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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

『岡部桂一郎歌集(抄)』   令和の暮れは寂しくて 紅白観ずに寝ています 其処から私が見えますか 見えても迎えに来ないでね

○  まさびしきヨルダン河の遠方にして光のぼれとささやきの声  (『緑の墓』より)

○  このごろはダンサー稼業もひまにして君が額のすえし匂いよ

○  数条のレール光れる暁の薄明のなか紙ひとつ飛ぶ

○  遠くよりささやぎきたる悲しみといえども時に匕首の如しも

○  野の果てにくるめは落つる日にむきて空のトロッコが疾走し居りき

○  しばしばも来る夢にしてまおとめの乳に針刺すわがおこないよ

○  空気銃もてる少年があらわれて疲れて沈む夕日を狙う

○  ここにある阿呆の一生埋まりて夜毎の月と朝朝の霜

○  銃殺の音ならなくに落つる日が野の上に低くとどまれるとき

○  灰色に塗りしドアーの鍵穴の中にあかるき鉢の花ある

○  淵に咳こだまする夜もみちのくの鳥海山に雪つもりおり

○  おもかげも浮かびくるなく佇つわれのまわりに夜が動悸うってる

○  薄明の下ながれくる源流の奥へ奥へと山重なれり

○  みちのくの夜空は垂れて電柱に身をすりつける黒猫ひとつ

○  幻燈に青く雪ふる山見えてわれに言問うかえらざる声

○  この午後に巷にぬくき雨ふれど恋人たちはいずこにひそむ

○  砂の上に濡れしひとでが乾きゆく仏陀もいまだ生れざりし世よ

○  哀恋はまたかえらめや薄明を街路樹に沿い緋の自動車くる

○  献身のごとくたつ幹をいきいきと晩夏の蟻はくだりゆきたり

○  ねむらんとする前のおみなルージュぬる今いずこ去年の春の雪

○  愁いおびし灰色の壁つらなりてくれないに塗りしドラム罐ある

○  うつし身はあらわとなりてまかがやく夕焼空にあがる遮断機  (『木星』より)

○  木々の影みないっせいに北させばわれは立ちたり幼な子つれて

○  なぐさまず歩み来れば月下にて音なくもつれ人格闘す

○  とどかざる人のなげきの彼岸よりただようごとくきたる白鳥

○  エメラルドグリーンの空は燦爛たり厨に鍋がころがりやまぬ

○  ほのくらき土間のカマドに燃ゆる火の色のさびしさ夏ちかづきぬ

○  君絶えず流転のすがた炎天にわが庭の斧あつく灼けたり

○  冬を送る一輪の花身内より白きタイルに鼻血落ちたり

○  沈む日を見つむるなかれ魂焦げる匂いはげしき冬の野なれば

○  犬つれし幻の父あゆみつつひと夜ひと夜をこおろぎの声

○  秋草の道に久しき夕あかりここすぎてゆく人の吉凶

○  階段をくだりきたりしうつし身は月さしている厠にかがむ

○  はるかなることな思いそ春の土とがるかかとのおみな靴あと

○  雨ふれば雨のかそけさ人死ねと若葉わたたく雨の音する

○  おさな子の声のする窓ものきざむ窓みな灯るとき無縁なり

○  びしょびしょと暮れがたの雨 道ばたに赤いりんごが濡れてころがる

○  たなびける夕鱗雲この部屋にコードつたいて電燈ともる

○  わが部屋の畳の上にかなしかる夕日さすころ渋谷にぞいる  (『木星』以後)

○  初時雨うゐのおくやまけふこゑて人は濡れゆく夕やみの中

○  こんにゃくの表と裏のあやしさを歳晩の夜誰か見ている

○  うつし身を出でたる影は冬の夜の皿の海鼠に酢をたたらしたり

○  色沈むうこん木綿の唐草に秋は夕べの霧たてる頃

○  しとしとと雨の音する冬の壁箒さがれる神の断片

○  窓辺より世けの空に掌を出せり五本の指はかすかに遊ぶ  

「今週の『朝日歌壇』」より  声枯れて「ドレミの歌」さへ歌へぬを!「冬隣」などまして歌へぬ!  まぼろしのハーモニカの音聴きたしと庄野坂往く令和のイヴに 

     佐佐木幸綱選

○ 愚にももつかぬ笑いはびこる今の世によきかな笑わぬ越後男子は  (柏崎市)阿部松夫

 昨今のブラウン管の世界は、まさしくも<お笑い>の全盛時代なのである。
 しかも、そのお笑いの内容たるや、打ったり怒ついたりしての弱い者虐めを内容としたものであり、「愚にもつかぬお笑いはびこる今の世」という、本作の表現の適切さを証明しているのである。
 佐佐木氏の選評に「新潟出身のラグビー選手・稲垣啓太への賛歌」とある。
 件の<笑わない男>稲垣啓太選手は、ラグビー日本代表の仲間と共に、今年の大みそかの<紅白歌合戦>にSPゲストとして出場する、とか!
     稲垣を笑わせようとお笑いが必至で演じる福笑いかも  鳥羽散歩
     除夜の鐘鳴り終へたれば元日だ稲垣啓太初笑ひせり
     稲垣も七億円をせしめたら心中秘かに笑うでしょうか?
     笑わぬをたった一つの芸として紅白に出た稲垣啓太
     稲垣も笑い転げる昨今の閣僚どもの識見の無さ
     

○ フクシマを忘れないでと願うのももう忘れてと願うも本音  (福島市)稲村忠衛

 真逆なる心も亦、真実の心なりき!
     フクシマを忘れたいけど忘れられない福島に還る日までは  鳥羽散歩
     「忘却とは忘れ去ること」フクシマに忘却はなし忘れ去れない


○ 汚染土を積んだトラック列をなし黙々と行く仮置場へと  (須賀川市)山本真喜子

 今や、「仮置場」なる不安定かつ危険極まりない普通名詞は、自公連合政権の杜撰な原発施策を象徴する<固有名詞>化せんとしている!
     第一の仮置き場出づれば第二の仮置き場そして第三の……… 鳥羽散歩
     言葉こそ<仮置き場>なれ、一体全体いつまで仮置く!
     汚染土を仮置き何処へアベ政治許さないとぞ記した兜太!
  

○ 兜太句集『百年』に悼句あまたあり濃く付き合いて長生きをして  (東京都)野上卓

 「濃く付き合いて長生きをして」こその「悼句あまたあり」なのでありましょう。
     原発を如何せむとす自民党!野党結束未だし兜太!  鳥羽散歩
     『レプリカの鯨』筑紫で咆哮すアベ政治の悼歌を詠めよ


○ 母居ればそこが故郷液晶の画面に揺れるコスモスを見る  (あきる野市)小澤多江子

 残念ながら「液晶画面」の中には「コスモス」こそは「揺れて」いても「母」は居りませんでした。
 私たち首都圏住民の描ける故郷風景の中には、決まったようにしてコスモスが揺れているのである。
     母居れば其処がふるさと父入れ歯こそ嵌め居れど老いてよぼよぼ  鳥羽散歩
     コスモスの風に揺れたるあきる野のあきるにあらね飽きし紅白


○ 写真展見終わればわれに礼をする拉致被害者を支えいる人  (仙台市)村岡美知子

 「拉致被害者の写真展」なる展示会に、私も過去数回入場したことがありますが、其処には必ず「拉致被害者を支える人」たちが居て、私たち入場者に深々と礼をするのでありました。
     写真展見終えて会場あとにして入る茶店の珈琲苦し  鳥羽散歩
     除夜の鐘撞き終へたれば戦後幾星霜拉致被害者家族も老いたり


○ やさしくてきびしい先生と言われたがもっと沢山ほめればよかった  (駒ケ根市)伊藤邦彦

 「もっと沢山ほめればよかった」とは、後の祭りでありましょう。
 それはそれとして、教職と言うものは、何も「沢山ほめればよかった」という性質のものではありませんよ!
     厳しくし後に優しき教師たれ!順序違えば教え損なう!  鳥羽散歩
     駒ケ根の伊藤邦彦先生も後の祭りを悔いる猪の歳


○ 雪の道かすかに光り紫に暮れるドイツにシュトレンを買う  (京都市)中尾素子

 「雪の道かすかに光り紫に暮れる」とは、いかにも黒森に囲まれたドイツらしい光景である。
 ウイキペディアの記するところに拠ると、「シュトレン」とは、「ドイツの菓子パン。オランダ語ではストル(蘭: stol)と呼ばれる。国内で広く認知され使われている表記シュトーレンは、ドイツ語の発音規則としては正しくないとされる。ドイツとオランダでは伝統的にクリスマスに食べられる食品で、その時期で売られるものはクリスマスのシュトレン(独: Christstollen, Weihnachtsstollen、蘭: kerststol)という」とか!
     雪道の微かに光りてかてかと歩めば転ぶふるさとの冬  鳥羽散歩
     シュトレンを食べて異国のクリスマス雪の道行き転ぶな素子


○ 真夜中にちあきなおみの歌流る絶品秀逸『紅とんぼ』  (本庄市)坂上美儀

 ちあきなおみの唄う『紅とんぼ』を「絶品秀逸」とするか否かは、好みにも拠りましょう。
 私は、同じちあきなおみの歌ならば、どちらかと言うと『冬隣』の方がより好きである。

  空にしてって 酒も肴も
  今日でおしまい 店仕舞
  五年ありがとう 楽しかったわ
  いろいろお世話になりました
  しんみりしないでよ・・・・ケンさん
  新宿駅裏 紅(あか)とんぼ
  想いだしてね・・・時々は
  いいのいいから ツケは帳消し
  みつぐ相手も いないもの
  だけどみなさん 飽きもしないで
  よくよく通ってくれました
  唄ってよ・・・しんちゃん
  新宿駅裏 紅とんぼ
  想いだしてね・・・時々は
  
  だからほんとよ 故郷(くに)へ帰るの
  誰も貰っちゃ くれないし
  みんなありがとう うれしかったわ
  あふれてきちゃった想い出が
  笑ってよ涕(な)かないで・・・チーちゃん
  新宿駅裏 紅とんぼ
  想いだしてね・・・時々は    
             吉田旺作詞・船村徹作曲・ちあきなおみ歌唱『紅とんぼ』

    あなたの真似して
    お湯割りの焼酎 のんではむせてます
    つよくもないのに やめろよと 
    叱りにおいでよ 来れるなら
    地球の夜更けは 淋しいよ……
    そこからわたしが 見えますか
    この世にわたしを 置いてった
    あなたを怨んで 呑んでます

    写真のあなたは 若いまま
    きれいな笑顔が にくらしい
    あれからわたしは 冬隣
    微笑むことさえ 忘れそう
    地球の夜更けは せつないよ……
    そこからわたしが 見えますか
    見えたら今すぐ すぐにでも
    わたしを迎えに きてほしい

    地球の夜更けは 淋しいよ……
    そこからわたしが 見えますか
    この世にわたしを 置いてった
    あなたを怨んで 呑んでます
             吉田旺作詞・杉本眞人作曲・ちあきなおみ歌唱『冬隣』

 本ブログの読者の皆様方に於かれましては、いかがでありましょうか? 
     声枯れてドレミの歌さへ歌へぬを冬隣などまして歌へぬ  鳥羽散歩
     時折は新宿駅前二幸にてピロシキ買つて食べた昭和よ

     
○ 井伏氏の下駄のまぼろし餅搗きの貼り紙のある教会通り  (東京都)柳川美恵子

 佐佐木氏の選評に「荻窪をよく飲み歩いていた井伏鱒二氏の思い出。私も幾度か、ご一緒したことを思い出す」と在り。
     荻窪で飲んだことなどありません!まして著名な井伏氏などとは!  鳥羽散歩
     新橋の烏森口懐かしや!田宮二郎と出逢ひし夕べ!
     まぼろしのハーモニカの音聴きたしと庄野坂往く令和のイヴに

「今週の『朝日歌壇』」より   三方湖の叩き網漁伝へ行け!我が国固有の魚類を守れ! 

     永田和弘選

○ 水しぶき湖面にあがる竹ざおをしなはせて若狭の叩き網漁  (越前市)内藤丈子

 フリー百科事典『ウィキペディア』の記するところに拠ると、「叩き網漁とは、福井県若狭町の三方湖に伝わる伝統漁法。若狭の冬の風物詩となっている。 冬期に湖底に潜む魚(主にコイやフナ)に対し青竹(竹竿)で水面を叩いて驚かせ、仕掛けた刺し網に追い込み獲る漁法で、大正時代から伝わるとも、江戸時代から伝わる[6]ともいわれ、日本では珍しくなった漁法である。竹竿の長さは約4メートル乃至、約5メートル。船は小さな川船で、現代では船外機も用いるが、手漕ぎの場合もある。福井県若狭町の地元では<たたく>の方言から、たたき網漁を<かち網漁>ともいう。 漁期は11月中旬又は12月初め頃から始まり、3月末頃までで、“網下ろし”といわれる初漁日は大安の日が選ばれる。 たたき網漁に用いる網の目の大きさは13-16cmの間で、5ミリ-1センチ間隔で異なる目の大きさの網が何種類も用意され、乱獲を防ぐために、その年の幼魚の生育具合で網を替える。 近年は、オオクチバスやブルーギルなどの侵略的外来生物の防除も担っている」とか。
     外来魚・ブルーギルなど退治せよ!三方湖伝統の叩き網漁!  鳥羽散歩
     三方湖の叩き網漁伝へ行け!我が国固有の魚類を守れ!


○  あらいぐま出没の回覧板に罠掛けの予定も書かれてありき  (埼玉県)吉野ミヨ子

 単なる報告に終っているような気もしますが、もしそうならば、是を入選作とした選者の気が知れない!
     そうですか。そうだったんですか!罠掛けの予定も書かれていたんですか!  鳥羽散歩


○  「駆除」といふニュースの言葉に立ち止まる雌熊街に出て撃たれたり  (狛江市)松本勇一

 「食べものを探して街に出て来る雌熊とても駆除されてはいけない」の心ならむや?
     そのかみの蚤や虱の駆除方はDDTを振り掛けるだけ!  鳥羽散歩


○  五万人集ふドームに万歳の声なくミサの曲は流れる  (加賀市)敷田千枝子
○  来年も私は行きますお花見に夫婦そろって自分の金で  (岡山市)伊藤次郎

 出ました!出ました今週も!朝日歌壇に欠かせぬ二首が!
 万歳なんか遣らかしたら、白鵬優勝の大相撲みたいになってしまいますからね!
 お花見に関わらず、遊興娯楽の為の経費は、基本的には受益者負担ということでありましょう。
 それにも関わらず、通称「桜を見る会」の参加者の中に、安倍某の後援会員が居たとしたら問題になりましょうか!
     来年は行けるかどうか分かりません!こちとら八十路を行く者なれば!  鳥羽散歩

 
○  これでもうおしまひと亡き君のこゑ酔つてないぞと夜毎よひをり  (浜松市)松井惠

 「これでもうおしまひ」との声を発するのは「亡き君」なのであり、その尊き声を聴きながらも「酔つてないぞ」と言い張り、「夜毎よい」居るのは、浜松市にお住いの<酔いどれ爺>こと、松井惠さんでありましょう。
    これでもうお終いだとは思わない!間も無く黄泉路を辿る仲間さ!  鳥羽散歩


○  戦争を知らない私が食べている母には切ないむかごのごはん  (町田市)山田道子

 私は、食べ物の不自由な戦時下に育ちましたし、我が家の畑の長芋の蔓には、腐るほどの「むかご」がぶら下がっておりましたが、未だかつて「むかごごはん」と称する代用食でお腹を満たしたことはありません。
 そもそもの話をすれば、件の「むかごめし」なる代用食は、都会からの疎開者を迎えた田舎の農家のケチなアバたちが、自家で食することもない食物を<疎開もん>たちに食べさせた事に因って生まれたのではありませんか?
     特別に美味しくもない零余子飯食わせて金取る農家のアバだぢ  鳥羽散歩


○  弟が朝日歌壇にのりましたゆっくり書いたふらふらの文字  (奈良市)山添葵

 作中の「弟」が詠んで「朝日歌壇」に入選した一首とは、「えんそくでわかくさやまわのぼったよオウチトママはみえなかったよ」であり、是は永田和弘選の入選作として、十一月二十四日付けの朝日新聞の朝刊に立派に掲載されました。
 ところて、去る十二月一日付けの朝日新聞の朝刊に、佐佐木幸綱選の入選作として、「一匹の羊を探すように聞く学芸会の群読の声」という一首が掲載され、作者は奈良市にお住いの山添聖子さんでした。これら三名の山添姓の歌詠みたちの関りや如何?
     ママでした!聖子は僕らのママでした!隠すつもりはありませんけど!  やまぞえそうすけ(代作)


○  兄上よダブル入選果たすのは松田姉妹の不在の今ぞ  (横浜市)沓掛文哉

 本作の作者・沓掛文哉さんは、朝日歌壇の常連入選者・沓掛喜久雄さんのご舎弟とか。選者・永田和宏氏は、選評にて「兄の喜久雄さんとのダブル入選を夢見るが、競争相手は松田姉妹だけではありません。山添葵、そうすけ姉弟も強敵ですぞ」と揶揄っていらっしゃる。
 筆者曰く、「松田姉妹は既に終わった歌詠みであり、沓掛兄弟の最大のライバルは山添姉弟である。」なんちゃったりして、いたずら坊主めが!
      兄上よダブル入選果果たすのは,冥土の土産にならむ必ず!  沓掛文哉(代作)

「今週の『朝日歌壇』」より  モリカケに女川原発・シュレッダー・桜を見る会・身の丈発言 

     馬場あき子選

○ 教皇の帰国を待っていた様に女川2号再稼働へと  (川崎市)小島敦

 時宜をよく弁えた原発再稼働に取材した、時宜に適った一首である。
 本作の三句目の五音「いた様に」は無用である。
 という訳は、「女川原発再稼働へと」の方針が打ち出されたのは「教皇の帰国を待って」の事であるからである。
 是を以て知るべし、原発村村民の安倍某への忖度振り!
 「原発村の住民は、安倍某へ忖度したのではなくて、ローマ教皇へ忖度したのである!.」との逆説的発言も衢に流布している。
     モリカケに女川原発・シュレッダー・桜を見る会・身の丈発言  鳥羽散歩


○ 大雨のたびに建屋の水位増し汚染水タンク立錐の地に  (茂原市)植田辰年

 「立錐」の「錐」とは<きり>の意であり、通常、「立錐の余地も無し」という言い方をする。
 ところで、本作には、「汚染水タンクは立錐の地」とありますが、これに拠ると、汚染水タンクは錐を立てる程の余地を残して並べられている、という事になり、まだ幾らかの並べる余地が在る、との意にはなりませんか?
     立錐の余地も残さず並べられ汚染水漏れ必至の現状!  鳥羽散歩


○ 水害の南房総に花々咲き越冬ミツバチ青森より来  (松戸市)猪野富子

 して、件の「越冬ミツバチ」諸氏は、彼の「青森」の地に於いては孰れの花の蜜を原資として生き延びて来られたのでありましょうか。
     菜の花やポピー・ストック咲き盛り南房総にミツバチも来る  鳥羽散歩
     青森で砂糖を舐めて生き延びたミツバチたちの辛い越冬


○ 長き夜に母を独占したき子ら絵本の束を抱えて眠る  (長崎市)田中正和

 釈迢空の『海やまのあひだ』(1925年)に、「ながき夜の ねむりの後も、 なほ夜なる 月おし照れり。 河原菅原」という、稀代の傑作在り!
 また、「なかきよのとおのねふり みなめさめなみのりふねのおとのよきかな」とは、室町時代の通俗辞書『運歩色葉集』にも掲載されている回文和歌の名作であり、正月にこの回文和歌を記した和紙を敷いて眠ると、良き初夢を見る、とされている。
 件の「子ら」も、さぞかし良き夢を見たことでありましょう。
 少しく、表現上の難点を指摘させていただきますと、「絵本の束」という言い方は如何でありましょうか?
     長き世を総理の椅子にしがみ付き世にも稀なる悪政を布く  鳥羽散歩


○ 流れくる水の呼吸を読むというカヌー選手の深き眼差し  (石川県)瀧上裕幸

 件の「深き眼差し」をよく利かして、明年夏のオリンピックの際は、大勝利を納めたし!
 なにしろ、カヌー競技は競技者人口も微小であり、オリンピック大会の為のコース設定には莫大な経費を掛けているのですからね!
     逆巻ける阿波の鳴門の渦潮をするりするりと潜り抜けたし  鳥羽散歩
     元を取れ!経費掛けたる元を取れ!金のメダルを見事手にせよ!


○ 泥かぶり荒れたる畑に堆肥撒くまた一からの土づくりなり  (常陸大宮市)和田行男

 本作の作者がお住いの常陸大宮市は、那珂川沿いの農村地帯であり、農民の多くは、那珂川の氾濫で苦しめられたり、飢饉で苦しめられたりの苦しい生活を強いられて来たのである。
 一方、河川氾濫の後の田畑の「土づくり」の難しさは、長塚節の小説「土」によく表されている。
     謂ふならばゼロ以下からの土づくりお身体大事に頑張りなはれ  鳥羽散歩
 

○ 市となりて更級郡は消えにけり芭蕉の辻の黄色の点滅  (長野市)沓掛喜久雄

 そう言えば、作者の沓掛喜久雄さんの居住地もいつの間にやら、<長野県>から<長野市>に替わっていますね!
 「昨年の六月二十四日付けの朝日歌壇に、沓掛喜久雄さんの作品が二首同時入選された」とのビックニュースが<上田高校関東同窓会>のネット上の会報に掲載されていますが、その際の沓掛喜久雄さんの居住地は、長野県となっていたのですが。
 高野公彦選入選歌
  公園の草分けて立つデゴイチはさびしすぎるよ帰りたからむ   (長野県)沓掛喜久男
 永田和弘選入選歌
  禁じられ百日たちぬ自らは下戸なる医師に会ひたる不幸     (長野県)沓掛喜久男
  そんな事どうでもよろし!それよりも作者の息災喜ぶべきだ!  鳥羽散歩


○ 雨の日に傘を差さないアメリカでブロッコリーを生で食べおり  (アメリカ)アダムス理恵

 馬場先生は国外に居て短歌を詠む方々の作品には頗る甘い!
 ところで、「ブロッコリーを生」で食べる事は、短歌の題材にされる程にも特異な食習慣でありましょうか?
    雨の日に傘も差さずに街を往くそんなダンディ住む街・シスコ  鳥羽散歩


○ 果てもなく情報を生むニンゲンを尻目に亀は冬眠に入る  (東京都)水谷実穂

 「下手な歌詠み亀さんを詠む」との諺在り。
 事ほど左様に「亀」なる爬虫類を題材にした短歌や俳句は多いが、その原因は、お池の周りで日向ぼっこをしている亀の、一見温厚そうな性質に在るかと思われるのであるが、昨今の池には<噛み付き亀>という凶暴極まりない亀も棲息していますからよくよくご注意下されたし!
     果ても無くフェイクニュースを垂れ流す何処かの国の統領閣下


○ 包丁はその使ひ手の顔なりと変形の指を研ぎ師は翳す  (和歌山市)吉田孝

 「研ぎ師」はいつも他人の使う包丁を研ぐのであるから、彼が自らの「変形の指」を他人の前に翳したからとて、研ぎ上げられた包丁の使い手に就いての何の証明にもなりません!
 件の研ぎ師は、単に自らの研ぎ師としての腕前を自慢したのに過ぎません!
     日本刀研いでゐるなら研ぎ師だが包丁研いで何の研ぎ師か?  鳥羽散歩
     研ぎ師とはいへど団地の奥さんの文化包丁研ぐだけのこと!

今日の一首(12月21日)

○  生きるとは「何かを運ぶこと」といふ 私は何を運びて来しや?  鳥羽散歩

 只今、年の瀬も押し迫った、令和元年十二月二十一日の午前一時二十五分ジャストである。
 私は寝も遣らず本読みをしている。
 私が今、読んでいるのは、佐佐木幸綱著『うた歳彩』という、紙の色褪せ、表紙のすり切れた古本である。
 『うた歳彩』(1991年11月20日刊・小学館)は、歌人の佐佐木幸綱氏が、近現代の歌人たちが詠んだ名歌を一人一首ずつ選んで、随想風な論評を加えたものであり、私はこの書物から、過去極めて多くの物を学んで来ました。
 然し乍ら、ここ数年に於いて、この有益な書物が果たした役割は、我が家のたった二箇所きりの押し入れの一か所に押し込められて居て、ただでさえ狭い私の居住空間を、より狭いものにしていただけのことでありました。
 私が、この古本を押し入れの古本の山の中から掘り出して来て、読み始めたのは一昨日の事であり、傘寿の春を目前にして、そろそろ断捨離と行かねばならぬと決意した私が、先ずは手始めに古本の山を切り崩して捨てて行こうと決意したからなのでありました。
 だが、いざ、断捨離敢行という場に立たされてしまうと、容易には捨てかねて、ついうっかり、こうして読み耽ってしまうのである。
 この本の最初の頁には、私の深く敬愛する歌人・坪野哲久氏の「木琴の音ひびかせて春分の露地きらきらし木の芽のひかり」という、なつかしくも愛しい一首に就いての論が掲載されているのであるが、その後、その数、九十数名の歌人の作品に論評を加えていて、その最後が、佐佐木幸綱氏自らの著名な一首「父として幼き者は見上げ居り願くは金色の獅子とうつれよ」に就いての論であり、その論の中で、佐佐木氏は、「人間の一生とは、何かを運ぶことなのであろう」などと、氏らしからぬ呟きを漏らしているのである。
 然し乍ら、そう、言われてみれば確かにその通りである。
 私たち人間の多くは、必ずしも皆が皆、<故郷の山谷峠の駄賃引き>や<郵便配達>や<クロネコの運転士>を職業としている訳ではありませんが、その職務に関わらず、それぞれの人生の過程で、生まれた瞬間から息を引き取る瞬間まで、必ず何かを運ぶ役割を果たしているのでありましょう。
 一例を挙げて説明すると、例えばぐうたらな私の場合は、自らの醜悪極まりない肉体を、へいこらへいこらと担ぎ、運びながら、傘寿の春を迎えようとしている訳なのでありましょう。
 いや、それは気の弱い私の謙遜であり、私の半生は必ずしも、私自身の醜悪な肉体を運ぶためだけのものではありませんでした…………なんちゃって。(笑)
      博識と数多の財と妻子をば背負ひて吾は今日までを来つ(笑)   鳥羽散歩

『現代歌人文庫・滝沢亘歌集』(国文社刊、1987年)より

○  てのひらに稚きトマトはにほひつつ一切のものわれに距離もつ

〇  キャラメルの函にてつくりしエッフェル塔とどまりがたき夕光に置く

○  時雨ふる土の傾斜を見てゐたり不治のこころは騒然として

○  白雲の一つ一つに名をつけて見てをれば太郎の消長あはれ

○  妻子なく病めるこころは疲れつつ朱き金魚を夜に見てゐたり

○  人妻の美しき日われは心飢ゆ黄落の森むごくにほひて

〇  曇り日に天水槽の彦がみゆ重き一個の精神のごと

〇  午後の森尽きて燦たる泥濘に諸悪のごとく蠅のむらがる

〇  陽を避けてアーケードゆき木陰ゆくわれは蝙蝠(かはほり)のごとき孤独に

〇  亜麻色の複眼にわれを追ひながら病むごとくしずかなりし蟷螂

○  ラジオより女の声す危ふかりし一夜を過ぎて世はこともなし

○  ありなれて病めばこの日の夕映えにラジオの妻が夫を呼ぶ声

〇  餘計者とみづから知れどにじみくる泪はついに至らざるゆゑ

○  禁酒禁煙禁欲の二十代三十代つひに癒えざる身を起しをり

○  妻と称ぶ日などのありや顎の下を剃りくるる指に葱のにほひす

○  肉体(からだ)もて愛し得ぬことも侮辱ならむ風となる夜半に赤き本閉ず

○  媾合をもたざるわれら簡浄に経つつあやふしこの稀薄感

○  漂泊の杜甫またダンテしかすがに四十歳の影に戦く

〇  熱のあるこころさびしも夢にさえ息切々と船漕奴隷(ガレリアン)われ

〇  客観はかく事もなく夜の水に孤独地獄のわが貌うつる

〇  病み病みていつかよき日の来るごとき錯覚あはれ夕焼のたび

〇  わが内のかく鮮しき紅を喀けば凱歌のごとき木枯

〇  醫師の指すああ星空の肺の陰画(ネガ)その餘を言ふな及ばぬいまは    

〇  悲しみの底より清く湧く智慧をよすがとなして辛く生き来し

〇  風落ちし冬樹のほとりしづかにて人亡きあとのごとく日が射す

〇  北風にのりて夜汽車の音ながし一つの時代まざまざと終ふ

〇  火に落ちし髪一すぢが玉なして灼け終へしとき寂しさは来つ

〇  一代で終るいのちにふと気付く唾涸れてたどりつきしベッドに

〇  サモンピンクの空は流れのごとくにてかく美しき日もさまざまに死す

〇  かすかなる貧血のして跼むとき餃子は炒らるひるのテレビに
 
〇  ウェディングマーチの鳴れるテレビよりのがれ来りて複雑にゐつ  

〇  トウシューズにゆらぐ少女のフォーム見つ一つの愛の終るテレビに

〇  枯れてゆく思想といへば嘘にならむひらめきやめぬ夜のブラウン管

〇  民衆がその同胞を撃たむとしさびしきかなテレビに淡雪は降る

〇  われもまた stray sheep 茫々とさびしき午後の部屋に首振る

〇  米兵の愛の手紙を訳しやる女の好む言葉まじへて

〇  オープンカー疾駆し去れりすこやかに富む者のもつ明快を見よ

〇  禁犯し掌よりミルクを与へをり秘楽めきつつ粗き猫の舌

〇  頒ちたるチョコを車中にて唇にすと書きよこす乙女よ再び病むな

〇  生活を賭けし争議と呼び合ひてたのしきかな職をもつ者の声

〇  公正は弱者と死者にきびしきを夜半思ひをれば汝もそれを言ふ

〇  働きてなほ食足らず病めば死す見て来てわれの死なざりしのみ

○  透明のケースの十の鶏卵の神の順序の十日のいのち

〇  食の足る時代に遇ひて起ち難し戦争あるな平和もあるな
 
○  人類の滅びといへどすこし愉し不治者われらも平等を得む

○  鰯雲北にかがやきこころいたし結核家系われにて終る

今日の一首(12月19日) 雨つぶて真顔突き刺す真昼間をギター背に負ひ曲を盗みに 

○  雨つぶて額にはじかせ駈けてきてひとつ根方に妻と宿りぬ  時田則雄

 令和元年もいよいよ押し詰まって来た。
 とは、書いてみましたが、ここまで書いてみて、日本語の言い方として、今、私が書いた、「(年もいよいよ)押し詰まって来た」という言い方の他に、是とほぼ同じような意味の言い方として、「(年もいよいよ)押し迫って来た」という言い方が在る事に気付きました。
 そもそも、「押し詰まって来た」という言い方と「押し迫って来た」という言い方では、日本語の表現としてどちらがより適切な表現なのでありましょうか?
 そこて早速、インターネットで検索してみたところ、<NHK放送文化研究所>なる国営とも思われる研究機関のホームページの解説がヒットした。
 是に拠ると、件の研究機関は、「ことしも残すところあと1か月あまりになりましたが、これから12月にかけて『暮れも押し迫る』とか『暮れも押し詰まる』といった言い方が放送でもよく出てきます。同じ意味でしょうか、それとも違うのでしょうか。」という設問に対して、「一般的には同じ様な意味で使われていますが、放送では『暮れも押し迫る』は『暮れに近くなること』、また『暮れも押し詰まる』は『暮れの中でも、その終わり(12月末)に近くなること』の意味として使い分けています。」という回答を為しています。
 であるならば、今日は、同じ十二月と言っても、未だクリスマスにもなっていない十二月の十九日に過ぎませんから、私も、この文章の書き出しの部分を、「令和元年もいよいよ押し迫って来た」と書き改めるべきが宜しいかと思われます。
 
 令和元年もいよいよ押し迫って来ましたが、ここ数日、私は、佐佐木幸綱氏が今から三十年も前に書かれた『うた歳彩』(1991年/
小学館刊)なる古書を押し入れの中から掘り出して来て、断捨離の前の点検を兼ねて、とも思って読み耽っているのである。
 掲出の一首は、同古書の中で、「樹の歌」というタイトルに基いて、歌人、時田則雄氏の作品に就いて触れられた章の中に引用されているものであり、今の私には、この一首が、数多ある時田則雄氏の歌集の中の如何なる歌集に納められている作品なのかは分かりませんので、この度は、前述の佐佐木幸綱氏の御著の中から、この一首を孫引きさせていただきました。
 佐佐木氏の御著の記するところに拠ると、「私は、三年ほど前の夏に、一度、帯広のこの歌人の家を訪ね、数日泊まらせてもらった。ビート、南瓜、馬鈴薯等を大々的に耕作しているとは聞いていたが、実際に行ってみて、その規模の大きさにはびっくりした。/
十勝平野の真っ只中の広大な土地である。畑の真ん中を一直線に走る道路の先は、そのまま曲がることなく、遠く霞の中に消えていた。ところどころに防風林が大地を区切るように立っているので、ただのっぺりと広いのとは違うのだが、それでも日本国内ではめったにお目にかかれない景色だった」そうである。
 要するに、本作の作者・時田則雄氏は、「日本国内ではめったにお目にかかれない」程の広大なる農地を所有する、超巨大農家(農家なんて言ったら失礼かも知れません)の三代目の経営者なのである。
 ところで、私たち短歌ファンがよく目にする、歌人・時田則雄の代表作と言えば、「指をもて選りたる種子十万粒芽ばえれば声あげて妻呼ぶ」とか、「トレーラーに千個の南瓜と妻を積み霧に濡れつつ野わもどりきぬ」とか、「ビート苗三万株に水そそぐ妻は小さき虹を立てつつ」といったような、彼の第一歌集『北方論』所収の、「日本国内ではめったにお目にかかれない」程の広大なる農地を所有する農家のご主人様がお詠みになられた作品に相応しい、巨大なスケールの作品ばかりである。
 そうした時田則雄の代表作と、前掲の「雨つぶて額にはじかせ駈けてきてひとつ根方に妻と宿りぬ」とを比較する時、私は、この両者のスケール感の違いの大きさに驚嘆せざるを得ないのである。
 因みに、掲出の「雨つぶて額にはじかせ駈けてきてひとつ根方に妻と宿りぬ」という一首が、仮に、時田則雄氏とは異なる作者の作品として、来週の<朝日歌壇>の佐佐木幸綱選の入選作品として朝日新聞の朝刊に掲載されたとしたら、無知を以て著名な鳥羽散歩なれば、早速、手柄顔をして、「作者の横山俊介さんは、秋田県の零細米作農家の主、来年、喜寿を迎える彼と、二歳年上の彼の妻女の俊子さんとは、百平米足らずの狭い畑に植えたキャベツの採り入れの最中に、予想外の豪雨に見舞われて逃げ迷った挙句に、鎮守様の森の楢の巨木の根方に刺さるようにして雨宿りを……」等などとの、全く筋違いの論評を加えて、自らのブログに掲載するに違いありません。
 この際、読者の方々から、私が誤解される事が無いように、少しく弁解させていただきますと、私は何も、「我が国を代表する農家のご主人様ともあろうお方が、こんな貧乏たらしい短歌を詠んではいけません!」などと言い張って、本作の作者の時田則雄さんを非難しようとしているのではありません。
 と言うよりも、むしろ、この一首は、決して、<貧乏たらしい作品>ではありませんし、歌人・時田則雄の代表作に数え上げるに相応しい傑作だとも、私は秘かに思っているのであります。
 詠い出しに「雨つぶて額にはじかせ」とありますが、「はじかせ」の「せ」は、使役の助動詞でありましよう。
 ならば、彼・時田則雄氏は、時ならぬ「雨つぶて」を、佐佐木幸綱氏の御著たる『うた歳彩』に掲載されている時田氏ご自身の顔写真がいみじくも説明しているような、大農経営者独特の<自らの広大なる額に、時ならぬ雨つぶてを弾かせて>駈けてきて、原始林の「ひとつ根方」に、奥様と一緒にしばしの雨宿りを決め込まれたのでありましょう。

     雨つぶて真顔突き刺す真昼間をギター背に負ひ曲を盗みに  鳥羽散歩

「今週の『朝日歌壇』」より  冥王星は未だ惑星 太陽系第九惑星ならむ断じて  三訂版、本日夕刻 

     永田和弘選

○  冥王星は惑星のまま載つてゐる手に馴染みたるこの電子辞書  (茨木市)瀬川幸子

 「手に馴染みたるこの電子辞書」は、既に廃版となった電子辞書でありましょう。
 因みに、インターネット辞書『Wikipedia』の記するところに拠ると、「冥王星」とは、「太陽系外縁天体内のサブグループ(冥王星型天体)の代表例とされる、準惑星に区分される天体である。1930年にクライド・トンボーによって発見され、2006年までは太陽系第9惑星とされていた。離心率が大きな楕円形の軌道を持ち、黄道面から大きく傾いている。直径は2,370キロであり、地球の衛星である月の直径(3,474キロ)よりも小さい。冥王星の最大の衛星カロンは直径が冥王星の半分以上あり、それを理由に二重天体とみなされることもある。」とか!
 また、「冥王星は世界各国の人々に、太陽系の9つ目の惑星として長い間親しまれてきた。特に、冥王星を発見したクライド・トンボーがアメリカ人であったことから、冥王星は1930年の発見以降長い間、アメリカ人が発見した唯一の惑星とされ、発見当初からアメリカ人の誇りと思われてきた。ディズニーのキャラクターとして親しまれているプルートは、冥王星が発見された年に誕生しており、冥王星(プルート)から名前が取られたと考えられている。このこともあり、多くのアメリカ人は冥王星に特別な愛着を抱いてきた。アメリカ人のこのような強い愛着が、冥王星の立場が疑われ始めてからも、長らく議論を混乱させる一因にもなった。2006年に結局冥王星が準惑星に変更されることが決まると、多くの人々が困惑し、特にアメリカ人からは失望や落胆、不満の声が強く聞かれた。カリフォルニア工科大学やジェット推進研究所などがあるパサデナでは、惑星に扮した8人の科学者が冥王星の入った棺と1,500人以上の会葬者を伴って街を練り歩いた。冥王星が惑星でなくなるきっかけを作ったのが、アメリカによる数々の華々しい天文学上の成果と、その結果出された<太陽系惑星12個案>だったことは皮肉である。クライド・トンボーが後半生を過ごしたニューメキシコ州では2007年に、彼が生まれたイリノイ州では2009年に、それぞれ冥王星の発見が報告された3月13日を<冥王星の日>と定め、<州の上空を通っている間は、冥王星は惑星として扱われる>ことを決議した。ただし、冥王星が天の北極にもっとも近付くのは2193年だが、その時点でも赤緯は約23.5度であり、ニューメキシコ州(北緯31.2 - 37度)やイリノイ州(北緯36.9 - 42.4度)の上空を通ることはない。」とか!
      居酒屋で酔つて管巻く亭主など家族にあらず帰つて来るな  鳥羽散歩
      冥王星を惑星扱いする辞書を何故か読みたきこの夕べかも
      冥王星は未だ惑星 太陽系第九惑星ならむ断じて



○  「シュレッダー」を広辞苑に読めば「機密保持のために裁断する機械」  (長野市)関龍夫

 因みに、インターネット辞書『Wikipedia』の記するところに拠ると、「シュレッダー」とは、「対象物を切断破砕する機械の総称である。(切断式/せん断式)破砕機(はさいき)とも言う。<ディスクシュレッダー><木屑破砕機>など、破砕の対象物名や使用分野名を前置して区別することが多いが、対象物を特定せずに単に<シュレッダー>といった場合、事務分野においては紙を細断するペーパーシュレッダーのことを指す。」とか!
 本作は<発見のある作品>として、かつ<批評精神に満ちた作品>として、<ユーモアのある作品>として、長く称揚せられむ!
     亭主とは友との仲裂くシュレッダー月に一度のランチも許さず  鳥羽散歩
     妻女とは酒との仲裂くシュレッダー週に一度の一升酒許さず
     シュレッダーで安倍の輩を裁断しガンジス河に放擲せむか
     簡にして要を得てゐて時宜に適へる広辞苑の解説


○  妻の死を看取りて後に気付きたり励まされたのは自分だつた  (高松市)島田章平

 ここ暫くは、島田章平さんの御作との出会いはありませんでしたが、今週の朝日歌壇の永田和弘選の三席に入選しているのを発見して、私は大変嬉しく拝見致しました。
 「妻の死を看取りて後に気付きたり励まされたのは自分だつた」との事でございますが、私も全く同感です。
 幸いな事に、私の妻は、不治の病いを克服して、未だ息災です。然し乍ら、病いが病いであるだけに、「いざ、鎌倉!」という場面が、何時いかなる時に到来するやも知れません。
 そういう次第で、昨今の我が家は、妻は妻なりに連れ添いたる私の高齢と持病とを心配し、私は私なりに妻の病いの再発を心配している現状なのでありますが、どちらかと言うと、不出来な夫たる私の方が、より多く妻に心配を掛けているいるものと思われます。
 斯くて、本作に於いて、我が歌友、島田章平さんの仰る「励まされたのは自分だつた」とのご説に、私は全く同感なのであります。
    安らぎて寝ねゐる妻の顔見れば宵永かれと願ふひたすら  鳥羽散歩
    安らぎて今宵寢ねたる我が妻の命永かれと祈る切なく


○  きっぱりと核廃絶を求めつつハグしてキスして笑顔の教皇  (三鷹市)山縣駿介

 見ず知らずのご婦人に、私如き分際が突如近寄って、「ハグしてキスして笑顔」を見せたりしたならば、私は忽ち神奈川県警の警察官に痴漢行為現行犯として逮捕される事になりましょう。
 なりたきものは、総理大臣よりもローマ教皇である。(なんて事を書いてしまったら、たちまちばちが当たって、地獄行きかも知れないね!)
    大声で核廃絶を叫んだら軽犯罪で逮捕の憂き目  鳥羽散歩
    大声で核廃絶を叫んでも電気料金騰がるだけだね
    朝日歌壇に教皇ネタの歌多ししかも新聞記事丸写し


○  <ため息は周りを暗ーくするんだよ>言いたいけれど言いにくいよね  (枚方市)東大路エリカ

 ふた昔も前のことでありますが、私が未だ少壮教師だった頃に、西田佐知子という、世間並みよりやや首長で美顔の歌手が活躍していました。
 で、彼女の持ち歌の中に、「エリカの花が咲くとき」というタイトルの、その当時ほどほどにヒットした曲がありますので、この度、朝日歌壇の入選作の作者として、東大路エリカさんのお名前に、私が初めて接した記念にとも思い、その歌詞を以下に転記させていただきました。

1 青い海を 見つめて
  伊豆の山かげに
  エリカの花は 咲くという
  別れたひとの ふるさとを
  たずねてひとり 旅をゆく
  エリカ エリカの花の 咲く村に
  行けばもいちど 逢えるかと
2 山をいくつ 越えても
  うすい紅いろの
  エリカの花は まだ見えぬ
  悲しい恋に 泣きながら
  夕日を今日も 見送った
  エリカ エリカの花は どこに咲く
  径ははるばる つづくのに
3 空の雲に 聞きたい
  海のかもめにも
  エリカの花の 咲くところ
  逢えなくなって なおさらに
  烈しく燃える 恋ごころ
  エリカ エリカの花が 散るときは
  恋にわたしが 死ぬときよ

 「エリカ/エリカの花が/散るときは/恋にわたしが/死ぬときよ」なんて歌っていますが、昔の歌手って、なんてロマンチストなんでしょう。(いや、歌手って言うよりも、よりロマンチストなのは、作詞者なのかも知れませんね?)
 思うに、本作の作者・東大路エリカさんのお母様かお父様が、西田佐知子の熱烈なファンであり、我が愛娘の名前となさったのでありましょう。
 そうそう、余計なことを記すことに熱中していたばかりにすっかり忘れておりましたが、本稿の主たる目的は、入選歌の感想や批評を記すことにありますから、失礼してはいけません。
 でも、人間なら誰しも、「言いたいけれど言いにくいよね」という場面に遭遇する事がありますよね!
     恋人のサードネームが<エリカ>だと言ってみたいが桜子でした  鳥羽散歩
     恋人のサードネームが<エリカ>だと今日は言えない(明日なら言える)

 
○  葬儀にて「私の時にも頼むわね」母の言葉を冗談と聞いた日  (東京都)上田結香

 上田結香さんのお母さんは、冗談紛いの言葉を言い残したままでお亡くなりになったんですね。
 言って居るご当人も、それを言ってるその時は、「私ってなんて事を言うと年寄りなんでしょう。例え冗談だとしても、言っていい事と、良くないことが在るくらいは弁えなければ!」なんて思ってていたに違いありません。
 人間が亡くなってしまうって事は、きっとそんなにも急な出来事なんですね!
       骨上げを待つ間 今際の母の言葉思い出す「これでさよならだね」と  鳥羽散歩


○  苦労でも微妙にちがう二人では「してきたな」と「させられたわ」とで  (千葉市)鈴木一成

 斯く申す私は、「してきたな」側でも、「させられたわ」側でもありません。
 敢えて申し上げるならば、「苦労知らずに生きて来たな」というところかな?
 いや、そう言いたくなるのは、やはり私の見栄で、私は妻に苦労させ放題だったようにも思われます。
     「させられたわ」とは妻は言わぬけど、どちらかと言うと僕はさせた側  鳥羽散歩
     九尺二間が振り出しで妻に苦労させ放題の坂田の半生
     「させた」とは口が裂けても言はぬけど妻にはとても苦労をさせた!
     

○  競争心老いにもありて級友が認知症検査の得点誇る  (三原市)岡田独甫

 明日は我が身、級友の愚かな行為を笑ってばかり居てはいけません。
 それはどうでも宜しいが、今週の岡田独甫和上は、認知症気味の級友のことを心配したり、ローマ教皇に茶々を入れたりして、なかなか忙しそうですね!これでも、ご隠居と言えるのかしらん!
     競争心僧侶にもあり檀家数少ない寺院はお布施が少ない  鳥羽散歩
     競争心誰にもありて 今週の岡田独甫さんは二首入選の勝利者


○  私より優しい声で注意するカーナビの声に君は従う  (横浜市)臼井優子

 カーナビは無情である。
 臼井優子さんともあろうお方が、無情なるが存在条件となるカーナビに嫉妬したりして居てはいけません。
    優子より優しい声のカーナビは実体の無いシステムである  鳥羽散歩
    優子より優しい声で教えるのはカーナビと言う運転者誘導システム
    カーナビの言う事聞いて居たら燃料費が高くつくから程程にね!

今日の一首(12月17日)   珊瑚樹のとびきり紅き秋なれば彼は求めむ彼女の何を

○  珊瑚樹のとびきり紅き秋なりきほんとうによいかと問はれてゐたり  今野寿美

 『世紀末の桃』(1988年)所収。
 若かりし頃は、巷の男たちの何を震撼させる程の美女だったかと思われますが、何せ今は、御齢五十二歳と伺って居りますから、言わば年増美人である。
 その年増美人の彼女が、ただの婚期を逃した独身女性だったら、これ程にも騒がれなかったかも知れませんが、厚生労働省で、危機管理や科学技術やイノベーションやがん対策などを担当する審議官であったとすれば、何か事あれば、と狙っているハゲタカのようなマスコミの餌食になるのは当たり前の事でありましょう。
 美女と野獣ならぬ、<美女と禿げ頭高級官僚の公費を使っての不倫旅行問題>が、昨今の衢を騒がせておりますが、掲出の短歌に関わるご両人は、まるで潔白の若い男女でありますから、全く罪はありません。
 背景となっているのは、何処の公園かお屋敷跡かは存じ上げませんが、「珊瑚樹のとびきり紅き秋」のことでした、その秋景色の中で、ある若い女性が、同じように若い青年から、「ほんとうによいか」と尋ねられ、返答を求められている場面なのであります。
 これ以上、勿体ぶらないで種明かしをさせていただきますと、ヒロインの年若い女性は、今をときめく歌人の今野寿美さんの若かりし頃、その若かりし頃の今野寿美さんに「ほんとうによいか」と詰め寄り、返答を求めているのは、今野寿美さんの今のご亭主・三枝昂之さんの若かりし頃の姿なのである。
 此処まで種明かしをしてしまいますと、残り少ない問題の中の重大事は、三枝青年が未来の吾妻たる美女に「ほんとうによいか」と尋ね迫っているのは、<僕が君に何をしてもよいか>、<君をこの公園のベンチで裸にしてもよいか>、<君のその可愛いお口にキスをしてもよいか>、<君の貞操をいただいてもいいか>の孰れか、というだけの事になりましょうか?
 そうした若い男女間の微妙な駆け引きを主題にした本作が、類まれなる傑作であったが故に、目出度く結ばれた後のご両人は、物見高い周囲の歌詠どもから、その詳細なる種明かしを求められたのでありましたが、実の事、三枝青年が彼女に求めたのは、彼女を裸にすることでも、彼女にキスすることでも、彼女の貞操を奪うことでも無くて、プロポーズへの返答を求めた、との事でありました。
 その事があってからの三十年の後、この恋愛ドラマの主役の一人を演じた、歌人・三枝昂之氏は、自分たち夫婦の若かりし頃を振り返って、「珊瑚樹がとびきり赤き秋ありき この世に二人が知る赤さなり」という、話題性はともかくとして、それ程にも傑作とは思われない一首をものして、厚かましくも、その駄作を自らの何番目かの歌集たる『上弦下弦』に納められた、との事であります。 
     珊瑚樹のとびきり紅き秋なれば彼は求めむ彼女の何を  鳥羽散歩

 インターネットで検索し得た『世紀末の桃』(1988年)所収作品。

○  職業は主婦と答へて品のよきほほゑみ栗木京子は残す
○  冬牛蒡せいせいと削ぐ時の間も詩語ほろび詩となる言葉あり
○  やはらかに文語の季節さりにけり花見むとしてわれは目を閉づ
○  まこと自在の駝鳥の首をさかのぼる神経の束こそ美(は)しからめ
○ みどりごはふと生れいでてあるときは置きどころなきゆゑ抱きゐたり
○  かへすがへすその夜のわれを羞音らひて白桃つつめる薄紙をとく
○  桃よよと啜れる男をさなくて奪ひしやうに父たらしめぬ
○  忘られてすすきかるかや佇つごとき閑吟集の真名序と仮名序
○  あの夏の言葉よりなほ無防備にさらす咽喉(のみど)にいま触れてみよ
○  三鬼にもきみにも遠き恋ありてしのばゆ夜の桃甘ければ
○  言の葉をしぼれる宵をめうめうと泣くなれば子も猫も捨つべし
○  身の芯を持たず一縷の闇つつみ伸びて気の済む青竹ばかり

「今週の『朝日歌壇』」より  後冷泉院 天喜二年 四月中旬以降 丑時 客星觜参度 見東方 孛天関星 大如歳星   再訂版、本日未明、公開!

     高野公彦選

○  水俣の歴史見つめし恋路島無人の島となりて久しき  (熊本市)徳丸征子

 水俣市の土地台帳に記載されている恋路島の地名は 「小路島」である、との事。 史料によれば、恋路島は、古くは「こぎ島」「こき島」「こじ島」と呼ばれていたようであるが、「恋路島」 と呼ばれるようになったのは、天正 12 (1585) 年、島原の有馬義純と肥前の竜造寺隆信の戦い に出陣した薩摩・島津軍の若き武将と新妻との恋物語に由来する、との事。江戸時代に編纂された「肥後国誌」に「古路島、 古木島」として登場する他、「小路島」とも呼ばれていたものと思われ、その 「小路島」が、「恋路島」と表記され始めたのは明治 の後期頃で、「明治四十四年八月製図 熊本県芦北郡水 俣陣内・丁良親」には、「恋路島」と記されている、との事。
 恋路島は、1960 年頃までは人が住んでおり、キャンプや海水浴場としても利用されていた、との事。 島の海岸線は、浜となっている部分を除くと、多くは安山岩の海 蝕崖となっていて、そこでは安山岩特有の板状節理が見られます。 特に、笠瀬崎の北側の海岸は 10m を越える垂直に近い絶壁とな っていて、浜は砂礫質の浜景観となっている、との事。 島全体は、スダジイやタブノキなどの常緑広葉樹で被われてお り、島の内陸部はタブノキの純林となっている、との事。 恋ケ浦海岸には、準絶滅危惧種に指定されているナガミノオニ シバの群落があります。希少種のハマナツメも育成しています。 また、この島には、ミサゴやハヤブサ、トビなどの猛禽類が棲息し、猪や鼬などの哺乳類が棲息していると推測され、それらの動物の糞や泥浴の痕跡も見られる、との情報もある。
 この島を管轄する水俣市の市議会では、今となっては完璧な無人島化してしまった「恋路島」の命を蘇らせるために、近年、様々なる施策を提案され、その一部は予算化され、実施に移されている、との事。
 無人島、「恋路島」が、恋人たちの散歩道として蘇る日は、一体全体、何時の事でありましょうか?
     水俣の行く末見詰めてる『苦海浄土』の著者・石牟礼道子氏  鳥羽散歩
     水俣の行く末見詰めてるもう一人のお方、現皇后陛下の御祖父殿


○  <憲政>とそもそも言へぬ最長の首相(ひと)巧言に最少なり仁  (京都市)森谷弘志

 森谷弘志さんに「<憲政>とそもそも言へぬ最長の首相」とまで言われてしまうと、いくら歯ぎしりしても、彼はもうお終いでしょう。
 「論語」学而篇に曰く、「巧言令色鮮し仁」と!
     政治家とそもそも言えぬ政治屋のモリカケ主催の<桜を見る会>  鳥羽散歩
     長ければ良いのはニシキヘビと絹の糸だけ錦蛇にも比するモリカケ


○  無心に咲く桜が一番かわいそう変なことに利用されて  (東京都)上田結香

 「変なこと」とはどんな事?
 もしかしたら、暴力団員が満開の桜の下で、某政治家の後援会員と共に、ヤクを吸引したとか?
     桜とて無心に咲かず良き人に佳しとよく見て下さいと咲く  鳥羽散歩
     寅さんの妹泣かせの<桜を見る会>の主催者は総理大臣


○  リンクへととびだす直前プーさんをぎゅっと握りぬ羽生選手は  (盛岡市)山内仁子

 あの羽生選手も「リンクへととびだす直前プーさんをぎゅっと握り」締めたりするようになったらお終いだ!
 道理で、今年の羽生は一つ一つの動作にイマイチ切れが無くなった、と私は思っておりました。
     プーさんの鼻の油で炒めたる猪の肉食べてみなさい  鳥羽散歩
     羽生さんと羽生さん お一方は将棋でもう一人の方はフィギュア・スケート
     羽生さんと羽生さんに見え始めたる気力的かつ体力的な限界!


○  撃つ人と羽根むしる人捌く人いてあつあつをすする鴨鍋  (新潟市)太田千鶴子

 そして私はあつあつを啜る人!
 都合、四者が居てこそ、鴨鍋という冬向きの鍋料理は美味しく食べられるのでありましょう。


○  とうたらりとうとうたらりフェルメールみるくの光やわらかくあり  (東京都)神田夏果

 「とうとうたらり」とは、能楽の『翁』の冒頭に唱える言葉である。

      『神歌』
  シテ  とうとうたらり たらりら
      たらりあがり ららりとう
  地謡  ちりやたらり たらりら
       たらりあがり ららりとう
   シテ 所千代までおはしませ
   地謡  我等も千穐さむらはう
   シテ  鶴と亀との齢にて
   地謡  幸ひ心にまかせたり
   シテ  とうとうたらり たらりら
       ちりやたらり たらりら
       たらりあがり ららりとう
   ツレ  鳴るハ瀧乃水
       鳴るハ瀧の水 日ハ照るとも
   地謡  絶えずとうたり ありうとうとうとう
   ツレ  絶えずとうたり 常にとうたり


○  心臓の手術で足の動脈を移植してから元気に歩く  (神戸市)掘井俊則

 単なる事後報告のようにも思われますが、作者ご自身としては、大いなる感動を込めて詠んだのでありましょう。
 手の動脈を移植したとしたら、そんなにも元気には歩けなかったものと判断される。
     とうたらりとうとうたらり心臓の手術をしたら元気になった  鳥羽散歩


○  『明月記』は日本天文遺産とぞオーロラ研究の片岡龍峰氏言ふ  (横浜市)門倉みつ

 藤原定家の日記「明月記」には、定家自身が遭遇したものや過去の観測記録など、さまざまな天体現象についての記録も残されている。当時、見慣れぬ天体現象(天変)は不吉の前兆であると考えられていて、人々の関心事だったのである。『明月記』の天文記録としては、<かに星雲>を生んだ超新星爆発の記述があることが著名であるが、これは定家の出生以前の出来事であり、陰陽師が報告した過去の記録が日記に残されたものである。
 『明月記』の記述に見られる「客星」とは、「ふだん見慣れない星」を意味するもので、<超新星や新星、彗星など>を指して言うものと判断される。
 『明月記』の記述の中で、「客星」が最初に登場するのは、寛喜二年十一月一日条(1230年12月6日)である。この時の「客星」の正体は彗星で、同四日条には定家による「この星朧々として光薄し。その勢い小にあらず」という観察が記されており、この他に『明月記』中には不安を覚えた当時の人々の反応も記載されている。
 この「客星」に触発された定家は、十一月二日に家に出入りしていた陰陽師の安倍泰俊(陰陽寮漏刻博士)に、過去の客星の出現例を問い合わせた。過去の客星出現の際にどのような凶事が起きたのかを知ろうとしたのである。八日に、泰俊は記録されていた過去の客星出現の記録8例のリストを報告書として定家に提出しており、定家は同日の日記の末尾に、この報告書を挟み込んだ。
 『明月記』中の「客星」の記録の一例。
⦅原文⦆
 後冷泉院 天喜二年 四月中旬以降 丑時 客星觜参度 見東方 孛天関星 大如歳星
⦅上掲原文の書き下し文⦆
 後冷泉院・天喜二年四月中旬以後の丑の時、客星觜・参の度に出づ。東方に見(あら)わる。天関星に孛(はい)す。大きさ歳星の如し。  (ウイキペディアの記事を参照した上での編集)
     『明月記』珍紛漢文読めません藤原定家<ブオトコ>なりき  鳥羽散歩


○  浸水の昭和は遠くなりにけり江東デルタの親水公園  (東京都)熊川雪路

 「浸水」と「親水」とは、必ずしも等号で結ばれるべきものではありませんが、「江東デルタの親水公園」の場合は、奇しくも「浸水」を契機を成して「親水公園」誕生の運びとなったのである。
     浸水が契機を成せる公園の名はくすしくも親水公園  鳥羽散歩  

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