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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

「宇田川寛之第一歌集『そらみみ』」(2017年・いりの舎刊)」を読む

〇  待ち合はせ時間に遅れ焦る吾を背後から呼ぶこゑはそらみみ

〇  誤植したやうに漂ふ雲ありて、落ち着きのないわれのたましひ

〇  鳥雲の午後はむやみにせつなかり敗戦処理の投手か我は

〇  参道をひとはあふれて去年よりわづかに大きな熊手を買ひつ

〇  いきなりの別れのあとはどしやぶりになればいいのに、取り残されて

〇  毀誉褒貶なきもさびしき、表現の岬にわれは取り残されて

〇  匿名の許されてゐるゆふぐれを行き交ふひとはみな他人なり

〇  私語のなき朝の列車に乗り合はす昨日と違ふあまたの人と

〇  抜け道の多き都会にチューニング合はない僕のこころ

〇  生まれたての風をまとひてたはむれる子のてのひらのさくらはなびら

〇  さくらさくら誰のものでもなきさくら今年のさくら見ず逝きし人

〇  花水木はじめて見る子を抱きつつ五月の空のした抜けられぬ

〇  子に寄り添ひ昼寝したりきわれと子は同じ寝相をしてゐしといふ

〇  われよりも花に詳しき子とともに春まだ遠き団地をあゆむ

〇  鉄棒にぶらさがる子のまなざしの先ひらきたる花水木、白

〇  子の放るバトンは秋のあをぞらに弧を描きたり歓声のなか

〇  ゆふやけて一人遊びを覚えたる子はいつしんに鶴を折るなり

〇  ねこじやらしを我に教へてくれし子と木陰の歩みしばしゆるめぬ

〇  前髪をはじめて切られ泣きべそをかきにし吾子はわが膝に乗る

〇  公園に夜のしほさゐを聞きたれば赤き浴衣の子の手をひきぬ

〇  お気に入りの枯れ葉をポケットに入れて全力疾走繰り返す子よ

〇  補助輪をつけて娘は疾駆せりそのあとを追ふわれの小走り

〇  補助輪をけふより外せる自転車よ団地の庭の子のあとを追ふ

〇  長靴を履いて駆け出す子のあとを距離保ちつつ追ふはいつまで

〇  をさなごは枝豆ひとつぶづつ食みぬわれが麦酒を呑むかたはらに

〇  葉桜のしたを駆けゆく子の背の見えなくなりぬ見えなくなりぬ

〇  路線図を飽かずに見たる子は覚ゆ都営三田線の駅名すべて

〇  週末は夜更かしの子をかたはらに地図をたどりぬいちまいの地図

〇  古書店のなき街に住み子とふたり散歩したりき月のぼるまで

〇  三年間皆勤の子の頑張りを誰彼かまはず伝へたし吾は

〇  入浴剤の溶けゆくさまを子と見つつ互みに語る今日の出来事

〇  子のひとひ、我のひとひの重なりのわづかにありて春の躍動

〇  どしやぶりはおもひがけずに来るものぞひとつの傘に子と身を寄せて

〇  友だちのいまだ減りたる経験のなき子の眠る鞴のやうに

〇  帰路の子は「む、す、め、ふ、さ、ほ、せ」弾みつつ繰り返したり冬の余白に

〇  やがて子に失恋の日の来るだらうほろ酔ひの吾につぶやくひとは

〇  「あはれしづかな」と突然に子はゆふぐれの祈りの言葉のやうにつらねる

〇  第四学区とふ呼び名すたれてゐたれども第四学区にわれは戻りぬ

〇  青年を自称したれど木の芽どきからだの芯から傾いでをりぬ

〇  午後四時の暖簾をくぐり夜まではまだあり呑めるところまで呑む

〇  ひとつひとつに付箋をつけるごと過ごす複数形の暮らしのはじめ

〇  労働は石のごとくに冷たかりいきなり風邪をひくこともある

〇  アスファルトの相合傘に寄り添へるふたりの名前見覚えのあり

〇  生活のすべて数字に置き換へるさびしさ覚ゆ独立ののち

〇  消印なき記念切手を剥がしたり梅雨明け間近とラジオは告げて

〇  しばらく兄と逢はざりしかど兄の名を「週刊プロレス」に見つける

〇  からだは・臨月のひとの動きを補ひて家族の増ゆるまでを過ごさむ

〇  ちちははの病知らされゐたりけり破調の雨は窓を叩きぬ

〇  病み上がりの父の手紙の文字ふるへ過去の明るき日々のみおもふ

〇  川べりの空き地に発生練習をくりかへす五分刈りの少年

〇  窓といふ窓のすべてを解き放ちねむりたしねむりたし残暑のわれは

〇  父の日の父なきわれは父といふ背筋伸びたるひとになりたし

〇  雨脚のはげしき夜は無言なるふたり受け入れながらたゆたふ

〇  せいしゆんを漢字に変換してゆけどどれも馴染まず作業に戻る

〇  精一杯やつたつもりのいちにちを明るく批判されてしまひき

〇  ゆふぐれの耳は敏感。知りたくもなきことばかり多い世界だ

〇  遮る雲ひとひらも泣きあをぞらの深さを井戸のごとく怖れき

〇  激しい雨が俺を洗はぬ、中年となり信号にとどめられたり

〇  三島由紀夫の享年近づく僕たちは自決の秋の午後に生まれき

〇  牧水の享年を超えさびしさは霧をともなふ都市に暮らしぬ

〇  くたびれたる財布を整理してをれば外れの勝馬投票券あり

〇  にくたいの疲弊の束をもてあます鬱の原野はばうばうとして

〇  積乱雲の鼓動見ながら坂のぼる日傘の膜をまとへるきみと

〇  名画座の階段くだる明け暮れの十代、きみのこと知らざりき

〇  死は前から我が物顔に来るものと父は弱音をひとつこぼしき

〇  充電をすれども直ぐに切れやすき生かも知れず目をつむりおり

〇  書棚より取りいだしたる一冊の付箋の意味をしばしおもひぬ

〇  てのひらのうへに落ちたるはなびらを見つめるひとが風景となる

〇  まるます家の前を通りし自転車の少年われとすれ違ひたり

〇  拝啓と書きて空白、かなかなのこゑは驟雨にかき消されたり

〇  酔ふほどに頭の冴えるときありて事業拡大計画練らむ

〇  第92刷とふ絵本を前にして幼きひとの感想聴けり

〇  途中下車をして海へ行くことあらず行方不明になりしことあらず

〇  同い年なるアジャ・コングの奮闘を観つ日曜に家族揃つて

〇  遮る雲ひとひらもなきあをぞらの深さを井戸のごとく怖れき

〇  受賞者へ短きメールせむ「友がみな」などぼやくことなく

〇  夜の都市の出口はすべて閉鎖され逃亡者にもなれない我ら

〇  無名なるわれは無名のまま果てむわづかばかりの悔いを残して

〇  東京のその他大勢なるわれは迷子のごとく交差点越ゆ

〇  星合の混線電話に聞き覚えあるこゑありて耳はうるほふ

〇  ネクタイは冠婚葬祭のみとせむ三十歳過ぎてわれの決断

〇  間の抜けた謝罪を朝に投函す酒のちからの口論の果て

〇  転居通知を投函せしが〈転居先不明〉と戻りきたるいちまい

〇  来年二月古稀を迎ふるはずの父、途切れ途切れの例のさびしさ

〇  階段の濡れてゐたれば遠くまで行きたし夏の荷物を置いて

〇  おほぞらにひとすぢのきずありにしが天の邪鬼なる雨の癒やしぬ

〇  地下茶房の柱時計の鳴りわたり親しかりけり過去とふ時間

〇  秋天をひと息ついて見てゐたりあなたを呼べば振り向くあなた

〇  不意打ちの雨にこころを潤はせ積極的にやさしくならむ 

〇  化粧せぬきみの母なるやさしさよ若葉の午後はみどりご囲み

〇  愚図愚図と雨降りしきる。渋滞に連なるのみの二十代はも

〇  さくらばな散るにまかせてゆふぐれは葉書いちまい投函したり

〇  仕事場の契約更新ありにけり変はり映えなきことをよろこぶ

〇  平凡に生きて平凡に死にたいとおもふ二月の雪の舞ふなか

〇  ゆとりなき暮らしはつづきかたはらに猫を飼ひたいといふ声のあり
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「相原かろ第一歌集『浜竹』」を読む

〇  くっついた餃子と餃子をはがすとき皮が破れる方の餃子だ

〇  煌々とコミュニケーション能力が飛び交う下で韮になりたい

〇  壜詰めに静かなものをこさえてはこさえてばかりの祖母の壜詰め

〇  屋根のあるプラットホームに屋根のないところがあってそこからが雨

〇  男子用公衆トイレ掃除する女性の横で男性はする

〇  小便を仲立ちにしていま俺は便器の水とつながっている

〇  履歴書の空白期間訊いてくるそのまっとうが支える御社

〇  手紙とは違う紙片も入れた気がしてきてポストを振り返りみる

〇  サイレンが鳴り出す前はわずかなる空気の引きがありて怖れる

〇  おりそうなそぶりを見せておりなくて最後の駅でいっしょにおりた

〇  部屋を出たあとに聞こえる嗤い声いまに見ていろ歌にしてやる

〇  吊り革を両手で握りうつむいて祈る姿で祈らずなにも

〇  前任の方は大変いい人であったそうですそのあとの俺

〇  ポケットの中で紙片の手ざわりを小さく固く折りたたんでゆく

〇  言えた気もしないでわれに使われる「閉塞感」はかわいそうなり

〇  玉入れの玉がくたりと地に落ちてとうとうじっと砂まみれなり

〇  植物は声を上げないそのことはいい選択であったと思う

〇  枇杷の葉のかたさを指でかるく曲げ戻ろうとする力に触れる

〇  元旦に遠くのサイレン近づいて来そうだったが来なかった

〇  階段を松ぼっくりが落ちてきてあと一段の所で止まる

〇  将来をあきらめたふうする日々をわれ歯磨きの習いをやめえず

〇  炎天下を駅まで歩く道の辺にひるがおの花、花のひるがお

〇  セロテープを引いては切っての音がする仕切りの向こう昼からずっと

〇  ノッポンは東京タワーのキャラクターいろいろにされて売られておりぬ

〇  用水路に膝まで入れた両足が生み出している水のふくらみ

〇  象の目は濡れていたのか横ざまに倒れたときの風はもうない

〇  みぎひだり重なり合うことない耳が傾けているそれぞれの雨

〇  今日からは二十五分で一台を作れと言われ作れてしまう

〇  透明なケースに画鋲が犇めいてどれもどこにも刺さっていない

〇  水面に吸い付きやすく花びらはついぞ流れの底に届かず

〇  夢のそとにも降っていたかと覚めぎわを降る雨の音さかのぼる

〇  新しい年になったが手のほうが去年の年を書いてしまった

〇  顔を上げると向かいの席にいる人がまるごと別の人になってた

〇  新しい横断歩道のまぶしさが浄化装置のようできびしい

〇  もうここは朝の終わりの辺りだな吊り革の手を左に変える

〇  鼻先を納豆の糸ふゆうする我から抜けたDNAっぽく

〇  選ばねばドレッシングの三種からウエイトレスの見おろす下に

〇  クリームがあふれてあわててエクレアをあっけなき間に食べ終わりたり

〇  そのむかし赤ペン先生なる人へ将来の夢告げしことあり

〇  通らない時にもレールがあることの表面に降り濡れてゆく雨

〇  電車から見えて見えなくなる町に中の見えない家々も過ぐ

〇  電車にて知らない子どもがこねている駄々がいよいよ人語を越える

〇  満員の電車のなかに頭より上の空間まだ詰め込める

〇  連結部のきしむ音とは知りながらあえぎ声かと思ってしまう

〇  アンコールし続けている手の平がかゆくてかゆくて出てこい早く

〇  椅子の背にタオルを一枚かけますとあなたの椅子になるわけですね

〇  いま闇に点っているのは蚊を落とす装置の赤いランプそれだけ

〇  グラウンドに白線を引くごろごろの係でずっといたかった秋

〇  憎しみは蜜柑の皮の剥きかたもつかまえてくる季節を越えて

〇  枯れながら生えている草かぜ吹けばうつつに在りて線路のわきの

〇  祖父の死後発見されし短歌にて月並みにわれ孫やっており

〇  止まったら強制的に電源を切って再び入れれば直る

〇  幼稚園のゴリラ先生とすれ違うもうゴリラではなくなっていた

〇  映像で紹介される街の声三人きりなり三人の街

〇  「それが今の、奥さんです」で結ばれる話をつまり聞かされていた

〇  サーカスを家族で見たという過去のだんだん作りものめいてくる

〇  ふくらみのちょうどよいとこ指が押す枝豆みどりあらわれにけり

〇  昼をゆく百鬼あるべし人間に似ていて紫蘇の香りを残す

〇  二番目に高いユンケル飲み干しぬレシートを見て効くぞ!と信ず

〇  運び去るバスのみいつも見ていたがみのり幼稚園ここにあるのか

〇  歩いてる馬はだいたい首垂れて何を見てゆく馬の目黒く

〇  先輩風吹いているなあ吊り革をねじりつつ聞く右後ろへん

〇  おのおのに尻の大きさ時として七人掛けに七人は無理

〇  炎天下を駅まで歩く道の辺にひるがおの花、花のひるがお

〇  雪の死はいつからだろう既にして見られてしまった時かもしれぬ

〇  この犬の主この世にもうおらず犬の中にも過ぎるか時は

〇  いまタヌキ見ましたよねと目を合わす駅のホームで知らない人と

〇  カニカマは蟹の代用とかでなくカニカマとして俺は好きだよ

〇  そんな国は無かったのだと言われればそうかもしれぬぽえむぱろうる

〇  容器からモモッと注ぐ黒蜜を信玄餅のきな粉がはじく

〇  府中競馬正門前行にわれ乗れば即ち至りぬ府中競馬正門前に

〇  「次はしゃけぇ、しゃけぇ」で笑う声はある我は笑わず社家駅なれば

〇  辻堂の海とは知らず知りてまた「浜辺の歌」をおりおり愛す

〇  LEGOのシャツ着ている松村正直を思い出すなり夏のすきまに

〇  そのかみ「天地創造の創です」と千種創一言いにけるかも

〇  ほとんどが工藤吉生だつぶやきの相原かろを検索したら

「大口玲子第六歌集『ザベリオ』」(2019年・青磁社刊)を読む

〇  菜の花は何を忘れて この春もひたむきに黄をこぼしつつ咲く

〇  山茶花のくれなゐこぼす木の下へわれは密書を携へて来つ

〇  生ハムを一枚いちまいはがすとき鎌倉彫のお箸をつかふ

〇  九階にのぼればあをき海の見えパジャマの人の背中うごかず

〇  面倒をやり過ごさむとする時に言ふなり「夫と相談します」

〇  口論のさなか目を閉ぢ天からの雪に感応して立ち上がる

〇  祈りとは遠く憧るることにして消しゆく われを言葉をきみを

〇  そのなフランシスコ明るく呼ばれけむナバラ王国ハビエル城に

〇  寒の水飲んで炬燵でオセロして完膚なきまで子を負かしたり

〇  ランドセル置きて出でゆき帰らざるわが家の放蕩息子をゆるす

〇  戦争が団栗の中に来てゐると少年はその手をひらきたり

〇  子が不意に原子爆弾の大きさを問ひたる夜の侘助の白

〇  その人の棄教を長く思ひたるのちにヨガして祈り眠りぬ

〇  きみの黒きセーターを着て過ごしたる三月十一日余寒あり

〇  宮崎へ移住後三年 雪を待つこころ隠して生きる夫は

〇  人間は取り返しつかぬことをして海に赦されたいと願つて

〇  発砲せぬ米兵に「殺せ」と迫りし少女の最期を短く記す

〇  空港に降り立つわれを待つ人がゐるはよきこと帽子を振つて

〇  いちめんの菜の花揺るる真ん中にブルーシート敷いて昼寝をしたり

〇  余所者として立つわれか貝殻の小さきをふたつみつつ拾つて

〇  山からの雨に濡れつつ八重よりも一重が好きで山吹の花

〇  われはまだ地の世にあれば苦しみて斯くも地の世の善にこだわる

〇  むらぎもの心は折れることなくて読みたし『工場日記』のつづき

〇  司教さまは皆「長崎の鐘」が好き懇親会後に必ず歌ふ

〇  小学生十五人来て嵐山孝三郎来て句会はじまる

〇  八歳の息子は季語に苦しみて振り返りすがるやうな目をせり

〇  くさぎの実しばし眺めてゐたるのち息子は小さき句帳をひらく

〇  「青鬼の体重何キロだつたつけ」息子切なげに寝言を言へり

〇  戦争孤児の話をしんと聞くときの息子するどく耳を立てつつ

〇  かたつむりつの出すまでを子と待てるこの世の時間長くはかなし

〇  水遁の術を試すとスイミングバスに乗りたる子に手を振れり

〇  「運動会好きではない」と言ひし子を退場門の陰からのぞく

〇  二歳まで東北に暮らしたりし子が宮崎で踊る花笠音頭

〇  「シン・ゴジラ」観て帰りたる夫と子の震災の記憶に雪が降る

〇  見に来てはだめと言はれて見に行かずプールで泳ぐ息子を思ふ

〇  子の肩をいだきよせむとしたるとき「やめて人前で」と言はれたり

〇  「ビールの人」と言はれ四人が手を上げてわれの息子も手を上げてをり

〇  われをもつとも傷つけることができるのはわが息子 桃に指をぬらして

〇  耳たぶを削がれしことなど聴きながら息子は自分の耳たぶに触る

〇  泣かざりしこと口々にほめられて息子は手術室より出で来

〇  寒の水飲んで炬燵でオセロして完膚なきまで子を負かしたり

〇  いまだ見ぬハウステンボスいまだ子を原爆資料館に伴はず

〇  われと違ふガイドに付きてやや先の展示に見入る子の背中見ゆ

〇  戦場に万年筆を持参せし少女のこころ 立ちてしのびつ

〇  「安保法制は違憲である」といふ文字に弁護士の若き声が重なる

〇  「8地獄共通観覧券」買ひて二つの地獄行き残したり
 
〇  堤防に風吹きわたり子は秋の高さにぐんぐん凧上げてゆく
                           
〇 沖縄は「日本」ではなく「日本国憲法」に帰りたかったと聞く                        

〇  神を否定する人が神に近きこと言ひて澄みゆくヴェイユの翼                         

〇  「裁判官の戦争責任」述べながら八十歳に人激しく震ふ                    
                  
〇  信仰の火もそのやうに消ゆるたび人からもらふものと崔(チェ)神父は

〇  上空にヒバリ鳴きわたりサイレントデモの八百人は過ぎゆく

〇  開始時刻迫ればわれは水を飲み201号法廷に向かふ

〇  「つぎ」と言はれやや小走りに進み出てわれは証言台に立ちたり

「鈴木美紀子第一歌集『風のアンダースタディ』(2017年・書肆侃侃房刊)」を耽読する(第二版)

〇  わたしからはみ出したくて真夜中にじわりじわりと伸びてゆく爪
 にきびや出来物ならばともかくとして、手足の「爪」までが、「わたしからはみ出したくて」「真夜中にじわりじわりと伸びてゆく」のでありましょうか?

〇  今日もまた前回までのあらすじを生きているみたい 雨がやまない
 評者もまた、「前回のあらすじを生きているみたい」な思いをして、八十歳の今日を迎えました。

〇  真夜中にナースコールをするときのためらいに似るきみへのメールは
 「真夜中にナースコールをするときのためらい」や罪悪感は、経験をした者でなければ解りません。

〇  間違えて降りてしまった駅だから改札できみが待ってる気がする
 「間違えて降りてしまった駅だから」こそ、「きみが待ってる気がする」というのも、人生の一面の真実を語っていると思われます。作中主体と「きみ」とは、最近すっきり行っていないのでありましょうか?

〇  「何処まで」と訊かれて途方にくれるためそのためだけに停めるタクシー

〇  待ってても「何階ですか」と訊かれない見知らぬひとと落下してゆく

〇  ばらされるときがいちばん美しい花束のような嘘をください

〇  二人用の柩はないと知ったときあなたに少しやさしくなれる

〇  埋められぬ空欄みたいに白かった絆創膏を剥がした膝は

〇  どちらかが間違っている 夕闇の反対車線、あんなに空

〇  イソジンのうがい薬の褐色でひとり残らず殺せる気が、した

〇  しゅわしゅわとバイキンの死ぬ音が好き漂白剤にこころを浸す

〇  カラコロと返却口へ落ちてゆくコインの気持ちをつかみかけてた

〇  過去からかそれとも未来からなのか夫がわたしを旧姓で呼ぶ

〇  旧姓で今でも届くDMは捨てないでおく雨に濡れても

〇  きみはまたわたしの角を折り曲げるそこまで読んだ物語として

〇  この指環はずしてミンチをこねるときわたしに出来ないことなんてない

〇  折り返し電話するよと言うけれどそのときはもう虹は消えてる 

〇  ガリガリくん冷凍庫のなか生き延びて目が合う度に老け込んでゆく

〇  夕暮れに流されそうだティファールの把手を握りしめているのに 

〇  もうそろそろ許してあげればというように敷きつめてゆく春の夕雲

〇  あなたさえそれでいいなら…と手離したザイルが今も風に揺;れてる 

〇  「え、こんな場面できみは泣くんだ」とわたしの夢を盗み見たひと

〇  透きとおる回転扉の三秒の個室にわたしを誘ってください

〇  前髪の分け目をひだりに変えました今度はあなたがひざまずく番

〇  生き別れの弟のよう はにかんだ制服姿の写真のあなた

〇   「君にはちょっと難しかったかな?」先生は人差し指でわたしを消した  

〇  越えてくる波がはばたきそうだねと囁き合ってるライフセーバー

〇  つぎつぎとひらく波紋の真ん中を見つめてはだめ。帰れなくなる

〇  雪どけの光みたいに銀色のスプーンのなかへ逃げこめたなら

〇  釣り針を抜き取るように見えるでしょうあなたの前でピアス外せば

〇  なめらかな夜空でしょうか濡れているあなたのコートにひそむ裏地は

〇  キラキラとアンモナイトにかこまれてふたりのメトロが加速してゆく

〇  初めてのピアスの穴をあけたときのみこむ息を聴いてる金星

〇  お皿にはグリンピースが残されて許せないこと思いださせる

〇  目薬がするりと眼を逸れてゆきわたくしだけがとり残されて

〇  マフラーやネクタイ贈れば気のせいか怯えた目をするあなたと思う

〇  ほしいのは「トイレの電気点けっぱなし!」と叱ってくれるアンドロイド

〇  さくらにも運命はありあんぱんのへそにすわってしっとりと咲く

〇  本心が読み取れなくて何回もバーコードリーダー擦りつけてた

〇  これ以上きみには嘘をつけないと雨は霙に姿を変えた

〇  蜩のこえは水色 うっとりと米びつのなかに指を忘れて

〇  天窓に小さな螺子はころがって星のはずれるけはい ことりと

〇  それならばハンデをつけてあげるよと切り落とされたあなたの翼

〇  あちらにもこちらにもあるカーソルが点滅するからきれいな夜空

〇  今のうち眠っておけよと声がする晩夏へ向かう青い護送車

〇  「最近は眠れてますか」と問う医師の台詞のあとのト書きが知りたい

〇  「オーダーが入りました」の声遠くこだまするなり午後の病棟

〇  笑いながら「これ、ほんもの?」と指で押すサンプルだって信じてたから

〇  「何が原因だったと思います?」微笑む人はいつも逆光

〇  そういうとこ嫌いじゃないよと笑ってる破いてしまった写真のあなた

〇  いくたびもあなたの頬を拭ってた泣いているのはわたし なのにね

〇  バレッタで束ねたばかりの黒髪は月のひかりにひらいてしまう

〇  ベンチにはたまごボーロのちらばったような木漏れ日それともあなた

〇  明け方のあなたの夢を訪ねると鳥の名前で呼ばれたわたし

〇  ほんとうはあなたは無呼吸症候群おしえないまま隣でねむる

〇  同罪だ、魚肉ソーセージのビニールを咬み切るわたしと見ているあなた

〇  おそらくは自分が何をしているかわからないまま蔦は巻きつく

〇  舐られてあなたの舌を染めてゆくキャンディの中にわたしがいます  

〇  翻訳をされたらたぶん消えている読点だろう、丁寧に打つ

〇  もぎたてのレモンの香り疎ましくしぶきをあげて皿を洗いぬ

〇  「黙秘します」そう言ったきり俯いて香り濃くする真夜の白百合

〇  幾たびもあなたの頬を拭ってた泣いているのはわたしなのにね

〇  包帯をほどいてごらんよわたくしが瘡蓋になって守ってあげる

〇  水色の延長コードでつなげたら遠いところでまたたくまぶた

〇  調律師の冷たい指を愛してた波打ち際の朽ちたピアノは

〇  とりあえず気道を確保するために横向きで抱いてください 花束

〇  さっきまでわたしはあなただったのにシャンプーの泡ですべて流した

〇  海からの風の付箋をはさみゆくTAKE FREEのひかりの冊子

〇  うすうすは感じていたはずシャンプーとコンディショナーの減り方の差を

〇  この辺は海だったんだというように思いだしてねわたしのことを

〇  隠してたこんなくぼみのあることをきみにはただの水たまりだけれど

〇  くちびるに果肉の色をのせるとき啄みにくる片翼の鳥

〇  完璧な口述筆記するときの沈黙にふるルビの星屑

〇  あまやかに女性名詞で海を呼ぶあなたのために砕く錠剤

〇  路地裏でひっそり月を待っている<刃物研ぎます>という看板は

〇  振り向けば今まで出会った人たちとオクラホマミキサー踊るまぼろし

〇  海までの道を誰かに訊かれたらあの非常口を指し示すだけ

〇  わたしだけカーテンコールに呼ばれないやけにリアルなお芝居でした

〇  「これはあなたの物語です」と帯にある本は今でも読みかけのまま

〇  容疑者にかぶされているブルゾンの色違いならたぶん、持ってる

〇  異国にてリメイクされた映画では失われているわたくしの役

〇  過るのは再現フィルムでわたくしを演じてくれたひとの眼差し

〇  親族を数えるときにいつだって自分自身をかぞえ損ねて

〇  自らのいのちをそっと手放して水を産みたりあわれ淡雪

〇  この部屋にわたしがいないときに来て誰かが飾ってくれる白菊

〇  悪気などなかったのですセロファンの中でべとつくミントキャンディ

〇  傘の中のふたりの会話はどこまでも定員割れのようなさびしさ

〇  他人のものばかり欲しがる長い指火打ち石の匂いをさせて

〇  ブランコの鎖の匂いの手のひらを咲かせてしまうわたしの花壇

〇  ほんとうはあなたは無呼吸症候群おしえないまま隣でねむる

〇  日曜のファミレスくり返されるメニューお皿の砕ける音が聴きたい

〇  車いす押して海辺を歩きたい記憶喪失のあなたを乗せて

〇  部屋中の鏡にあなたを見張らせるわたしの夢から目覚めぬように

〇  釘付けと口づけの差を埋めてゆく翻訳家にはたぶんなれない

〇  無意識に肩紐のよじれ直すだろうあなたが死んで号泣する夜も

〇  先生が貧血女子をお姫様抱っこしてゆくライスシャワー浴びて

〇  片膝を立ててペディキュア塗っている喪服を脱いだばかりのわたしは

〇  5歳までピアノを習っていましたとあなたの指に打ち明けるゆび

〇  しゃらしゃらと流水麺をすすいではFMで聴くウェザーリポート

〇  カラコロと返却口へ落ちてゆくコインの気持ちをつかみかけてた

〇  ちかちかと今宵もチックが鳴りなまぬレム睡眠のまぶたの端の

〇  言いかけてやっぱりいいやと呟いたクルトンひとつ沈めるように

〇  あとがきにお礼を言うべきひとの名は伏せておきたい私小説なら

〇  幾たびもあなたの頬を拭ってた泣いているのはわたしなのにね

〇  お皿にはグリンピースが残されて許せないこと思いださせる

〇  あわてなくても海は逃げないよってわらってる誰かの眠りの中のわたしは

〇  わたしたち、と言いかけたあと別々の通貨のような言葉を使う

〇  「一時間経ったら起こせ」と言ったきりあなたは隣で内海になる

〇  自販機に<なまぬるい>のボタン見つけたらわたしはきっと次の階段

〇  ハンガーに綿のブラウス羽織らせて今日のわたしのアンダースタディ

「山田航第二歌集『水に沈む羊』」を読む

〇  水に沈む羊のあをきまなざしよ散るな まだ、まだ水面じゃない

〇  倉庫街にプレハブ建てのラーメン屋一軒ともりはじめる日暮れ

〇  鉄塔の見える草原ぼくたちは始められないから終はれない

〇  溺れても死なないみづだ幼さが凶器に変はる空間もある

〇  球根の根が伸びてゆく真四角の教室にそれぞれの机に

〇  彫刻刀を差し込む音が耳穴にがさりと響く夕影のなか

〇  走るしかないだらうこの国道がこの世のキリトリセンとわかれば

〇  愚かものには見えない銃と軍服を持たされ僕ら戦場へ往く

〇  監獄と思ひをりしがシェルターであつたわが生のひと日ひと日は

〇  強く手を握れば握るだけふたり残せるもののない愛の日々

〇  抱き合はう逃避のために階下には飛ぶ必要のないこどもたち

〇  浮かんでも虹になれない水のなか世界はすでに分かたれてゐる

〇  「生めない」と「生ませられない」天秤の傾ぎばかりを観測されて

〇  葡萄色の産科医院へ告げに行くずつとふたりで生きてゆくこと

〇  無精卵といふ語が責めてゐるものは君なのか俺なのか夕映え

〇  屋上から臨む夕映え学校は青いばかりの底なしプール

〇  ガソリンはタンク内部にさざなみをつくり僕らは海を知らない

〇  赤ずきんちやんにメイクを施して立ち去るあれは資生堂員

〇  だだっ広い駅裏の野にたつこともないまま余剰として生きてゆく

〇  便器の底の水の向かうにしらじらと顔を蹴られてゐる僕がゐた

〇  祝福よすべてであれと病む肺のやうな卵をテーブルに置く

〇  簡単に生きてみるのはもう止めにするんだ風が唸る屋上

〇  棄てられた草原、そこに降り注ぐ星のひかりを愛さう、せめて

〇  溺れても死なないみづだ幼さが凶器に変はる空間もある

〇  沈みゆく僕の身体をさする根はやさしいやさしいにせものの指

〇  水張田の面を輝きはなだれゆき快速列車は空港へ向かふ

〇  花と舟と重なりあひてみづうみを同じ速度で流れゆく見ゆ

〇  昭和製のコイン入れれば震へ出す真夏を回りつくすさざなみ

〇  べたついた悪意とともにつむじから垂らされてゆくコカ・コーラゼロ

〇  果てなんてないといふこと何処までも続く車道にガストを臨む

〇  ふるさとがゆりかごならばぼくらみな揺らされすぎて吐きそうになる

〇  濾過されてゆくんだ僕ら目に見えぬ弾に全身射抜かれながら

〇  嘲りの共同体はアイロンのやうな熱さで「コイツ、シャベルゼ」

〇  スカートならフードコートのゴミ箱にぜーんぶ捨てたなんて言ひ出す

〇  アスファルトに椿ひとひら腐るころ公民館に落語家が来る

〇  ゴルフ打ちっ放しの網に桃色の朝雲がかかるニュータウン6:00

〇  周遊する肺魚のやうにぬらぬらと試験監督きびすを返す

〇  運転手フロムフィリピン未明から未明へとすべりゆくタクシー

〇  街ごとに途切れ途切れのあおぞらが二羽のとんびを分け合つてゐる

〇  駅前のバスプールより見えてゐた塾数件のまばらな光

〇  火に焙るマシュマロときに素晴らしい記憶に変はるかなしみもある

〇  からみあふことでかたちになるものを僕らは求めそして壊れた

〇  絡み合ふ、ねじれる、上が下になる ここは僕らの暮らしの要約(サマリー)

〇  縋るように抱けばおまへの身体ごと煙草の苦い味がしてゐる

〇  病院の経費で落ちたエロ本をめくる。めくるんだが勃たねえよ

〇  表紙だけ剥がれて無料求人誌びしょ濡れのまま路上に朽ちる

〇  海を撃ちし男は若き兵である海を反逆者と思ひ込み

〇  鉄塔の見える草原ぼくたちは始められないから終はれない

〇  ピアスとは浮力を殺すため垂らす錘だれもが水槽の中

〇  はみ出すことを弱さに変へて僕は僕を欺くために眠るしかない

〇  身分くらゐ弁へてるよふかふかの椅子で落ち着けない僕たちは

〇  発車したバスがつくったさざ波は自分を水たまりと知らない

〇  ガソリンはタンク内部にさざなみをつくり僕らは海を知らない

〇  からみあふことでかたちになるものを僕らは求めそして壊れた

〇  二度と会ふ必要なんて別にないけれど元気でゐてほしいひと

〇  考えろなぜ教室に棺桶のかたちを真似たものが多いか

〇  整然と並ぶ机の隙間には無数の十字架(僕には見える) 

〇  焼却炉は撤去されたが校庭にまだ感情の燃えかすは舞ふ

〇  棄てられた草原、そこに降り注ぐ星のひかりを愛さう、せめて

〇  ガリレオが投げたボールは今もまだ漂つてゐる誰も捕れずに

〇  父にだつてあきらめたものがあつたらう古い花瓶にたんぽぽを挿す

〇  延長戦は続いてゆきます処理に次ぐ処理に倦む暇などありません

事の序でに「岡崎裕美子第二歌集『わたくしが樹木であれば』」も捲る

〇  わたくしが樹木であれば冬の陽にただやすやすと抱かれたものを

〇  飴玉のようなボタンと言いながら外してくれた夜 雑司ヶ谷

〇  横にいるあなたの点滅たしかめるさっき魚を殺めた指で 
 
〇  ほの暗い空蟬橋を渡るとき握らずにいた手だったと思う

〇  自転車の冷たい管に触れている手を取らぬまま駅で別れた

〇  おばさんでごめんねというほんとうはごめんとかないむしろ敬え  

〇  太腿も腕も絡めて眠りたり目覚めたら楡になりますように  

〇  濃密な肉だと思う母からのぶどうの皮をそっと剥がせば

〇  捨ててもいい鍵二、三本ポケットの深いところへ 歯を抜きに行く

〇  使われぬ(だろう)臓器の桃色を思うときふいに眠りたくなりぬ

〇  ユニットバスに混ぜてはいけない塩素系洗剤を撒き眠りつつ待つ

〇  春泥を飛び越えるときのスカートの軽さであなたを飛び越える朝

〇  年上のほうがたやすくて あなたのことを思い抱かれる

〇  満ちてきたことを言い合う部屋のなかボディソープの百合は香りぬ

〇  立たせれば青き匂いのして君は私のものになりゆく今夜

〇  何度でもしたくなる 朝の光からあなたの白い腕が伸びくる

〇  係員呼び出しボタンを思いきり悲しいときに押してもよいか

〇  まだ暗い夜のまま冬はわたくしの羽根をしずかに隠してしまう

〇  冬の日の朝は電話のほのあかりつけて私を確かめている
     
〇  言いにくいことは敬語で書いてくる母のメールに返信をせず
    
〇  仏壇の前に座りてケータイでこの世の誰かと会話する母

〇  美術館の憤怒の蔵王権現の前の硝子はふたりを映す

〇  雲と蜘蛛が重なっている瞬間をおさめてきみは少し恥じらう

〇  燃え残る骨というもの体内に潜ませ朝の階をのぼりぬ

〇  夢に出る父はこの頃大きくてうしろ姿でもう父とわかる

〇  幻の子を抱き連れて帰る家 夜なれば父の気配しており 
         
〇  父に子は三人もおり我に父はひとりしかおらず夜が更けゆく
     
〇  深いから入ってはだめと人のいう沼に向かいて歩きいだしぬ
 
〇  いま産めば父を産むかも ひそやかに検査薬浸す六月の朝 

〇  誰からも触れられぬまま腐りゆく果物のあり夜のキッチン

〇  誰の子を産んでも吾の子であれば雨はするどく降り続けたり  

〇  誰の猫でもない猫を遊びたり帰り道わからなくなるまで 

〇  誰かわたしに印をつけよ 葉を落とす冬の木はみな空を指したり 

〇  鋭さにまかせて今日はひたすらに振り落とすのみ私のナイフ  

〇  手渡せぬ命を我は持つゆえにただ茫々と花を浴びたり  

〇  やるならば俺の知らない奴にしてと言われるふいに布団の中で  

〇  触りたい?と手を差し出せば触りたい、と手を伸ばしくる朝の部屋でも  

〇  ほんとうに出て行くときもこのようにただ背を向けて寝ているか夫よ     

〇  やわらかいシフォンまとえばわたくしが女であると風が教える
     
〇  冬の川眺めておればすっと立ち髪光らせる われを捨てるか

〇  花のごと赤く染まりし痕に触れパティオをよぎる 妻に戻るため

〇  ライフルを誰かに向けて撃つように傘を広げる真夏の空に

〇  やれという声がするそれをするなという声がする昼間なのに暗い

〇  好きな人の名を大声で呼ぶことの恍惚を思う焼香の列で

〇  吉野山もっと先まで行きたいとあなたにねだる「殺して」みたいに

「岡崎裕美子第一歌集『発芽』」を捲る

〇  したあとの朝日はだるい 自転車に撤去予告の赤紙は揺れ

〇  年下も外国人も知らないでこのまま朽ちてゆくのか、からだ

〇  なんとなくみだらな暮らしをしておりぬわれは単なる容れ物として

〇  あんなにも輝いていたホタルイカためらうことなく醤油にひたす

〇  振り向けばみんな叶ってきたような うす桃色に焼き上がる鮭

〇  やわらかい部分に指を入れやれば鋭く匂い立つ早熟みかん

〇  肉食んで皆が呆けていたりけり誰もが誰かに似ている真昼

〇  初めてのものが嫌いな君だから手をつけられた私を食べる

〇  二時間で脱がされるのに着てしまうワンピースかな電車が青い

〇  泣きそうなわたくしのためベッドではいつもあなたが海のまねする

〇  Yの字の我の宇宙を見せている 立ったままする快楽がある

〇  羽根なんか生えてないのに吾を撫で「広げてごらん」とやさしげに言う

〇  いずれ産む私のからだ今のうちいろんなかたちの針刺しておく

〇  その人を愛しているのか問われぬようごくごくごく水、水ばかり飲む

〇  目立たないところに鋏を入れながら共犯者として切る君の髪

〇  こじあけてみたらからっぽだったわれ 飛び散らないから轢いちゃえよ電車

〇  熟れ過ぎの桃も家族も木造の家も葉月は縮みゆくなり

〇  体などくれてやるから君の持つ愛と名の付く全てをよこせ

〇  小さな嘘が大きな嘘になってゆく 私を見ているあなたの瞳

〇  乗り換えも面倒このままずっとこの川も渡って君のところへ 

〇  海沿いの君の街街の人々は君に似て魚みたいな顔だち 

〇  「はい好きです」また嘘をつくつく度に陰よりどんと溢れだす海
 
〇  無防備な発言が効いた浴槽でいいと言われた指先を見る 

〇  夕立に打たれんとして走り出す少女の腰はゆるやかに燃ゆ 

〇  広すぎる大浴場だ全存在かけて泳いでもたったひとり
 
〇  交わってきたわたくしを抱くあなた キャベツのようにしんと黙って

〇  抱き合って眠れば夢が深くなるぶどうの発芽くらいの熱で 

〇  いっせいに鳩が飛び立つシグナルの青 あの部屋にブラウスを取りに

〇  乗換えも面倒このままずっとこの川を渡って君のところへ

〇  大袈裟にひらく水仙送りくる母 水仙のとなりで眠る

〇  動物の赤ん坊なら簡単に 甥といういきものを抱く

〇  何もかも経験済みって顔ねまだやわらかい歯ブラシ使ってるくせに

〇  「趣味、電車。」くらいのほうが簡単で好きよ ベッドでサルトルなんて

〇  「無印良品」みたいに生きる とどうしても堤の顔がちらついてくる

〇  豆腐屋が不安を売りに来たりけり殴られてまた好きだと思う
  
〇  平行線上に非常ベル見えていてされるがままになって傾く
  
〇  「渡辺さんですよね」と言われてその日から渡辺さんとして生きている
  
〇  海に行くように逃げ込む午後二時の私の中の非常階段
  
〇  目白駅から見えるだらだら坂はあの夏の決定打を打った坂
  
〇  あたし猫 猫だよ抱いて地下鉄で迷子になつても振り返つちやだめ

「國森晴野第一歌集『いちまいの羊歯』」を読む

〇  親指はかすかにしずみ月面を拓くここちで梨を剥く夜

〇  楽隊は行ってしまった きんいろの拍手のなかを裸足であるく

〇  消えてしまえきえてしまえと冬の夜に紙石鹼をあわだてている

〇  遠くまできたねと深夜営業のあかりをふたりで辿れば星座

〇  さよならのようにつぶやくおはようを溶かして渡す朝の珈琲

〇  せかいにはもういらないの糸鋸であなたのかたちを切り抜く真昼

〇  順序など知らない僕はゆきのなか経口感染した恋を抱く

〇  うすがみに包まれているはつなつをひらいて僕らは港へ向かう

〇  たたみ忘れた翼のように持ったままわたしは傘と線路を渡る

〇  蛍光を放つかすかな色調を96穴プレートに置く

〇  羽ばたきのようにかすかな音をたて郵便受けに降り立つ手紙

〇  真夏日の街をまっすぐゆく君が葉擦れのように鳴らすスカート

〇  声をひとつ抱いて乗り込む車輛には北行きとのみ記されており

〇  椎茸はふくふく満ちるとりもどせない夕暮れをかんがえている

〇  かみさまの真似をしてみる20°Cの試験管にはみどりが澱む

〇  バーナーの炎がつくる真円に降るものはなくきよらかな円

〇  無いものは無いとせかいに言うために指はしずかに培地を注ぐ

〇  生きているように手帳の空白を埋める研修/培養/会議

〇  鈍色のきりんの群れが鉄を食む足元をゆく工場の朝

〇  ナトリウムイオンの量でかなしみを測るあなたは定時に帰る

〇  足裏に熱を孕んで砂粒はこんなに粒だとわらいあえたら

〇  青空にひろがる銅のあみだくじ君の窓まで声が繋がる

〇  見渡せる町のひろさをてのひらに載せて記念写真を撮ろう

〇  五分だけ遅れたひとの抱擁に冬のにおいを確かめる夜

〇  右肩にささるあなたの嘴をもっと埋めるあなたを知りたい

〇  透明な表面するり撫でてゆく超純水の滴はにがい

〇  降る花には糸の眼をひらき忘れた歌をうたいはじめる

〇  待つことの嘘とさみしい幸福を誰かのために抱く蔦の町

〇  目を閉じて三つ数えるくちづけは最初の雨の匂いがします

〇  境界を溶かしてしまう水彩のように僕らに降る雨の町

〇  ことごとく濡らしたままで重ねれば朝をしらずに眼をとじている

〇  風のない午後に置かれたすずしさを揺らして君と食むわらびもち

〇  (歪んでる僕らはきれい)陽に透けるペットボトルをぐしゃりと潰す

〇  恨みに触れればひとつまたひとつひらかれてゆくあかるいつつじ

〇  水を切る小石のゆくえを知るようにあなたは笑う果てだとわらう

〇  錆びついた味をわけあうひとなんてどこにもいないアイスクリーム

〇  寄り添って眠りに落ちてゆく午後の映画のようにあなたと暮らす

〇  左手のレモン牛乳なまぬるく渡り廊下の先は知らない

〇  好きなのを選んでごらん告白を包んだ一粒だけ苦いから

〇  かいぶつに恋した少女の瞳のままで夜のりんごをひとくち齧る

〇  千葉行きの車輌で向かいあうひとのつまさきばかりひかる二時半

〇  ゆうやけを縫いつけてゆくいもうとの足踏みミシンはちいさく鳴いて

〇  コンナコトキミダケデスと囁いた舌のうえにはいちまいの羊歯

〇  楽隊は行ってしまった きんいろの拍手のなかを裸足であるく

〇  風向きをたしかめる手はおおきくて求めることは悼むことです

〇  さかさまに雲をながめる来世でも選んでくれたビールを飲むね

〇  切りすぎた前髪のまま追いかけるわたしは雨のはじまりに立つ

〇  手芸ならすこし好きですばらばらのあなたの指を繕う岸辺

〇  左手のレモン牛乳なまぬるく渡り廊下の先は知らない

〇  青空にひろがる銅のあみだくじ君の窓まで声が繋がる

〇  ピクルスをざくりと嚙めばさらさらと天気雨です遠く在るひと

〇  終わらせたこころをひとつD列の鳥卵標本箱におさめる

〇  海でなく街のしずくを連れてきた半透明のきみを拭きとる

〇  染みついた記憶は混ざりあってゆく回転ドラムに眠るぬけがら

〇  深くふかく封じたひとの熱量を語ることなく在る鉄の町

〇  さかさまに雲をながめる来世でも選んでくれたビールを飲むね

〇  指先にかすかな色をのこしつつ今日がひらいてゆく青の町

〇  薄氷の蝶は遙かなひとからの手紙のようで触れたらひかり

〇  色つきのひよこは知らない明日など見ずに空だけ見て鳴いている

〇  からっぽの手を繋ぎますそれぞれに失くした傘の話をする日

〇  鈍色のきりんの群れが鉄を食む足元をゆく工場の朝

〇  あれは蝶いいえ破れた恋ですよ十枚集めれば当りです

〇  白線の外側で待つおしまいの列車は定員一名でした

〇  いっしんにみどりを釣りあげるひとのうなじの斜面を這いのぼる蔦

〇  絶え間なく嘘をつきつづけています袖口からは蔦のみどりが

〇  ゆうぐれの水面に映る蔓草はしずかに彩る街の亡骸

〇  約束の環には甘くて朝焼けのポンデリングをふたつにわける

〇  コロニーと呼べばいとしい移民たち生まれた星を数える真昼

〇  からっぽの背をあたためる春の陽は翼の記憶をゆるやかに溶く

〇  台無しにしたいな固く閉じられた蓋からほそく冷気はこぼれ

〇  葉脈を紡いでゆけばこの星を包めるほどのやわらかな布

〇  制服の裾から音符こぼしつつ時間飛行をする少女たち

〇  ゆきですとつぶやくきみにすきだよとこたえるようにあおぐ、ゆきだよ。

〇  瞬きもせずに雨滴はおとされて空に溺れることもできない

〇  染まるのは指先ではなく言葉ですしずかに剥いてゆくぶどうの実

〇  慎ましく告げる深夜の冷凍庫〈銀河を宿す氷菓あります〉

〇  寄り添って眠りに落ちてゆく午後の映画のようにあなたと暮らす

〇  あの青に還りましょうかぴかぴかの荒巻鮭を抱えて歩く

〇  寒天は澄んでわたしの胎内にひとしく熱を与えつづける

〇  正解をみつけたことを知らせずにぐいと飲みほす檸檬サイダー (せみしぐれ)  

〇  読まれずに砂に埋もれた手紙には枇杷の葉ひとつ綴じられており (よすてびと)

〇  向こう岸 手を振るひとに告げぬままポラロイドには海だけのこし (むてっぽう)

「小川佳世子第一歌集 『水が見ていた』(ながらみ書房刊 ・2007)」を読む

〇  永遠の入口としてあの日すこし開いてた窓を水が見ていた

〇  この川に蛍がいたという人の横顔になにか聞けないでいる

〇  どうしてもいたたまれずに席を立つ確かにあったずっと前にも

〇  まちなかはもうあきまへんと人は言うあかん一人が此処に住みおり

〇  もうええんちゃうのと君は言っていた私は麦酒の泡を見ていた

〇  のりものがあたたかかったころのこと 白(あお)馬黒馬そなたの背中

〇  どうしたらよいかわからぬ恋だからわざと明るい手紙を書こう

〇  「恋衣」というのはあの日私に掛けようとしたあなたの上着

〇  ペンディングのことがら多く降り積もり句跨りのような年の暮

〇  身体ごとああ大きな百合になってあなたを浴びて開ききりたい

〇  雨音の聞こえない部屋階下まで降りて再び取りにくる傘

〇  雨音がうるさくないのはなぜかしら無数の糸に包まれている

〇  日曜の空はだんだんひといろに落ち着いてゆき、雨を待っている

〇  賀茂川が右か左かわからない渦巻くような不安、であるか

〇  宇治川の穏やかな波隘路だと思いこみしが岐路かもしれず

〇  「事実ではなくて真実」紅の殺し文句を聞く雨の寺

〇  テキストの向こうにいつもすけている普通の女という仮想敵

〇  すまあかしすみよしあわじあわあわとすんだこころになりたいものだ

〇  溢れ出すままにしておく洗面器 この世の果ての全方位滝

〇  (おなかとは言わへんのか)と繰り返す「腹など数ヶ所を・・・」と聞かされるたび

〇  散らかしたまま書いている人生に誤字も脱字もそのままにある

〇  避雷針の勇気について思いつつまだ降り続く雨を見ている

〇  溢れ出すままにしておく洗面器 この世の果ての全方位滝

〇  いっぺんも好きやて言われへんかった蛍火も見ず逢いみし時も

〇  感情の開きし今日は夜に入り止めようのなき水道の水

〇  角一つ曲がれば誰もいないのになぜだろう人まみれの参道

〇  白梅は紅梅とけして混ざらずにああ晩年のように楽しい

〇  スタンスを決めてしまえば爽やかだほな、またと言い振り返らざる

〇  冬枯れの道は一人で歩くべし彼の着信には応えずにおく

〇  ああ寒は明けたんだなあまっさらな二日の月が左の上に

〇  キュビスムの女性は楽器という人の重たき琵琶になりたい私

「三宅やよい第二句集『駱駝のあくび』」に学ぶ

〇  鮟鱇の部長課長と並びおり

〇  産みたての赤子並べる日雷

〇  十六夜のひとりのためにバス停まる

〇  椅子あげて春の渚が広がりぬ

〇  おじさんの空気を抜いて桜餅

〇  軽々と猫放り投げ春の月

〇  黒板をぬぐえばみどり卒業す

〇  気に食わぬ口紅ならべチューリップ

〇  黒土の大根浮かす力かな

〇  化粧臭き母と並んで春惜しむ

〇  股間よりのぞく青空春休み

〇  ゴム跳びの次は冬日の高さまで

〇  埼玉の富士が小さい木の芽和え

〇  桜咲く真っ只中に避難口

〇  三組の窓の前だけ花盛り

〇  十五夜がきれいに剥けるゆで卵

〇  写真はみだす煙突も囀りも

〇  春月の湯沸し室に湯を捨てる

〇  雪嶺の見えるあたりで途中下車

〇  雪嶺や公魚一杯三百円

〇  先生のコートの裏は深い夜

〇  戦争を抜けて接岸する鯨

〇  そのむかし船長でした鰯雲

〇  たんぽぽと犬の足りないフジテレビ

〇  手を突いて手の跡がつく鳥曇

〇  遠霞ずっと正午をさす時計

〇  ナイターのみんなで船に乗るみたい

〇  斜め走りの犬に引かれて雪の坂

〇  春風邪や振っては散らす万華鏡

〇  春の闇応接室の白いカバー

〇  春の宵微熱のようにある花屋

〇  パレードのアヒルがうつるサングラス

〇  冬ざれの電車に轢かれてもみたき

〇  冬帽子犬の顔して待っている

〇  ポケットの底はみずいろ朝桜

〇  松の花かすかな電波受信せり

〇  間取り図の枠はむらさき牡丹雪

〇  満月の象が踏み込む水たまり

〇  蜜豆を食べたからだに触れてみて

〇  芽吹くまで臍のあたりに手をおいて

〇  もう一羽鴨描き足して冬うらら

〇  喪の父は月の酒場で飲んでいる

〇  もみがらへ豊かに浮いて冬林檎

〇  桃缶のふちのぎざぎざ夜の客間

〇  蘭鋳の水ほのぐらし電子辞書

〇  雪山を半分省略して帰る

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