりはないから、食べたくなくとも努力して食べなければならない」といった意味でありましょう。
 そうです!それは本当の話です!
 私たち人間は、人間として生まれた以上、おいそれと死ぬ訳には行きませんから、どんなに貧しい食事であっても、食べるしかないのであります!
 末席。
     生きるとは食べることではありません!毎日毎日ブログ更新!  鳥羽散歩
     生きるとは食べる事ではありません!世界平和実現のため!
 この野郎!かっこ付けあがって!!(読者より)   
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今週の「朝日歌壇」より(2018/10/28掲載・そのⅠ)   大変お待たせ致しました! 

〇  教科書を信ぜず疑問突き詰めし本庶先生けふを祝さる  (東京都)荒井整

 「けふを祝さる」とは、「学生時代から教科書に書いてある事を信じないで、自らが抱いた疑問をとことん突き詰めて探求した結果として、ノーベル化学賞受賞という栄光に辿り着いた、本庶先生の栄えある今日が、世界中の人々から祝福されている」といった文意でありましょうが、余りにも言葉足らずであり、読解はなかなか困難でありましょう!
 如何に韻文とは言えども、短歌表現は、ただ単に作者の意図する事柄が解れば宜しい、というだけの事ではありません!
 本作は馬場あき子選の首席入選作品ではありますが、こうした言葉足らずの作品を入選作とする、選者・馬場あき子先生のお気持ちが、私・鳥羽散歩には理解出来ません!
     教科書を信じず疑問突き詰めてノーベル賞を得たる本庶氏!  鳥羽散歩


〇  紙上ムンク展「絶望」・「叫び」日本の現在にインスタ映えす  (京都市)森谷弘志

 「インスタ映え」なる俗悪にして低能的な言葉は、我が国固有の流行語なのでありましょうか!
 斯く申す、私・鳥羽散歩の面相は、真に残念ながら、必ずしも「インスタ映え」する面相ではありません!
 次席。
     赫赫と夕陽燃え立つ刻なればインスタ映えするムンクの「叫び」  鳥羽散歩


〇  山行けば巣箱ありけり真面目なる中学生の素顔浮かべり  (熊谷市)内野修

 小鳥たちが棲家にするはずも無い「巣箱」から、「真面目なる中学生の素顔」を連想する、作者の連想力の素晴らしさと素直さに拍手を!!!
 さすがに熊谷市民です!
 作者・内野修さんのお住いの埼玉県熊谷市の真夏の気温の高さは、我が国トップであり、熊谷市民の多くは、その事を御自慢なさって居られるとか?
 三席。
     不真面目な高校生が作ったか否かも判らぬ巣箱なりけり!  鳥羽散歩


〇  伴天連が潜み暮らせし離れ島祈りと藷と鰯と若芽  (西海市)前田一揆

 「藷と鰯と若芽」とは、当代人気の健康食品揃いではありませんか!
 で、それで、件のキリシタン伴天連諸氏は、どれだけの長命を保たれたのでありましょうか?
 四席。
     隠れ切支丹の潜みたりにし天草の津崎天主堂の鐘鳴り渡る  鳥羽散歩


〇  なぜ牛を売ったと責めし日の祖父の沈黙の意味今なら分かる  (観音寺市)篠原俊則

 本作の作者・篠原俊則さんの御祖父殿の、「牛」に対する並々ならぬ愛情の程が感じられて、感服致しました。
 「祖父の沈黙の意味今なら分かる」との、何の拵えも無い言い方が魅力の一首である。
 五席。
    なぜ男売るかと責めし次郎長の言ひ分さへも解らぬ石松!  鳥羽散歩


〇  山削り工場できて土砂崩れぬた場となりし田に野菊咲く  (松阪市)こやまはつみ

 「ぬた場(蒐場)」とは、「猪や鹿や羚羊などの野生動物が、身体の表面に付着しているダニなどの寄生虫や汚れを落とすために泥を浴びる場所」である。
 本一首の文意は次のようになりましょうか?
 「山」を「削り」、我が村唯一の職場たる「工場」が「できて」、村人たちが一安心していたのも束の間、その秋にこの地方を襲った台風の為に「土砂崩れ」が起きて、せっかくの職場がお釈迦となってしまった挙句、結局は野生動物の憩いの場たる「ぬた場」になってしまったのであるが、今はその動物たちも泥浴びをしに来る事も無く、「野菊」がのどかに咲いている。
 仮に、上掲の文章が、本作の文意として的を得たものであったとしたならば、五句目「田に野菊咲く」の「田に」が不要な語句となりましょう!
 本作は、極めて平凡な表現から成り立つ一首であるが、その中にも「田に」なる不要な語句が含まれているのである。
 という事は、事ほど左様に短歌表現は難しいということになりましょうか?
 「ぬた場」は<ぬた場>のままで宜しいのであり、「田」と言い換える必要はありません!
 六席。
     小学校が児童不足で廃校になった跡地に建てた別荘  鳥羽散歩


〇  捨てられずまだ壁にある鳩時計耳遠き亡母が愛した時計  (名古屋市)須原りえ

 ごく有り触れた語句ばかり並べ立てて構成した月並みな作品である!
 一見して、作者の須原りえさんが、何の拵えも苦労も無しに詠んだ作品のように思われますが、「亡母」の「亡」は余分ではありませんか!
 七席。
     捨てられずしがみ付いてるだけのこと!胸の時計も時を刻まず!  鳥羽散歩


〇  なにげないふりして息子がやってくる老々介護のパトロールらしい  (横浜市)杉本恭子

 「なにげないふりして」「息子がやってくる」けれど、その実は、「老々介護のパトロールらしい」とは、真によく出来た話であり、件の「息子」殿には、親孝行勲章を授与しなければなりません!
 いまどき、三世代同居なんて遣り方は在り得ませんからね!
 仮に、在ったとしたならば、息子夫婦は早晩離婚沙汰という運びになりましょう!
 八席。
     晋介が妻女を連れて里帰り母の光子は寿司取り歓待  鳥羽散歩
 

〇  梨畑は野となり二年積むままの梨の薪に入日漂う  (福島市)青木崇郎

 それらしく仕立て上げただけが取り柄の月並みな一首である。
 でも、新聞歌壇の入選作には、この程度の月並み性が在った方が、読者に対する啓蒙上、宜しいのかも知れません!
 頑張り過ぎて、鯱飛張った分けの解らない作品を詠むよりはね!
 九席。
     日本など後は野となれ山となれ!骨牌流は米国オンリー!  鳥羽散歩


〇  蓄への原点見るごと樹の洞にリスの運びし栗・山胡桃あり  (岩手県)山内義廣

 春も晩春近くになってから、突如として、リンゴ畑の隅から栗や胡桃の芽が萌え出て来たりする事がよくありますが、それらの事故の責任の全ては、森の巨木の洞に棲むシマリスに帰せられれるべきでありましょう!
 馬場選の末席。
     貯えの原点視察に来た如し生家に帰るも御馳走は無し  鳥羽散歩

今週の「朝日歌壇」より(2018/10/28掲載・そのⅡ) 大変お待たせ致しました!北方四島以南、只今大後悔! 

〇  「江藤淳は形骸に過ぎず」遺書を読めば平成もはや歴史なりけり  (横浜市)森秀人

 「江藤淳」とは、「皇太子妃・雅子の母親・小和田優美子(日本ユニセフ協会評議員)の従兄にして、『奴隷の思想を排す』(1958年)、『小林秀雄』(1961年)、『成熟と喪失』(1967年)、『海は甦える』(1976年)、『漱石とその時代』(1970年 - 1999年、未完)』などを著して有名な文芸評論家」である。
 彼は、その前年に妻に死なれたことに絶望して、1999年7月21日に66歳で自死したのであるが、その遺書には「脳梗塞の発作に遭ひし以来の江藤淳は形骸に過ぎず」と記されていたと謂う。
 本作の作者・森秀人さんは、平成時代の終末を迎えるに際して、今は亡き、文芸評論家の、件の遺書に思いを馳せたのでありましょう。
 佐佐木選の首席。
     平成は泡沫ならむ!平成の歌詠みはみなシャボン玉なり!  鳥羽散歩
     平成が泡沫ならば平成の歌詠み吾ら缶ビールの泡!


〇  二階家が壊され更地拡がりてニュータウンにも老年期来る  (埼玉県)島村久夫

 世に謂う<団塊の世代>が働きバチとなって貯めた現金を叩いて購入した、いわゆる「ニュータウン」の住居もそろそろ建て替えの時期が来ているのである。
 本作の作者・島村久夫さんは、いわゆる「ニュータウン」に建てられた二階家が老朽化して「壊され」、その跡地が「更地」と化したのを目にして、団塊世代の夢の跡たる「ニュータウンにも老年期が来る」と、感じたのでありましょう。
 次席。
     時過ぎて夢が覚めても尚も建つ!住宅公団虹ヶ丘団地!  鳥羽散歩


〇  停電の嵐の夜長を男らは蝋燭ともしゆらゆらと飲む  (鈴鹿市)森谷佳子

 折からの隙間風に、蝋燭の火がゆらゆらと揺れ、その揺れる蝋燭の灯りの下で、飲み助の「男ら」は、この「停電の嵐の夜長」を、自堕落にゆらゆらと一晩中飲み明かすのでありましょう!
 三席。
       ぐだぐたと安倍への恨みをこぼしつつビール紛ひの水飲む男!  鳥羽散歩


〇  九つの核保有国言えぬくせ反対かよと子は吾を見ず  (高松市)一宮佳

 アメリカとロシアとイギリスとフランスと中国とアルゼンチンとインドとパキスタンと北朝鮮とで九箇国であるが、その他に、イスラエルなども核保有の疑い濃厚な国である!
 「九つの核保有国」の名前が言えないからと言って、実の父親の顔も見ない子が居るとは!
 四席。
     九つの時から吾は天才と言われて来たが今では痴呆!  鳥羽散歩


〇  夕暮れの稲穀煙る秋の田に白鷺一羽首伸ばし立つ  (川越市)平井正一

 作中の「稲穀」は、「籾殻」とした方が宜しいかも知れません!
 五席。
     籾殻を燃やしていいのは十月中!十月過ぎると条例違反!  鳥羽散歩


〇  筬の音もう聞こえない秋の部屋妻の残した手織りの機よ  (神戸市)加古裕計

 民話の「鶴の恩返し」擬きの美談ではありますが、そんな事を言っていたら、作者の加古裕計さんからお叱りをいただく事になりましょうか?
 六席。
     「つうよ、つう!」汝は黄泉路を行くものぞ!独り残され与兵しよんぼり!  鳥羽散歩

 
〇  秋海棠と秋明菊が好きだった父は画帖にあまた残せり  (島根県)非々玲子

 作中の「秋海棠」は、「江戸時代初期に園芸用に持ち込まれた帰化植物であり、夏から初秋にかけて草丈 70cm 前後に生長し、扁心形で左右非対称の葉を互生させる。この葉は長さが 20cm 程度と大きい。花期は 8 - 10月であり、花期になると茎の頂点から花序を伸ばし、2 - 3cm 程度の淡紅色の花を咲かせる。」
 一方、「秋明菊」は、「キンポウゲ科の植物の一種。別名、キブネギク(貴船菊)。名前にキクが付くが、キクの仲間ではなくアネモネの仲間の多年草である。開花期である秋になると、高く伸びた花茎の上に大柄な花をつける。花は多数の赤紫色の花弁状の萼片が目立ち、本物の花弁はない。中央には黄色の雄蕊が多数ある。」
 上掲の解説を以て察するに、作者の「父」が「画帖にあまた残」した花、秋海棠も秋明菊も、ものみな滅びる秋に咲く花であり、花の形は比較的に小さく、色は淡紅色及び赤紫色と、必ずしも美しく目立ち過ぎるほどの花ではありません。
 作者・非々玲子の、今は亡き御父君は、これらの地味な花を愛しんで、「画帖にあまた残せり」という事でありますから、 ご自身も地味で真面目なタイプの男性であったに違いありません。
 「秋海棠」及び「秋明菊」という、もの皆滅び行く季節を飾る地味な花を目にするにつけても、本作の作者には、今は亡き御父君の、地味で真面目な性格が偲ばれるのでありましょう。
 七席。
     秋明菊 交配品種が市販され地味な花とは言へなくなりぬ  鳥羽散歩


〇  百段を担ぎおろされ瓔珞を揺らす御輿の下をくぐりぬ  (豊後大野市)三代英輔

 「百段を担ぎおろされ瓔珞を揺らす御輿の下をくぐり」抜けた男性には、何か突拍子もないような幸運が訪れるのでありましょうか?
 だとしたら、本作の作者・三代英輔さんは、来春、三国一の美人と華燭の典を揚げるに違いありません!
 豊後高田市伝来の民俗行事<御神幸の川渡し>に取材した作品でありましょうが、取材源佳く、発想の宜しきを得た佳作である!
 八席。
      裸足にて秋の天皇賞勝利馬のレイデオロの運智を踏んだ!  鳥羽散歩


〇  基地に触れぬ卑怯な側に「喝!」入れし沖縄の民に家族で「あっぱれ!」  (交野市)遠藤昭

 新知事さんがカシユリが似合うと言われて喜んで踊っているようでは、この先、鬼が出るか!蛇が出るか!何とも判りませんぞ!
 必ずしも当事者とは言えない、私としては、近々行われる「県民投票」とやらの帰趨が心配です!
 九席。
      辺野古問題は国民に突き付けられた槍なれば鳥羽散歩もまた当事者である!  鳥羽散歩


〇  節を曲げ基地に勤めし我が父母は寂しく笑う遺影を残す  (下妻市)宗像四郎

 作者の御父母様を疑っているようで申し訳ありませんが、詠い出しの二句に「節を曲げ基地に勤めし」とあるのは、もしかしたら、事の真実と少し異なっているのかも知れません!
 佐佐木選の末席。
    生きるため基地に勤めしおみなごの息子・修司を残して成仏(合掌)  鳥羽散歩

今週の「朝日歌壇」より(2018/10/28掲載・そのⅣ)   最終版、只今、北方四島以西大後悔!何卒、笑って遣って下さいませ! 

〇  シデムシは埋葬虫と書きて読む虫や獣は土にかえりぬ  (東京都)野上卓

 「シデムシ」とは、「動物の死体に集まり、それを餌とする事で知られた甲虫である。名前の由来は、死体がある場所に出て来てはい回るために、<死出虫>と名づけられたことに拠る。また、この虫の仲間には、同胞の死体を土に埋め込む習性を持つ者もあるため、漢字では<埋葬虫>と表記することもある。」とか!
 であるならば、私たち人間も亦、<シデムシ>同様に同胞の亡骸を土中に埋葬する習慣を持っているので、<シデ類>とでも命名されなければならない存在なのかも知れません!
 それはともかくとして、「虫や獣」に限らず、私たち人間も含めたあらゆる生物は、死んで土に帰って行くという運命を持っているのであり、名の知れた劇作家・野上卓氏と言えどもその例外ではありません。
 従って、野上卓氏ほど有名ではありませんが、斯く申す、私・鳥羽散歩も亦、土に帰ってから世間様からとやかく取り沙汰されるが如き発言をしないように、よくよく注意しなければなりません!
 本佳作の表現上のささやかな欠点を指摘させていただきますと、「(埋葬虫と)書きて読む」とは、言葉足らずで窮屈な表現であるとか思われますが、この点に就いての、作者・野上卓さんや選者・永田和宏氏を肇とした、皆様方からののご意見を伺いたく存じます。
 永田選の首席。
     吾もまた人間なればやがて死に土に帰つて行くべき定め!  鳥羽散歩


〇  レイシガイダマシモドキといふ貝ニセもついたら正体不明  (東京都)大村森美

 沖縄特産の野菜<苦瓜>即ち<ゴーヤ>は、<茘枝>とも呼ばれている。
 その茘枝のような外見で、貝殻に疣状の突起が多いことなどから<茘枝貝>と名付けられている<ツブガイ>が在るが、それを以て推察するに、作中の「レイシガイダマシモドキ」を漢字表記すると、「茘枝貝騙し擬き」という事になりましょうか?
 ところで、前述の「茘枝貝」を称して、三重県の漁師たちは<ニシ>と蔑視して呼び、山形県の酒田市や鶴岡市の漁師たちは<ニシゲ>と極めて素っ気なく呼び、秋田県男鹿半島の漁師たちに至っては<ニシコッケ>とか<ニガツブ>という蔑称を奉って、恰も採るに値しない貝の如く冷遇して呼んでいるが、このツブガイを食べた経験を持つ私の一人の友人の説くところに拠ると、「ニシコッケというツブガイは、至って美味なる貝なので、この貝の味を知っている男鹿半島などの漁師たちは、この貝の味が極めて美味なるが故に、世間の人々に密漁されるのを惜しんで、これに<ニシコッケ>だとか<ニガツブ>だとかと、いかにもゲテ物風な愛称を奉っているのであろう」との事である。
 それはともかくとして、肝心要の「茘枝貝騙し擬き(レイシガイダマシモドキ)」の事であるが、この貝に、斯くの如き矢鱈にややこしい名称を奉ったのは、「この貝が、本家本元の<茘枝貝>と似ていて、狡賢い浜辺の漁師たちが、それを知らない人々に、これを売りつける為に『これがあの美味しい茘枝貝なんだよ!』などと言って騙した」ことが原因で、<茘枝貝騙し>との名称が奉られたのであるものと推測されましょう。
 話が更にややこしくなるが、作中の「レイシガイダマシモドキ(貝)」とは、件の<茘枝貝騙し(貝)>と、姿形が似ているが故に<茘枝貝騙し擬き(貝)>との、極端に怪しげで、恰も詐欺の常習犯擬きの名称を奉ったものと推測される。
 本作の作者・大村森美さんが仰せの如く、これに更に「ニセもついて」、<ニセレイシガイダマシモドキ(貝)=偽茘枝貝騙し擬き(貝)>となったとしたら、全く以って「正体不明」の軟体動物という事になりましょう!
 蛇足ながら、本作を読解するに当たっては、「いふ海」という三句目の叙述中の「や」が、詠嘆・感動を表す「終助詞」であることに留意しなければなりません。
 次席。
       国民騙し偽総理擬き官房長官の奇しき面貌!  鳥羽散歩


〇  いちはやく黄葉はじめし川土手の並木の上の椋鳥の大群  (西条市)亀井克礼

 「黄葉」に「もみじ」との、「椋鳥」に「むく」との、振り仮名が付されているが、「振り仮名が多ければ多いほど、一首の作品としての品格が下がる」との説も在りますから、短歌を詠むに際しては、無用な振り仮名を付す必要のないように、よくよく注意しなければなりません!
 また、「川土手の並木の上の」という入り組んだ表現にも一考を要しましょう!
 三席。
     いちはやく冬着まとへる欅より湧くがごとくに椋鳥の群  鳥羽散歩
 最低でも、この程度の作品を詠めなくては、朝日歌壇の入選作家面をしてはなりません!


〇  秋明菊あえかに揺るる昼さがり尊厳死協会より封書  (北九州市)小長光吟子

 「あえかに」とは、「美しくてかよわげなさま、はかなげなさま」を表す、形容動詞「あえかなり」の連用形であり、「世の人に似ず、あえかに見え給ひしも」(源氏物語・夕顔)といった形で用いられている。
 本作の作者・小長光吟子さんは、秋の庭先に咲く、「秋明菊」のもの侘し気に咲く様子に接した際に、「尊厳死協会より」の「封書」を手にしての、自らの淋しい感情を秋明菊の花に移入して、本作を詠んだのでありましょう。
 それにしても、「尊厳死協会よりの封書」との、下の二句はあまりにも唐突に過ぎる表現かと思われます!
 四席。
     色淡く咲いてあえかな夕顔の花にも似たる女なりけり  鳥羽散歩


〇  さよならも言わず往ったと父責めた母も静かに黙して逝きぬ  (東京都)三宅康子

 末期を迎えた高齢者男性が、死に際に己が妻女に向かって、「さよなら、今までお世話になりました!」と言ったとか、言わなかったとか言う類の話は、よく耳にする事ではありますが、もしも我が家の妻女が、死に際にそんな芝居がかった事を口にして天国に旅立ったとしたら、あまりにも出来過ぎていて、我が家の妻女に相応しくない話なので、そろそろ末期の日を迎える心構えをして置かなければならない私・鳥羽散歩としては、真に耳に痛い話であります!
 生前、言いたい放題の事を言い散らし、書きたい放題の事を書き散らしている私でありますから、せめて末期だけは静かにして迎えたいと思うのでありますが、斯く申す私が、マイブログ「詩歌句誌面」の更新を、一ケ月も怠っていたとしたら、それは私の死没の証明に他なりませんから、本ブログの愛読者の方々に於かれましては、何卒、ご町内の空き地から摘んで来た「セイカタアワダチソウ(ぶた草)」の一本も仏壇に上げて下さいませ!
 五席。
      ぶた草はあえかならざる花にして老耄曝す鳥羽の象徴  鳥羽散歩


〇  陶土練る全体重をかけて練るアンモナイトの渦つくりつつ  (渋川市)木暮陶歌人

 「菊練り」と称して、私もその道の師匠から強制されて遣った覚えがありますが、生まれついての虚弱体質の私としては、あまりにも過酷に過ぎる作業なので、大変恥ずかしながら、わずか一ケ月余り通っただけで陶芸そのものを止めてしまいました!
 「アンモナイトの渦つくりつつ」とは、我が師匠が口にした「菊練り」そのものなのでありましょう!
 六席。
      アンモナイトとはよく言うぜ!ニガツブとでも呼んで蔑んでくれよ!


〇  パリの空エッフェル塔のかがやきて「築地」うしなふ東京の秋  (羽曳野市)元橋明司

 「築地・築地・築地」と、この数カ月間は、築地市場の閉鎖に関わる作品が、朝日歌壇への投稿作として、選者諸氏の机上に、マウント・フジの高さほどにも山積みされていたことでありましょう!
 朝日歌壇に投稿して、あわよくば、首席を狙わんとする、世の歌詠みの方々にとっては、震災や洪水やアベノミクスや、秋田市街への熊の出没やパンダの出産などと同様に、築地市場の閉鎖も亦、短歌を詠むための恰好の題材の一つでありましょうから、それも致し方ありませんが、この広い世の中には、財政破綻都市から原発メルトダウン被災地へ、などと、この世の不祥事や災害を追跡して回り、自らの詠歌の題材となさる方も居られましょうから、選者の方々に於かれましては、そうした点にもよくよくご留意されて、選定にあたって下さいまうよう、この私からもお願い申し上げます!
 本作を、私は、「エッフェル塔」の輝く「パリの空」と、「『築地』をうしなう東京の秋」との対比も愚かな月並みな作品として、鑑賞させていただきましたが、今どき、パリ見物したぐらいでは自慢にもなりません!
 七席。
     パリの空の下、エッフェル塔に見下ろされセーヌは流れ腐臭耐え難し  鳥羽散歩


〇  何と無し時計の龍頭われは巻き妻の緊急入院を待つ  (浜松市)松井惠

 「妻の緊急入院を待つ」とはこれ如何?
 交通事故か何かの被害に遭って「緊急入院」した「妻」が、手術室から無事出て来る時を待つ、といった意味なのでありましょうが、それにしても、舌足らずな表現である!
 「何と無し時計の龍頭われは巻き」という、上三句の表現は、妻を待っている間の、何気ない自らの仕草を詠んだものとして、なかなか宜しいとも思われますが、「妻の緊急入院を待つ」という、下二句の表現には一考を要しましょう!
 八席。
      待合室(ラウンジ)で電波時計を握り締め集中治療室(ICU)に目を遣る男  鳥羽散歩


〇  日本ならどこでもいいと決心す教壇に立つ青臭い足  (高槻市)長畑亜由美

 「日本ならどこでもいい」と言ったって、あんた、地方に行けば行くほど、教員採用試験での合格倍率は高くなるんですよ!
 因みに、二十九年度実施の平成三十年度の公立学校教員採用試験の倍率は、貴女がお住いの大阪府での、高校社会科の場合は、十五倍前後でありますが、秋田県のそれは三十七倍余りなんですよ!
 で、その倍率の低い、大阪府にしても、かなり前から、ウルトラ右翼の府知事様が何か変な事を口にしていますから、「青臭い足」にして「教壇に立つ」のは、諦めた方が宜しいのかも知れませんよ!
 九席。
      日本なら何処でもいいと馬鹿にすな!教職員は聖職なるぞ!  鳥羽散歩


〇  東京は坂ばかりなりことごとく上りも坂なり下りも坂なり  (松山市)宇和上正

 私の小学生時代のラジオのクイズの難問の一つとして、「我が国には、上り坂と下り坂とどちらが多いか?」って、奴が在りましたが、「ことごとく上りも坂なり下りも坂なり」なんて、馬鹿言ってんじゃないよ!
 そんなの「当たり前田のクラッカー!」ではありませんか!
 それにしても、名優・藤田まこと氏の死が惜しまれてなりません!
 永田選の末席。 
     上り坂極めた訳では無いけれど下り坂のみ多い昨今  鳥羽散歩 

今週の「朝日歌壇」より(2018/10/28掲載・そのⅢ)  最終版、只今公開!乞う、ご再読! 

〇  この世には天災人災満ちあふれ災害文学方丈記を読む  (渋川市)金谷常平

 言われてみれば確かに『方丈記』に「災害文学」ではありますが、鴨長明作の『方丈記』には安元三年(1177年)の都の火災、治承四年(1180年)に同じく都で発生した竜巻、及び、その直後の福原京への遷都、養和年間(1181年~1182年)の飢饉、更に元暦二年(1185年)に都を襲った大地震など、長明自らが経験した天変地異(天災)に関する記述が為されているだけであり、取り立てて「人災」と言うべき災害に就いての記述には欠けている、と言わなければなりません!
 『方丈記』には、平清盛一門に因る「福原京遷都」を「人災」の一種として扱う読み方も在り得ましょうが、しかしながら、それは「遷都」から「廃都」への日数の短さを記述して慨歎するだけの事であり、そうした惨状を齎した平清盛を肇とした平家一門に対して批判的視線を注いでの記述ではありません。
 し斯くして読むと、本作は、『方丈記』を「災害文学」と断じただけが取り柄の凡作でありましょうし!
 高野選の首席。  
     平成は天災よりも人災が多き時代で取り分け安倍ちやん  鳥羽散歩
     平成は天才よりも凡才の多き時代で総理凡才!


〇  昔ならば由良の岸べでダボハゼと遊んだものを杖が離せぬ  (吹田市)谷村修三

 「由良の岸べでダボハゼと遊んだ」とは、「由良海岸で釣り糸を垂れていたが、外道のダボハゼしか釣れなかった」という意味なのかしら?
 今となっては、「杖」に縋って、一寸刻みに歩くだけになってしまったのでありますから、例え、外道の「ダボハゼ」でも釣れたのは、若き日の佳き思い出として残っているのでありましょう!
 ところで、詠い出しの一句を「昔ならば」と、一音字余りで詠んでいますが、これは、接続助詞の「ば」を除いて「昔なら」と五音で詠んだ方が宜しいのではありませんか!
 「ば」を除いて「昔なら」、或いは「昔日は」としても、条件接続の一句として成立しますからね!
  次席。
      由良の門を渡る舟人なりにしも今となつては杖突き歩む  鳥羽散歩


〇  人の名を忘れ易くてコスモスさんイトトンボさんとひそかに呼べり  (三鷹市)柴田典子

 事の序でに、現職の総理を「モリカケのお友達さん」とか、「アキエちゃんのお父さん」とでも呼んであげたら如何でありましょうか!
 しかも、「ひそかに呼ぶ」のでは無くて、大っぴらに大声を張り上げて「モリカケのお友達さん」、「アキエちゃんのお父さん」と呼んで上げたら、彼は人前も気にせずに喜ぶと思いますよ!
 三席。
     総理の名忘れはせぬがモリカケと呼んでしまえばそれで事足る!  鳥羽散歩


〇  住所録捨てアルバムを捨てて今己れのほかに捨つるものなし  (福岡市)杉野順子

 お子様や御孫様に寄せる大きな期待、そして、朝日歌壇に投稿して紙面に掲載されたいという切ない思い、周囲の人々から、嫁と姑の関係をうまく遣っている姑と思われたいという叶わぬ願望など、まだまだ「捨つる」べきものは、盛り沢山在ると思われますよ!
 従って、「己れをほかに捨つるものなし」などと、在らぬ事を口にして、殊更に死に急ぐ必要はありません!
 斯く申す、私・鳥羽散歩も亦、「住所録」をも「アルバム」をも、前々回の引っ越しの際に、裏庭に穴を掘って作った急造の焼却炉で焼いて処分してしまいましたが、たった一人の妻と自らのブライドだけは、どうしても棄てる気になりません!
 四席。
     孰れ死に孰れ遺骨になる身をば嘆く短歌を詠んでみなさい!  鳥羽散歩


〇  薄紙を捲れぬ時が遂に来て指を舐めるか 舐めざるべきか  (横浜市)毛涯明子

 「舐めざるべきか」は在り得ませんよ!
 斯く申す、私・鳥羽散歩などは、スーパーのポリ袋を指を舐めて開いて、玉葱であろうが、納豆であろうが、森永ミルクチョコレートであろうが、台所洗剤であろうが、人前も気にせずに入れて居りますよ!
 五席。
      新聞のページを捲るに術が無く指に唾付け捲る吾なり!  鳥羽散歩


〇  場内で食べた中トロ丼の味最高でしたさよなら築地  (本庄市)福島光良

 私自身の実体験からすると、築地市場場内の、さる寿司屋で食べた特上寿司も中トロ丼も、決して決して、近場の寿司屋のそれよりは美味しくはなく、しかも安価ではありませんでした!
 従って、「場内で食べた中トロ丼の味最高でした」などと仰るのは、作者ご自身の経験の乏しさと、ご自宅の食事の貧しさとを、自らが暴露しているが如き愚行でありましょう!
 六席。
      場内で食べたお寿司は不味かった!さよなら築地!おはよう豊洲!  鳥羽散歩


〇  汚染水八十九万トンのタンク群上空には八年目の秋雲  (福島市)美原凍子

 福島市の美原さんは、相も変わらず、飽きもせずに、原発題材を追いかけ回して居られるご様子でありますが、本作に就いて述べますと、二句目以後の叙述に、リズム感を失うような「句割れ・句跨り」、更には、字余り句や字足らず句などが混在して居て、必ずしも、美原凍子さん作に相応しい佳作と言えません!
 七席。
      地上には核に塗れたタンク群!あれから八年!悪魔の原発!  鳥羽散歩


〇  猫カフェも梟カフェも動物がホモサピエンス見つめるところ  (渋川市)木暮陶歌人

 着想佳し!
 見立て宜しきを得た傑作である!
 「猫カフェ」や「梟カフェ」にて、「動物」どもに「見つめられる」ところの存在は、私たち人間、即ち、「ホモサピエンス」であるとした、逃げの一種の表現が功を奏した傑作でありましょう!
 八席。
     猫カフェは知っては居たが梟が人間見つめるカフェが在るとは!  鳥羽散歩


〇  唇の触れることなき椀洗う笑まう写真の前に置くため  (さいたま市)吉川敦子

 「唇に触れることなき」まで読んで、官能的にしてエロティックな感じを伴いながらも、今は亡きご亭主殿を題材にした作品とは思いましたが、その後に続く「椀」には、一瞬、「作者にして遣られた!」と感じました!
 「笑まう写真の前に置くため」という下の句も、ごく普通の言葉を連ねながらも、上の三句に唱和しての優れた二句と思われます!
 九席。
     唇に触れし記憶も薄れ行きセピアに染まる写し絵の夫  鳥羽散歩


〇  月見なる優雅な行事は忘れられ南瓜遊戯てふ徒爾の流行る世  (新座市)菊地良治

 「南瓜遊戯」に「ハロウィン」とのルビを施し、「無益な行為」を意味する古惚けた漢語「徒爾」を用いるなど、なかなかなる力業から成る一首である!
 然し乍ら、私たち日本人の間から「月見なる優雅な行事」が、忘れ去られている訳では、決してありません!
 本作の作者は、「徒爾」としての「南瓜遊戯」、即ち「ハロウィン」の、節度を越した流行を危惧するが故に、「月見なる優雅な行事は忘れられ」という、殊更なる表現、昨今の我が国の実態とは異なる三句を上の句として置いたのでありましょう。
 高野選の末席。
      ハロウィン!馬も喰わない化け南瓜!群れ居る女男(めを)は悪魔の眼(まなこ)  鳥羽散歩

今週の「朝日俳壇」より(2018/10/21掲載・そのⅠ)  

○   相続人全部のはんこ秋の風   (泉南市)藤岡初尾

 「こんな端金を手に入れるために、この藤岡初尾様ともあろう天下の美女がこんなにまで煩わしい思いをするとは、一体全体、この日本という国はどうなっているんでしょうね!これほどまでも難儀しなければならないんだったら、こんな端金は、最初から床下のアライグマたちにでも呉れてやればよかったのに!」とは思うものの、お金は欲しいし、煩わしい思いはしたくないしで、折からの秋風が膚に浸みるのでありましょうか?
 高山選の首席。
     秋風や遺言恨めし死者憎し   鳥羽散歩


○   金簪の中の銀簪芒原   (札幌市)村上紀夫

 同じ芒の穂でも陽の当たる処の穂は金色に見えるが、陽の当らない穂は銀色に見えるのでありましょう!
 次席。
     穂芒や姉のかんざし金と銀   鳥羽散歩


○   書を曝す戦後は海の如くして   (横浜市)穴沢秋彦

 戦時中の我が国では軍国主義政府に拠る言論弾圧が厳しく、比較的に穏当な記事を掲載していた『改造』や『中央公論』などの総合雑誌さえも社会主義的傾向の記事を掲載したとして廃刊に追い遣られる始末であった。
 だが、昭和二十年八月十五日の終戦と共に、そうした弾圧から解放された出版社が出版活動を再開し、終戦の翌年の昭和二十一年には前述の二誌を肇として廃刊していた雑誌が次々と復刊されたのであり、さらに岩波書店の『世界』、鎌倉文庫の『人間』など、新たな雑誌も数多く創刊され、一躍、雑誌ブームが到来する事になったが、そうした出版界の盛況の有様や、たった一冊の雑誌を入手するために、東京都内の大規模書店や出版社を取り囲むようにして列を連ねる人々の姿を、その当時のニュース映像が生々しく伝えています。
 三席。
      食に飢え書物に飢えて生還す   鳥羽散歩


○   声変るころの道草夕焼雲   (八千代市)浦卓夫

 野球部の年上の女性マネージャに誘惑されて柄にもなく街で一件の喫茶店にたちよったりしている裡、浦卓夫少年は声変わりの時期を迎えたのでありましょう。
 四席。
      野球部の女子マネまぶき声変わり   鳥羽散歩


○   雑踏にうずくまる人原爆日   (川口市)青柳悠

 水ヲ下サイ
 アア 水ヲ下サイ
 ノマシテ下サイ
 死ンダハウガ マシデ
 死ンダハウガ
 アア
 タスケテ タスケテ
 水ヲ
 水ヲ
 ドウカ
 ドナタカ
    オーオーオーオー
    オーオーオーオー
 天ガ裂ケ
 街ガ無クナリ
 川ガ
 ナガレテヰル
   オーオーオーオー
  オーオーオーオー
 夜ガクル
 夜ガクル
 ヒカラビタ眼ニ
 タダレタ唇ニ
 ヒリヒリ灼ケテ
 フラフラノ
 コノ メチヤクチヤノ
 顔ノ
 ニンゲンノウメキ
 ニンゲンノ       原民喜作『水ヲ下サイ』

 コレガ人間ナノデス
 原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ
 肉体ガ恐ロシク膨脹シ
 男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル
 オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ
 爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ
 「助ケテ下サイ」
 ト カ細イ 静カナ言葉
 コレガ コレガ人間ナノデス
 人間ノ顔ナノデス        原民喜作『コレガ人間ナノデス』

 件の「雑踏にうずくまる人」は、被爆三世なのかも知れませんね!
 五席。
       人間や水を飲むとき口開ける   鳥羽散歩


○   根気よく栗むく背を懼れけり   (群馬県東吾妻町)酒井大岳

 主婦である女性が、台所で一所懸命に<大根擂り>をしている時でさえも、恐ろしくて近寄れないように感じますから、まして、山村の女性が、「根気よく栗(の毬)むき」をしている姿を背後から見ている時は、殺気さえ感じられるのかも知れません!
 六席。
      一心に栗の毬むく美女怖し   鳥羽散歩


○   夕陽から生まれて来たり赤とんぼ   (日進市)松山眞

 真っ赤な夕陽を浴びて日進市の空を飛び交う「赤とんぼ」、赤とんぼの赤が赤い夕陽と一体となって、赤とんぼは夕陽の中から生まれて来たような感じである。
 七席。
      夕焼けに溶けて飛び舞う赤とんぼ  鳥羽散歩


○   秋の星同じ名を持つ人のあり   (さいたま市)久保田恵子

 「秋の星」とは「秋の星座」の意ならんや?
 だとすれば、「秋の星座」には、「アンドロメダ座・うお座・おひつじ座・カシオペア座・くじら座・ケフェウス座・顕微鏡座・こうま座めさんかく座・彫刻室座・つる座・とかげ座・ペガスス座・ペレセウス座・みずがめ座・みなみのうお座・やぎ座」などがあるが、日本人の女性の名として用いられるようなものは「つる座」!、従って、作中の「秋の星」と「同じ名を持つ人」は、「つるさん」なのかも知れませんが、案外、「ペガススさん」だったり、「ペレセウスさん」だったりするかも知れません。
 八席。
      秋の星座の名を持ちてその名・久保田彫刻室さん(笑)  鳥羽散歩


○   評判の理系の姉妹実むらさき   (本巣市)清水宏晏

明治・大正期の女学生と言えば、矢絣か何かの模様の着物に紫の袴姿が、その典型的なスタイルであったが、当然の事ながら、その頃は、「リケジョ」なる当世風の言葉は無かったことは勿論の事、理系学問を学ぼうとする者も殆ど居なかったものと思われ、仮に居たとしても、「虫愛ずる姫君」的な変わり者と看做されて婚期を逃したりしたものと思われます。
 従って、「評判の理系の姉妹実むらさき」とは、当世の理系女子大学生が卒業式に臨む姿かと思われます。
 ところで、その「実むらさき」が「姉妹」揃って、評判倒れの醜女だったりすると、何事に於いても世知辛い現代社会に在っては、就活や婚活にも支障が生じたりするに違いありません。
 九席。
      評判の実むらさきのリケジョにて姉妹揃って彩色兼備  鳥羽散歩

○   切能の笛の高鳴る十三夜   (大阪市)森田幸夫

 「切能」とは、「能に於いて、鬼・天狗・天神・雷神・龍神などがシテとなる曲。五番立においては最後の五番目に演じられることから、切能または五番目物と呼ばれる。また鬼畜物とも言われる。」とか。
 ところで、私は、その「切能」の一つの『鞍馬天狗』を能舞台で鑑賞したことがありますが、本作の肝心要の「笛の高鳴り」に就いての記憶はありません。
 末席。
      名乗り笛吹くや藤田六郎兵衛   鳥羽散歩


○   二次会に行かずに帰る良夜かな   (玉野市)加門美昭

 「二次会」に行かないのは勿論のこと、泥酔せずに帰るからこその「良夜」なのでありましょう。
 稲畑選の首席。
      

○   鶴渡る空の青さとなつて来し   (八代市)山下しげ人
 次席。
○   一枚の紫蘇で変りし晝の膳   (西宮市)児山綸子
 三席。
○   気配してやはり来てゐる小鳥かな   (熊本県菊陽町)井芹眞一郎
 四席。
○   くにうみの神話の島の流れ星   (東京都)大久保白村
 五席。
○   名月や絵本閉ぢれば子の寝息   (小城市)福地子道
 六席。
○   雨を来て風と去りゆく秋遍路   (高松市)白根純子
 七席。
○   窓開けて深呼吸する金木犀   (西宮市)竹田賢治
 八席。
○   登らねば訪はねば摩耶の初紅葉   (神戸市)岩永ひとみ
 九席。
○   迷走もまた台風の進路かな   (長野市)縣展子 
 末席。

○   光さへ重さありける芒かな   (横浜市)山田知明
 長谷川選の首席。
○   見上ぐれば失意の大河いわし雲   (柏市)木地隆
 次席。
○   鳰亦鳰鳰   (いわき市)馬目空
 三席。
○   暑くもなく寒くもなき日秋刀魚焼く   (野田市)松本祐一
 四席。
○   十月や花鳥風月飯茶碗   (養父市)足立威宏
 五席。
○   東西の銀杏且つ散る本願寺   (新潟市)岩田桂
 六席。
○   宝剣岳登山者点となりて消ゆ   (河内長野市)北阪英一
 七席。
○   飛び石を跳ねてどんぐり遊びをり   (南足柄市)海野優
 八席。
○   雀にも物珍しき案山子かな   (高萩市)小林紀彦
 九席。
○   十月や朝日俳壇土俵際   (松阪市)奥俊
 末席。

○   望郷の団栗の独楽回しけり   (高槻市)日下總一
 大串選の首席。
○   逝きし子と手をつなぎゆく花野かな   (尼崎市)ほりもとちか
 次席。
○   破芭蕉身を裂き生くる定めとも   (玉野市)勝村博
 三席。
○   露店湯に百年の笑み生身魂   (多摩市)飯島信明
 四席。
○   廃校の今を彩る紅葉かな   (交野市)世古まさじ
 五席。
○   鰯雲心のさざなみ映しおり   (鈴鹿市)萩森繁樹
 六席。
○   捨案山子俯き歩く吾見上ぐ   (蒲郡市)古田明夫
 七席。
○   虫の音と雨音きそひあふごとし   (豊橋市)河合清
 八席。
○   動物園無数の目光る良夜かな   (横浜市)飯島幹也
 九席。
○   立ち並ぶ昭和の団地カンナ咲く   (静岡市)松村史基
 末席。

古雑誌を読む(短歌・2018年10月号・巻頭28首)

     栗木京子作『移動図書館』

〇  六月の樹上に巣ありみづいろの孵らぬままのたまごを容れて

〇  切り株に今日も座しゐる滑瓢(ぬらりひょん)お辞儀をすればやがて雨降る

〇  絨毯の上でクロールの練習をせし日のありて梅雨明け近し

〇  西銀座の洋傘店にわが従姉勤めをりにき五十年前

〇  亡き人に詫びに行きたし入谷にて買ひし鉢植ゑ朝顔提げて

〇  朝顔の蔓は伸びゆき窓際に下から数へて五つ花咲く

〇  着地後にどろりと垂るるパラシュート思へり芙蓉の花散りたれば

〇  夕立の嚢のなかにひとときを街はしまはる音うしなひて

〇  梅干も茹でもろこしも夕立に濡れつつ青果店に売らるる

〇  防火都市・江戸を築きし知恵伊豆の労いかばかり 雨降りつづく

〇  法廷画家の描きたる教祖麻原のむぢやむぢやの髭ただおぞましく

〇  十三人の死刑執行されし夏 被告らの古き映像流る

〇  荒川を渡れば小菅の拘置所見ゆ断じてここは聖地ではなし

〇  足立区のアレフ施設を拒否せむと署名をつのる回覧板来ぬ

〇  楡の木にもたれて自転車置かれありそのあたりより夕闇の来る

〇  砂場より子が立ちあがり夏ゆふべ水のごとくに影したたりぬ

〇  いだかれてブランコに乗るみどりごは空に近づくたび目をつむる

〇  蟬も鳴かぬ猛暑のひと日暮れたれば川の向かうに花火のあがる

〇  人の声遠ざかりゆき真夜中の橋は闇へと沈みゆくなり

〇  月光が粉のごとくに降る夜なり終電の音とほく聞こゆる

〇  楽しきもの想ひ眠らむひまはりの野をゆく移動図書館などを

〇  台風の去りたる朝に地蔵様、ではなく宅配ボックスを拭く

〇  自転車の表面積の大きさよ何度も雑巾すすぎつつ拭く

〇  封はがすごとく朝の木立より椋鳥は発つ一羽また一羽

〇  八月の試着室いたく涼しくて白夜の国へ続きゐるべし

〇  食みながら泣きしことなし消火器にこころが宿るときは<無>になる

〇  最終便の隣席に眠る男をりフォークボールを投げさうな指

〇  仲秋の月の面にドアありと見つつ宴ののちを歩みぬ  

今週の「朝日歌壇」より(2018/10/21掲載・そのⅢ)  

〇  肉結ぶ光る真綿の地蜂追う人見え信濃の秋は深まる  (長野市)関龍夫

本作は佐佐木幸綱選の首席入選作品であり、選者の佐佐木氏の選評に「信濃の秋の象徴。男たちの蜂の子取りである」とありますが、評者の私から見れば、「佐佐木幸綱氏ともあろう我が国歌壇の重鎮が、この作品の何処に魅力を感じて、首席入選作品となさったのでありましょうか?」とでも、申し上げたくなるような愚作である。
 その内容は、佐佐木氏の仰るが如く、「信濃の秋の象徴。男たちの蜂の子取り」の光景を描いたものでありましょうが、その光景を描こうとしての文章、即ち、「肉結ぶ光る真綿の地蜂追う人見え」という叙述の文脈が乱脈を極めているので、私たち、一般読者が、この叙述の文脈を辿る事は到底困難と思われるのである。
 然し乍ら、斯く申す、私・鳥羽散歩には、佐佐木氏の仰る「信濃の秋の象徴。男たちの蜂の子取り」に就いての予備知識が多少なりとも在るので、「肉結ぶ光る真綿の地蜂追う人見え」という乱れた文脈を通じて、作者・関龍夫さんの言わんとするところは、辛うじて私なりに解るのであるが、常識的、一般的な読み方をすると、この乱脈を極めていて、捻じれに捻じれている叙述の文脈を正確に辿ることは断念せざるを得ません。
 だが、そんな事ばかり言って居て、この作品を突き放していても埒が開かないので、適わぬながらも、この一首に就いて、私なりに読解を試みてみましょう。
 先に指摘した通り、問題は「信濃の秋は深まる」以前の叙述にある。
 先ず「肉結ぶ光る真綿」とは、土の中に巣を構えている「地蜂」の幼虫、即ち「蜂の子」の所在地を突き止め当てるために、男たちが、信濃の秋空に飛ばす伝統的な仕掛けであり、その仕掛けとは、「空中に飛んでいても地上に居る者に見える程度の少量の真綿を引き延ばして、その先端に僅かばかりの肉塊を結び付けて飛ばす。すると、光り輝きながら真綿は秋風に吹かれて大空を飛び舞っている、その真綿の先端に結び付けられた肉塊に地蜂の働き蜂が食らい付くが、真綿は地蜂もろとも大空を地蜂の巣の方へと飛んで行って、蜂の子を貴重な蛋白源として食べようとしている信濃の食い意地の張った男たちを蜂の子がぎっしり詰まった蜂の巣の在る場所に導く」という仕掛けなのである。
 従って、その次第を解り易く正確に述べる為には、「肉結ぶ光る真綿の地蜂追う人見え(信濃の秋は深まる)」という、この一首の叙述は、適宜語句を入れ替えたり必要な語句を補ったりして、「光り輝く真綿の先に結んだ肉塊に食らい付いたままで空中を飛び回り、(ゲテ物食いの信濃の)男たちを(蜂の子がぎっしり詰まっている自らの)巣に導く、地蜂の働き蜂を追っかけ回す男たちの姿が見えて(吾が信濃の秋は深まる)」とでも、言い換えなければなりませんし、取りも直さず、それが本作の作者・関龍夫さんの意図する、この一首の文意でもありましょう。
 然し乍ら、先刻も述べた通り、私が辛うじてこの一首の文意を把握する事が出来たのは、私に予め「信濃の秋の象徴。男たちの蜂の子取り」に就いての予備知識が有ったからなのであり、選者の佐佐木幸綱氏が、この文意不明瞭な作品を首席入選作品としてご選定なさったのも、私の場合と同じような理由からなのでありましょう。
 この駄作に対しては、これ以上の詮索は要しませんが、もう一言付け加えさせていただきます。
 結社誌「心の花」選者の石川不二子氏は、自結社の歌会の席に愚劣極まりない詠草が登場した場合、「こんな下らない作品を表する為の口は私にはありません!次行こう!」と仰ったとのことでありますが、本作などは、石川不二子先生の仰る「次行こう!」の類の駄作であり、何よりも選者・佐佐木幸綱氏の、朝日歌壇にご投稿なさる方々への寛大さと優しさ故の選歌眼の曇りと、その怠慢が責められましょう。
 事の序でに付け加えますと、「信濃の秋は深まる」との、末尾十一音も愚劣極まりない常套句でありましょう。
 佐佐木選の首席。
      己が巣に蜂の子取りを導きて肉塊銜えた働き蜂飛ぶ  鳥羽散歩
 「朝日歌壇」の選者諸氏は、佐佐木幸綱先生のみならず、一般的に「何を如何に詠むか」の、「如何に詠むか」という部分を重視すること無く、「何を」を重視して選歌なさる傾向が強いと思われるのであるが、佐佐木先生が、本作を首席入選歌となさったのも、「信濃の男たちの秋の行事である蜂の子取り」を題材にしている点に魅かれての選歌ミスなのでありましょうか?


〇  白々と月光静まる峡の村刈田の上を鹿の声渡る  (安芸高田市)菊山正史

 「白々と月光静まる」とは、唐宋詩の世界から抜け出して来たような二句である。
 「峡の村」の「刈田の上を鹿の声渡る」との三句の叙述も亦、それらしき風情が感じられて真に宜しい!
 「峡の村」の「刈田」は、棚田状を成しているのでありましょうか?
 だとしたら、その棚田の最上段の田の畔の辺りを「鹿」が妻を恋う声を上げて渡って行くのでありましょう。
 次席。
     妻恋ふる牡鹿の声の聞こえ来て十月二十五日後の満月  鳥羽散歩


〇  鹿害に手を焼き網をすき間なく回らす寺の庭に立ち入り  (瑞穂市)渡部芳郎

 神無月のころ、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里にたづね入ること侍りしに、はるかなる苔の細道を踏み分けて、心細く住みなしたる庵あり。木の葉に埋もるる懸樋の雫ならでは、つゆおとなふものなし。閼伽棚に菊・紅葉など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。  
 かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに、かなたの庭に、大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたるが、周りをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめて、この木なからましかばとおぼえしか。 (『徒然草』第十一段)

 如何に酷い鹿害とは言え、作中の「寺の庭」には、兼好法師の仰るが如く、「この網なからましかば」、との思いを禁じ得ません!
 三席。
    熊害に手を焼く羽後の人々の暮しに思ひを馳する満月  鳥羽散歩
 

〇  山葡萄熟するころは用心せ熊の行き来のしげくなるゆえ  (盛岡市)和田庄司

 「用心せ」なんちゃって、威張って居やがって!いけ好かない南部盛岡の爺様であることよ(なんちゃったりしてね!)
 南部と言い、羽後と言い、今年の熊害の酷さには、私の友人の湯ノ岱マタギの菅昭悦さんさえも「為す術が無い!」と、嘆いて居りましたよ!
 四席。
     言うなれば栗や葡萄は熊の飯!それに手を出す人間悪い!  鳥羽散歩
      

〇  古書店はジャズの流れるらせん堂シュウジとケンジ猫とコーヒー  (青森市)藤田直

 喜多村拓さんが管理なさっているホームページ「前夜祭」に、「青森に古書<らせん堂>」とのタイトルの記事が記載されていましたので、それをそのまま、本ブログに無断転載させていただきます。管理者の喜多村拓さんに於かれましては、宜しくご容赦賜りたくお願い申し上げます。

 青森にいたときはよくお世話になった成田本店に長く勤めて定年で古本屋として新たなスタートを切った三浦さんに直接お会いしておめでとうを言いたいところだが、離れているので、ブログでお祝いしたい。
 彼が独立して古書店をやりたいというのは、息子から聴いて知っていた。わたしがもう東京に出てきていて、古本屋の仕事から手を引いていたときだ。息子から電話で、三浦さんが、うちの古本屋の二階を貸してくれないかという打診があったがお断りしたということだった。息子の考えもあって、無碍に断ったのではないと本人も言っている。息子はいままでも仲間たちが新たな古本屋を開業しては閉めていたので、案じてのことだった。青森県の古書組合加盟店でも、この10年で、廃業した店は9店舗もある。その中では起業して新たに古本屋として参加してきた店も多くあって、参加店で残っているのが2店よりない。その現状を見ているから、勧めないという冷たい返事に聴こえたかもしれない。別に、同業が増えることで反対したのではなかった。うちとしては、家賃をもらえたら、空いているフロアが埋まって、相乗効果もあっていいのだ。前に、市内の古本屋の古河画報さんが、うちの二階を借りて商売をしていた。家賃をもらっていたし、互いに客筋は違うし、客の入りも悪くはなかった。一旦、彼はうちを出て、路面店を開いた。それから最近になってまたうちの二階を借りて店をやっているらしい。話として電話で息子から聴いたので、見ていないからどういうふうにやっているのか、ノータッチで判らないが、いまのような厳しい時代では、寄り添って協業したほうがいいとわたしも思う。一人より二人で、相談相手にもなるし、古書の交換も上下でできる。互いの得手不得手の分野があるから、仕入れで入っていらない本を交換できるメリットもある。
 三浦さんもそのようにして一緒にやったらよかったのか。息子もよく知っているし、書店勤務が長く、古書マニアでもあり、うちでも彼からよく蔵書を買った。いい本を持っている。手放した本でもいい本があるので、今度、古書店で棚に並べた本はきっとすごいのがあるのだろう。想像はつく。古書の世界にも明るい人で、わたしよりは年下だが、キャリアはある。質のいい古書ばかり取り扱うのではないかと期待する。
 今度、とうとう新規開店させたと、フェイスブックで北の街社の娘さんのSさんから画像入りでお知らせがあって判った。場所は古川のうちの古本屋の近くで、歩いてもすぐのところ。離れた場所よりは接近したほうが、何かとお客さんも引き寄せられるし、相乗効果はある。できれば、もう2店ぐらい古本屋が進出してきて、青森市の古本街とでもなってくれたら嬉しい。青森ペンクラブの仲間もそういうコメントをフェイスブックで書いていた。
 三浦さんも落ち着いたら、青森県古書組合に加入して、息子たちと一緒に活動したらいい。いまは、どんどんと脱会し、廃業して、組合も淋しくなってきた。新たな店はみんなが大歓迎なのだ。それに、古書と新刊に明るいプロが入ってくれると、何かと組合も心強い。
 ペンクラブでも成田本店時代には三浦さんに世話になった。ペンの講座を毎月、新町の成田本店の特設会場を借りてやっているが、そのときも全面協力してくれて助かっている。
 何年か前には、三浦さんの紹介で、スキーヤーで冒険家の三浦雄一郎さんのご親戚の方から本をどっさりと買ったことがある。いい本がいっぱいあった。新刊書店のショタレ本という返品できない本も毎年、整理のために依頼されて買っていた。何かと彼がいて助かったことばかり。
 本来なら、青森に出かけてお祝いしたいところだ。開店の花も上げずに、後で知ったので、せめてブログで宣伝させてください。
     古書「らせん堂」
     住所:古川2丁目16-15
     電話:080-2808-0079
     営業時間:11時~19時
 うちの古本屋とは同じ町内会で、遠方からお越しの方は、二店を周っていただければ幸甚です。
 通りには、昔は日活の映画館があり、信行書房という大きな新刊書店もあった、どちらかというと文化的匂いのする賑やかな通りだった。いまはあまり人通りもないが、レンカ堂さんといういまは珍しい帽子屋さんや、ヘリテージレコードというセコハンのレコード専門店、文化雑貨などを売る店など、ぼちぼちと通りに面白い店が出てきている。ちなみにすぐ近くに歌手の矢野顕子の実家のお医者さんがあった。弟さんが港屋というコインバーをやられていたが、どちらも閉めてしまい、少し淋しい思いをしていたが、らせん堂さんがオープしたことは町としても嬉しいニュースだった。

 インターネットを散策していると、思わぬ場面で、青森市古川に開店した、古書店「らせん堂」の品揃えの良さや、店主の三浦さんのお人柄の宜しさに触れた記事に出会う場面が再三に亘ってあります。
 また、掲出作にも詠まれている通り、青森市の古書店「らせん堂」には、青森県出身の作家・太宰治(津島修二)や、同じく青森県出身の歌人・寺山修司関係の古書が盛り沢山書棚に並んでいるとのことであり、インターネット上の写真にも、そうした様子がよく伺われます。
 本を愛する人々にこれ程までも愛されている古書店「らせん堂」には、私もそのうちに足を運んでみるつもりです。
 五席。
     「らせん堂」シュウジ二人を偲ぶ店!寺山修司と津島修二と!  鳥羽散歩 


〇  一年に満たぬ短き休暇後に昏く静かに原子炉は燃ゆ  (高松市)島田章平

 本日付の朝日新聞・朝刊の第三面掲載の記事に拠ると、2018年10月26日現在、我が国に於いて稼働中の原発数は、本州四基、四国一基、九州四基の総計九基であり、そのうちの四国分の一基は、本作の作者・島田章平さんがお住いの香川県の隣県・愛媛県の伊方原発三号機である。
 察するに本作は、件の伊方原発三号機の現況に取材したものでありましょう。
 詠い出し三句の「一年に満たぬ短き休暇後に」とは、幾多の問題を抱えながらも、四国四県及び我が国国民の大多数の反対意見を無視して、「再稼働」という最悪の結果となった伊方原発三号機の、現状に至るまでの帰趨をありのままに述べたものでありましょうが、この一首の眼目は、その後の「昏く静かに原子炉は燃ゆ」に在りましょう!
 利益本位の現代社会の巨大資本と、モラルに欠け、技術のみを追求する、現代社会の科学技術者に加えて、自らの欲望と勢力拡張に飽くなき情熱を燃やす政治家との三者が、合体し握手しての象徴とでも言うべき「原発」!
 その原発の炉心で秘かに赫赫と燃える伊方原発三号機の火は、それ自身が国民の大多数の反対意見を無視して灯され、再稼働されたものであるが故に、赫赫として燃えていながらも、悪魔の体内から迸る炎の如く昏い!
 その火は、赫赫として輝きながら燃えているにも関わらず、私たち人類の現在と未来に甚大なる不幸を齎し、多大なる禍根を残さざるを得ないが故に昏い!
 その火は、亦、人知れず昏く秘かに燃えざるを得ないが故に静かに在らざるを得ないのでありましょう!
 私たち、本作の読者は、 「昏く静かに原子炉は燃ゆ」という、末尾二句の十四音に込められた、作者・島田章平さんの「伊方原発三号機の再稼働」に反対しようとする、密やかにして情熱的な声に耳を傾けなければなりません。
 六席。
     如何様に算段しても損なはず!原発全基即刻廃炉!  鳥羽散歩

〇  ビデオまで使って判定する国の大統領が「フェイク」で済ます  (大和郡山市)四方護

 「蛙の面にションベン」「とは、斯くの如き現象を指して言うのでありましょうが、アメリカさんの事はアメリカさんに任せる事にしても、我が国にも「ションベン」を引っ掛けられても「何の面の皮」の総理大臣がいるのではありませんか!
 八席。
      ビデオなど使ってみてもまるで無駄!言ったの言わぬの安倍昭江の嘘!


〇  愛らしく程よくじゃれてしっぽ振り適度に吠えるロボットの犬  (東京都)森田文康

 「愛らしく程よくじゃれてしっぽ振り適度に吠える」のは、「ロボットの犬」であるが、間も無く開発されて闇で販売されるという噂の「ロボットの美女」は、独身男性や独身でない男性相手に性行為紛いの振る舞いに及ぶとのこと!
 乞う、ご期待!
 九席。
     ロボットがどんなに美女であろうとも俺の立つべきものは立たない!


〇  安芸の地の錆びたるドームに背を向けて青き目の娘は自撮りに夢中  (神戸市)森山功

 件の「青き目の娘」は、「安芸の地の錆びたるドームに背を向けて」はいるが、原爆ドームを背景にした自らの姿を「自撮り」しているのであるから、それはそれで可愛いものではありませんか!
 拠って、問題にするに値しません!
 末席。
     安芸の地の隣の県を地盤とし飽くなき執念燃やす執権!  鳥羽散歩

今週の「朝日歌壇」より(2018/10/21掲載・そのⅣ)  

〇  ドア開けて宅配便を受け取りぬ金木犀の香りとともに  (枚方市)秋岡実
 ドアを開けたのは、本作の作者・秋岡実さん。
 「ドアを開けて」「受け取」って「宅配便」の中身は、シメジ・松茸・初茸と、秋の岡の恵みの茸尽くしのクール便に違いありません。
 高野選の首席。
      ドア開けて受け取りたるはクール便 秋の恵みの茸と木通  鳥羽散歩


〇 秋風が誘ふのだらうゆつくりと車道へ向かふかまきりかなし  (秦野市)関美津子
 「赤風」に誘われたからとて、かまきりの分際で車道に出たりしたらいけませんぞなもし!
 我が国の自動車運転者族は、かつての満州の馬賊みたいな輩ばかりですから、蟷螂などの虫けらの命は勿論の事、人の命だって何とも思っていません!
 轢かれたら最後、車道のコンクリートを微かに滲ませるだけの事である!
 私たち、本作の読者は、「かまきりかなし」という五句目の七音に込められた、生き物の命を愛しむ、作者・関美津子さんの優しさと、彼女のその優しさを育んだ、秦野市の自然風土の豊かさを感得しなければなりません。
 次席。
     秦野市は我のかつての居住地で朝な夕なに阿夫利峯仰ぐ  鳥羽散歩


〇  仕種とか笑顔が好きと言われたい食べっぷりって何やねん それ  (西宮市)佐竹由利子
 「何やねん それ」という末尾七音に込められて関西人・佐竹由利子さんの不満な気持ちとそれとは裏腹なユーモア精神を感得するべき傑作である。
 それにしても、妙齢の女性である他人を誉めるにしても、「食べっぷり」を誉めるとは「何やねん それ」!
 「仕種」とか「笑顔」とか「スタイル」とか「優しさ」とか、もっとましな誉め方が在るはずなのに!
 察するに、本作の作者は、お名前こそは由利子さんなのに、その実は「鬼百合」みたいな面貌をしていて、「食べっぷり」以外には何の取り柄も無い年増なのかも知れません?
 斯く申す私は、未だかつて、他人から誉め上手と言われた事がありませんけれど!
 三席。
     その名こそ由利子なれどもその実は鬼百合・姥百合性根最悪!  鳥羽散歩
 少しは言い過ぎたのかな?反省することしきりなる吾!


〇  祖母明治 母は大正 子ら昭和 孫は平成 続けよ命  (須賀川市)山本真喜子
 明治・大正・昭和・平成とお揃いで、随分と「生産性」のあるご家系ですね!
 しかしながら、肝心要のご自身の事をお忘れではありませんか!
 まさか、慶応や安政生れでもありませんでしょうから、何も隠すことはありませんよ!
 四席。
     自らの事を述べれば字余りになってしまって歌にならない  鳥羽散歩


〇  喜びをカチャーシーにて分かち合う玉城氏とことんウチナンチューなり  (安中市)鬼形輝雄
 支持者の方々と「喜びをカチャーシーにて分かち合う」のは大いに結構であり、「玉城氏」は「とことんウチナンチュー」なのかも知れませんが、沖縄の大地と空と海と人々を「とことん」守るという公約はキチンと果たさなければなりませんよ!
 玉城氏は、着任早々、早くも綻びが見え始めているのではありませんか!
 五席。
     争わず話し合うとはこれ如何?自民相手の話し合い無駄!  鳥羽散歩


〇  世論調査「他よりよさそう」に丸つける人に問いたし何処が良いのか  (春日井市)松下三千男
 「他よりよさそう」との判断は、あくまでも比較的、相対的な関係に於いての予測に基づく判断であるから、「『他よりよさそう』に丸つける人」に「何処が良いのか」と詰問したとしても、確かな答えが返って来るはずもありません!
 六席。
     安倍ちゃんの何処が良いのか解らぬが他より良いから〇を付けたの!  鳥羽散歩


〇  老いらくの日々を切なく軽やかに女どうしで華のハグして  (葛城市)島田美江子
 五句目「華のハグして」の中の「華のハグ」は、「鼻のハグ」の記載ミスかと判断される(笑)。
 「鼻のハグ」とは、「鼻と鼻とをくっ付け合って親しみの情を表す、高齢者女性同士の挨拶の一種」であり、私の知る範囲に於いては、こうした愛情表現を伴った、特殊な挨拶は、「奈良時代に大陸から我が国に渡って来た帰化人たちの間の風習が未だに残存している形態」との事である。
 七席。
     鼻と鼻くっ付け合ってのご挨拶花粉症にはよくよく注意!  鳥羽散歩


〇  啄木の喜之床を見に足立区から五時間かけて明治村に来  (東京都)豊万里

 石川啄木が明治四十二年六月十八日から翌々年の八月七日までの二年間居住した「喜之床」は、現在は愛知県犬山市の明治村(博物館)に移築保存されているが、啄木在世当時は、東京本郷弓町2丁目17番地にあった新井家経営の理髪店であったのである。
 「喜之床」という呼び名は、周辺住民に親しみ愛された床屋としての屋号であったのであり、その当時、京橋滝山町の東京朝日新聞社校正部に勤めていた啄木は、この家の二階二間に、函館の親友・宮崎郁雨に預けていた、母かつ、妻節子、長女京子の三人を呼び寄せ、狭いながらも、この家を妻節子との新婚世帯と定め、文学活動に勤しんでいたのである。
 転居した翌年の、明治四十三年九月には、この地に本籍を移し、十月には、長男・真一が生まれたが、間もなく夭折した。
 そして、長男を失った悲しみの涙が未だ乾かない、その年の十二月に出版したのが、歌人・石川啄木の名を不朽にした処女歌集『一握の砂』である。
 啄木が『一握の砂』を上梓した明治四十三年と言えば、思想家・幸徳秋水とその一党が死刑に遭った「大逆事件」が発覚したのは、この年、明治四十三年であり、喜之床在住時代の啄木は、この狭い二間の家に身を置いて、不治の病を抱えた文士としての自らの行く末と三世代同居の暮しに苦しみ、思想家・幸徳秋水らに対する明治藩閥政府の不当極まりない処遇や、自らもその一員である、明治末年の我が国の行く末などに就いても、あれこれと頭を悩ませたに違いありません。
 八席。
     喜之床の二階二間に身を置いて酒と病に溺れた彼よ  鳥羽散歩


〇  帆を上げて打瀬網引きえびを取る漁舟のいや優雅さよ  (明石市)高野有
 五句目「いや優雅さよ」の「いや」は、「驚いたり感嘆したりしたときに発する語」であり、品詞名としては感嘆詞であり、口語の「まあ・やあ」に相当する。
 例示して説明すると「いや、これは驚いた!」とか「いや、たまげたね!」といった感嘆的会話の発語として用いるのである。
 ところで、本作の作者は、「えびを取る」ための「打瀬網(漁) 」をする小舟を目にして、「いや、優雅さよ」と述べているのであるが、打瀬網漁自体も、それを行うために網を引く小舟も、決して優雅とは言えないものであり、むしろ、風任せ、帆任せといった難儀な面だけが目立つ漁労である。
 従って、評者としての私には、「帆を上げて打瀬網引きえびを取る漁舟のいや優雅さよ」と詠む時の、本作の作者の心理状態には理解し難いものを感じるのである。
 察するに、本作の作者は、丹波の山奥の村に生まれたので、帆を上げた舟(船)に対する羨望感が人並み以上に強かったのかも知れません!(間違って居たら御免なさい)
 高野選の末席。
     海老を捕る打瀬網漁の難儀さよ!舟は帆任せ!帆は風任せ!  鳥羽散歩  

今週の「朝日歌壇」より(2018/10/21掲載・そのⅡ)  

〇  玉城氏の当選の意味沖縄の重荷負ふべしオール日本が  (前橋市)荻原葉月
 作者の意図としては、「沖縄県知事選挙で玉城デニー氏が当選した意味は、米軍基地のあらかたを県内に設置されているという、沖縄の重荷はオールジャパンで負うべきである」と言いたいのでありましょうが、文意がやや不明瞭である。
 また、当選者の玉城氏は、着任早々、公約違反云々を与野党双方から追及されている始末であり、その帰趨がマスコミから注目されている。
 更に言うならば、作者の言う「オール日本」は、今やスポーツの世界にしか在り得ないのではありませんか!
 馬場選の首席。
     カシユリを纏いて踊るが関の山!玉城デニー氏右往左往す!  鳥羽散歩

〇  肉体は借り物だから使い切り映像残し樹木希林逝く  (筑紫野市)二宮正博

 そろそろ四十九日になろうとしている現在、未だに樹木希林題材の作品が幅を利かせていることは、新聞歌壇に投稿する歌詠み諸氏や選者諸氏の着想や表現力の貧困の証明以外の何物でもありません。
 追悼作品に名を借りて死者を食い物にするような事は、そろそろ止めにしませんか!
 次席。
     肉体が借り物ならば借り着着てバージンロード歩むは:幻のまた幻!  鳥羽散歩

〇  八月に防護服着て作業する彼らの汗を知らないは罪  (横浜市)森教子
 七月・八月の暑さ盛りに<肌こ>と称する継ぎ接ぎだらけの汚れた野良着を着て、顔を金網で覆って、<田の草取り>をしていた、一時代前の農家の人々のご苦労の程を思うと、東京電力や自民党政府の不始末を糊塗しようという目的で、「防護服着て作業する」事などは、何でも無いような気もしますが、こんな事を口にしてはいけないのでありましょうか?
 三席。
     ご先祖の苦労を思えばまだましさ!搾取されても貰える賃金!  鳥羽散歩

〇  我が国の空に日本の飛行機が飛べぬ空ありオスプレイ飛ぶ  (三郷市)木村義煕
 本作の作者・木村義煕さんがお住いの埼玉県は、自民党の金城湯池ではありませんか!
 その埼玉県人である貴方が、今更、四の五の言っても始まりません!
 全ての始まりが国政選挙にあり!
 来たる参議院議員選挙に於いては、とにもかくにも野党が結集して勝たなければなりません!
 ねじれ国会を現出させなければなりません!
 更に言えば、公明党を野党側に取り込まなければなりません!
 敵は近きに在り!
 隠れ自民党の国民民主党を壊滅させなければなりません!
 その秘策は何処に在りや?
 四席。
     日本に真の日本の空在りや?真の日本の国土は在りや?  鳥羽散歩

〇  寝たりをする身体に朝寒し君が仕事に出る音がする  (筑後市)近藤史紀
 筑後市の女性は男性を観る目がありません!
 本作の作者の如き男性と世帯を持ったら、泣きを見るのが当たり前ではありませんか!
 彼は、その姓からして「近藤さん」なんですよ!
 近藤史紀さんの奥さんよ!
 「近藤さん」って、どんな意味なのか、あなたご存じですか!
 五席。
     近藤さん!ゴムで出来てる近藤さん!息を吹きかけふくらまそうか!  鳥羽散歩

〇  人見ればハトは近くに降りて来てスズメは逃げてカラス動ぜず  (川崎市)小島敦
 この一首の鑑賞をしようとしている現在の私は、私自身の不注意に因って室内を飛び回っている藪蚊に刺されて痒くてたまりません!
 この藪蚊は、つい先刻、私がリビングの扉を開けた時に飛び込んで来たものと思われますが、それ以来、私の年老いた身体は、手、足、首筋、鼻の頭と、何箇所も悪辣な彼の襲撃に遭って、痒くて痒くて堪りません!
 六席。
     リビングを自由気儘に飛び回る藪蚊よ藪蚊汝は悪魔!  鳥羽散歩

〇  蟷螂の色移ろひし二匹ゐて抱き合ひしままひと夜を過ごす  (高崎市)小島文
 相変わらず藪蚊の襲来は止みません!
 私が苦しんでいる有様を目にして、連れ合いはシューと一吹きすれば済む話ではありませんか、などと気楽な事を言って居るのでありますが、我が家には、その「シューと一吹き」の手立てがありません!
 七席。
      蟷螂の老いぼれとても二匹居て抱き合ったまま夜を過ごすに  鳥羽散歩

〇  地下足袋に産み付けられた蟷螂の卵は春までそっとしてやる  (安中市)入沢正夫
 「安中」や「松井田」と言ったら、昔からヤクザやゴロツキの棲家と相場が決まっているのではありませんか!
 その安中の住人のくせして、本作の作者の入沢正夫さんは、何と優しい事に「地下足袋に産み付けられた蟷螂の卵は春までそっとしてやる」などと、呑気な事を仰います。
 地下足袋が無かったら、旅笠道中に差支えがあるのではありませんか!
 八席。
     首筋に食い付く藪蚊殺したろ!どうせおいらはやくざや野郎!  鳥羽散歩

〇  老い父が住む特養に吾が母校の吹奏楽部が演奏する秋  (横浜市)飯島幹也
 本作の作者は、末尾一句の始末に苦慮した挙句、「演奏する秋」として誤魔化したのでありましょう。
 「演奏する」はともかくとしても、末尾に「秋」と、季節を表す語を置いて逃げるのは、安直短歌の常套手段ではありませんか!
 九席。
     下手糞なブラスバンドが耳に付き老いら眠れぬ特養ホーム  鳥羽散歩

〇  我のこと赤子のように目で追いて無垢になりゆく母の魂  (千葉市)牧野弘子
 末尾「母の魂」の「魂」とは、「気持ち」とか「感情」といったような意味なのでありましょうか?
 末席。
     弘子さんあんたの母さん生きている!「母の魂」何か変だな?  鳥羽散歩 

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