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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

今週の「朝日歌壇」より(2020/6/28掲載)「ポストコロナ」特集(其のⅠ)   夢グループがマスクの安売りしてるからアベノマスクは貰はずに済む   もどかしい論議を交はし合ふ時に真の授業は現実となる



     「ポストコロナ」特集

 <新型コロナウイルス禍>を題材とした作品の投稿が、多摩川の堤防が決壊して武蔵小杉駅前の高層マンションの地下に流れ込んだ濁流の如く朝日歌壇に乱入しているものと思われ、何と驚いた事に入選作四十首中の二十六首(含む共選)!
 即ち、入選作の過半数以上が<ポストコロナ=アフターコロナ>を題材にした作品なのである。
 新聞歌壇に投稿して、自らの創作欲と虚栄心とを満足させようとする者にとっては、この度の<新型コロナウイルス禍>は、過ぎ去りし日の<東日本大震災・福島原発メルトダウン事故>等と同様に、百年に一度のシャッターチャンスであったのでありましょうか?
     百年にたつた一度の機会なら誰がコロナを詠まずに措かむ


〇  これは真の授業と言えずもどかしい討論もなし音読もなし  (出雲市)塩田直也

 佐佐木選の四席。
 <ポストコロナ百態・その壱>。
 <ポストコロナ>到来とばかりに、教員と生徒・学童との間を隔てるべくして、教卓の前にアクリル板を吊るしての授業が始まったのである。
 アクリル板は、生徒と教員との間にのみ吊るされているのであり、生徒相互の間には吊るされていない!
 その事は、一体全体、何を意味するのか?
 不肖・鳥羽散歩が、よくよく熟慮してみるに、件の学校の管理当事者、即ち、教育委員会や校長にとっては、新型コロナウイルス感染から防御されるべき存在は、必ずしも教えられる側の生徒ではなくて、教える側の教員なのである。
 作者の意図としては、三句目の「もどかしい」は、「思うようにならずいらいらする・じれったい・はがゆい」といった意味の形容詞の終止形として用いているのであり、本作は三句切れなのでありましょう。
 たが、私・鳥羽散歩は、この「もどかしい」を、後続の名詞「討論」を連体修飾する形容詞と看做して、本作を深読みしてみたい!
 即ち、「講師と受講者との間に<もどかしい討論>が幾たびも交わされなければ<真の授業>は成立しない」と、解釈しようとするのである。
     もどかしい論議を交はし合ふ時に真の授業は現実となる
     もどかしき論議を交はし合ふ事で真の授業は現実化する


〇  夕刊の全八ページに散在すコロナという語彙三十八個  (東京都)東金吉一

 八席。
 <ポストコロナ百態・その弐>。
 「語彙」とは、「ある言語、ある地域・分野、ある人、ある作品など、それぞれで使われる単語の総体」を指して謂うのであり、例えば、「日本民俗学語彙・近松語彙・感染医療学語彙・歌人ちゃん語彙」などとして用いる言葉である。
 以下に示すのは、「語彙」という日本語の単語を、一応は真面に使用しているものと判断される文例である。

 ◎ 東金さんは読書家であり、語彙が豊富なので、彼と語り合うのはとても楽しい。
 ◎ 人間力を高めるには語彙力を高める必要がある。
 ◎ 僕は語彙力がないので、自分の言いたいことを的確に言えない。
 ◎ 日本語は英語などに比べて語彙が豊富な言語だと言われている。例えば、第一人称の主格を表す言葉は、英語では「私」しか無いが、日本語では「私」の他にも、「僕」「わし」「我」「吾輩」「あっし」などと数多く在る。
 ◎ 当世流行のカタカナ語「コロナ」は、<単語>ではあるが<語彙>ではない。従って、「夕刊の全八ページに散在すコロナという語彙三十八個」という、東京都にお住いの東金吉一さんがお詠みになり、朝日歌壇の入選作として六月二十八日付の朝日新聞に掲載された作品は、<語彙>という単語を誤った使い方をしているので、入選作に相応しい作品とは言えません。
 ◎ 本作の如く、作中に語の誤用が認められる作品が、朝日歌壇の入選作として紙面に掲載されるのは、決して好ましい事ではなく、その作者にとっては勿論のこと、それを入選作として選定された選者にとっても、極めて不名誉なことでありましょう。
     「コロナ」とふカタカナ言葉に罪は無く是を選んだ選者の過失
     「コロナ語彙」その代表的な存在は「アベノマスク」と「100000円」だ!


〇  真っ白なカレンダーにマルがつき始めたけれど心はサンカク  (東京都)趙栄順

  九席。
 <ポストコロナ百態・その参>。
 「マルがつき始めたけれど」とありますが、件の「マル」は<派遣先現場に出勤した日>に付けるのでありましょうか?
     一昨日の社長の話によりますと派遣社員にボーナスは無し
     マルの無き日々が続いたカレンダー久方振りに記すサンカク


〇  休校できょうだいげんかふえてきたほんとに薬できるのかなあ  (向日市)望月和奏

 末席。
 <ポストコロナ百態・その四>。
 「きょうだいげんか」のみならず「夫婦喧嘩」も増えて来ました!
 まして、三世代同居家庭に於いてをや!想像するに余りあらむ!
     コロナにて余計な喧嘩せにやならぬ早くワクチン造つて欲しい
     姉ちやんと喧嘩するのは<ワシランコ>!国と国との喧嘩は戦争!
     壮絶な嫁・姑の口喧嘩!<出て行けがし!>の嫁の言ひ分!


〇  天草の「ロザリオの塩」振り重ねコロナの年の梅漬け込みぬ  (京都市)石原祐子

 高野選の首席。
 <ポストコロナ百態・その五>。
 作中の「ロザリオ塩は人と食をテーマに考え、身体によいといわれているミネラルたっぷりの塩です。東が東シナ海からの黒潮。西は天草の山々のミネラルたっぷりの水が羊角湾をとおり、海のミネラルと山のミネラルがまじ合うところで製造加工した手作り塩です」との事であり、「天草の特産のことなら<天特四郎のランランランド>にお任せ!」との事でもあります。
 それにしても、「コロナの年の梅」とは、「梅」にとっては迷惑至極!
 それを言うならば、<コロナの年に醸したお酒・コロナの年に娶った嫁さん・コロナの年の東大入試・コロナの年の傘寿の祝い・コロナの年に獲れた熊の肉・コロナの年に成型した鼻・コロナの年に洗ったトイレ・コロナの年のホームラン王・コロナの年の年男・コロナの年の福娘・コロナの年の鮪の刺身・コロナの年の茄子の漬物>などと、対象にされた側にとっては、凄く迷惑な言い方をされたりもするに違いありません。
     天草にコロナの年に出掛けたら東京ナンバー入れぬと言はれ
     名にし負ふ天草四郎!新宿のホストクラブのナンバーワンだ!
      

〇  「ステイホーム」できずに避難した人が十六万人いた原発禍  (福島市)青木崇郎

 次席。
 <ポストコロナ百態・その六>。
 「原発禍」の時は「避難した人が十六万人」もいたのに、この度のコロナウイルスの福島県民の感染者は百名足らずであるから、それほど心配する必要が無い、という訳でありましょうか?
     原発禍!コロナウイルス感染禍!重ね重ねの被災地・フクシマ!


〇  届いてもしないだろうなアベノマスク議員の誰もしてないじやないか  (岐阜市)臼井均

 四席。
 <ポストコロナ百態・その七>。
 安倍総理も一応は衆議院議員ですから、「アベノマスク議員の誰もしてないじやないか」とする、岐阜市にお住いの本作の作者・臼井均さんのせっかくのご指摘も全くの的外れのご指摘でありましょう。
      配布率未だ八割以下と云ふ凄く小つちやいアベノマスクは


〇  一年生今ごろ何をしているか時計に何度も目をやる初日  (奈良市)山添聖子

 六席。
 <ポストコロナ百態・その八>。
 もう少し<子離れ>しなさいよ!
 心配すればするほど、お子様の学業成績が上がり、サッカーなどの球技の腕も上がるのならば、心配した方が宜しいのでありましょうが、そういう訳でもありませんし、<子離れ>をしてない母親を持つ子は、他所の子に虐められたり、学級担任の先生に嫌われたりするケースが多いとか言われてますからね!
     いま彼はコンコンコンと咳をしてコロナコロナと虐められてる!
     うちの子は運動神経鈍いけど歌を詠んだら大人顔負け!
     子離れの出来ぬ母親聖子さん心配ならばお迎へに行け


〇  友達に鉛筆貸すなと指導する若き教師の胸中想う  (中津市)瀬口美子

 七席、及び馬場選の次席。
 <ポストコロナ百態・その九>。
 昨今の「若き教師」は、教育への格別なる情熱も持たず、どちらかと言えば、県教委や校長の指示通りに動く傾向が強い、という事でありますから、瀬口美子さんがご心配なさる必要はありません!
     「友だちに鉛筆貸すな」と指導する校長先生仕込みの教師
     「出来るだけ生徒同士で話すな!」と教えなければならぬ先生!
     「友だちと話したいなら退学をしろ」と云ふまで追ひ詰められた


〇  使ひ捨てのマスクを洗ひ二枚干すお日さまの力信じて今日も  (東京都)塩谷朝子

 八席。
 <ポストコロナ百態・その拾>。
 「使い捨てのマスクを洗ひ二枚干す」とは、泣かせますね!
 でも、梅雨時ともなれば、いくら「お日さまの力」を信じたとしても、乾かないマスクが乾くはずはありませんから、これから先、半月ぐらいはなかなか大変ですね!
      使ひ捨てのマスクを洗い干したつてウイルス感染防ぎは出来ぬ
      布製のアベノマスクは棄てたけど紙のマスクは洗つて使ふ


〇  すずちゃんはき数で私はぐう数で分さん登校まだ会えません  (奈良市)山添葵

 末席。
 <ポストコロナ百態・その拾壱>。
 先週の<永田和弘選の首席入選作>は、奈良市にお住いの山添聖子さん作の「新しい友は出席番号の奇数の子となる分散登校」という<句割れ・句跨り>の傑作でありました。
 偶々の事ではありましょうが、<同一題材・同一主題>の、しかも実の母娘の詠んだ傑作が、朝日歌壇入選作としての紙面に掲載されたのである。
 この度は、山添さん母娘お揃いのご入選、真におめでとうございます。
     「奇数」の「奇」、「偶数」の「偶」は書けないが意味なら解る葵さん変ね?


〇  教卓のアクリル透して再開す「檸檬」の朗読マスクに籠もりて  (小松市)沢野唯志

 永田選の首席。
 <ポストコロナ百態・その拾弐>。
 生徒諸君の持っている悪質な新型コロナウイルスに感染しないように「教卓のアクリル透かして」の授業「再開」なのでありましょうか!
      最初から生徒をコロナ感染の犯人扱いしての授業だ!


〇  手を広げかけよりてくる子の姿わが腕がゴールでありし日々よ  (東京都)渡部鈴代

 次席。
 <ポストコロナ百態・その拾三>。
 「手を広げかけよりてくる子の姿」と、それを受け止める「わが腕」とが髣髴とされる過ぎ去りし日の幼稚園の運動会よ!
 ポストコロナ社会に於いては、そうした運動会さえも、衛生思想が欠如した蛮行として行われなくなるのでありましょうか?
     目標はママが広げた手の中と一心不乱に走った頃よ


〇  新しい生活様式はじまって手の温もりが行き場をなくす  (丸亀市)金倉かおる

 三席。
 <ポストコロナ百態・その拾四>。
 「新しい生活様式」とは、「例え親友とでも手を繋がない・例え恋人同士でもキスしない・例え日本橋三越本店の店内に於いてでも、直接現金の受け渡しをしない」などといった、「〇〇しない主義」の生活様式を指して謂うのでありましょう。
      新しい生活様式始まつて子供の居ない世の中となる


〇  差し出した手のひらスルーしトレーへと置かれた釣り銭無言で拾う  (唐津市)野地香

 四席。
  <ポストコロナ百態・その拾五>。
 「腹が立つ事これ以上のものは無し!」っていった感じの場面ですね!
     僕ちやんの網をスルーしてふてふは野地の香りの佳き花目指す


〇  いつの間に「新型」の文字略されて「コロナ」新たな日常となる  (蓮田市)平田栄一

 五席。
  <ポストコロナ百態・その拾六>。
 例えば、山手線の新駅として昨今話題の「高輪ゲートウェイ駅」の場合は、早晩「ゲートウェイ」が省略されて、「山手線の高輪駅で待ち合わせをしよう」などと、恋人たちが話すようになるだろう、との予測が為されていますが、「新型コロナ」のケースはそれを先取りしたようなものでありましょう。
     新型のコロナウイルス常在のポストコロナの世代の吾ら?


〇  百年に一度の災禍百年後に伝へる国の記録は無しと  (東京都)水谷実穂

 八席。
  <ポストコロナ百態・その拾七>。
 「百年に一度の猛暑」、「百年に一度の大震災」、「百年に一度の原発メルトダウン事故」、「百年に一度の公文書偽造」、「百年に一度の不出来な総理夫人」、「百年に一度の嘘吐く総理」などと、昨今の我が国に於いては、「百年に一度の〇〇」が、滅多矢鱈に在りますから、それをいちいち記録してたら、我が国の官庁は、たちまち<紙不足地獄>に陥ることでありましょう。
     百年に一度か二度の慶事なら竹簡をもて記録するべし


〇  街中にマスクあふるる頃となり二枚のマスク届く違和感  (池田市)竹内和子

 九席。
  <ポストコロナ百態・その拾八>。
 文意、やや不分明である。
 「街中にマスクあふるる頃」とは、「「<新型コロナウイルス禍>の最盛期」を指して云うのではありませんか?
 もし、そうであるならば、<アベノマスク>が届くのは、それも洗えば何度ても使える布製のヤツが「二枚」も届くのは、とてもとても有難い事ではありませんか!
     通販がマスク安売りする時期の<アベノマスク>は税金の無駄!
     夢グループがマスクの安売りしてるからアベノマスクは貰はずに済む


〇  絶対にマスクはしないトランプさん他のマスクはできない安倍さん  (防府市)藤田淳子

 末席。
 <ポストコロナ百態・その拾九>。
 永田和弘選の末席入選作品ではありますが、今週の入選作・四十首中の最高傑作でありましょう。
 着眼点佳し!
 「絶対に→マスクはしない→トランプさん→他のマスクは→できない安倍さん」との韻律も悪からず!
 批評精神旺盛の作者・藤田淳子さんに絶対なる拍手を!
     トランプはマスク掛けずに大口を叩いてるから安倍よりマシだ!
     減らず口叩くばかりの総理ならアベノマスクで塞ぐべし口!

 
〇  いち早く髪を伸ばして受験へと野球部の夏来ないままにて  (出雲市)塩田直也

 馬場選の首席。
 <ポストコロナ百態・その弐拾>。
 甲子園大会は無くなりましたが、島根県独自の大会が開催されるそうですから、バリカンで頭髪を刈らなければなりません。
     そこそこのレベルの受験すれば良し!野球続けろメジャーを目指し!
     合格をするもしないも神頼み!出雲大社の氏子であれば!


〇  リモートの仕事に体が慣れてきて規則正しき在宅勤務  (蓮田市)平田栄一

 三席。
 <ポストコロナ百態・その弐拾壱>。
 「規則正しき在宅勤務」とありますが、「在宅勤務」を「規則」正しく熟すのは、極めて難しい!
 ご亭主がいつもいつも在宅しているものだから、奥様が、つい、うっかり「私は、隣りの奥様と鰯の買い出しにイオンに出掛けますから、物干し竿に掛けているシーツを頃合いを見て、家の中に入れて頂戴!」なんて言おうものなら、在宅勤務中であることを忘れて、物干し竿のシーツばかりを見ているようにもなったりするからである。
 それに、「慣れ」と「怠惰」とは、隣り合わせの関係にあるから、自らが「慣れ」だと思って居ても、それが「怠惰」であったりして、作業効率が著しく低下したりするからである。
     慣れたから余所見をしてもよからうとテレビを点けてお笑ひを見る


〇  四十一年勤めきし職退きし朝茹で卵の殻ゆっくりと剝く  (さいたま市)石塚義夫

 七席。
 <ポストコロナ百態・その弐拾弐>。
 それとなく、<ポストコロナ>社会での高齢者の生活実態を伺わせる佳作である。
     茹で卵ゆつくり剝いて食べる朝 裏の畑でトマトが熟れる
 
 
〇  食卓のししゃものまなこ人の世をしずかに見つむコロナ禍の世を  (和泉市)長尾幹也

 八席。
  <ポストコロナ百態・その弐拾三>。
 単身赴任先の名古屋で酒の肴としてよく食べた「ししゃも」!
 一首の意は、「<ししゃものまなこ>が<人の世をしずかに>見詰めている、この<コロナ禍の世を>見つめている」という事でありましょうが、作者の長尾幹也さんも、他ならぬ<人の子>なれば、「人の世」とは、「定年退職後の長尾幹也さんが息々の息を吐いているこの現実の世の中」のことなのでありましょう。
     食卓のシシャモの眼に見つめられ自分の過去を悔いゐる勿れ
     自らの過去を悔いゐる吾なればシシャモの眼をも眩しとぞ見る


〇  こもる巣に届く小包懐かしい文字と白エビお米と昆布  (富山市)松田わこ

 九席。
  <ポストコロナ百態・その弐拾四>。
 本作の作者・松田わこさんは、今春から大学生になり、生家を離れて大学の在る町で一人暮らしをしているのであるが、折りが折りだけに、通学はおろか食料の買い出しに行くことさえも思うままにならない状態で巣籠もりしているのでありましょう。
 そんな作者の許に届いた、生家からの小包の中身は、「白エビ」と「お米」と「昆布」などの「懐かしい」品々であるが、それ以上に懐かしいのは、お母さんが書いた小包の宛先の文字なのである。
 「こもる巣に─届く小包─懐かしい─文字と白エビ─お米と昆布」と、最小限度、必要な語句だけを並べただけの一首であるが、字配りが整然としていて、作者の意図するところを私たち読者は充分に汲み取る事が出来るのである。
 松田わこさんの久々の傑作である!
     白エビと昆布は必要だけれどもデブになるからお米は不要!
     巣籠もりしラーメンばかり食べてたらデブで醜くなったよわこは!
     自らの食べ物さへも管理せず聴いて呆れる管理栄養士!
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今週の「朝日歌壇」より(2020/6/28掲載)    野間宏の書き込みの在る初版にて小宮山書店の蔵出しで購ふ

     高野公彦選

〇  朝々に「エール」を見つつ力湧く故郷ふくしまを愛せし裕而  (国立市)半杭螢子

 三席。
 福島県出身者の故郷贔屓には、私・鳥羽散歩はとてもとても従いて行けません!
     朝々に両切りピースを吸つてたが肺癌などに罹らず死んだ
     福島の野口英世の肖像の千円札は未だ有効
     古関裕而はコスモポリタンただ単に福島だけを愛したのではない


〇  宰相がテレビ会見する時は節電タイムと決めてる我が家  (丸亀市)香西美智子

 五席。
 彼は常に逃げの姿勢であり、滅多矢鱈にテレビ会見など遣りませんから、さほど「節電」にはなりませんな!
      ジャイアンツ負けてる時はテレビ消しパソコン点けて記事の更新
      アベちやんはテレビ会見などよりも桜を観たりするのが好きだ
      アベちやんが記者会見を嫌ふのは朝日の記者がしつこいからだ


〇  書き込みし前所有者のそれからの人生想う古書しばし閉じ  (国立市)加藤正文

 九席。
 「それから「とは?
 暮らしに行く詰まり、件の書物を古本屋に売却してから?
 件の書物に件の書き込みをしてから?
 上記の孰れとも異なる或る時期から?
     書き込みを消さないままで売つたから本屋の親爺に値切られたのだ
     書き込みを消さないままで本を売る!いづれ値が付くその書き込みに!
     野間宏の書き込みの在る初版にて小宮山書店の蔵出しで購ふ
     びつしりと書き込みの在る雑誌にてその書き込みを読みたくて購ふ      

今週の「朝日歌壇」より(2020/6/28掲載)

     永田和弘選

〇  ただひとり反対票を投じたる人民代表いかなる人ぞ  (八尾市)水野一也

 六席。
 『エキサイト・ニュース』の報じるところに依りますと、「2020年5月28日、仏国際放送局RFIの中国語版サイトは、中国の全国人民代表大会(全人代)における香港版<国家安全法>採決で唯一反対票を投じた人物の割り出しがネット上で行われていると報じた。記事は、反体制活動を禁止する同法が28日に全人代で可決された際、反対票が1票だけ投じられた(賛成が2878票、棄権が6票)ことを紹介。中国本土のネットユーザーらが早速反対票を投じた人物の特定に乗り出し、香港選出の人民代表である田北辰(マイケル・ティエン)氏であるとの見方が強まったことを台湾・東森新聞の報道として伝えた。田氏は中国本土寄りの<建制派>として知られる一方、同法の制定には反対してきたという。報道によれば、中国本土のネット上では田氏が反対票を投じたと断定したネットユーザーから、田氏に対する過激なコメントも出ているとのことだ。一方で記事は、田氏が香港メディアに対して『自分は賛成票を投じた』と話し、『当初は香港自ら立法するのがよいと思っていたが、国家条例案の審議が香港立法会で先延ばしされたように、自力での国家安全法制定はもはや実現不可能と認識し始めた。さらに、新型コロナウイルスの感染が落ち着いたことでデモ隊が再び街に出ている。香港を再び混乱に陥らせないためにも、(同法の成立は)やむを得ないやり方だ』と語ったことを伝えている」とのことである。

 「人民代表いかなる人ぞ」と、大阪府八尾市にお住いの水野一也さんは仰いますが、上掲の記事を読んでも、「人民代表いかなる人ぞ」との思いは、益々深まるばかりであり、その謎は、容易には解けそうにもありません。
 ところで、この俗世間に、「保険的野心」という言葉が在る事を、本ブログの読者の方々はご存じでありましょうか?
 「保険的野心」とは、例えば、「源義経が壇ノ浦で獅子奮迅の働きをするに当たっては、予め、兄の源頼朝との間に、自分が死亡したら、残された家族に数百億円の死亡保険金を給付するとの約束が交わされていた」といった類の行為を指して云うのでありますが、この度の「人民代表氏」の勇気ある行為も、案外、それに類する行為であったのかも知れません。
     斯く程に自由と民主を大切に為せる国なり人民中国


〇  カサブランカ咲くまでいちご熟れるまで玉蜀黍みのるまで生きませ我が背  (弘前市)山川久美子

 七席。
 「玉蜀黍」なる漢字三字に「きび」とのルビ在り。
      宝籤の七億円当つたら世界一周旅行などせむ吾妹
      蒲公英の咲く野原まで吾と手を繋ぎ歩いて行こう我が背

今週の「朝日歌壇」より(2020/6/28掲載)  過ぎし日に吾の棄てたる軽トラはロシアの大地を走つて居らむ     下取りに我が家が出した家庭用ミシンを使ふドバイの庶民


     馬場あき子選

〇  宇宙船こうのとり号任務終え自焼せんとす地球を見つつ  (蓮田市)斎藤哲哉

 四席。
 「宇宙船こうのとり号」は、「宇宙船」としての「任務」を「終え」たので、「地球を見つつ」「自焼せん」としたのでありましょうが、不肖・私は、人としての「任務」を果たし終えていないので、「自焼」する事は勿論ありませんし、例え富士山が噴火したとしても死にたくありません。
     宇宙船こうのとり号にあらざれば自焼したりは決してしません


〇  古ミシン下取りに出せばミシン屋が次はドバイで働くと言う  (三原市)池田桂子

 五席。
 フリー百科事典『ウィキペディア』の記するところに依ると、「ドバイは、アラブ首長国連邦を構成する首長国の一つ。また、ドバイ首長国の首都としてアラビア半島のペルシア湾の沿岸に位置する、アラブ首長国連邦第2の中心都市。人口は約331万人(2019年9月時点)。 中東屈指の世界都市並びに金融センターであり、21世紀に入ってから多くの超高層ビルや巨大ショッピングモールを含む大型プロジェクトが建設されるなど、世界的な観光都市となっている。首長はムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥームであり、アラブ首長国連邦の副大統領と首相も兼任している。連邦首都アブダビ市を擁するアブダビ首長国がアブダビ市以外にもいくつかの市によって構成されているのに対し、ドバイはドバイ市のみで首長国を構成する、事実上の都市国家である。ただし、首長とは別に市長が置かれ、主に民政を担当している」との事。

 「ドバイという鉄筋コンクリートの塊のような都市は、得体の知れない王侯貴族の末裔や石油成金たちがでっち上げた世界的な金融センターであり、砂上の楼閣であり、灼熱地獄である」とするのが、これまでの私・鳥羽散歩の「ドバイ」という都市に対する認識であったが、そのドバイにも、<庶民>と呼ぶべき存在が棲息していて、彼らは、私たち日本の庶民が使い古した電動ミシンを洋服の継ぎ接ぎに使用したり、子供たちが学校に持って行く<合切袋>を仕立てる時に使ったりするんですね。
 本作に接するを得て、中東屈指の観光都市「ドバイ」に対する認識が改まりました。、
 否、この広い地球上の何処にも、私たち日本人が下取りに出した乗用車を駆って、休日のドライブを楽しんだり、おんぼろのミシンを使って、すり切れたシーツを雑巾に改造したりする庶民が存在しているんですね。
     下取りに我が家が出した家庭用ミシンを使ふドバイの庶民
     もしかして王侯貴族が使ふかも?我が家が出した下取りミシン
     過ぎし日に吾の棄てたる軽トラはロシアの大地を走つて居らむ


〇  幼子が一人で立った幼子よたったひとりで君も行くのか  (仙台市)二瓶真

 六席。
 「這えば立て立てば歩めの親心」とは、よく言ったものですね!
 でも、その「這えば立て」と言われ、「立てば歩め」と言われた育った愛し子さえも、いつか必ず「たった一人」で、あの世に行かねばならないのでありますから、人間なんてつまらないものですね!
     人はみな裸裸裸裸裸裸で生まれ来て裸裸裸裸裸裸と死んで行くのだ!
     拓郎は生殖意欲を剥き出しで生きてゐたけど未ださうかな?
     菅さんの出世意欲剥き出しと上から目線は好きになれない
     「もう一度、裸になって遣り直す」なんて気楽な事を言つたり
 
        人間なんて ラララ~ ララララ~
        人間なんて ラララ~ ララララ~
           何かが欲しいおいら それが何だかわからない
           だけど何かが足りない 今の自分もおかしいよ
           空に浮かぶ雲は いつかどこかへ飛んで行く
           そこに何かがあるんだろうか それは誰にもわからない
        人間なんて ラララ~ ララララ~
        人間なんて ラララ~ ララララ~  

今週の「朝日俳壇」より(2020/6/21掲載)     彼の人は鼻が異常に高いからその分マスクが小さく見える

     高山れおな選

〇   時計狂ふ雪加と時鳥鳴けば  (東京都)上川畑裕文

 首席。
 「雪加」とは、「スズメ目ウグイス科の小鳥。全長12センチメートル 内外。全体が黄褐色。ユーラシア南部・アフリカに分布。日本では本州以南で繁殖。草地や川原にすむ」とか!
 掲句の意は、「ホトトギスが雪加(セッカ)と鳴くから時計が狂う」といったところでありましょうが、掲句に就いて、選者の高山れおな氏は、「鳥たちの協奏の激しさが、<時計狂ふ>という幻想を呼び起した」との極めて妥当にして、且つユニークな寸評を加えられている。
 ところで、掲句で以て「雪加(セッカ)、雪加(セッカ)」と鳴くとされている「時鳥」であるが、この鳥は「鳴いて血を吐くホトトギス」の喩が在る通り、古来、激しく、けたたましく鳴く鳥として知られ、この鳥に鳴き声に就いては、「竹藪焼けた(タケヤブヤケタ)」と鳴くとか、「天辺欠けたか(テ゜ッペンカケタカ)」と鳴くとか、「東京特許許可局(トウキョウトッキョキョカキョク)」と鳴くとかと、いろいろと取り沙汰されているのであるが、今回、また、「雪加(セッカ)、雪加(セッカ)、雪加(セッカ)」と鳴くとする、上川畑裕文さんの説が加わり、「ホトトギスの鳴き声論争」は一層激しさを増す事でありましょう。
     鳥羽散歩「札束欲しい」と啼くけれど未だ届かぬ十万円よ
 

〇   筍のペンギンほどの背丈かな  (東京都)竹内宗一郎

 四席。
 「ペンギン」の「背丈」を「筍」で以て表そうとする作者の創意と意外性に拍手を!
     彼の人の見識および料簡は口を塞げる布マスクほど
     彼の人は鼻が異常に高いからその分マスクが小さく見える


〇   行く末は透明ならず心太  (石巻市)兵藤康行

 六席。
 そう!
 私たちの国の「行く末」も、私たち国民の「行く末」も、「心太」同様に朦朧としていて「透明」ではありません!
       行く末は東大教授か大臣か?などと言われてこのテイタラク!


〇   生きるとは演じることよ七変化  (東京都)長谷川瞳

 八席。
 たまには、他人の意見を聞くのも何かの足しになるのではないか、などと思って、ネットを彷徨っていたら、「天地わたるブログ」というブログにヒットして、この句に就いての以下の通りの書き込みを読む事が出来ましたので、それをそのまま転載させていただきました。

    生きるとは演ずることよ七変化 長谷川瞳
 ●色の移り変わる紫陽花を見て人生を思う作者。人は場面場面で見せる顔、言う言葉を意識して世渡りをする。
 ○確かに納得する部分もありますが、演歌調でちょっと甘いかな。
 ●そう悪くもないですが臭みはありますね。生き方を詠むとどうしても。

 「確かに納得する部分もありますが、演歌調でちょっと甘いかな」といる<〇氏>の弁にも、「そう悪くもないですが臭みはありますね。生き方を詠むとどうしても」とする<●氏>の弁にも、全く同感です。
     生きるとは欺くことか紫陽花の濃くも薄くも彩七変化

今週の「朝日俳壇」より(2020/6/21掲載)     この道と決めて迷はず防衛相配備計画停止断行!

     大串章選

〇   親竹を凌ぐも皮を脱ぎ切れず  (大阪府島本町)上村美津子

 首席。
 彼の厚顔無恥さ加減は、自らを法務大臣に取り立てて呉れた「親竹を凌ぐ」も、議席にしがみ付こうとする面の皮の厚さや欲の皮は未だ「脱ぎ切れず」という文意でありましょうか?
     面の皮、夫妻ともども厚くして党を出づれどバッジ外さず!


〇   万緑を二軒で分けて峡暮らし  (横須賀市)丹羽利一

 三席。
 江戸時代の文人画さながらの風景である。
     賜物の十万円は二軒とも二人暮らしで二十万円


〇   この道と決めて迷はぬ蝸牛  (福島市)引地こうじ

 四席。
 主題は月並みにして類想句数多在り!
     この道と決めて迷はず防衛相配備計画停止断行!
     この道の彼方に待つは総理の座!河野大臣勇躍蹶起!
      

〇   ローマへの道は知らぬと道をしへ  (仙台市)上郡長彦

 八席。
 全ての道はローマに通ず!
 然しながら、新型コロナウイルス感染者続出のイタリアとの空路は現在のところ遮断されている。
     ローマへの道は知らねど大根を手にして示す松島への道


〇   海女の舟今朝は早苗の舟となり  (津市)中山いつき

 末席。
 伊勢湾に面した半農半漁の村の田植えの時期である。
 日頃は伊勢湾に漕ぎ出し、鮑や栄螺や海栗などを採っている海女さんの妻も、今日ばかりは商売道具の小舟に早苗を乗せて夫の手伝いをしているのでありましょう。
     海胆・鮑・栄螺・昆布の香り立つ小舟に乗せて運ぶか早苗

今週の「朝日俳壇」より(2020/6/21掲載)     ことごとく懐疑的なる中に居て平然としてまた嘘を吐く

     長谷川櫂選

〇   蟇なんとかなるの構へかな  (東京都)小出功

 次席。
 「蛙の面に小便」とは言いますが、その蛙の親玉みたいな「蟇(ひきがえる)」の面に向かって小便を引っ掛けたりすると、チンポコが腫れる、とかいう話を聴いた事があるので、私・鳥羽散歩は、未だにそうしたハシタナイ行為に及んだ事もありませんし、また、私のチンポコは未だ腫れもせず、至って健在です!
 私のチンポコを撃沈せしめる可能性を秘めている、その蟇の面の厚さ、小便なんか引っ掛けられてもビクリともしない、不動の姿勢には、私たち人間が見習うべき何かが在る!
      政局もなんとかなるの構へにて衆院解散見送り模様!


〇   もう一度祖母が亡くなる春の夢  (東京都)矢野美与子

 四席。
 「祖母」という言葉やその存在に必然的に伴うのは「郷愁」なのである。
 東京都にお住いの矢野美与子さんは、こよなき郷愁の思いを込めて掲句を詠まれたのでありましょう。
     もう一度祖母が亡くなる筈は無し私の祖母は明治に死んだ
     

〇   白夜とは広場に兵士銃を持つ  (大阪市)寺本久夫

 五席。
 「白夜」という漢字二字から連想されるものは何か?
 「白夜」に相応しいのは、「銃」を持って「広場」に立つ「兵士」の姿と、冷酷無惨な独裁者と、ギロチンと、縊れた少女・アナスタシアの屍体と、女優・岡田嘉子の樺太国境越えと、あの昔懐かしいピロシキの味と、凍れる大地と、決戦を前にして日本海を急航し行く大艦隊の乗員の疲れ切った姿なのである!
 

〇   田植機のおづおづと入る水面かな  (豊岡市)山田耕治

 七席。
 畦道から田圃へと下りる時の僅かばかりの傾斜が気になるのか、兵庫県豊岡市の山田耕治さんちの「田植機」は、「おづおづと」して「水面」へと入って行くのである。
 副詞「おづおづと」の存在によって無機質な田植機の動作が、生きているが故に<路面のささやかな傾斜が気になる人間>の動作に転換されるのである。
      水田にてコウノトリさへ拍手して「見事!見事!」と称賛してる!


〇   ことごとくマスクの首相に懐疑的  (一宮市)岩田一男

 末席。 
 国民の「ことごとく」が「マスク」を掛けていて、遣ること為すことの「ことごとく」を嘘と糞で塗り固めたような「首相」に「ことごとく」「懐疑的」なのでありましょう。
 副詞「ことごとく」の働きが見事な秀句であり、金子兜太氏がご存命ならば、金子兜選と長谷川櫂選との共選入選作であったのかも知れません!
     ことごとく懐疑的なる中に居て平然としてまた嘘を吐く!  

今週の「朝日歌壇」より(2020/6/21掲載)「新型コロナウイルス禍」特集(其のⅡ)   偶数も奇数もそのうち無くなるさ!クラス全員みんな仲良し! 

     「新型コロナウイルス禍」特集(其のⅡ)

〇  口と鼻ふさぎて授業するは辛しチョークまみれの吾が白マスク  (八戸市)夏木良

 佐佐木選の首席。
 「世の教師の中には、未だに白いチョークで黒板を塗り潰して行くことが授業だ心得ている輩がいるが、真の授業とは、受講者の問題意識を引き出し、解決へのヒントを与えて、受講者自らが解決するように導く事である」などと、青臭い事は言いたくありません。
 然しながら、「教師がチョークの粉に塗れて、黒い黒板を白いチョークで塗り潰して行くような旧態依然とした授業」にも問題無しとしません。
 本作の作者は、その旧態依然たる授業の権化の如き存在でありましょうか?
 であるならば、本作の作者にとって、真実に辛いのは、「口と鼻を白いマスクで塞いで授業する」事では無くて、「授業というシステムそれ自体」でありましょう。
 私・鳥羽散歩は、「青森県弘前市にお住いの教師・夏木良さんが、自らをピエロ化して本作をお詠みになられた意図は、ただ単に、自らが行う授業の拙さや、教師としての自らの存在を思いっ切り<お笑い化>する事に因り、選者諸氏や私たち読者に媚を売り笑わせ、あわよくば朝日歌壇の入選作の作者としての自らの存在を、日本全国の短歌ファンの前に披歴しようとする点に在るのでは無くて、<授業という教育システム一般>が必然的に備えている問題点を、<アフターコロナ>に事寄せて抉剔しようとする意図のもとに本作をお詠みになられたもの」と確信している次第であります。
 今週の佐佐木幸綱選には、<アフターコロナ>社会の教師像や教育の実態を戯画化して詠んだ作品が、一席から三席までの入選作とされていますが、選者の佐佐木幸綱氏のこれら三作に対する評価は、私・鳥羽散歩とそれと似たようなものなのかも知れません。
     黒板を白いチョークで塗り潰しこころ満ち足る六時限目!


〇  新学期の百十人のクラスにて私語の聞こえぬオンライン授業  (東広島市)黒木和子
 次席。 
〇  顔と名が一致せぬままオンライン授業始めて五月が終わる  (ふじみ野市)片野里名子
 三席。
 「私語の聞こえぬ」事も、受講者の「顔と名前が一致せぬまま」授業が展開される事も、「オンライン授業」のみならず、我が国の教師たちが行う、いわゆる「授業」一般の欠陥なのであり、この点は、授業を行う教師側の問題であると同時に、授業を受ける受講者側の問題でもあり、更に云えば、<授業という教育システム一般>が本質的に抱えている問題なのでありましょう。
     返事した者の数と受講者の頭数が一致しないままに始まる六時限目


〇  スペイン風邪の頃は干潟でありし地の鎮守に祈る悪疫消散  (岡山市)三好英男

 七席。
 いわゆる「スペイン風邪」とは、「1918年(大正7年)-1920年(大正9年)に世界各国で極めて多くの死者を出した<インフルエンザによるパンデミック>の俗称であり、その名称は、<第一次世界大戦時に中立国であったがために情報統制がされていなかったスペインでの流行が大きく報じられたことに由来するもの>であり、スペインが発生源という訳ではない」とか!
 その<スペイン風邪>と我が国との関わりであるが、我が日本では「1918年4月、当時日本が統治していた台湾にて巡業していた<真砂石>などの大相撲力士3名が謎の感染症で急死。同年5月の夏場所では高熱などにより全休する力士が続出したため、世間では<相撲風邪>や<力士風邪>と呼んでいた。その後、同年10月に大流行が始まり、世界各地で<スパニッシュ・インフルエンザ>が流行していることや、国内でも多くの患者が発生していることが報じられた。我が国での第1回の大流行が1918年10月から1919年3月、第2回が1919年12月から1920年3月、第3回が1920年12月から1921年3月に掛けてであり、当時の我が国の人口55000000人の50%以上の約23800000人が感染した」とか!
 本作の意は、「私の村の鎮守様が在る地は、我が国でスペイン風邪が大流行した頃(1918年10月から1921年3月迄)はまだ干潟であったそうであるが、私は、その鎮守様に悪疫消散の祈願した」といったところでありましょうか。


〇  久しぶりの声・顔嬉し合唱団ZOOM通して歌うハレルヤ  (長野市)浅輪紀子

 八席。
 当今流行りの<無観客>で行われた演奏会であるにも関わらず、「久しぶりの声・顔嬉し合唱団ZOOM通して歌うハレルヤ」などと詠む方がいらっしゃいますから、第二波の襲来を危惧しながらも、解散の危機を免れ得た「合唱団」なのかも知れません。
 私の得ている情報に依ると、「我が国の短歌会員人口と合唱団・団員人口とはほぼ同数であり、しかも、その二割方は両者を掛け持ちしている」との事である。
      ハレルヤを唄つた事を短歌にし合唱団の仲間に誇る


〇  「気の緩み見える」と担当大臣が評者のごとく日本を語る  (観音寺市)篠原俊則

 九席。
 <緊急事態宣言>が解除された後の感染者の漸増傾向から判断してみても、私たち国民の間に「気の緩み」が在るのは事実でありましょう。
 だが、「担当大臣」を初めとした彼らには、そんなことを言う資格はありませんし、私たち国民も言われたくありません。
     気が緩むことだつてあるさ僕らには!人間だから行く歌舞伎町!


〇  新しい友は出席番号の奇数の子となる分散登校  (奈良市)山添聖子

 永田選の首席。
 何時まで経っても<子離れ>する事が出来ない、山添聖子さんである!
 こんなは女性が受け持ち児童の母親だったら、PТA役員の選考に苦慮せずに済み、学級担任は頗る楽でありましょう!
      偶数も奇数もそのうち無くなるさ!クラス全員みんな仲良し!
      PТA役員の子だからつて褒められもせず虐められもせず!


〇  謝ったら負けのゲームを見てるようコロナ対策誰のものかと  (川西市)朝倉恵子

 三席。
 「コロナ対策」は、「誰」と特定されるような者のために施行されるものではありません!
 私たち日本国民は、「今の現実を生きている私たち国民と、未来の国民の為のコロナ対策を行う者」を国政選挙を通じて、国政壇上に送らなければなりません!
     謝つたら負けのゲームなんてものは無い!間違つたならば謝るべきだ!
 

〇  背を向けし案里議員の耳に揺るマスクの紐と金イヤリング  (大和郡山市)四方護

 五席。
 あんまり羨ましがってはいけません!
 あの手の女性にとっては、男性から羨ましがられる事だけが、虚栄心を満たす唯一無二の手段なんですからね!
     背を向けた案里議員を追求し議員バッヂを剥ぎ取れ検察!


〇  信濃路は薫風あそぶ初夏なれどアベノマスクはまだ届かない  (長野市)関龍夫

 六席。
 「信濃路が何ぼのもんじゃい!」なんちゃったりしたら、本作の作者の関龍夫さんは、お叱りになられるのでありましょうか?
     信濃路の風邪吹き荒ぶ村なればアベノマスクが是非とも欲しい!


〇  ホームレス住み着かぬよう公園にトイレ作らぬ悲しい論理  (川崎市)小島敦

 七席。
 世に謂うところの<排除の論理>である!
 公園から「ホームレス」を締め出し!
 ブランコや雲梯や肋木や蛸入道の滑り台や鉄棒からチビッ子たちを締め出して、<万事こと足れり!>とする行政に問題が在るのである!
 「悲しい」も何も、行政には「排除の論理」以外の「論理」は在りません!
      ホームレス歌人・公田耕作さんを締め出さず見識示した朝日歌壇!

今週の「朝日歌壇」より(2020/6/21掲載)「新型コロナウイルス禍」特集(其のⅠ)  決定版、本日正午公開! 

     「新型コロナウイルス禍」特集(其のⅠ)

〇  嘱託に採用されし男来て喜び語る深夜のコンビニ  (箕面市)田中令三

 馬場選の次席。
 2020年6月23日付けの『時事ドットコムニュース』に、作家・江上剛氏の執筆になる「<70歳まで雇用>を奨励する政府と<40〜50代リストラ>を加速させる企業」というタイトルの記事が掲載されているので、それをそのまま無断転載させていただきました。

 政府は、私たちに70歳まで働くように推奨している。
 2019年5月15日、政府は高年齢者雇用安定法改正案の骨格を発表した。20年の通常国会での成立を目指すという。
 改正の骨子は、現行65歳まで義務付けている雇用を70歳まで引き上げることを、各企業の努力目標とする。そのために、企業に継続雇用や他企業への再就職支援を求めるというのだ。
 この背景には、財政難による年金支給開始年齢の引き上げなどがあると思われるが、国民の側にも元気な高齢者が増え、働き続けたいという意欲が高まっていることも事実だ。
 野村総合研究所グループのNRI社会情報システムによるシニア世代の就業意識調査によると、「55歳から59歳の正社員は69.6歳まで、パート・嘱託は70.0歳まで、60歳から64歳の正社員は70.3歳まで、パート・嘱託は69.8歳まで働きたい」と答えている。
 多くの人が70歳前後まで働きたいと希望しているのだ。ところが、企業の方はどうだろうか。
 年金財政の悪化のツケを企業に回されてはたまらない(?)とばかりに、政府の方針に対して面従腹背の様相を呈している。
 実質的には45歳定年制、否、40歳定年制かもしれない。そう考えざるを得ないほど、特に中高年正社員のリストラを加速しているのだ。
 ところで、8年も前のことだが、韓国に取材に行き、その際、リストラに関して衝撃を受けたことがある。
 韓国では「サオジョン」という言葉がはやっていた。これは45歳定年制の意味で使われていた。
 韓国企業の定年は60歳だが、45歳になると肩たたきが始まっていたのだ。ところが、韓国には関係会社への再就職あっせんなどがないらしく、多くの人がチキン店を開業していた。
 チキン店というのは、鶏の空揚げとビールを提供する店で、それを教えてくれた人によると「大した技術や資本が要らないために、多くの早期退職者が選択する」とのこと。私は、その話を聞き「過酷だな。でも、これはあすの日本の姿だ」と予想した。
 今も韓国ではチキン店が繁盛しているのかと思い、記事を探っていると、情報サイト「ビジネスジャーナル」(19年8月31日)に高月靖氏が「1時間で1軒廃業─韓国チキン店、大量の失業中高年の墓場化 歪んだ韓国社会の縮図」というチキン店の詳細なリポートを書いていた。
 それによると次の通り。
 19年2月現在、チキン店は8万7000軒もあるという。韓国人600人当たり1軒の割合。日本のコンビニは2300人に1軒だから、チキン店の密度はコンビニの4倍も高い。
 韓国の平均退職年齢は、49.4歳で、多くがフランチャイズ方式でチキン店を開業するようだが、今では、過当競争で創業より廃業の方が多くなり、多額の借金を抱えて苦労する中高年が増えた。
 韓国は、日本とは比べものにならないほど中高年に対して厳しい。その理由について、ある韓国人ジャーナリストは、1997年から98年にかけてのアジア通貨危機で国家がデフォルト(債務不履行)寸前にまで追い詰められた韓国が、一気にグローバル経済に舵を切ったためだと解説してくれた。
 その頃から韓国では実質的に「サオジョン」が定着し、チキン店が増え始めたという。中高年に対する過酷な歴史は20年以上も続いているのだ。
 最近、日本でも鶏の空揚げ店が増えたような気がするのは、韓国と同様にリストラされた中高年の開業が増えているからだろうか。
 私の予想(懸念だが)通り、わが国でも「日本流サオジョン」が一般的になってきた。日本経済新聞(2019年12月8日)に「中高年社員、戦えますか」という特集記事が掲載された。その内容は次の通り。
 「2025年には労働力人口の約6割が45歳以上になる。バブル期の大量採用などで中高年社員の層は厚く、50歳を過ぎて管理職になれない人材がこれまで以上に出てきている」として、各企業は中高年社員のやる気を持たせるべく手を尽くしている。
 特集では、日清食品、ソニー、丸紅などの中高年社員活性化策が紹介されているが、記事からは前向きな感じは受けない。「ヒラ中高年」という言葉が使われているからだ。
 終身雇用、年功序列という、かつては称賛された日本型雇用の弊害で生み出された大量の「ヒラ中高年」の活性化が経済成長の大きなテーマとは! 悲しい。活性化とは表向きで、リストラしたいという本音がアリアリだ。
 そんなに日本型雇用は悪いのか。みんなで幸せを分かち合い、社内での勝ち負けをはっきりさせず、チームワークで勝利をつかむ。第一は雇用の「安心」ということだ。これがあるから、ある年齢になれば結婚し、子どもを生み育て、住宅ローンを組み、子どもの教育に投資をする。この「安心」を前提としたシステムが日本経済を支えてきたのは事実だ。
 それが駄目だといわれるようになったのは、やはり韓国と同じで、日本にもグローバル経済の津波が押し寄せたからだ。社員の採用もグローバル化し、IT化による省力化などによるポスト不足など、今までなかった問題が顕在化してきたからだ。
 今や、経団連会長もトヨタ自動車の社長も終身雇用は維持できないと言い放つ事態となった。

 つい先日まで、我が国の雇用事情は、「人手不足、売り手市場」であったが、それが、<新型コロナウイルス禍>の所為ばかりとは限らないが、昨今では、「大卒者の内定取り消し」や「中高年労働者の解雇」といった段階にまで後退し、マスコミでは、連日、「失業者問題の記事」が報道されるようになったのである。
 「深夜のコンビニ」に「嘱託に採用されし男」が「来て喜び語る」とは云うが、件の男の「喜び」はかなり屈折した喜びであり、それに取材して本作を詠まれたこの一首に、大阪府箕面市にお住いの田中礼三さんが託された思いは、それ以上に屈折していて複雑である。
     その実は財政難に拠る年金支給開始年齢の引き上げ
     我らみなヒラ高齢者!なればこそマスクなど掛け歌材漁れる!


〇  パソコンに「席にいるか」と管理され僕にはないのか移動の自由  (さいたま市)川島直

 三席。
 「パソコンに『席にいるか』と管理され僕にはないのか移動の自由」などと、半ば呆けたような、半ばふざけているようなことを仰いますが、事態は、君が考えている以上に深刻なんですよ!
 もっと真面目にパソコン画面に向わなければ、君は早晩、<日本流サオジョン>の憂き目に遭遇するに違いありません!
     エアガンで可愛い小鳥を撃ち落とす焼鳥屋でも遣つてみなさい!
     吹き矢もて雀を射殺す技なくば焼鳥酒場の亭主になれぬ!


〇  テレワークできぬ職ゆえ覚悟決め地雷原行き日日義務果す  (新座市)菊地良治

 四席。
 「地雷原」に疑義有り!
 選者の馬場あき子氏の寸評に、「<テレワークできぬ職>はいろいろあるが、<地雷原>での義務は切実だ」とあるが、本作の作中の「地雷原」は抽象的な意味での地雷原であり、作者の菊地良治さんはキャリア官僚なので、毎日毎日、「地雷原」に踏み入るような思いで、上司の不始末の尻拭いをしているのでありましょう。
     地雷原に踏み入るやうな思ひにて野党議員の舌鋒躱す


〇  就活が遠い世界のことのよう三密を避けて初夏を過ごせば  (富山市)松田梨子

 五席、及び高野選の四席。
 何ですって?
 「就活が遠い世界のことのよう」ですって!
 「三密を避けて初夏を過ごせば」ですって!
 是といった企業の新卒者採用選考は、ほぼ終わったも同然である!
 そんな大切な時期に、「三密を避けて」などとカッコ付けちゃってると、来年度からの本格的な不景気を前にしての就職浪人なんてことになったりしますよ!
     「得意芸・逆立ち」ならばまだマシだ!「短歌」と書いて採る企業無し!
     三密を避けて就活出来るかな?終活ならば出来るであらむ!


〇  ステイホーム読む本もついになくなって寝転んでそっと開くアルバム  (富山市)松田わこ

 八席、及び高野選の八席。
 「三密を避ける」も「ステイホーム」も、どうせ、同じ根っこから生えた怠慢である事には変りありません!
 松田短歌姉妹揃ってのこの怠慢振りを目にしては、私・鳥羽散歩も、しばし茫然としている他なく、彼らを産み、斯くも見事な怠け者に仕立て上げた母親の顔を見たくなりました!
     「ホームステイ」か「ファームステイ」なら未だしも「ステイホーム」はただの怠業!


〇  人界のコロナ禍余所に隠沼のモリアオガエルの卵塊膨らむ  (下野市)若島安子

 九席。
 「隠沼のモリアオガエルの卵塊」が「膨らむ」と同時に、私たち日本国民の、我が国の将来に対する不安や現政権の施策に対する不満が膨らんで行くのである。
     隠沼にモリアオガエルが棲ぬ村は福島県の川内村など
     木の枝に卵産み付け夜叉ヶ池モリアオガエルの棲息地なり


〇  メヌエットあと五小節で終わるのにピアノのレッスンずっとお休み  (奈良市)山添葵

 末席、及び永田選の末席。
 「残念無念」の一言で以て片付けられる程度の内容と出来栄えの一首である。
     ピアノさへ有れば自分独りで出来るのに「レッスンずっとお休み」と云う?


〇  コロナニモ負ケズ岩手ハゼロ続クサウイウ処ニワタシハ住ミタイ  (三鷹市)山縣駿介

 高野選の次席。
 岩手県は人口が少ない!
 盛り場が少ない!
 外出して浪費をする者が少ない!
 PCR検査を実施する医療機関が少ない!
 新型コロナウイルス感染・第一号になる事を嫌ってPCR検査を受ける者が少ない!
 故に、岩手県では感染者ゼロ状態が今日まで続いているのでありましょう。
 そんな僻地の岩手県に「ワタシハ住ミタクアリマセン」!
     瓢箪に生米入れて死病者の枕元にて振つた伝承!


〇  かけまくも畏き神の坐す富士静けき夏を味はひ給へ  (西東京市)加藤至幸

 三席。
 「掛介麻久母畏伎伊邪那岐大神筑紫乃日向乃橘小戸乃阿波岐原爾御禊祓閉給比志時爾生里坐世留祓戸乃大神等諸乃禍事罪穢有良牟乎婆祓閉給比清米給閉登白須事乎聞食世登恐美恐美母白須」 とは、神事の前に必ず行われる祓の時に唱えられる祝詞である。
 東京都下・西東京市にお住いの加藤至幸さんは、小生意気なことに、惧れ畏むべき祝詞の言葉なんか借用して、「かけまくも畏き神の坐す富士静けき夏を味はひ給へ」などと、未だ開山宣言が為されずに人気の少ない富士山の現況を皮肉っているのである。
      かけまくも畏き神のお笑ひの志村けん氏はコロナで崩御


〇  立入り禁止の黄色いテープにかこまれて事件現場のようだねブランコ  (岩国市)中井富佐子

 五席。
 「事件現場のようだねブランコ」とする、下の二句の隠喩に対する評価は、「大袈裟過ぎる」と「子供たちが遊ぶブランコと血塗れの事件現場との対比の意外性が面白い」とに二分されましょうか。
     ブランコの鎖を首に巻き付けて妻子二人の殺戮現場!


〇  ゴミ袋でわれの作りし防護服看護師は着て写真送り来  (東京都)仲あやの

 六席。
 「看護師」さんから送られて来たのは、ほんの<記念写真>といった程度の気持ちで写したスマホ写真であり、件の「ゴミ袋でわれの作りし防護服」が、現実の医療現場では使用されたか否かは判然としません。
     過日我がゴミ袋もて仕立てにし防護服のお礼の写メール!


〇  コロナ禍で外出もせず一人居て放哉を読む<せきをしてもひとり>  (日進市)竹中敬一

 七席。
 本作の作者・竹中敬一さんがお住いの愛知県日進市は、多くの大学や高校、研究開発機関が存在する田園学園都市であり、気位の高いご婦人が、数多ご棲息との事でありますから、下手に外出して、コミュニティバスの車内で、尾崎放哉気取りで「せき」の一つもしようものなら、たちまち<コロナ感染の犯人>扱いされましょう!
     「放屁してもひとり!」 臭いとか不潔とか言つて燥げる妻とか欲しい!


〇  遠隔就業三密社会的距離 昔はものを思わざりけり  (国分寺市)大越佳子

 末席。
 上三句を「遠隔就業三密社会的距離」という漢字十一文字、下二句を「昔はものを思はざりけり」という和語十一文字で構成した冒険的な<本歌取りの歌>であるが、再見すると、其処に様々なる問題点が指摘される。
 先ず、上二句であるが、漢字十一文字中の「遠隔就業」に「テレワーク」とのルビ、「社会的距離」に「ソーシャルディスタンス」のルビが在るが、その中間の「三密」にはルビ無し?
 次に、「昔はものを思わざりけり」という下の二句に就いて言えば、この十四音は、作者本人としては、『拾遺集』所収の権中納言敦忠作、「逢ひ見てののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり」の下の二句を借用したつもりでありましょうが、<古典仮名遣ひ>と<現代仮名遣い>との違いが無視されている!
     カタカナのルビが頼みの上三句!本歌取り遣り損ねたる下の二句!

今週の「朝日歌壇」より(2020/6/21掲載)       朝一杯!昼は三杯!夜二杯!一日六杯、赤まむし酒!

     高野公彦選

〇  朝は七昼一晩二服用す十錠に託す米寿のボディ  (さいたま市)加藤政雄

 九席。
 <新型コロナウイルス禍>と関わりの無い高野公彦選の入選作は、首席の「はつ夏のそらに光をひいてゆく雲雀はたてに燕はよこに」に加えて掲出の加藤政雄さん作だけであり、私は、とてもとてもとても寂しくてなりません!
 ところで、私・鳥羽散歩がずっと昔に詠んだ作品の中に、「朝なさな服まねばならぬ薬五錠!旨し旨しと呟きて服む」という、本作と似たようなテーマの一首がありますが、本作の作者の場合は、病気治療の為の錠剤を服用するのでは無くて、作者ご自慢の「米寿のボディ」を保つためのサプリメントを「朝は七昼一晩二服用す」というのでありますから、、もしかしたら、本作の作者・加藤正雄さんは、サプリメント販売露天商の<サクラ>なのかも知れません。
     朝一杯!昼は三杯!夜二杯!一日六杯、赤まむし酒!
     傘寿過ぎ!お年召されて勃たざるも!飲めば直ぐ勃つ赤まむし酒!

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