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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

岩田正の一首

〇  イブ・モンタンの枯葉愛して三十年妻を愛して三十五年

 今更解説を要さない名作ではあるが、少し悪口を言わせていただきますと、「臆面もなく、よくこんな恥かしいことを言えたもんだ!」とも思います。
 しかし乍ら、こうした図々し気な作品も亦、岩田正一流の道化スピリットの発露に他ならないと思えば、今更乍ら、彼の早死に惜しまれてなりません。
   抱きみれば枯葉のごとき妻なるよイブ・モンタンの枯葉も愛し  鳥羽散歩
 『郷心譜』所収。
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今週の「朝日俳壇」より(2019/01/06掲載)

〇   存在やど真中なる置炬燵   (越谷市)新井高四郎

 十二畳間のど真ん中に置かれた「置炬燵」ならばこその存在感でありましょうか!
 長谷川選の首席。


〇   落選を楽しむ境地去年今年   (立川市)笹間茂

 痩せ我慢の境地でもありましょうか?
 長谷川選の末席。


〇  来し方を顔に刻みて日向ぼこ  (平塚市)日下光代

 顔の染みと眼尻の皺がそれとなく「来し方」の証しとなっているのである。
 大串選の次席。


〇   車中みなスマホの穴に籠る蛇   (土浦市)中沢弘基

 鎌倉の荏柄天神社詣でから帰って来た連れ合いの話に拠ると、行きの横浜地下鉄の車中は「スマホの穴に籠る女子高生」で満員だったとのこと!
 高山選の首席。


〇   百の幸百の災禍に暦果つ   (泉大津市)多田羅紀子

<プラマイゼロ>ならば、まずは佳しとしなければなりません。
 稲畑選の末席。

今週の「朝日歌壇」より(2019/01/06掲載) 

〇  三尺の自然薯一本ぶらさげて山の患者が診察へ来る  (諫早市)藤山増昭

 「診察へ来る」に疑義有り!
 「へ」は方向を示す格助詞である。
 また、四句目も「山の患者が」とせずに、今少しの具体が要求される場面でありましょう。
 佐佐木選の首席。


〇  受付の水槽覗く昼休み贔屓のエビをモグと名付ける  (北九州市)西江友里

 「モグと名付ける」という具体が宜しい!
 佐佐木選の五席、高野選の九席。


〇  白菜も青梗菜も小松菜も爆音厭わぬ入間の菜園  (所沢市)南條憲二

 「白菜も青梗菜も小松菜も爆音厭わぬ」とあるので、人間と違って、野菜たちは米軍の飛行機の爆音に慣れっ子になってしまっているのかと思ったのでありましたが、「爆音厭わぬ」のは、白菜や青梗菜や小松菜などの野菜では無くて「入間の菜園」だったんですね!
 高野選の三席。


〇  「親馬鹿でいい」と言われて育てたがバカ親だったと思う私は  (金沢市)川渕和美

 「バカ親だった」と自覚しているだけで宜しいではありませんか!
 それで充分です!
 川渕和美さんは決して「バカ親」なんかではありません!
 高野選の四席。


〇  愛人の手当のごとしファミレスで息子家族の分を払うは  (羽村市)草間暁男

 斯く申す、私・鳥羽散歩も、明日は愛人に渡す手当の如く、二子玉川のファミレスで息子家族四人の昼食代を支払わなければなりません!
 高野選の五席。


〇  国会も煽り運転実施中喫緊だからと数の力で  (行方市)前野平八郎

 今回新たに馬毛島買収問題も喫緊の出来事として発生した!
 あの曰く付きの無人島・馬毛島を、何と驚いたことに、我が国の防衛省が百六十億円もの大枚を叩いて買って、米軍に貢くとか?
 永田選の首席。


〇  取り膳に話の弾むことはなく老いの難聴ふたりの孤独  (福岡市)永井祝子

 「取り膳」とは、「男女や親子などが差し向かいで一つの膳に向かってする食事」を指して謂うのであるが、本作の場合は、なにせ、向かい合わせに座った二人が「難聴」の「老い」であるので、せっかくの取り膳ではあるが、「話の弾むこと」なく、時間ばかりが過ぎて行くのでありましょう。
 馬場選の首席。 

「大森静香第一歌集『てのひらを燃やす』」より

〇  カーテンに遮光の重さ くちづけを終えてくずれた 雲を見ている

〇  ハルジオンあかるく撓れ 茎を折る力でいつか別れるひとか

〇  夕闇があなたの耳に彫る影をゆうやみのなかで忘れたかった

〇  つばさ、と言って仰ぐたび空は傾いてあなたもいつか意味へと還る

〇  言葉と声がすれちがう場所と思うから夜ふかぶかと首を抱きぬ

〇  先に眠ったあなたからはみ出してきた夜をさかなの薄さでねむる

〇  やましさが案山子のように立っているからだを抜けてくるのか歌は

〇  どこか遠くでわたしを濡らしていた雨がこの世へ移りこの世を濡らす

〇  ひらがなは漢字よりやや死に近い気がして雲の底のむらさき

〇  あとがきのように寂しいひつじ雲見上げてきみのそばにいる夏

〇  生活をすこし重ねて逢う日々にトルソーに似た残像ばかり

〇  寂しいひとに仕立て上げたのはわたし 落ち葉のように置き手紙あり

〇  背景にやがてなりたしこの街をあなたと長く長く歩いて

〇  風のない史跡を歩む寡黙なら寡黙のままでいいはずなのに

〇  きみいなくなればあめでもひかるまちにさかなのようにくらすのだろう

〇  こころなどではふれられぬよう赤蜻蛉は翅を手紙のごとく畳めり

〇  平泳ぎするとき胸にひらく火の、それはあなたに届かせぬ火の

〇  彫り深き秋とおもへり歳時記の挿し絵に鳥はみなつばさ閉じ

〇  触れることは届くことではないのだがてのひらに蛾を移して遊ぶ

〇  晩年のあなたの冬に巻くようにあなたの首にマフラーを巻く

〇  白い器に声を満たして飛ぶものをいつでも遠くから鳥と呼ぶ

〇  光りつつ死ぬということひけらかし水族館に魚群が光る

〇  とどまっていたかっただけ風の日の君の視界に身じろぎもせず

〇  かなしみの分け前として花冷えの夜はあり君の背に触れてみる

〇  あなたの部屋の呼び鈴を押すこの夕べ指は銃身のように反りつつ

〇  夕空が鳥をしずかに吸うように君の言葉をいま聞いている

〇  合歓の辺に声を殺して泣いたこと 殺しても戻ってくるから声は

〇  晩年のあなたの冬に巻くようにあなたの首にマフラーを巻く

〇  忘れていい、わたしが覚えているからと霙の空を傘で突きゆく

〇  風のない史跡を歩む寡黙なら寡黙のままでいいはずなのに

〇  手花火を終えてバケツの重さかなもうこんなにも時間が重い

〇  目に見える風と見えないその風を映画は描き分け長かりき

〇  触れることは届くことではないのだがてのひらに蛾を移して遊ぶ

〇  やましさが案山子のように立っているからだを抜けてくるのか歌は

〇  曼珠沙華噛み合いながら炎えている道であなたとすれちがいたい

〇  後ずさりできぬ鳥たち 二人称をずたずたにする夕焼けだった

〇  寂しいひとに仕立て上げたのはわたし 落ち葉のように置手紙あり

〇  これは君を帰すための灯 靴紐をかがんで結ぶ背中を照らす

〇  みずうみの絵葉書を出す片隅にえんぴつで水鳥を浮かべて

〇  一心に梨の皮削ぐ手のあなた さびしい水は死なせてあげて

〇  手花火を終えてバケツの重さかなもうこんなにも時間が重い

〇  浴槽を磨いて今日がおとといやきのうのなかへ沈みゆくころ

〇  手花火を終えてバケツの重さかなもうこんなにも時間が重い

〇  冬の夜のジャングルジムに手をかける悦び 手には生涯がある

〇  どこか遠くでわたしを濡らしていた雨がこの世へ移りこの世を濡らす

〇  透きとおる砂の時計を落ちてゆくあれが時間であるのかどうか

〇  生きている間しか逢えないなどと傘でもひらくように言わないでほしい

〇  自転車を軋ませながら帰る道がまんづよさはかなしまれにき

〇  喉の深さを冬のふかさと思いつつうがいして吐く水かがやけり

〇  われの生まれる前のひかりが雪に差す七つの冬が君にはありき

〇  ふたりでいればいつかふたつの死となろう野はらの石のように温くて

〇  紫陽花のふくらみほどに訪れるあなたを産んだひとへの妬み

〇  言葉より声が聴きたい初夏のひかりにさす傘、雨にさす傘

〇  いつもわたしがわたしの外にいてさびしい豆腐のみずも細く逃がして

〇  唇と唇合わす悲しみ知りてより春ふたつゆきぬ帆影のように

〇  つばさ、と言って仰ぐたび空は傾いてあなたもいつか意味へと還る

〇  空の端ちぎって鳥にするような痛みにひとをおもいそめたり

〇  祈るようにビニール傘をひらく昼あなたはどこにいるとも知れず

〇  もみの木はきれいな棺になるとうこと 電飾を君と見に行く

〇   レシートに冬の日付は記されて左から陽の射していた道

〇  冬の駅ひとりになれば耳の奥に硝子の駒を置く場所がある

〇  風のない史跡を歩む寡黙なら寡黙のままでいいはずなのに

〇  沈黙がリラを咲かせてもう何もこぼれないよう手の下に手を

〇  この生にたとえばどんな翼でもみずから燃やしてしまうわたしは

〇  夕焼けに喰い込む牙を持つこともあなたがあなただから言わない

〇  風の昼運ばれてゆきてのひらを離れてからがほんとうの柩

〇  つばさすらないのに人は あまつさえ君は夕暮れに声低くする

〇  憎むにせよ秋では駄目だ 遠景の見てごらん木々があんなに燃えて

〇  雲のことあなたのことも空のこと 振り切ることのいつでも寒い

〇  これでいい 港に白い舟くずれ誰かがわたしになる秋の朝

〇  つぎつぎに鶴を産むのよゆびさきを感情をどこへもとばさぬように

〇  声は舟 しかしいつかは沈めねばならぬから言葉ひたひた乗せる

〇  売ることも買うこともできる快楽、と思いつつはぷはぷ牛乳を注ぐ

〇  奪ってもせいぜい言葉 心臓のようなあかるいオカリナを抱く

〇  空はいつわたしへ降りてくるのだろう言葉の骨に眩みゆく夏

〇  たましいよ ブイは皓歯のしずけさで並んでいるがおまえも行くか

〇  生前という涼しき時間の奥にいてあなたの髪を乾かすあそび

〇  どこか遠くでわたしを濡らしていた雨がこの世へ移りこの世を濡らす
   
〇  かろうじてそれはおまえのことばだが樹間を鳥の裸身が揚がる

〇  風に散る紙を一枚ずつ拾いここがわたしの世であったこと

〇  まばたきのたびにあなたを遠ざかり息浅き夏を髪しばりたり

〇  後戻りするものだけがうつくしい枇杷の種ほど光る初夏

〇  こころなどではふれられぬよう赤蜻蛉は翅を手紙のごとく畳めり

〇  言葉にわたしが追いつくまでを沈黙の白い月に手をかざして待てり

岩田正の一首

〇  コロッケを揚ぐる肉屋の香が流れ小学校の帰路ぞかなしき

 
 『郷心譜』所収作品であるが、『郷心譜』は平成四年九月刊行の歌集であり、岩田・馬場夫妻はその十数年前に川崎市麻生区に転住しているので、本作は岩田正が川崎市麻生区の現住居(生前のご自宅)転住後に詠まれた作品と思われる。
 岩田正は小田急線柿生駅利用客の一人であり、柿生駅の周囲はそれなりの賑わいを見せているささやかな商店街を成していて、その間近には川崎市立柿生小学校がある。
 小学児童が学校帰りに、駅前の肉屋でコロッケを揚げる光景に見とれていたり、揚がったコロッケの香しい匂いを嗅いでいたりする光景は、生前の岩田正がよく目にしていた光景でありましょうし、また、東京都内に生まれ育った岩田自身にも、少年時の自らが為したそうした経験を回想する機会があったに違いない。
 だとするならば、本作は、小田急線柿生駅の利用客である岩田正ご自身が、柿生駅前の商店街などで実見した光景と、少年時の彼自身の実体験とがダブルイメージを成して読まれた作品であろうと推測される。
 商店街の肉屋でコロッケを揚げる光景にみとれる学童を見つめる岩田の胸底には、自らが少年時に件の学童と類似した事を成した、という記憶があったに違いない。
 学校帰りの学童の為す行為を見つめる岩田は見つめられる岩田でもある。
 岩田に見つめられる学童も哀しいが、自らの少年時を回想する岩田ご自身も哀しく切ない。
 再度言うが、本作は、岩田正の過去の思い出と目前の光景とがダブルイメージを成して詠まれた作品であり、ある意味では〈本歌取りの歌〉と言っても宜しい内容の歌である。 

「井上法子第一歌集『永遠でないほうの火』」より

〇  ひかりながらこれが、さいごの水門のはずだと さようならまっ白な水門

〇  こころにも膜があるならにんげんのいちばん痛いところに皮ふを

〇  ときに写実はこころのかたき海道の燃えるもえてゆくくろまつ

〇  きみがきみでなくなった日の遠い崖 かじかんでどうしても行けない

〇  白布。こころのたまり場になる白書。でも破れそうなら歴史をあげる

〇  ずっとそこにいるはずだった風花がうたかたになる みずうみに春

〇  畔には泡の逢瀬があるようにひとにはひとの夜が来ること

〇  どうしても花弁をほぐすのが苦行どうしても悪になりきれぬひと

〇  ためらわず花の匂いのゆびさきに 頬に ほとばしるわたしたち

〇  性愛を匂わす影にひとひらの花弁を置いて感じないふり

〇  墜ちてゆく河のようだね黒猫の目をうつくしい雨が濡らして

〇  いつまでもやまない驟雨 拾ってはいけない語彙が散らばってゆく

〇  かたくなな火はありますかわたくしの春にひとつの運河が消えて

〇  加速するけれどしずかなはなやぎを抱いて瞑つむる 誰にも告げず

〇  透明なせかいのまなこに疲れたら芽をつみなさい わたしのでいい

〇  ほの青い切符を噛めばふるさとのつたないことばあそびがせつない

〇  月を洗えば月のにおいにさいなまれ夏のすべての雨うつくしい

〇  選んでもらったお花をつけて光らずにおれない夜の火事を見にゆく

〇  花かがり 逢えぬだれかに逢うための灯の、まぼろしのときをつかえば

〇  海に魚さざなみたてて過ぎてゆくつかいきれない可視のじかんの

〇  ふいに雨 そう、運命はつまずいて、翡翠のようにかみさまはひとり

〇  くちをひらけばほとばしる火をかみくだき微笑んでほほえんで末黒野

〇  きみには言葉が降ってくるのか、と問う指が、せかいが雪を降りつもらせて

〇  降りては来ない あふれるのよ 遠いはかないまなざしからきっとここへ

〇  目をとじて運河のことはそっとしておやすみよその灯りの下で

〇  雪の舟とけてこれから花の模写 始まらないから終われなかった

〇  冬の影 わたしのあとで肯いてきみが革命を語ればいいさ

〇  地続きのほのあかるさよ にんげんの飽きっぽささえこんなに光る

〇  〈おかえり〉がすき 待たされて金色のとおい即位に目をつむるのさ

〇  日々は泡 記憶はなつかしい炉にくべる薪 愛はたくさんの火

〇  煮えたぎる鍋を見すえて だいじょうぶ これは永遠でないほうの火

〇  逆鱗にふれる おまえのうろこならこわがらずとも触れていたいよ

〇  すぐ溶けるくらげのために夜を敷きこどものままでそこに居たこと

〇  期待されてつらかったね蕾 泣かないように春雷を蒔く

〇  よくねむる病気になってさみしくて睦月おかえりなさい。花野へ

〇  どんなにか疲れただろうたましいを支えつづけてその観覧車

〇  葉月尽いとしいひととふるさとと青には青の挨拶がある

〇  透明なせかいのまなこ疲れたら芽をつみなさい わたしのでいい

〇  ぼくを呼んでごらんよ花の灯のもとに尊くてもかならず逢いに行くさ

〇  紺青のせかいの夢を翔けぬけるかわせみがゆめよりも青くて

〇  ひかりひとつ奏で終えても(ほら ふるえ)にんげんは詩のちいさな湊

〇  こうしていてもほら、陽だまりはちゃんとある 戻ろう めぐるときのさかなに

〇  耳ではなくこころで憶えているんだね潮騒、風の色づく町を

〇  押しつけるせかいではなくこれはただいとしいひとが置いてった傘

「永田和宏第六歌集『饗庭』」より

〇   やはらかき春の雨水の濡らすなき恐竜の歯にほこり浮く見ゆ
〇   大いなる伽藍のごとく吊られいる骨の真下を見上げつつ行く
〇   ミイラ並べる地下より出でて夕光の深き角度はやや不安なり
〇   遠り雨過ぎたる坂の石だたみ 無人の坂は立ち上がる気配
〇   土まだら草生まだらに濡れている西より日照雨の脚はやく去る
〇   川端丸太町西岸に来てりかえる比叡の肩に雨雲は垂る
〇   今夜われは鬱のかわうそ 立ち代わり声をかけるな理由を問うな
〇   雨雪に左の肩は濡れながらきのうの嘘をなおあたためる
〇   馬印の燐寸つらつらかの頃の燐寸の馬は笑っていたか
〇   夏井戸のめぐりの猛き雑草を刈れる人あり誰か死にしか
〇   枇杷の実の貧乏くさき実が成れる路地を曲がれば葬式に遭う
〇   枯れ蔦の根がびっしりと覆いいる洋館点り脳髄のごとき
〇   目を見ずに話すのは止せ葉桜の美しい季たちまちに過ぐ
〇   茶の花のほのかな気配 遠く在りし人は死ののちにくきやかに顕つ
〇   声低く兄いもうとが解きいたる真夜の隣室因数分解
〇   水紋のようにしずかにひろごれる夕べかなかな声の濃淡
〇   水鳥の水走る間の蹠のこそばゆからむ笑いたからむ
〇   にんげんに窪多きかななかんずくおんなの窪に射す光やさし
〇   釣り堀の背はみな猫背扁平の冬のひかりを薄く溜めいつ
〇   レンタカーに無きものひとつ霊柩車その内側をわれはまだ見ず
〇   隣にて小便をする男不意にわが歌の批評を始めたり
〇   完璧な退屈こそが贅沢とうたえるリゾート案内を閉ず
〇   つまらなそうに小さき石を蹴りながら橋を渡りてくる妻が見ゆ
〇   堰落つる水がとらえてはなさざる白きボールの踊れるを見つ
〇   旧仮名のをんなといえる風情にて日傘が橋をわたりくるなり
〇   コインランドリー真夜を点しつ青年が読みつつ時にひとり笑いす
〇   裸木の桜の枝にほのかなる紅刷くほどの春は来にけり
〇   磨硝子のむこうにひっそり湯を浴びる妻には妻の言い分があり
〇   たれもたれも同じ裸身を包みつつ西陽影濃き車内に眠る
〇   三角定規ふたつ重なり置かれある机上ほのかに夕べの翳り
〇   上の句がまだ見つからぬ春の雨百足屋質店の看板濡るる

古雑誌を読む(短歌研究・昭和十年一月號)

「『聖戦の詔勅を拝して』(短歌研究・昭和十七年一月号)」より(参考文献)
2018-09-20 16:48:01 | 短歌

宣戦の詔勅を拝して 「短歌研究」(昭和十七年一月號)

北原白秋
 天にして雲うちひらく朝日かげ真澄み晴れたるこの朗ら見よ
 おぼほさむ戦ならずしかもなほ今既にして神怒り下りぬ
 事しありて死なまく我ら一億の定あきらなり将た生きむとす
 長き時堪へに堪へつと神にしてかく嘆かすか暗く坐しつと

吉井勇
 大詔いまか下りぬみたみわれ感極まりて泣くべく思ほゆ
 大詔聴きつつ思ふいまぞわれら大君のために死ぬべかりけれ
 勝たむ勝たむかならず勝たむかくおもひ微臣のわれも拳握るも

岡麓
 敵国の沈まぬ艦とほこれりし艦を沈めつ正に勇悍(たけし)や
 大御稜威かしこくもあるか戦争は必勝つにさだまりにけり

川田順
 厳粛(おごそか)にいくさを宣らすみことのり独り坐りて吾が捧げ読む
 たたかひの大みことのり降りたる即日敵の艦(ふね)爆ぜ沈む
 天地に寒さの浄く凝る時し大東亜戦宣らせ給へり

尾山篤二郎
 暉ける月日と倶に大御稜威海坂越えて照りわたらふよ
 天地のむたと言ひ嗣ぎきたりたる彊るところ無き御光や

土岐善麿
 撃てと宣らす大詔遂に下れり撃ちてしやまむ海に陸に空に
 ルーズヴェルト大統領を新しき世界の面前に撃ちのめすべし
 横暴アメリカ老獪のイギリスあはれあはれ生恥さらす時は来向ふ

相馬御風
 おほみことつひにくだりぬかむつるぎつひにくだりぬしこがかうべに
 あじあの敵人類の敵英米を今こそうてと神宣らしたり
 神にます君のみことをかしこみて捧ぐるいのち豈死なめやも

与謝野晶子
 強きかな天を恐れず地に恥ぢぬ戦をすなるますらたけをは
 子がのれるみ戦船のおとなひを待つにもあらず武運あれかし
 み軍の詔書の前に涙落つ代は酷寒に入る師走にて

石榑千亦
 天地の神もきこしめせ世の為にみはかしとらす大みことのり
 太平洋の波天をうつとも踏み破る日本男児の鋭心ぞこれ

窪田空穂
 空中魚雷もちて母艦を離るるは我ならずやと心亢ぶる
 皇国の海軍を見よ世界いま文化の基準あらためぬべき

齋藤茂吉
 絶待に勇猛捨身の攻撃を感謝するときに吾はひれ伏す
 大きみの統べたまふ陸軍海軍を無畏の軍とひたぶるおもふ

金子薫園
 皇祖皇宗の神霊上にありとかしこし厳かに秋霜の如く
 大詔を宣明する東条首相の全身は声になりてひびく

松村英一
 髪あかくまなこの碧き異つ国撃ちて浄めな攘ひ和さな
 明らかに神の見給ふたたかひに邪曲はなし敵を討つべし

半田良平
 畏きや天の岩戸よりさしいでし御光に似て御詔勅
 大君の詔勅のまにま飛びたてる機上の兵はすでに神なり
 皇紀二千六百一年を境として世界史は大いなる転換をせむ

金子元臣
 現つ神わが大君の御こころに背きし奴しが面剥がむ
 勝速の勝ちのすすみは靖国の神もい挙り往き助くらし

武島羽衣
 御民われら燃ゆる一つの弾丸となりてうち砕きてむあたの国国
 とこしへの平和のための戦ひを詔らす御言葉は神の御言葉

土屋文明
 東京に天の下知らしめす天皇の大詔に世界は震ふ

佐々木信綱
 大君の大みことのり天にして皇祖の御神うづなひきこさむ
 大勅のまにまに挙る一億を今日こそ知らめアメリカイギリスども

尾上柴舟
 来べきもの来し日の今日ぞ今日よりの我等の路に迷はむものか
 今よりは日本洋と名をかへむ御国のものぞ太平洋は

佐佐木信綱
 大詔かしこみまつり一億の御民の心炎とし燃ゆ
 大君のみことのまにま臣民皆が国に殉ふ時し来れり

釈迢空
 捷報は頻りに頻る。戒めて、この歓びに狎れざらむとす



大詔渙発

高村光太郎
 棒立ちになつた議長は僅かに口を動かして
 午後一時までの開会延期を宣した。
 「それまで静かにお待ち願ひたい」と
 ゆつくりしづかに議長がのべる。
 議場はもうさとつた。
 重大な決意が千余名をしんとさせた。
 歴史的な時間は分秒に音なく、
 午前十一時四十五分、
 ラジオは宣戦布告を報じた。
 午後一時
 恭しく捧げられた詔書が議場に入る。
 議長は少しふるへる手でこれを展げる。
 大詔を拝して議場に箇々の人影なく、
 ただ粛然たる一団の魂があった。
 開会の式は順を逐ふ。
 宣言決議の案文を待つ時
 議場はたちまち熱気に満ちて猛然たり。
 即ち我は此記念の席に坐して此詩を書く。
  昭和十六年十二月八日作。

 此日の感激は昭和に生きた日本人たるものの終生忘れ難いところであらう。
 此日恰も第二回中央強力会議の第一日目にあたり、筆者も各界代表の一人として
 末席に列り、詔書の奉読を聴いて恐懼に堪へず、座席に釘づけとなつたまま、此詩
 を卓上の紙片に書いた。会議の宣言決議文は宮城前にて朗読せられた。

三枝昂之『昭和短歌の精神史』を読む【2】  ~第二部
第二部

1、国難来(きた)る、国難は来(きた)る─歌人たちの大東亜戦争

昭和16年12月8日、日米開戦の日のことが書かれている。その日の歌人ら文学者らの反応。
五歳の小中英之が庭に飛び出して「センソウ、バンザイ!」と叫んだというエピソード。

短歌研究が「宣戦の詔勅を拝して」という特集を組んでいる。そのころの歌を見てみると、短歌は戦争への意欲、士気を高めるための「コピー」のような役割を持っていたんだなと思う。

大きみの統(す)べたまふ陸軍海軍を無畏(むゐ)の軍(いくさ)とひたぶるおもふ/斎藤茂吉

『「短歌研究」の特集に示された心を一言で言えば〈やった!〉である。茂吉にそれがもっとも濃い形で現れている。もう少していねいにまとめれば、米英への憤りと宣戦の詔への感涙、そして初戦の成果への喝采である。』



2、還るうつつは想わねど──学徒たちの戦争

学徒出陣。入営してから吉野昌夫が木俣修に葉書で歌を送り、やりとりしたこと。師弟のよい関係。
『木俣が真摯に受け止め、細やかに指導するから、厳しい日々の中でも吉野の歌作が持続した。そこには打算が介入する余地のない、師弟のうるわしい絆がある。』

武川忠一などが参加した早大短歌会の歌誌「槻の木」のこと。そこに載った敗戦歌が大新聞や有力雑誌とかわらないことについて。
『なぜみんな同じ嘆きになるのか、もっと自分の心理の襞に分け入った表現は出来ないのか、という疑問はあってもいい。しかしながら、彼らの答えは明確なのではないか。他人と違う歌を模索することよりもなによりも、突き上げるような悲嘆をうたうことが大切だった。』




3、幾世し積まば国は栄えむ──歌人たちの敗戦

多くの歌人の敗戦の時の状況が書かれている。

半田良平は戦争で息子を失った。歌や日記にそのことが繰り返し書いてあり、悲痛だ。


若きらが親に先立ち去ぬる世を幾世し積まば国は栄えむ/半田良平



4、草よ繁るな──短歌の中の沖縄戦

ひめゆりの少女たちのこと。仲宗根政善を中心に。

沖縄戦かく戦えりと世の人の知るまで真白なる丘に木よ生えるな草よ繁るな/仲宗根政善

『仲宗根の短歌はすぐれているとは言い難いが、修辞的な優劣だけが歌の価値ではない。短歌だからこそ託すことのできる心の襞があり、そのことを示すことも大切な歌の価値である。』



5、海山の嘆き──歌人たちの八月十五日

昭和二十年八月十四日の夜に、佐佐木信綱に「いよいよ明日は大変なラジオ放送があるから歌を詠んで欲しい」という依頼がくる。玉音放送の前に玉音放送歌がつくられた。


玉音放送への歌人たちの反応。

ざまを見よ、ざまを見よとし罵り歩む東京焦土空に一機なく/近藤芳美



6、彼等皆死せるにあらず──悲歌と慟哭

窪田空穂の長歌「捕虜の死」が読みごたえある。



7、斎藤茂吉日記「八月十四日ヲ忘ルヽナカレ考」

斎藤茂吉の日記の「八月十四日ヲ忘ルヽナカレ」は「十五日」の誤記であるとする考えへの反論。
戦争終結の「聖断」がくだされたのが十四日であること。
コメント

今週の「朝日歌壇」より(2019/01/06掲載・第35回朝日歌壇賞)               あけましておめでとうございます。

 馬場あき子選
〇  はつ夏にめんどりの声はるかして地球のどこか卵生れたり  (岐阜市)後藤進

 (選者評) 一個の卵が産み落とされた初夏を地球規模で捉え、生命誕生が祝福された。
 (作者の感想) のどかな田舎に住み短歌を親友として暮らしています。私の歌を読んでくださる方に大きな世界を伝えたいと思っています。

 目前にて展開されている生命誕生劇を、「地球のどこか卵生れたり」とした点に、作者の誇大妄想狂的な工夫が見られる一首である!
 とは申せ、私・鳥羽散歩は、短歌表現に於ける誇大妄想狂的な発想を、必ずしも否とするものではありません!
  短歌表現に於ける誇大妄想狂的な発想並びに表現は、時により、場合に依っては是とし、推奨されなければならないと思われますが、本作はその一例でありましょう!
 「コケコッコー」などとけたたましい声で時を告げる雄鶏の場合とは異なり、牝鶏の場合は「コーコー」とか細い声で鳴くばかりでありますから、二、三句目の「めんどりの声はるかして」という表現は、或いは不適切な表現のようにも思われましょうが、「コーコー」と言う牝鶏のか細い声が「はるかして」という遠大な距離感を醸し出しているのかも知れません。
 何はともあれ、この度の後藤進さんの朝日歌壇賞受賞を、私・鳥羽散歩は衷心よりお慶び申し上げます!
     初春のご受賞まことにおめでとう!雌雄の鶏の鬨の声揚ぐ!  鳥羽散歩


 佐佐木幸綱選
〇  人間に自然に春の嵐吹き兜太の骨のどつかりとあり  (熊谷市)内野修

 (選者評) 兜太さんにふさわしいスケールの大きな挽歌。兜太さんも喜ぶだろう。
 (作者の感想) 兜太先生のご葬儀の時に弟子たちも骨上げをした。どっしりとしたお骨だった。春嵐の中、身の引き締まる思いだった。

 「人間に」そして「自然に」吹き寄せる春風ならぬ「春の嵐」さえも物ともせずに、金子「兜太さんの骨のどつかりとあり」といったところでありましょうか!
 格別な読みの指定はありませんが、「人間(に)」は「じんかん(に)」と、「自然(に)」は「じねん(に)」と読むべきでありましょうか!
 反骨の生涯を貫いた金子兜太氏に相応しい遺骨は、「どつかり」としたものでなければなりません!
 骨太の生涯を貫いた金子兜太氏の遺骨は、「どっしり」として重みのあるものでなければなりません!
 本作こそは、昭和・平成俳壇の異端の巨匠・金子兜太氏の偉業を「どつかり」とした遺骨で以て顕現した佳作である!
     骨太の金子兜太の許さないアベの政治を粉砕しよう  鳥羽散歩


 高野公彦選
〇  金沢の駅に降りたち金箔のアイスに出逢ふ  ああ百万石  (越前市)内藤丈子

 (選者評) 金箔入りアイスに出逢った驚き。ああ百万石、という結句がいい。
 (作者の感想) 心が動いた瞬間の気持ちを歌に詠む、その楽しさに魅了されています。この賞を励みにこれからも詠み続けます。

 「さいはての駅に下り立ち/雪あかり/さびしき町にあゆみ入りにき」とは、『一握の砂』所収の石川啄木の名作であるが、彼・石川啄木は、明治41年1月21日の夜9時半に釧路駅に下り立ち、当日から同年4月5日までの76日間を釧路に滞在し、22歳の若い記者として釧路新聞の三面主任を任され、実質的には編集長格として僅か25円の薄給で働いたとのことであります。
 本作の作者は、釧路の駅ならぬ「金沢の駅に降りたち金箔のアイス」に出逢ったとの事でありますが、斯く申す、私・鳥羽散歩は、この亥歳の元旦に、自宅にて金箔入りのお屠蘇を飲み、金箔入りのお雑煮を食べ、妻女と二人で密やかな新年の祝いのひと時を持ったのでありましたが、翌日の午後に訪れた長男の手土産のケーキが金箔貼りであったが故に、二日続きで金箔をお腹に詰め込み、腹痛を起こした仕儀とは相成りました。
 それにしても、さすがは加賀百万石の商人魂である!
 最中の皮に金箔を貼り、鍋焼饂飩に金箔を浮かべ、海老天蕎麦の衣に金箔が入っているところまでは私も知っていましたが、まさま、まさか、「金箔のアイス」までが登場したとは存じ上げませんでした!
 それはともかくとして、越前市にお住いの内藤丈子さんに於かれましては、この度の、朝日歌壇賞のご受賞まことにおめでとうございます!
     加賀鳶の尻を絡げし褌ゆ金箔見ゆる出染め式かな  鳥羽散歩

 
 永田和弘選
〇  「さう思ふ」「どちらでもない」「思はない」いつも多数は「どちらでもない」  (高松市)島田章平

 (選者評) 民主主義の最大の敵は横暴な権力ではなく民衆の無関心そのものである。
 (作者の感想) 国会への失望。でもこれが民主主義。まいた種の成長まで諦めず焦らず。「どちらでもない」選択だけはしたくありません。

 「民主主義の最大の敵は横暴な権力ではなく民衆の無関心そのものである」とは、正しくも<然り>であります!
 「まいた種の成長まで諦めず焦らず。『どちらでもない』選択だけはしたくありません」とは、これも亦、全く以て同感であります!
 そもそもの話をすれば、肝心要の政党でさえも、「どちらでもない」的な態度を取っているのではありませんか!
 それはともかくとして、島田章平さん、この度の朝日歌壇賞ご受賞を真にお目出とうございます!
     「市民寄り」「政権寄り」かは金次第!国民民主は右顧左眄党!  鳥羽散歩
     御年始に行くか行かぬか元旦のお天気次第で決められません!
     島田さんは「俳人なのか?」「歌人なのか?」「どちらでもある」としか言えません!

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