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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

「石川美南第六歌集『架空線』」を読む

〇  妬ましき心隠して書き送る〈前略、へそのある方のわたし〉

〇  めりめりとあなたははがれ、刺すやうな胸の痛みも剥がれ落ちたり

〇  へそのある方のわたしとすれ違ふパレードを持つ喧噪の中

〇  へそのないわたしは冷えと寂しさに弱くて、鳴らす歩道の落ち葉

〇  イアンはしばし考え込んだ。
     「それって普通のことじゃないですよね?」

〇  それつて案外普通のことよ わたしたちの昨夜に同じ記憶が灯る

〇  めりめりとあなたははがれ、刺すような胸の痛みも剝がれ落ちたり

〇  バス停もバスもまぶしい 雨払ふごとく日傘を振つてから乗る

〇  飛び石はどこへ飛ぶ石 つかのまの疑問のごとく暗がりに浮く

〇  雲晴れるにはかに曇る月太るやせるメールのやり取りつづく

〇  隙間なく月明かりする夜だらう 「表へ出ろ」と怒鳴られて出る

〇  犬の国にも色街はあり皺くちやの紙幣に犬の横顔刷られ

〇  ヒンディー語で「慈悲」を意味する名前なり体揺らして日盛りに立つ

〇  顔の横に耳はあるなり風吹けばすこしうるさし、はためく耳は

〇  やはらかき足裏ぱ感知するといふ午後の豪雨を、遠き戦を

〇  着く前に雨は上がつて得意ではない得意先きらきらとある

〇  夏のあひだは辛うじてまだ恋だつた 羽から舐めて消す飴の鳥

〇  卓上の骨格図鑑ペリカンのページ気が済むまで生きて死ぬ

〇  命ばかりは助けてほしいわたくしが覚めぎは差し出だす花の種子

〇  聞き取つてほしいあなたに 寄る辺ない私が触れた象の印象

〇  〈他者〉といふやさしい響き 鉄塔の下まで肩を並べて歩く

〇  〈とぶ〉よりも〈降りる〉が大事 踵からこの世へ降りてくるスケーター

〇  呼ばれたらすぐ振り返るけど 本棚に擬態してゐる書店員たち

〇  川をゆく暴走族になりたいとミモザの光放ちて友は

〇  祖母の口は暗渠ならねど土地の名のとめどなく溢れかけて見えざり

〇  揺れながら夢を遡行し黄昏の川警察にゆるく追はるる

〇  石橋は熱持たぬ橋 両脚のあひだ優しく舟くぐらせて

〇  夜の淵にへばりつくとき脚のある亡霊だつた橋もわたしも

〇  光るもの光らぬものを引き連れてオリンピックがまた来るといふ

〇  松林越しの日差しよ遠くから太る痩せるの話しが聞こゆ

〇  背表紙の丸みに指をかけながら秋のさなかに読む蝶のこと

〇  鏡よ鏡、戸棚の奥の思ひ出を持ち去る者が死者だとしたら

〇  月蝕の夜の小骨はしぶとくて息を吸っても止めても痛む

〇  心細さは明るさに似て秋の日のわたしの骨がわたしを支ふ

〇  平らかなグラフの線が鎌首をもたげ、そのままもたげつぱなし

〇  「ミナさんはいつも楽しさう、楽しさうだから悩みは相談できない」

〇  花嫁の投げたる花が鹿となり槍となりまた花になつてここへ

〇  咽喉撫でて楽しかつたな日の終はり他人の猫を他人に返す

〇  直角に川を曲げたる腕力をばくふと呼べり、その水しぶき

〇  放つとくと記憶は徐々に膨らみて四コマ漫画に五コマ目がある

〇  友だちの声は聞き分けられるからどんな密林でも迷はない

〇  琴も笛も鳴らせぬ我は踊るなりこの人もこの人もこの人も好きだ

〇  着く前に雨は上がつて得意ではない得意先きらきらとある

〇  男たちはわたしに恋をしないまま黒胡麻を擂る、白胡麻も擂る。

〇  グミつまむ指 誰よりも的確にあなたを責める自信があつた

〇  呼ばれたらすぐ振り返るけど本棚に擬態してゐる書店員たち

〇  人見知りはあなたの長所 買ひたての醤油を暗い涼しい場所へ

〇  青年の機嫌曲線ゆるやかに下れど美しい築地の夜

〇  バス停もバスもまぶしい 雨払うごとく日傘を振ってから乗る

〇  ポケットに咲かせてゐたり 国境を越えたら萎む紙の花々

〇  〈結婚はなべて過失〉と歌ふとき砂糖の町を降る熱い雨

〇  宇治川に背中を向けて兄たちがとめどなく語らふ文学史

〇  音もなく悲しみ積んでくる象に誰も背中を向けてはならぬ

〇  なだらかな肩にめりこむ蔦の跡 話せば長いけれども話す

〇  水族館に服部真里子の目は光り「蓋ぜんぶあけた、電気ぜんぶ点けた」

〇  友だちを口説きあぐねてゐる昼の卓上に傾るるひなあられ

〇  ブラックで良いと答へて待つあひだ意識してゐる鼻先の冷え

〇  重ね着をしても寒いね、この国は、平たい柩嗅ぐやうに見る

〇  立ち上がりものを言ふとき犬の神は肉桂色の舌を見せたり

〇  何もかも許されてゐる芝のうへドーベルマンは銅像のふり

〇  富士山をみんな好きなり口々に名を呼びながら船尾に寄つて

〇  絶え間なく著者近影を撮り合つて老いさらばへてゆくべしみんな

〇  「ふじはに」で切れたる歌を「ぽんいちのやま」とつないで旅閉ぢてゆく

〇  〈僕のこと覚えてますか〉会ふたびに尋ねられにき 覚えてゐたり 

〇  迫りくる津波が滝のやうだつた海に真向かふ観音の目に

〇  皮脱ぐとまた皮のある哀しみの関東平野なかほどの夏  

〇  転ぶやうに走るね君は「光源ハ俺ダ」と叫びつつ昼の浜  

〇  窓は目を開き続ける 紫に染め上げられて夜といふ夜  

〇  春の電車夏の電車と乗り継いで今生きてゐる人と握手を  

〇  ポケットに咲かせてゐたり 国境を越えたら萎む紙の花々  

〇  極東は吹き矢のごとく夕暮れてあなたを闇に呼ぶ ガブリエル 

〇  犬死には恥と言はれて階段の上りに顔をあぐるほかなきを
 
〇  犬の国の案内者は土曜の夜もきちんとした黒いスーツに身を包み、市街を案内してくれる。

〇  ブラックで良いと答へて待つあひだ意識してゐる鼻先の冷え

〇  おすすめのメニューを聞けば嬉しげにホットドッグの不味さを語る

〇  ぬかるみを踏めばはつかに盛り上がる泥土もしくは春の係恋  

〇  恋知らぬ人と行きたり藤波と呼べば波打つ空の真下を  

〇  暗ぐらと水匂ひゐき(はまゆり、)と呼びかけられて頷く夢に  
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「中津昌子第五歌集『むかれなかった林檎のために』 (2015・砂子屋書房刊)」を読む

〇  あおぞらよりしみでるようにくるひかり むかれなかった林檎のために

〇  雨粒がひとつ当たりぬ青空がまだ残りいる鴨川左岸

〇  月はもう沈んだ頃か 吸いのみにすこしの水を飲ませてもらう

〇  鬼百合のつぼみがあかくふくらむをまるごと濡らし雨は降るなり

〇  地に近く黄の色を曳く蝶々よおまえがたてるものおとあらず

〇  わたしがいないあいだに落ちしはなびらを丸テーブルの上より拾う

〇  五年間服むことになる錠剤のはじめの一つを指に押し出す

〇  ああすべてなかったことのようであり凌霄花は塀をあふれる

〇  これがいい、ゆっくり母が手を伸ばす花屋の前のミニバラの鉢

〇  階段はいきなり終わりむらさきに暮れ落ちようとする空に出る

〇  何があんなに忙しかったかもう何もすることがない 笑うのか母は

〇  青い手術着のままの外科医があわわれる とおいところに合歓の莢が鳴る

〇  力みたがる腕の力をしずめつつ月なき夜の矢を放ちたり

〇  ふり返るところに川は横たわり刃のごとき光をかえす

〇  死が大きく目を見ひらいてみる夢のあかるさのなかをながれゆく川

〇  忘れるための出会いなるべし目の前が見えないほどに葉が降りしきる

〇  生まれぬ方がよしとされたる生命の生後がなければ死後もあらざり

〇  死者として落ち着きはじめし一人と連れ立ち渡る短き木橋

〇  あじさいにみどりの花がふくらめば手をのべて触れよあなたも空から

〇  対岸は遠いところか 午後ホテルフジタの窓に雲がながれて

〇  鯉の口に吸われてゆきしはなびらよ体内あかく夕あかりせん

〇  目の底を写されている午後ふかくさくらは水に落ちつづけおり

〇  釣り糸はしずかな力に張りながら水の内なるもの反りあがる

〇  赤い靴が傘をはみ出し前へ出る濡れながら出るわたしの靴が

〇  死が大きく目を見ひらいてみる夢のあかるさのなかをながれゆく川

〇  香りの重さを運ぶごとしよ土佐文旦二つが袋のなかに沈めば

〇  廊下隔て昼をあかるき浴室の銀に縊れているシャワーノブ

〇  背後よりぐっと空気をたわませて燕抜けたり荒神橋へ

〇  どこからも春はくしゃみの響きつつあたたかきかなこの世というは

〇  萩になお少し間のある真如堂大亀が来て首を伸ばせり

〇  萩だろうようやく暮れ来し水に乗りすこし明るみながらゆくのは

〇  ああすべてなかったことのようであり凌霄花は塀をあふれる

〇  両足を大きくひらきもちあげる弓ゆうゆうと秋はふかまる

〇  目も鼻も時間の内にとけ入りて小さき丈の石仏一つ

〇  背後よりぐっと空気をたわませて燕抜けたり荒神橋へ

〇  一人がけのバスの座席に前を向く母を流れて風景がゆく

〇  照射部位に引かれしペンのむらさきと同じ色もて暮れてくる空

〇  肉体はこんな風に他人なのかむらさき色の線がひかれて

〇  病院の裏手の出ればきらきらと川は流れる夏草の間

〇  蝶番はるかに鳴らし降りてくる夏か緑の穂がゆれている

〇  ボール二つ掌にもちサーブするときの空がいちばん青かったのか

〇  階段はいきなり終わりむらさきに暮れ落ちようとする空に出る

〇  濡れたままひかりににじむ白木槿 きのうの声はきょうのごとしよ

〇  母が忘れた上着をもらいにゆく道の下ったところを黄にするミモザ

〇  すだちの数を分けあいながら母の手とわが手が光のなかを交差す

〇  生も死もひとつのものにはちがいなく草原なのかひかっているのは
 
〇  鬼百合のつぼみがあかくふくらむをまるごと濡らし雨は降るなり

〇  シャコバサボテン花火のように咲き下がる窓辺に冬の手を置いている
 
〇  ここしかない、そういう風でなくていい 春の柳が風にふくらむ
 
〇  かならずさびしい春のためにと埋めおくジャクリーンと名のつく球根
 
〇  一生をかくも長しと思う日の空にきらめく鱗の雲よ 
  
〇  放射線当てたるところは汗の出ずきらりとつめたき右のちちふさ 

〇  映えのつよすぎる部屋 肉体と私のあいだがゆるゆるとする 

〇  はるさめがきらめくすじをひくまひる 長生きをせよと母に言わせる

〇  この秋を眠ってばかりいる母よ ぶどう洗えばぶどうが濡れる

〇  眠って眠って産道を下りてゆくように母は眠りぬま昼をふかく

〇  症例の一つのわれが歩みゆく真白に燃える雪柳の径

〇  母が寝言にあやしているのは私かあじさいばかりがあかるく咲いて  

〇  百合のつぼみが壊れゆくのがうつくしい夜をしずかに追うカポーティ

〇  そこへゆけばかならず会えるという冬のそこは小さな庭なのだけれど

〇  雨の音にめざめるあかつき アリョーシャを読みまちがえていたかもしれぬ

〇  思い出せない町を小さく収めたる写真のなかにのびる尖塔

〇  栗のスープにとぽんと沈む銀の匙なめとこ山に秋がふかまる

〇  向かうべき的定かにてまひるまの弓は扇のごとくに開く

〇  影かもしれぬわたしよりのびこの影は日傘ゆたかにひろげて歩く

〇  つよい国でなくてもいいと思うのだ 冬のひかりが八つ手を照らす

〇  匂いあおき並木をぬけてごっとんと返却ポストに落とす旅行記

〇  濡れたままひかりににじむ白木槿 きのうの声はきょうのごとしよ

〇  御所のなかからわきあがりいる蝉の声 これで何かが終わったという

〇  鏡の底に冬木の枝はからみあい前のボタンを上からはずす

〇  左側にいつもあなたのいたことを思うのだろうさくらの岸に

〇  ほお紅を刷きたるような朝の雲 おみなご生まねば体がかるし

〇  笑っていろ、きみは笑っているのがいいそう言ってくれる笑いながらに

〇  むかしむかしへ戻りゆく母ひきもどすいっそうの舟わたしにあらず

〇  なにものかがふっと降りてくるまでをいっしんに引くゆうぐれの弓

〇  馬弓はゆめゆめできぬものなれど馬上の風にあこがれやまぬ

〇  かちあわせる胡桃の二つぶこつなる音をたてれば手より離さず

「斎藤寛第一歌集『アルゴン』」を(2015・六花書林刊)読む

〇  薄かった 素裸だつた 二〇一一年三月一二日朝刊

〇  いつぽんの樹でありしころ真裸のひとに抱かれし たれにも言はず

〇  春浅き生実野(おゆみの)ゆけば地を伝ふブルグミュラーは祈りに似たり

〇  一枚の硝子を背負ふ人の来て一人に負はるる硝子が行けり

〇  生意気な青年のまま死ぬ権利失ひしより続く沼棲み

〇  双乳の重さを負はぬ性なれば思惟しばしば浮き立ち易し

〇  ローソンの袋の皺に眼はありてじいつと俺の方を見てゐる

〇  ワープロがふうはり詩人になりし夜の「燦然珊瑚の休暇について」

〇  死んだやうに眠りたし、否、眠るやうに死にたし 逢へぬひとに逢ひたし

〇  抽斗の離婚届もとろうりいとろうりいとて炎暑の午後は

〇  「御早う御座居ます」とヤクルトをばさんは見知らぬわれに漢字で言へり

〇  提げ来たる西瓜のかたちの風呂敷をほどけば西瓜はあらはれいでぬ

〇  茶も出さず金も返さず百五十円飲み込んだまま自販機の黙

〇  つくよみの冴ゆるころほひ両の乳搾りて妻は夜勤に出でぬ

〇  水平を好み終日水平のまま過ごしたり風邪の水曜

〇  芋版に押されてねこは笑まひゐき熊澤醫院「よいこのくすり」

〇  めぐみ幼稚園ばら組のおいらには呪文だつたぜ<シュワキマセリ>は

〇  後より〈戦争やりてえ!〉といふこゑす戦艦三笠映写室にて

〇  傘を使ふ動物を人間といふ見よくさぐさの自己愛の花

〇  短歌とは厄介者の子守唄、だらうか雨はほどなく止まむ

〇  みづうみの霧にまみれぬかしこさとずるがしこさの境界線は

〇  「刃を研がぬ奴に限つて歌なんか詠むのね?」沼津の姉は雪崩れ来

〇  「タンカだかナンだか知らんが紙きれを受け取りました」と届く礼状

〇  「血も涙もありすぎつてのも困るのよ」沼津の姉の梅雨のぶつくさ

〇  次の生は木立とならむ抱き合はず諍ひ合はずしづかに生きむ

〇  こころより数倍広い肩幅を押し通しゆく 中年と謂ふ

〇  わたくしを展開すれば不可思議な糊代ありてぴろぴろと揺る

〇  ひんがしのはたての部屋にくれなゐの残務一袋置き忘れ来ぬ

〇  紙飛行機と紙ヒコーキの飛ばしつこ そりやあヒコーキだらうつて?ふふ。

〇  真夜中の防犯カメラの前に立ちお ーい雲よと手を振つてみる

〇  ぼそぼそとぼそぼそとぼそぼそぼそと穂村弘の語る正論

〇  指を切りたまねぎを切り指を切りさあ召し上がれぼくのサラダを

〇  生き急ぐ者は急げる夏の夜の各駅停車ドア開けて待つ

〇  褒め合ひて突つつき合ひて抱き合ひて楽しく煮くづれよさかなたち

〇  「批判には愛が要るのよ 非難には憎が要るのよ 今夜は寝るわ」

〇  短歌とふ情の世界と振る枕よりぽろぽろと蕎麦殻の落つ

〇  ことばしかないのだといふことばしかないのだといふことばしかない

〇  高みより見下ろす街をうつくしと思ひし頃はひよつ子なりき

〇  中ジョッキ二杯目あたりで蒸し返す「あの件」いつしか快楽となり来

「前田康子第五歌集『窓の匂い』(青磁社刊・2018年)」を読む

〇  秋色のコントラバスよ子に抱かれある時は子に寄り添いくれし

〇  好きだったコロッケ屋へと連れて行き僕の住む町教えおり子は

〇  たこ焼きのプレートこわれ家族四人集まる時間少し減りたり

〇  舞台挨拶見ていた頃に運ばれて脳の手術を受くとう母は

〇  「いつも来る年寄りの人」と父を呼び母の話は辻褄が合う

〇  食べ物とおむつの匂いの病棟を繁華街にてふいに思いぬ

〇  三日月のように丸まりていく母よ老いて病みても我を照らせり

〇  鳩のごと胸と胸とが触れてしまう正面から娘が抱きついてきて

〇  我よりも娘が先に声かけて説き始めたり呑んで来し夫に

〇  家具ほどの楽器を抱え子は立てり弓を正しく弦にあてつつ

〇  遠く遠く月食見むとみひらけば月も球体まなこも球体

〇  古りし木の枠に二月の陽はさして窓それぞれに匂いがありぬ

〇  子離れがずるずる先へ延びてゆく焼きたてカレーパンにまた並び

〇  笠智衆の物真似ばかりしていたら夫よすぐに老いてしまうよ

〇  混ざり合う音の流れに探し聴くもっとも低き子の弦の音

〇  らりるれろ言ってごらんとその母を真似て娘は電話のむこう

〇  裕子さんにも聞いてほしかったああ止まることない息子の大口

〇  布と布ふれあうごとき親しさに雪は川面へ吸われてゆきぬ

〇  つつじ咲きつつじあかりは灯りたり 雨降る町のそこにもここにも

〇  自転車が似合う恋なり川風の吹く町を行く息子とその子

〇  目の弱き父より先にみつけたる土筆に父はそうかと言えり

〇  誰彼の陰口言いてだんだんと声より母は元気になれり

〇  熱風が顔にあたれど夕風に破れ目ありぬ そこからが秋

〇  クロックスはいて息子は出かけ行く「地元の奴ら」に会うを喜び

〇  夢を話して笑われたよと十八歳黒きコーラをひと息に飲む

〇  ワンピースに血糊ぶちまけ死ぬシーン撮りたる夜に子は興奮す

〇  夏の花の名前を持ちし恋人へ最後の手紙書いており子は

〇  革靴だけ大人びている十八歳誰の子でもない表情をする

〇  去年着しTシャツの柄幼いと言いながら子は夏を待ちおり

〇  返事してくれるわけなく夕暮れを再び端から探す自転車

〇  窓を開け窓をまた閉め夫も子も知らぬ私の一日終わる

〇  京扇子ぱちんと閉じしのち静か 蛍を見ずに六月終わる

〇  小さくても母に予定のある日々よ 青葉の向こうに透けている夏

〇  疲れ果て眠る夫にかける呪文ツルウメモドキサルトリイバラ

〇  よれよれの夫のために一匙のふきのとう味噌ごはんにのせる

〇  「お茶せっけん」使いしことなど玄関に話してそれが最後となりき

〇  子離れがずるずる先へ延びてゆく焼きたてカレーパンにまた並び

〇  ツィードの靴に枯れ草つけたままただ歩きたり母病める日々

〇  三日月のように丸まりていく母よ老いて病みても我を照らせり

〇  自転車が似合う恋なり川風の吹く町を行く息子とその子

〇  雨の日を帰り来て機嫌の悪き子よ髪の匂いが我に似ている

〇  冬はいい 手が冷えたからと差し込んで我の身体であたたまる子は

〇  「いつまでも待っています」とかつて言いき 子も言われつつ恋を終わらす

〇  涙袋のふくらみぬ桜過ぎれば十五のこの子

〇  夏帽子買いに行くらし水曜は 母に予定のあること嬉し

〇  冬の日が動きて午後はまな板の細かき傷も乾いてゆけり

〇  あたたかき自分の髪に顔を入れ快速電車に眠り続ける

〇  はじめからいなかったようヒグラシの声も私も消えて山道

〇  相手より自分の心の分析が上手くなりたり恋の終わりに

〇  うぶ毛のみ動かすような風が吹き渡り終えたくない橋がある

「桜木由香歌集『迂回路』」を読む

〇  ルピナスは月の光の青さもてさしのぞくらし嗜眠の義母を

〇  ゆふぐれのそらに鮮らしき富士のやまわが水準器たひらかとなる

〇  手風琴とほく聞こえて頬にとけ唇に触るる夜の牡丹雪

〇  麦の穂のなびく畑に一羽のみ雲雀は風をこらへてありき

〇  駅に立ち雨にぬれつつひたぶるにわが手に配るビラも濡れゆく

〇  がうがうとわたしを轢いてゆくがいい春らんまんの夜の列車は

〇  十万年のちの地球にオンカロの冥き眼窩を誰か覗くや

〇  義母逝きてゆくあてのなきわがこころ霧雨のなかデモに従きゆく

〇  すきとほるスペードそらへ投げかける曙杉はあをき未然形

〇  天の川ひらけば箱はくろずみて稚かりし父の昆虫図鑑

〇  草もみぢ輝く道をゆきゆけば風の鍵盤ひるがへるなれ

〇  新宿が黄砂にかすむ日の昏れをあこがれのやうに時報鳴り出づ

〇  抽斗をあければふいに潮騒が私を摑む 夜のこがらし

〇  ユーカリの梢をはるか見はるかし象のはな子よ軽がると往け

〇  つい先刻はたちでありしわたくしが燃え尽きさうな秋の姿見

〇  みんなみの海に台風ひとつ生れきみは訣れを告げて逝きたり

〇  重き荷を負ひてし歩むあぶらぜみ天の裂け目ゆ声にじみ出づ

〇  さうなのか 生きてゐること狂ほしと三陸にくる刻刻の春

〇  ぽつかりと目覚めたきかな雨やみしアララト山にうちあげられて

〇  たつたいま書きたるごとく温かきパウロ書簡は遠き日のふみ

〇  あるときはとほき星より見るごとし幼きもののピアニカ弾くは

〇  扉を押せばちがふわたしに逢へさうな茶房の窓はあをぞら映す

〇  雨あがり海より深き夕暮れの街をよぎりぬ自転車漕いで

〇  黄ばみたる亡き人のふみ読みをへて雪の日のやうに翳るわたくし

〇  踊らうかたつた弧りでをどらうか風に吹かれて山茶花赤い

〇  街川の流れを雪が追いかけるカノンはとほい夕ぐれのうた

〇  いつの日か遺跡とならんスカイツリー船べりたたく川なみの音

〇  くまもなく澄みきはまれる大晦日涙の日は身より湧きくる

〇  電線にならぶ雀はつゆぞらの心拍数を数へゐるらし

〇  人間という誤植をゆるす地上にて正月なればあはれ華やぐ

〇  梅雨寒や本のにほひのしてありき我家はいまもここに在ります

〇  特急の車窓にみどり湧く五月母逝き夫の逝きにし五月

〇  嬉遊曲をききつつ泣いてゐたりしか湧きわく雲ははや秋の色

「古賀大介第一歌集『三日月が小舟』(2018/六花書林刊)」を読む

〇  三日月が小舟のように浮かびたる夜を仄かな灯火とせり

〇  友が手を大きく振りてくれしかなあの時もあの時も夜のバス停

〇  葉にしずく手の中に風一点の抒情は深く呼吸しており

〇  壁ぎわで「認めますか」と迫り来る初夢らしい君のくちびる

〇  窓の灯にそれぞれ暮らしある事をほつほつ思いほつほつ歩く

〇  耳たぶのたぶがぽろっと取れそうで市役所前で飲み込んだガム

〇  靴下を穿く脱ぐなどを繰り返しつつちちぷぷと一年は過ぎ

〇  漢和辞典引く指の指まただなあ感触ばかり確かめている

〇  コンビニの蛍光灯に指先が溶けそうでわしづかみにするパン

〇  みるようでみない七時のNHK食み出している社会のしゃ しゃら

〇  「楽しめ」とブロッコリーが言うのです熱いシチューの中で何度も

〇  熊本城天守閣の瓦ぼろぼろにああぼろぼろに崩れ落ちたり

〇  駅前の銀行のドアは開いていてしゃきしゃき下ろす五万円ほど

〇  コンビニを出でて小暗き道ゆけば「温めますか」の「か」が冷えてゆく

〇  テーブルの下に父、母、われ必死にうずくまりたり「よかね、大丈夫ね、」

〇  一杯のかき揚げ蕎麦をずずず、ずず本日は今折り返しです

〇  五月雨の夜の窓辺に立ちている私は何のつづきだろうか 

〇  紫陽花が庭にやさしく咲く頃に痛みのように思い出す雨

〇  雨、滴、雨、滴して手のひらに君の言葉がしみじみとある

〇  縁取りのプラットホーム窓越しにわれのあたまがぽつねんと居り

〇  ふゆ、いつか、だろうね、たぶん、たくさんの声ふりつもる夜の街角

〇  切り出した「実は」のあとに雨が降る正直者は誰なんだろう

〇  空想はそして甘味を帯びてゆくぼとりぼとりと降る雨の中

〇  眼をあけて眼をとじるまで続いている線路のような現実だろう

〇  乱反射する月明かり追憶はガードレールの水滴の上に

〇  風船の頃の記憶の切れはしが飛んでいくのが見える がんばれ

〇  夕ぐれの向こうに君をんっ、んっ、とみている夏のアセロラソーダ

〇  薄雲のそら楽しいか悲しいか苦しくないか肉まんを食みつつ

〇  ゆく道の街灯も冬、冬だろうカレーの匂いどこからか浮く

〇  牛乳の白に予感を覚えつつ確かにそれは牛乳である

〇  その風に乗ってしまえと誰か言う春はわらってもっとわらって

〇  めのなかにまどのひかりがゆれていたちいさなうたがぽつぽつできた

〇  そして夏 入道雲であることを忘れて昼の床にふくらむ

〇  駅前の行くほど行けぬ路の上で「ジャンプ」を拾う 月がみている

「山本夏子第一歌集『空を鳴らして』(現代短歌社刊)」を読む

〇  閉店した靴屋の軒を借りて知る今まで靴が見ていた景色

〇  朝の手が掴み続ける吊り革のずっと前から革ではないこと

〇  灰色のスーツの背中を詰め込んで普通と書かれた最終電車

〇  エクレアを並べたようにかわうその子どもが眠る春の水槽

〇  パンならばいい焼け具合はつなつのひかりを浴びて眠る柴犬

〇  オムレツのようなおなかを投げ出して路地に寝そべる夜の母猫

〇  焼きたてのアップルパイの色をして朝焼けのなか歩く柴犬

〇  自らの色を失う高さまで飛んでゆく鳥 戻って来ない

〇  駆け足なら渡れるけれどまあいいやひととき冬の空を眺める

〇  タイムカード二分遅れて記される見知らぬ猫を撫でてきた朝

〇  路地裏に入れば長屋の並ぶ町セコムシールがつるんと光る

〇  デパートの洋菓子売り場の人混みと同じ数だけ贈られる人

〇  当選をすれば聞かなくなる名前くもりガラスのむこうに響く

〇  羊水に子を泳がせて昼寝する春のひとときわたしは海だ

〇  子を宿す十月十日の夢のなかわたしは一度も妊婦ではなく

〇  彗星が体のなかを突き抜けるような力で子は産まれ来る

〇  明け方の静かな雨に濡れる餌帰ってこない猫待ちながら

〇  思うより早く冷たくなってゆく背に触れながらてのひらが泣く

〇  通勤の車内で気づくブラウスの胸にきらめく娘の鼻水

〇  泣くようにスケッチブックを塗りつぶすクレヨンの青ぎゅっと握って

〇  クロワッサンほおばりながら眠る子を見つける秋の畳の上に

〇  本土にはない慰霊の日 街路樹に琉球朝顔巻きついて咲く

〇  綿雲のようなおかゆを食べさせる一緒に口をもぐもぐさせて

〇  上履きが片方道に落ちている木星みたいに裏側見せて 

〇  背後からガラス窓へと映り込むカフェのなかまであふれる桜 

〇  ユニクロで値札をちぎってしまった子連れてレジへと謝りに行く
 
〇  救急車の扉が開きまっしろなひかりが男を飲み込んでいく

〇  火葬車が来るまで冷やしておくからだ冷蔵庫のなか空っぽにして

〇  こんなにもつばめはゆっくり飛べるのか子に飛び方を教えるときは

〇  うずくまり膝を抱えた少年に似る道端に置かれたテレビ

〇  前髪を短く切ればおさなごにもっと幼い顔のあること

〇  二時間を水に浸して棄てられる中止となった花火の玉は

〇  ハングルと中国語とに訳されて〈防犯カメラ作動中〉とある

〇  居眠りの少女が腕に寄りかかる『めだかの飼い方』ひざに広げて

〇  前をゆく豆腐屋さんの荷台からこぼれて落ちる滴のひかり

〇  声は光 あなたに触れるまでの日を揺らがず照らす さあ出ておいで

〇  サザエさんは毎週ひとりで旅をする恋人岬へ行ったりもする

〇  盆踊りの手書きのチラシに描かれたドラえもん妙に手足が長い

〇  白い骨に見える日がある雲のない空を音なくすべる飛行機

〇  彗星が体のなかを突き抜けるような力で子は産まれ来る

〇  「好きな子の二位はいないの?」ランドセル揺らして女子が男子を囲む

〇  彗星が体のなかを突き抜けるような力で子は産まれ来る

〇  冷えた手をふと握られるコーヒーのおつりを渡す労働の手に

〇  二すじの飛行機雲は交わらず知らない歌を子が歌い出す

〇  眠いのに眠れない日が子にもありぐりとぐらまたカステラを焼く

〇  ふっくらと羽を重ねてまるくなるキャベツのような春の水鳥  

〇  またひとつ長屋が取り壊された跡 裏に小さな鳥居が残る   

〇  パンならばいい焼け具合はつなつのひかりを浴びて眠る柴犬

〇  太陽を一枚一枚焼き上げるお好み焼き屋のおばちゃんは今日も 

〇  三度目の春の蛇口に届く子の手が出合わせる水と光を

〇  いつからか小屋には闇が住み始めあの犬はもう帰ってこない

〇  学校の焼却炉には何もかも燃やしてくれるおじさんがいた

〇  手芸店端切れ売り場にある毛皮うちのうさぎを開いたような

〇  紙のクマを作る男の指の毛を黒々映す教育テレビ

〇  飲み会の帰りに過ぎる交番に書き足されている今日の死者数

「松木秀歌集『色の濃い川』(青磁社刊)」を読む

〇  三分後もう生きてないかもしれぬ私がカップラーメンつくる

〇  結婚で幸せになる人たちも極たまにいる(いきなり夏だ)

〇  百円ショップから帰るとき見上げてたプラスティックな冬の満月

〇  システムの維持ができれば個人などどうでもよい、が全国覆う

〇  室蘭のゲオの新書のコーナーにヘイト本しか置いてない件

〇  TSUTAYAにさえ売ってもいない競馬雑誌なぜか近所の駄菓子屋にあり

〇   この世には何台あるか猫の毛が詰まり壊れたパソコンなどが

〇   旧ソ連のジョーク集など買ってきたこれからきっと必要になる

〇  ネットにはネットの世界特有の酸素がありてすぐ炎上す

〇  ジャムパンを二つに割ってジャムの量多い半分あなたにあげる

〇  度の強き眼鏡の隅の空間のゆがみ具合が私のしるし

〇  だまりつつ歩く暑熱の道のべにアガパンサスの茎折れてをり

〇  終身雇用消えたるのちにいつしかも消えたり永久就職なる語

〇  昆虫の標本をみるうつくしい死骸が好きな人だっている

〇  郵便屋さんのバイクは特色のあるエンジンの音がするなり

〇  だんだんと飛行機雲が消えていく最後までみる人は少ない

〇  宗教と政治談議は用法と容量守りただしくつかえ

〇  歌詞を全部覚えてないと口パクはできないゆえに少しはえらい

〇  サングラスが似合いそうなる戦国の大名として織田信長は

〇  電子レンジにチンという音つけたのはシャープであると偶々に知る

〇  競走馬に残るのみなり絆という言葉急速に廃れたりけり

〇   「シュウジ」なる逃げ馬のおり本当に寺山修司から名を取った

〇  「ビックリシタナモー」なる馬も勝ち上がるわが誕生日の中京競馬

〇  日曜日の午前の二時にひとりきりWordのマス目埋める 生きねば

〇  ローソンの郵便ポストへ投函すいつまでもいつまでも不安だ

〇  戦争の種があるならその種はめぐりめぐってモンサント製

〇  内戦の国にかならずカラシニコフありて九十四歳に死す

〇  明るさには無知によるもの諦めによるもの愛によるものがあり

「白石瑞紀第一歌集『みづのゆくへと緩慢な火』(2018年;青磁社)」を読む

〇  ゆるゆると鳰照る月見坂のぼりモリアオガエルの卵に出会う

〇  さくさくと林檎切り分けわたくしに降らぬであろう雪を思えり

〇  百合の花肩に担ぎて大股でゼブラゾーンを渡る青年

〇  晩秋の午前のひかり溜めているスワンボートの整列が見ゆ

〇  うすらいのようなとんぼの翅ひかる美しくあらむとしてあらざるに

〇  雪だるまづくりが下手になつてゐてなんてつまらぬ人生だらう

〇  螺子ひとつ床から拾ひ棚に置くさみしいことをシェアしたくない

〇  地下鉄に運ばるるわがうちがはに字母ならべむとするわれのをり

〇  こつこつと指で鎖骨をたたくとき胸の泉にさざなみの立つ 

〇  いつの日か後悔する日があるのかな がんばらないと決めたわたしを

〇  泣ききつてしまふのがいい曇天を映せる水に舫ひ船揺る

〇  暗がりにみづは見えねどほうたるのひかりが揺らぎ水面とわかる

〇  見えずとも分水界のあることの、さやうならとも言はずに別る

〇  手際よく粒子の父を真ん中に集むる刷毛の動き見つめつ

〇  日にいくど死を思うだろう噴水の水が循環しているように

〇  自転車の鍵をさぐればポケットのなかで最初に触るるクリップ

〇  蝉しぐれその瞬間ゆ止みけむやその夏の日のことをぞ思ふ

〇  じゃがいもの芽を抉り取りてのひらに冥王星のさみしきかたち

〇  さざんくわの咲きゐる枝の両腕を空にさしあげ雪だるまをり

〇  男の子の写真照合やりやすし眼鏡があるかないかくらゐで

〇  唐突な別れ話をするようにハクモクレンがはたはたと散る

〇  左手の小指から死はひろがれり紫色のこゆびさすりつ

〇  街や森が車窓の顔を透くゆえか見知らぬ人のように見ゆるは

〇  花を見て帰ると友が駅ひとつ乗り越してゆく四月の電車

〇  氷砂糖日ごとに溶けてゆきたるを梅のかをりのそのさきに夏

〇  定年後するはずだった篆刻の入門書の背が棚に色褪す

〇  どの部屋の力士なるかを知らざれど高安という四股名のよろし

〇  その響きロシアあたりにありさうな名だと思へりエドユキスキー

〇  思い出の少なきわれに残るもの「歌をやめたらあきませんよ」

〇  上を向く理由がほしい遠まわりして花咲ける並木道ゆく

〇  本当に疲れたるとき買い置きのリポビタンD思わざるなり

〇  初雪を手に受けながら種としての滅びの側にわれがたたずむ

〇  さざんくわの咲きゐる枝の両腕を空にさしあげ雪だるまをり

〇  暗がりにみづは見えねどほうたるのひかりが揺らぎ水面とわかる

〇  暮らしてはゆけない土地のうつくしく望遠鏡に見たる月面

〇  取扱注意のしるし 白ひもを資料にかけて天で結わえつ

〇  泣かないと決めていたのに四つめの弔辞のときにあふれてしまう

〇  面差しのよく似たひとがコスモスの鉢植えひとつ手渡しくれぬ

〇  酸つよき感情の名をわれは知らず夜の湯船に湯が冷えてゆく

〇  アフリカの打楽器が鳴るときがあるMRI装置の中で

〇  ルシフェラーゼ、と言へば笑へる君のゐてひとつの歌をともに抱きぬ

〇  今回は縦に切らせてもらうねと内診しつつ担当医が言う

〇  縦に切ると言われたるわが腹の上に美容ローラー転がしており

〇  全摘の手術をすると電話すればなぜだか母はごめんねと言う

〇  全摘を決めし日ひとりクリスマスイルミネーション眺めに行きぬ

〇  とりあえず肉腫にあらずと担当医が夕食どきにあらわれて言う

〇  臓器ひとつどうってことないわれはなだひかる時間の真ん中にいる

〇  ニンゲンとならずに卵は東京に降る雪のごと消えゆくならむ

〇  灯る火のあらざる洞にわが卵はいまもひかりを運びいるらむ

〇  病院にはいつも一人でゆくからに母は結果をひとりで聞きぬ

〇  ストレスには太田胃散と吊り革がカーブのたびにいつせいに揺る

〇  まだどこか体に沿はぬ白衣着て学生たちがロビーを通る

〇  思い出の少なきわれに残るもの「歌をやめたらあきませんよ」

〇  「また明日」放射線科に行く父が通用口まで見送りくれぬ

〇  父の食む一口のためタッパーに梨をぎっちり母は詰めたり

〇  左手の小指から死はひろがれり紫色のこゆびさすりつ

〇  ぬばたまの黒き衣の族来て代わる代わるに父の顔見き

〇  すべて『竹』と契約したり葬儀にも『松竹梅』のあること知りて

〇  父の背がラッシュに紛れ地下鉄のどこかにあらむ黄泉平坂

〇  (天国に)単身赴任中なりとセールス電話に母は言いけり

〇  お疲れ様と言はれたやうで振り向けば夜を背負ひて裸木の立つ

〇  ひだりうまのちひさき駒を東京の日常にゐてときどきにぎる

〇  その朝の実験等を過ぐるときザムザザムザと低き声のす

〇  通販に買ひ来しことを言ひたれば三月書房の店主微笑む

〇  誠光社の書棚の本の背表紙がページめくれと言ふので困る

〇  メイルにて捜索願い出されたる本がとなりの書架で見つかる

〇  天金の昏きをぬぐいやりたれば人差し指の腹がくすみぬ

〇  図書館に携帯電話ふるへるをとほく春蟬鳴くと思へり

〇  「リクタカ」の資料見ますか?「リクタカ」は陸前高田市立図書館

〇  襟にゆぴ入るるがごとく花布のうたりに指をひっかけて取る

〇  三分で自動消灯する書庫にスローファイヤーがてんてんと燃ゆ

〇  〈緩慢なる炎〉をわれも持ちおらむ紙片のごとく毀るるなにか

〇  なだれしを知らざる子らが書籍落下防止のバーを下げつぱなしに

〇  鉄扉に守られしゆゑ流されず郷土資料はそこにありけり

〇  【業務外】流しさうめん大会のお知らせメイル受信す 夏だ

〇  矢印を持ちいるわれに会釈してゆく人多し『塔』の人ならむ

〇  若葉集の詠草用紙伸ばしゐて歌の仲間の肉筆を見る

〇  その響きロシアあたりにありさうな名だと思へりエドユキスキー

〇  くちひげのある魚のゐて真中さん、真中さあんと呼びをれば来ぬ

〇  受付が吉川宏志さーんと呼ぶ知らないよしかわひろしさん来る

〇  なに色のコスモス咲いているだろう岩倉長谷町三〇〇-一

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