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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

今週の「朝日歌壇」より(2020/7/26掲載)    八甲田峰の白雪消ゆるころ出稼ぎ先からオトウは帰る!    パンプスは勿論のことスニーカーと呼ぶも烏滸がましズック靴と呼べ!    柔道着畳んだままでよく言ふぜ!彼は定めし僭称師範!

     佐佐木幸綱選

○  声のなき合唱のごとヒメボタル森を震わせペカペカ光る  (西条市)丹佳子

 首席。
 「多数のヒメボタルがいっせいに光るにぎやかさを活写して楽しい。作者の住む愛媛県西条市には<ホタルの里>があって観光名所になっている」とは、選者・佐佐木幸綱氏の寸評である。
 「声のなき合唱のごと」とする直喩は宜しいが、「ペカペカ光る」とのオノマトペには違和感がある。
     西条は<ヒメボタルの里>お江戸から観光客がコロナ持って来る
     <Go To トラベル>ヒメボタルが一斉にペカペカ光って君を待ってる


○  女房の言うこと聞かぬ夫なれど「老けて見える」と言えばヒゲ剃る  (熊本市)河口幸子

 次席。
 「於いては妻に従うべし」とは、私・鳥羽散歩が若干八十歳にして会得した生活信条である。
      女房の言うこと聞かぬ訳でない!聞いてるけれど役に立たない!
      女房の言うことばかり聞いてたら競輪競馬やること出来ぬ!
      女房のいうことばかり聞いてたら酒も飲めぬし浮気も出来ぬ


○  スニーカーばかりの足が可哀想そうだ明日はパンプス履こう  (伊豆の国市)中村睦世

 三席。
 親友・喜多さんからのメールに拠ると、「広島県竹原市にお住いの高原君は、真に感心な事に、喜寿にして、<生きる為のウオーキングを毎日欠かさずに実行している」とか?
 静岡県伊豆の国市にお住いの本作の作者・中村睦世さんも亦、<生きる為のウォーキング>とやらを毎日欠かさずに実行しているのでありましょうか?
 ところで、セパレートパンプスなんか履いて澄ましてウォーキングしていたら、「中村さんの奥さん。このごろ頭がおかしくなったんじゃない!」なんて言われたりするから、ウォーキングする時は、是が非でも運動靴を履くようにお勧め致します。
      パンプスは勿論のことスニーカーと言うのもカッコ付けちゃってのこと
      パンプスは勿論のことスニーカーと呼ぶも烏滸がましズック靴と呼べ!


○  柔道着畳まれしまま梅雨に入る師範の夫のこの四ケ月  (直方市)曽根富久恵

 四席及び馬場選五席。
 福岡県直方市にお住いの本作の作者・曽根富久恵さんのご夫君殿は、柔道の「師範」なんですか!
 フリー百科事典『ウィキペディア』の記するところに拠ると、「師範」とは「手本となる人。武道・芸道・学問の指導者。また、その資格。流派や道場から門下生を指導する者に対して与えられる資格、称号である。師範の資格を有することで流派を名乗って道場を開き、弟子をとることを許される場合が多い。ただし、師範の制度や地位は流派によって差異がある。下位には師範代、準師範が置かれる場合がある」との事であり、また、都道府県警察に於ける師範とは、「都道府県警察本部において任ずる柔道・剣道・逮捕術等、術科の指導者の職階である。警察本部訓令に基づき任命されるため、民間道場の師範と異なり公的な性格を有している」との事でありますから、ただ単に学校の部活や趣味として柔道を遣っているのでは無くて、講道館柔道の高位有段者であり、自前の道場を所持し、門弟どもを心身ともに鍛え上げ、地域社会の方々からも尊崇の眼差しを注がれる存在なのでありましょう。
 そうした尊いお方が、いくら安倍総理から「緊急事態宣言」が発令されたからと言っても、この数ヶ月間、「柔道着」を畳んだままで過ごされたとは、正直、言って、私には、とてもとても想像する事だに出来ません!
 また、その間の、奥様のご苦労の程を思えば、この一首は、我が家の神棚をお供えして、毎朝、毎朝、真水でもお供えして<二拝二拍手一拝>で以て参拝しなければなりません。
 そうそう、すっかり忘れておりましたが、神棚にお供えした、件の一首を参拝する前には、手水を使う事も必要ですし、賽銭箱に五百円玉の一個や二個は入れなければなりませんが、生憎、今の私には、それだけの経済力がありませんから、お賽銭を入れることだけは省略させていただきます。
      柔道着畳んだままでよく言ふぜ!彼は定めし僭称師範!
 

○  牛蛙のトロンボーンの遠響き植田をわたる風に乗りくる  (大阪市)橋口俊司

 五席。
 上の句の「牛蛙のトロンボーン」という隠喩も、「植田をわたる風に乗りくる」という下の二句も、先人の手垢に塗れた常套的表現である!
     大阪に植田あるとは摩訶不思議!浪速丸ごと水掛け不動!


○  残雪の消えし八甲田峰々は背低くして大地に還る  (五所川原市)戸沢大二郎

 六席。
 「残雪の消えし八甲田峰々は背低くして」という、四句の表現に認められる細やかな発見が魅力の一首!
     八甲田 峰の白雪消ゆるころ出稼ぎ先からオトウは帰る
     八甲田 峰の白雪消ゆるころリンゴ花摘み忙しきオカア


○  江の川に光りと飛沫身に浴びて鮎網放つ蒼天の空  (安芸高田市)菊山正史

 七席。
 格別に長くも無く、流域が風光明媚でも無くて何の変哲も無い、あの「江の川」を詠むこと自体が特筆に値するのでありましょう。
 敢えて欠陥を指摘するならば、「蒼天の空」という五句目の七音に疑義有り!
     水源は広島県であるけれど江の川は日本海に注ぐ
 

○  大学でできた友達と初ごはん学生街の厚いトンカツ  (富山市)松田わこ

 八席及び馬場選の四席。
 「トンカツ」厚さ云々はともかくとして、「学生街」と呼べるほどの盛り場が、本当に在るのかね!
     金の無い学生だけが出歩いて名付けられたり学生街と!


○  行列のできるパン屋が出現し村はにはかに都会の匂ひ  (長野県)千葉俊彦

 九席。
 開店当初は、村人特有の物珍しさも手伝って「行列」が出来たりする事もあり得ましょうが、ものの一ケ月も経たないうちに閉店騒ぎになりましょう!
     行列のできるパン屋が出来たけど村のトイレは汲み取り式だ
     行列のできるパン屋は無いけれど村は静かで空気も綺麗!


○  おねえちゃん女子ちゅうがくへいったけどわたしは男の子いないのはヤダ  (東京都)横山優里菜

 末席及び馬場選の末席。
 小学生のくせして、「わたしは男の子いないのはヤダ」とまで云うとは吃驚仰天!
 東京都にお住いの学童・横山優里菜さんの将来が思い遣られますね!
     お姉ちゃん女子学院を卒業し私は早大本庄入学したの!
     お姉ちゃんデブチンだから女子中へ私はスマート男女共学!
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「照屋眞理子第三句集『猫も天使も』」を読む

○   陽炎に置かむと母を連れ出しぬ

○   蛇穴を出でて見知らぬ真昼かな

○   春風や猫にほのかな記憶力

○   点景に君置き五月出来上がる

○   夕焼がきれいとそれだけの電話

○   胸鰭のありし辺りに春愁   

○   猫じやらしわれに微かな尾の記憶

○   魑魅魍魎の昼は眠たし濃あぢさゐ

○   虹色の毛虫なら愛してくれますか

○   野遊びや前の世の尾を戦がせて

○   またの名は螢この世を夢と言ふ  

○   またの世の今は前の世天の川

○   尾の名残つばさの記憶裸かな

○   黒猫を入れて全き木下闇

○   サングラス月の窓辺に置いてやる

○   母刀自やさやかに子の名忘らるる

○   いつも見て乗らぬ列車や天の川

○   小鳥来るしづかに本の山崩れ

○   虫止んで声のまぼろし残りけり  

○   もうゐない先刻さつきのわたし流れ星

○   少年の躰よく寝る神の留守

○   その地名読めぬまま書く賀状かな

○   春昼の闇仕舞ひおく納戸かな

○   人間は神の過ち亀鳴けり

○   朧夜の人影となりひと歩む

○   古本に細き傍線春の雨

○   胸鰭のありし辺りに春愁

○   あをぞらへ首の冷たき桜かな

○   黴の世に逢ひて別れて人古ぶ

○   ものみなに影戻りくる今朝の秋

○   煮凝に透けて遥かな夕灯かり

○   雪が降る少女の中の少年に

○   母をらぬ日や綾取は紐のまま

「近江瞬第一歌集『飛び散れ、水たち』」を捲る

○  生きられれば良かった日々も七年が過ぎれば全教室にエアコン

○  避難路の整備のために立ち退いた寿司屋が廃業する八年目

○  「話を聞いて」と姪を失ったおばあさんに泣きつかれ聞く 記事にはならない

○  悲しみを忘れる儀式 アイロンをかけつつ人は正座などして

○  上書き保存を繰り返してはその度に記事の事実が変わる気がする

○  あの時は東京で学生をしていましたと言えば突然遠ざけられて

○  僕だけが目を開けている黙祷の一分間で写す寒空

○  かごのなか収集車を待つ瓶たちの粉々になるほうの透明

○  塩害で咲かない土地に無差別な支援が植えて枯らした花々

○  途切れつつ防潮堤は横たわる現場の作業員は足りない

○  飲み込んだ海の一部を返すとき魂のごと糸引く唾液

○  必要というのはせっかく復興庁の予算を充てられるからということ

○  母親を津波で亡くした男性の支援の女性と結ばれて二年

○  立入りを禁止されてる屋上に上あがれば広がる空も同罪

○  三月十二日の午後二時四十六分に合わせて一人目を閉じている

○  ネジCが別の説明書の中でネジEとして使われている

○  売れているタンスを目立つ場所に置く売れているタンスが売れていく

○  クレームをアフターと言い換えている 貧乏ゆすりに気づいて止める

○  社員への打診があった片岡さんがそれから三ヶ月後に辞めた

○  どこまでを社員でいよう送別会終わりの駅で手を振りながら

○  退職後五日が過ぎたフロア内を客でも店員でもなく歩く

○  狭き空を飛行機雲が真四角に切り抜いて開く雨の入口

○  晩夏にブルーシートを掲げれば無数の光に変わりゆく傷

○  雨の降り始めた街にひらきだす傘の数だけあるスピンオフ

○  水風船ふくらんでゆく半分は蛇口のこぼす夏の吐息に

○  靴底に溜まった砂場の砂を捨て「あっ」とつかむ夏のひとかけ

○  句読点の付け足されゆく校正の各所で開く赤い雨傘

○  何度でも夏は眩しい僕たちのすべてが書き出しの一行目

○  僕たちは世界を盗み合うように互いの眼鏡をかけて笑った

○  僕たちはまだ行き先すらも決められず丁字路にながくブレーキを踏む

○  てっぺんにたどり付けない服たちが落ち続けているコインランドリー

○  標識の行き先がみな未来だと突きつけられている帰り道

○  容器ではなくて剥がした蓋につくヨーグルトに似て、教室に僕

○  内側に未来を抱いてトイレットペーパーその芯だけは空白

○  黄昏に盗まれてゆく教室で君から充電コードを借りる

○  みずうみの波の始点となるような声にならない君の耳打ち

○  何歩目のグリコでしたか少年が大人の顔をし始めたのは

○  ビー玉がラムネの瓶に閉じ込めたひかりの味がちょっとだけする

○  まだ割れることを知らない空中の瓶だよ僕らの今は例えば

○  水風船の割れていくとき弾け飛ぶ記憶みたいにくしゃみするなよ

○  友達とケンカした日に握ってた鉄棒の錆のこげ茶のにおい

○  それはもうほとんどたましい たったふたつの雪見だいふく君と分ければ

○  ここからが二丁目ねって県境をまたぐくらいのよろこび方で

○  開けっ放しのペットボトルを投げ渡し飛び散れたてがみのように水たち

○  歩行者を数えるバイトの青年が僕をぴったり一人とみなす

○  「ねえ、虹だ」くらいに鮮明なことにしか僕らは指をさせないでいる

○  言いたくも聞きたくもなき「さようなら」を告げるその君の声になりたい

○  ふと君が僕の名前を呼ぶときに吸う息も風のひとつと思う

○  まとめるのうまいですねと褒められてまとめてしまってごめんと思う

○  愛想笑いだったと気付く口角をゆっくり元に戻していれば

○  何度でも夏は眩しい僕たちのすべてが書き出しの一行目

○  ベランダで黒板消しを叩いてる君が風にも色を付けつつ

○  まだ割れることを知らない空中の瓶だよ僕らの今は例えば

○  「トラ」と名付けた野良猫も三代目となってほとんど黒猫になっている

○  ラムネの瓶に閉じ込められたビー玉は眠る円周率の無限と

○  夜の道に走り続ける高速の僕らはひかり 抗うほうの

○  色混じる事なく掛かる虹見れば分かり合えない事の嬉しさ

○  うん、好きさ、洗濯ばさみの真ん中にある針金に誓ってもいい

○  たぶん君に会いたいんだろう小説のまた同じ行ばかり読んでて

○  チューニング狂ったピアノの鍵盤を叩けば安心して揺れる星

○  ため込んだ悲しみ不良少年のバイクが「タラレバタラレバ」と鳴く

○  かどっこの欠けた氷が手のひらに溶けて無音を飲み込んでいく

○  万華鏡放り投げればその中の誰のものでもない美しさ

○  三色の風 永遠の春となる床屋のサインポールを染めて

○  エンドロール終えて明るむ劇場で僕らは僕らの話をしてた

○  閉じかけた扉に指を差し込めば優しい自動ドアの甘噛み

○  雪原に鳥が残した足跡の行き先と逆向きの矢印

○  化粧品売場に足を踏み入れるキスになるたくさんの赤色

○  私からわたしを引けばおそらくはあなたに近いかたちが残る

○  軽トラの荷台に転がる人参のいびつさ 何度も許されてきた

○  朝靄に信号の赤は滞空の長い小さな陽のフリをする

○  結局は空が広いということを明らかにするだけのビル群

○  傘を出て投函口に着くまでの雨粒にひどく膨らむ宛名

○  雨の降り始めた街にひらきだす傘の数だけあるスピンオフ

○  まだ割れることを知らない空中の瓶だよ僕らの今は例えば

○  火加減を確かめる君の両の眼に濡れた炎が揺れてやまない

○  雨の降り始めた街にひらきだす傘の数だけあるスピンオフ

○  君の声思い出してるリスニングテストの問いと問いのあいだに

○  小雨とは言えない雨で県警の一斉捜査中止と決まる

「荻原裕幸第六歌集『リリカル・アンドロイド』 」を読む

○  内閣の支持率くだるよりもややゆるやかな暮の坂をふたりは

○  元日すでに薄埃あるテーブルのひかりしづかにこれからを問ふ

○  優先順位がたがひに二番であるやうな間柄にて梅を見にゆく

○  梅の匂ひにまぎれながらも端的に弱みを衝いてくるこのひとは

○  さくらからさくらをひいた華やかな空白があるさくらのあとに

○  桜の底はなぜこんなにも明るくて入ると二度と出て行けぬのか

○  火はひとり炎はふたりふりしきる花びらをてのひらにあつめて

○  菜の花はひかりもみづも奪ふのでできるだけ遠くに挿しなさい

○  さつきまで見たこともない姿してゐていま急にすみれにもどる

○  この世から少し外れた場所として午前三時のベランダがある
  
○  見ることのできない場所に降りつもる雪のしづかな白さに眠る

○  花カンナのこゑ聴くやうに少し身をかがめて母のこゑ聴く妻は

○  生きてゐるかぎり誰かの死を聞くと枇杷のあかりの下にて思ふ

○  秋のはじめの妻はわたしの目をのぞく闇を見るのと同じ目をして

○  この夏は二度も触れたがそのありかもかたちも知らぬ妻の逆鱗

○  空が晴れても妻が晴れないひるさがり紫陽花も私もずぶ濡れで

○  本を閉ぢるときの淋しき音がしてそれ以後音のしない妻の部屋

○  黒ぶだうの黒さを剥いてふかしぎなにごりを口にする朝の妻

○  妻のゆめから漏れてゐる音なのか新涼のあかつきにかすかな

○  妻でない女性と歩いてゆくやうに夕日の橋をいま妻とゆく

○  句点やたらに少なきてがみ悲しみが隙間に入りこまないための

○  そこに貴方がここに私がゐることを冬のはじめのひかりと思ふ

○  映画なかばのあれが本心だつたのか淡くあかるい嗚咽のやうな

○  地図で見ればみどりに映える一帯を来てどこまでもつづく暗がり

○  使ひ切つた乾電池にて動きだすふたりの夜のやはらかな羽根

○  排卵というか在卵の日がわからないふたりで春の夕焼けを見る

○  妖精などの類ではないかひとりだけ息が見えない寒のバス停

○  こむばんわぁと聞こえたのだが雨の中どの木蓮の声だつたのか

○  ここはしづかな夏の外側てのひらに小鳥をのせるやうな頬杖

○  皿にときどき蓮華があたる炒飯をふたりで崩すこの音が冬

○  からだの端を雲に結んであるやうな歩き方して夏日のふたり

○  生きることの反対は死ぬことぢやない休むこと夕焼の向うへ

○  わたくしの犬の部分がざわめいて春のそこかしこを嚙みまくる
  
○  いまだひとつの政党を支持することのなくてひかりの黄落を踏む

○  わたし以外の誰かであつた一日を終へて誰かの消える青梅雨

○  むすばれるとむしばまれるの境界はどこなのか蟬の声を見あげる

○  来てゐないだけで動かせない未来なのかひぐれに花の種蒔く

○  自分ひとりで探し出せない秋からの出口のやうにあなたが笑ふ

○  咲きさかる花火のあとの暗がりに残つて祖母の霊の手をひく

○  街にあふれるしろさるすべり忙しない日々に救はれながら私は

○  数年後の秋のはじめのひだまりに来てゐるやうな足音がする

○  まだ誰もゐないテーブルこの世から少しはみ出して秋刀魚が並ぶ

○  誰でもないひとから私になつてゆくけだるき朝が来て花は葉に
  
○  立春のひびきに揺れて買ひにゆく牛乳の白きひかりその他を
    
○  盗んでもよいものとして揺れてゐたあきかぜに石榴も心臓も

○  たまに夢でつながる人の部屋に来てけふはしづかに秋茄子を煮る

○  蕪と無が似てゐることのかなしみももろとも煮えてゆく冬の音

○  他意のないしぐさに他意がめざめゆく不安な冬の淵にてふたり

○  喪主と死者のやうにひとりが饒舌でひとりが沈黙して寒の雨

○  昼過ぎになるまでそして昼顔になるまで妻が泣いてゐたこと

○  うたた寝のうらがはにゐて苦悶する別のあなたを見つめ続けた

○  辻くんと来てるんだよと誘はれるその辻くんの春を見にゆく

○  長いメールの腰のあたりに絶妙な感じで枇杷が語られて、泣く

○  追伸のやうな夕日がさつきまであなたが凭れてゐた椅子の背に

○  牛乳パックのしろきくらがりきりひらく耳はさびしき音に悦ぶ

○  式場を出て気疲れの首かたむけて本音のやうな骨の音を聴く

○  嫌なだけだと認めずそれを間違ひと言ふ人がゐて春の区役所

○  春が軋んでどうしようもないゆふぐれを逃れて平和園の炒飯

○  きみはもう火事ではなくて拇印でもなくてしづかな紫陽花の径

○  棚や椅子や把手のねぢを締めながら白露わたしのゆるみに気づく

○  嫌だなあとやけに泡だつこゑが出て自らそれが嘘だと気づく

○  香車の駒のうらは杏としるされてこの夕暮をくりかへし鳴る

○  同じ本なのに二度目はテキストが花野のやうに淋しく晴れる

○  これ空調これ螢光灯これテレビこれ不明押すと何が起きるか

○  ゐねむりのあひだに何か起きてゐた気配のしんと沁みるリビング

○  壁のなかにときどき誰かの気配あれど逢ふこともなく六月終る

○  秋の字の書き順がちがふちがひつつ同じ字となる秋をふたりは

○  天袋から箱降ろすとき箱が鳴く怪しげに鳴くあけずに戻す

○  夏めいた午後をしづかに座礁してことばの船が入江を抜けず

○  貘になつた夢から覚めてあのひとの夢の舌ざはりがのこる春

○  不足なのか大食ひなのかわからぬが食べ残しなき貘がゐて冬

○  雪のベランダには齧られてゐた夢のかけらと貘の足跡がある

○  あでやかなゆめのかけらを貘からの歳暮のやうに残して朝は

今週の「朝日俳壇」より(2020/7/26掲載)    両の手で掬つて余る白い花タイサンボクに祈るミシシッピの民!

     稲畑汀子選

○   森の香は蝦夷春蟬の止みてより  (米子市)中村襄介

 首席及び高山選の三席。
 「蝦夷春蟬の鳴く声が止むと、辺り一面が森の香に包まれる。夏の到来のひとこまが見事に描けた」との稲畑汀子氏の寸評は、「蝦夷春蟬の鳴く声が止む(恐らくは、夕方)と、辺り一面に森の香に包まれる」と、両者の交代する時間帯に着目しているのに対して、「エゾハルゼミが鳴く時期が過ぎる頃、森の香がいよいよ濃くなる、というのだ」、とのの高山れおな氏の寸評は、両者の交代する季節に着目しているのであり、両者の言い分には大きな違いがある。
 私・鳥羽散歩の判断するところでは、高山れおな氏の寸評は誤読に基いたものであり、夏が到来する頃の一日の時間帯の中で、聴覚的に夏の到来の趣きを楽しんでいる作者と、臭覚的に夏の到来の趣きを楽しんでいる作者とが居る事を読み取った、選者・稲畑汀子氏の寸評に軍配を上げざるを得ません。
 選者・高山れおな氏の勉強不足が惜しまれる場面である。
     森の香は蝦夷春蟬の止みてよりコロナ明けたら山陰旅行


○  両の手ですくふ泰山木の花  (本巣市)清水宏晏

 五席。
 「タイサンボクはアメリカ合衆国南部を象徴する花木とされ、ミシシッピ州とルイジアナ州の州花に指定されている。ミシシッピ州は、州内にタイサンボクが多いことから、タイサンボクの州 (Magnolia State) という愛称がある」との事であり、「泰山木の花」は、大人の両手で掬う程の大きさである。
     両の手で掬つて余る白い花タイサンボクに祈るミシシッピの民!
       

○  五月晴れ胸中どこか晴れぬかな  (浜田市)田中由紀子

 七席。
 島根県浜田市にお住いの掲句の作者・田中由紀子さんの仰せの如く、今年の五月は、とこか晴っとしませんでしたね!
 その原因は、我が家の箪笥貯金が目減りした所為なのか、我が国の財政が破綻の危機を迎えた所為なのかは、定かではありませんが、新型コロナウイルス禍だとか自公連立安倍政権禍だとかから、一日も早く巣離れして、晴っとした気持ちで、私に残された少ない日々を送りたいものです!
     梅雨の日に晴っとせぬのは当たり前!梅雨が明けても晴っとしない!


○  我が余生如何に生きるか星今宵  (明石市)三島正夫

 末席。
 「To be, or not to be: that is the question.」とは、「シェークスピアの悲劇『ハムレット』の中のハムレットの独白であり、進退を決めかねて、思い悩むときの言葉」とあるとか!
 兵庫県明石市にお住いの掲句の作者・三島正夫さんも亦、件のハムレットの如く、進退を決めかねて、悩んで居られるのでありましょうか!
     余生とは言わばグリコのおまけです!死ぬも生きるもどうぞ勝手に!

今週の「朝日俳壇」より(2020/7/26掲載)  桝に入れ一升二升と数えれば切なくなんか無いサクランボ!    「+1メッセージ〜TOKYO2020」!沢山の方々に届かない!


     長谷川櫂選

○   寂として新国立競技場 虹  (東京都)吉竹純

 首席。
 「オリンピックはともかく、新スタジアムは惜しい。隈研吾作」とは、選者・長谷川櫂氏の寸評である。
 それはそうかも知れませんが、去る七月二十三日(スポーツの日)に行われた「東京オリンピック一年前セレモニー」の客寄せパンダとして使われて、新国立競技場の芝生の上に立った、白血病からの復帰を目指す競泳女子の池江璃花子さんの姿は、あまりにも痛々しいものであり、欲の皮の突っ張った政治屋どもに支配されている令和時代の、いわゆる<アスリート>の限界を感じざるを得ませんでした。
     「+1メッセージ〜TOKYO2020」!沢山の方々に届かない!
     虹の橋 国民吾らに届かない!利権塗れの東京五輪!
     内々に中止の報を耳にして安倍も小池も辞めるだろうね


○   ふるさとの瀧たうたうと名を持たず  (大阪市)今井文雄

 次席。
 「水量豊かな滝なのだ。名を持たぬとはなおいい」とは、選者・長谷川櫂氏の寸評であるが、「名を持たぬ」方が「なおいい」などと解ったような事を仰るのは止めといて欲しい!
 長谷川櫂氏作の殆どは、作者が長谷川櫂氏だから、何となく素晴らしいように思われる俳句ばかりではありませんか!
     国民の一人一人に名のあれどその殆どは有名ならず


○   三つづつ数へて分けるさくらんぼ  (今治市)横田青天子

 三席。
 「宝石のようなさくらんぽ。<三つづつ>が切ない」とは、選者・長谷川櫂氏の寸評であるが、然らば、幾つづつ数えて分けたならば切なく無いのでありましょうか?
     桝に入れ一升二升と数えれば切なくなんか無いサクランボ
     形佳く色付きも佳きサクランボ箱に並べて三越で売る
     果柄なく色付き悪きサクランボ出荷できねば豚の餌とす


○  白地着て姿なきかに座しゐたり  (別府市)梅木兜士彌

 六席。
 「白地」の浴衣なんか着て、庭に面した縁側に座っていたりすると、どんなに爺々むさい田舎親爺でも、何となく恰好が付きますが、それは、白地姿は、着ている者の姿を無色彩化するも効果もあるからなのである。
     喜多さんと無量壽院の境内を散策したき高松の秋
     上京の無量壽院の界隈を浴衣姿で歩いてみたい


○  白玉やあしたがあれば心太  (岐阜市)阿部恭久

 末席。
 「たしかに一寸先は闇」とは、選者・長谷川櫂氏の寸評である。 
     白玉はよく出て来るが緑玉・黄玉は出ないガラガラポーン 
     白玉は飴玉一個大人にはポリ袋入りポケットテッシュ

今週の「朝日俳壇」より(2020/7/26掲載)  清張が怨念込めて著した推理小説『陸行水行』   産みの母、育ての母に義理の母!三人なので三倍泣けます!    遠江引佐細江の水濁り鮎も鰻も獲れなくなつた


     高山れおな選

○   家捨つる母の日傘に手を引かれ  (川越市)益子さとし

 次席。
 三益愛子主演の大映の母物映画kの一場面を思わせる一句である。
      母の差す日傘に隠れ村を出た藤田まことの三十年後
      産みの母、育ての母に義理の母!三人なので三倍泣けます!


○   海の日もスポーツの日も畳の上  (富士市)村松敦視

 四席。
 「畳の上の水連」という諺は在りますが、「畳の上のサッカー」、「畳の上のレスリング」、「畳の上の三段跳び」、「畳の上のセーリング」といった諺は在りません。
      七月の二十三日は海の日で二十四日はスポーツの日だ
      翌日は土曜日でその翌日は日曜日だから四連休だ


○   若冲の鶏梅雨明けのときを告げ  (川越市)横山由紀子

 七席。
 『群鶏図』は、三の丸尚蔵館蔵に収蔵されている、伊藤若冲が描いた全三十幅の襖絵『動植綵絵』の裡の一幅であるが、この極彩色の屏風絵の中には、十三羽の鶏が描かれていて、それらの十三羽は、孰れも鶏冠を持つ雄鶏であり、けたたましい声を上げて一斉に鬨を告げている感じである。
 掲句は、件の『群鶏図』に題材を得たものであり、あまりにも長過ぎる今年の梅雨が、一刻も早く明けて欲しいとの作者の思いが託された一句でありましょう。
 でもね、横山由紀子さんよ!
 いくら何でも、絵に描いた鶏が鬨を告げるわけはありませんよ!
 それに、貴女がお住いの埼玉県を含む北関東地方の梅雨明けはまだまだ先の事ですよ!
      川越の梅雨明けはまだ先のこと留意されたしコロナ感染


○   水行陸行卑弥呼に会ひし夏の夢  (武蔵野市)川島隆慶

 八席。
 松本清張作に『陸行水行』在り!
 その粗筋の一端を示すと、「東京の大学で歴史科の講師をしている私は、<宇佐の研究>のため安心院の妻垣神社へやって来る。そこで出会った愛媛県の村役場の浜中浩三という人物と名刺を交換する。浜中は古代史を研究していて、邪馬台国についての持論を展開し、不弥国の遺跡であるとして豊前四日市洞窟史蹟へ私を案内する。浜中説の邪馬台国への道程は次の通り。末慮国(佐賀県呼子)から東南500里で伊都国(福岡県朝倉)、東南100里で奴国(大分県豊後森)、東100里で不弥国(大分県安心院)。不弥国から南水行二十日で投馬国(大分県臼杵)、さらに南水行十日で 宮崎県佐土原辺りに上陸し、陸行一月で宮崎県と鹿児島県の中間にある邪馬台国へ。浜中と安心院で出会ってから半年位して、邪馬台国に興味を持っているという兵庫県の未知の人から私へ手紙が届く。『浜中浩三氏から私の名刺を見せられ、邪馬台国の論文を掲載する費用として2万円を支払った。その後、論文の原稿を浜中氏に送ったが何の返事もなく、村役場へ問い合わせたところ浜中氏は行方不明とのこと、浜中氏について何かご存知ありませんか』という趣旨だった。岡山県や鳥取県からも同様の内容の手紙が届いた。その後、大分県から手紙が届く。『醤油屋をしている主人が浜中浩三さんという人と邪馬台国を調べに行くと出て行ってから1ヶ月半がすぎた。警察へは捜索願を出すつもりだが、浜中さんがどのような人物なのかお返事をいただきたい』という内容だった。そして、しばらくして、醤油屋の妻から 『主人と浜中さんの死体が国東半島の富来に漂着した』という手紙が届く」といったものであり、<邪馬台国論争>に題材を得た、推理短編小説である。
 掲句は、松本清張作の件の推理小説『陸行水行』に取材した一句でありましょう。
     清張が怨念込めて著した推理小説『陸行水行』
     実質は自叙伝なのかも知れません松本清張『水行陸行』


○   雲の峰引佐細江に潮満ちて  (大阪市)森田幸夫

 九席。
 作中の「引佐細江」とは、「通称<奥浜名湖>。静岡県南西部、浜名湖北東部の支湾。都田川が注ぎ風景絶佳で知られる歌枕の地である」!
 「万葉集巻十四」所収の「遠江伊奈佐保曾江の澪標あれを頼めてあさましものを」という、詠み人知らずの譬喩歌は、この歌枕の地を序詞として用いたものである。
      遠江引佐細江の水濁り鮎も鰻も獲れなくなつた
      遠江引佐細江の澪標身を尽くしても君に恋する

今週の「朝日俳壇」より(2020/7/26掲載)

     大串章選

○   季語のなきマスクとなりて梅雨に入る  (東京都)青木千禾子

 首席。
 「マスクは従来冬の季語だが、今年は梅雨になっても多くの人がマイクをしている」とは、選者・大串章氏の寸評である。
      本来は冬の季語とて用いるが梅雨が明けてもマスクを掛ける


○   母の日のおまけのやうな父の日よ  (埼玉県皆野町)宮城和歌夫

  三席。
 「なるほど、そんな感じがする(笑い)」とは、選者・大串章氏の寸評であるが、「父の日」が「母の日のおまけのやうな」存在である事は、男性ならば誰もが感じていることでありましょう。
      もともとはグリコのおまけのようなもの貴景勝の陥落必至


○   古希過ぎて昭和を齧る甜瓜  (青森市)天童光宏

 六席。
 フリー百科事典『ウィキペディア』の記するところに拠ると、「甜瓜」とは、「ウリ科キュウリ属のつる性一年草、雌雄同株の植物[1]。メロンの一変種で果実は食用する。南アジア原産。季語は夏。日本では西洋メロンの導入以前より多数の農家で生産されて来た、安価な庶民のメロンである」との事でありますが、こうした解説は、件の「安価な庶民のメロン」であるはずの「甜瓜」を実際に口に入れたことの無い者の言う戯言であり、腹が空いているからとて口に入れてはみたもの美味しくは無いし、その形が、一升飯を食うくせに碌な働きもしないロクデナシ男(あんじゅう)の何かにそっくりであるということで、秋田県内では「あんじゅう瓜」と呼ばれていて、盂蘭盆の供え物にする以外には、全く使い道の無い代物なのである。
      古希過ぎて未だ昭和に未練持つ能無し男が食うあんじゅう瓜

今週の「朝日俳壇」より(2020/7/19掲載)

     高山れおな選

〇   紫陽花のふと獣めく闇夜かな  (伊勢崎市)小暮駿一郎

 首席。
 「大きな塊で咲く紫陽花ならではの感じ方だ」とは、選者・高山れおな氏の寸評であるが、闇夜は、私たち人間に紫陽花を猛獣にも珍獣にもして見せるのでありましょう。

     紫陽花や隣の謡杜若  野村喜舟
     紫陽花や藪を小庭の別座敷  松尾芭蕉
     紫陽花や二階の低き美人局  仁平勝
     北陸は紫陽花多く海黝し  佐藤春夫
     紫陽花や古戸十枚戸袋に  野村喜舟
     花二つ紫陽花青き月夜かな  泉鏡花
     鬱々と紫陽花の雨滴らず  林原耒井
     紫陽花や筧に口をそゝぐ尼  寺田寅彦
     紫陽花に八月の山高からず  飯田蛇笏
     紫陽花に夏痩人の足袋白し  西島麥南
     紫陽花の醸せる暗さよりの雨  桂信子
     棺出てゆく紫陽花の花明り  満田春日
     万緑の一紺として四葩冴ゆ  石塚友二
     七曜の雨なきは憂し七変化  西川良子
     あぢさゐや夫は逝きても雨男  堀恭子
     病棟は暗き窓もつ濃紫陽花  山田弘子
     あぢさゐに喪屋の灯うつるなり  加藤暁台
     群嶺群雲紫陽花の季なりけり  飯田龍太
     乳母車紫陽花の毬いくつ過ぎ  行方克巳
     芯くらき紫陽花母へ文書かむ  寺山修司
     紫陽花の暗き蔭より糸とんぼ  遠藤梧逸
     大仏の供華鎌倉の濃紫陽花  百合山羽公
     あぢさゐの下より洋館をのぞく  皆吉司
     紫陽花やアベノマスクの薄汚れ  鳥羽散歩


〇   夜濯のマスクを星に吊しけり  (千葉市)相馬晃一

 三席。
 「面白くもない夜濯が美しい詩に」とは、選者・高山れおな氏の寸評であるが、斯かる文言で以て、掲句の魅力を述べ尽せるとは、到底思われません。
 掲句の作者・相馬晃一さんは、風呂上りに見上げた星空の美しさを述べようとしたのであり、「マスク」はアベノマスクに因んでの遊び、言葉遊びに過ぎません。
       夜濯ぎのアベノマスクの垢落ちず


〇   国蝶の紫冴ゆる梅雨櫟  (東京都)大谷健

 四席。
 「国蝶」とは、「国を象徴する蝶」を指して謂うのであり、我が国の国鳥は「日本昆虫学会」が選定した「オオムラサキ」である。
 掲句は、「欅に飛来するオオムラサキの紫色が梅雨の雨に洗われて一段と紫色が鮮やかなものになった」との意を述べようとしたのでありましょうか?



〇  夢のような夢をみたぞと麦こがし  (岸和田市)大内由紀夫

 五席。
 「夢のような夢」とは、二度と帰らぬ少年時代の夢であり、その夢の中で、掲句の作者の大内由紀夫さんは、今は亡き母の手造りの「麦こがし」を食べていたのでありましょうか



〇   カルピスを濃いめに入れて鷗外忌  (あきる野市)松宮明香

 六席。
 「濃い目に入れたカルピス」は、古武士的な風貌の中に何処かハイカラなイメージをも併せ持っている森鷗外に相応しい。


   
〇   からすびしやく夕日の舟でゆく墓参  (川崎市)沼田廣美

 八席。
 「夕日」を浴びながら川舟に乗って行く「墓参」!
 かつての川崎市内の多摩川には「菅の渡し・下菅の渡し・上布田の渡し・中ノ島の渡し・登戸の渡し・宇奈根の渡し・二子の渡し・野毛の渡し・瀬田の渡し・等々力の渡し・宮内の渡し・丸子の渡し・平間の渡し・下丸子の渡し・矢口の渡し・古市場の渡し・小向の渡し・六郷の渡し・大師の渡し・羽田の渡し・六左衛門の渡し」等など、数多くの渡し場が在り、現在の川崎市側から現在の東京都側へと渡る事が出来たのでありますから、川岸や川原にに生えている「からすびしゃく」を目にしながら川舟に乗って墓参りをする事もあったに違いありません。
 盂蘭盆の墓参りという習慣が生きていた古き良き時代、昭和の夏を偲ばせる佳作である。

     鼻紙に山蟻払ふ墓参哉  泉鏡花
     鬼貫の墓へ参らん志  高濱年尾
     墓詣樒商ふ小寺かな  伊東牛歩
     長子我長子伴ひ墓詣  福田蓼汀
     先立ちし妻を叱るや墓参  森澄雄
     掃苔の三人の子の皆女  高野素十
     花の雨三十万の墓洗ふ  影島智子
     額づけば我が影も亦墓参  湯川雅
     荒塩と酒もて洗ふ父の墓  下田稔
     三浦には九十三騎や墓参り  河合乙州
     家はみな杖に白髪の墓参り  松尾芭蕉
     島人ら夜を楽しむ墓参り  森田峠
     溝川に花篩ひけり墓詣  芝不器男
     黄帷子夕日の中や墓詣  滝井孝作
     掃苔や十三代は盲なる  安積素顔
     花筒に水満つる音墓参/県越二郎
     鶯のちかづく母の墓洗ふ/松村蒼石
     墓参り父の寄進の石階を/亀井糸游
     新しき靴は疲れて墓詣  青葉三角草
     墓洗ふ生涯母の声知らず  野瀬久嘉
     馬遠し藻で陰洗う幼な妻  金子兜太
     颱風の打つ面伏せて墓洗ふ  及川貞
     一身を遊ばせながら墓参り  斎藤玄
     大旱の掃苔水を惜むなく  亀井糸游
     墓参我拝むゆゑ子も拝む  和田敏子
     追憶の一齣苦し墓洗ふ  服部喜久子
     墓洗ふ島の乏しき水使ひ  前田白露
     先哲の墓に詣るや夏帽子  前田普羅
     墓参先人に慚づる事多し  桜井芳水
     仕合せはこの世の話墓参  星野立子
     秋風裡墓洗ふごと牛磨く  宮坂静生
     墓洗ふ女はなやぐ西日中  杉山岳陽
     墓参道草食うて帰りけり  寺田寅彦
     花とつて臘白の頬や墓詣  飯田蛇笏
     墓洗ふ露の鶏頭応へをり  小林康治
     墓にかけ余りし水で顔洗う  上月章
     小説の末の末なる墓参り  京極杞陽
     島人の手に~鎌や墓参  井上兎径子
     掃苔の埃あげたる箒かな 西島麦南
     どこの蚊が最も痛き墓詣  高浜虚子
     その道の人か利休の墓洗ふ  森田峠
     幼弟妹行方不明の墓参り  京極杞陽
     父の貌知らず掃苔四十年  森田薊村
     思出の土橋今なく墓参道  松尾緑富
     生身より熱き肌の墓洗ふ  鷹羽狩行
     旅鞄駅に預けて墓参かな  阿部一甫
     弟はジヤバより皈り墓詣  萩原麦草
     女ばかり参る墓あり秋彼岸  坂井建
     椋鳥を仰ぎ墓参の二家族  藤田湘子
     椎の露の朝の気清し墓参  西山泊雲
     水溜めて虚子てふ文字墓参  小澤實
     掃苔や遠き先祖は別の寺  高木峡川
     掃苔や近道をして母来る  野村泊月
     浦安や子供が洗ふ夜の墓  細川加賀
     父母ら行方不明の墓参り  京極杞陽
     香煙の蚊をも払ひぬ墓詣  皆吉爽雨
     掃苔や相かへり見て兄弟  高濱年尾
     蟹穴を佛の通る詣り墓  八牧美喜子
     畦豆の花咲く時の墓参り  細見綾子
     掃苔や明治移民の無縁墓  貝原秋峯
     法名の無き青邨の墓洗ふ  小島左京
     空ふかく草の青汁墓参父子  上村占
     立志伝なき一族の墓参り  吉田健一
     青空に消ゆる頭痛や墓参  野村喜舟
     掃苔やお天道さまと山嫗  宮坂静生
     墓洗ふ肩に囁く彼岸西風  巌谷小波
     掃苔の桶も帚も沙羅の雨  木田一杉
     衣鉢継ぐ心ひそかに墓参  添田紫水
     人々の昼餉どきなり墓詣  波多野爽波
     墓参りひと雨過ぎし草匂ふ  山田弘子
     墓参り指さき熱き石の文字  大谷美入
     元禄の人の墓にも詣りけり  松藤夏山
     墓洗ふ夫と通ひし道を来て  石川栄枝
     松の塵をりをり落つれ墓詣  芝不器男
     芽山椒の舌刺す一茶の墓詣  野澤節子
     夾竹桃花無き墓を洗ふなり  石田波郷
     墓参途中線路を渡りけり  佐々木六戈
     遠雷や墓参のための海渡る  対馬康子 

今週の「朝日俳壇」より(2020/7/19掲載)

     長谷川櫂選

〇   釣れなくてバケツいつぱい月見草  (千葉県一宮町)笠井道子

 三席。
 「筆の達者な絵。<釣れなくて>がおかしい」とは、選者・長谷川櫂氏の達者とは言えない寸評である。
      もう少し足を伸ばして鯛の浦漕ぎ出す舟なら入れ食ひならむ


〇   射干の平面つひに立体へ  (昭島市)奥山公子

 四席。
 作中の「射干」は草花の<シャガ>にあらずして<ひおうぎ・檜扇>であり、開けば「平面」を成すが、閉じれば「立体」を成すのである。
      悪魔ちやん命名騒動あつた頃いまだ知名度ひくい昭島


〇   プールなど通ひて命惜しみけり  (合志市)坂田美代子

 八席。
 ここ数年、プールを設置している学校が漸減傾向にある、と言う。
 そもそもの話をすれば、日本全国の小中高にプールが設置され、体育の授業の一環として、水泳の授業が行われる切っ掛けとなったのは、1955年5月11日に発生した宇高連絡船の紫雲丸沈没事故であった、との事である。
 件の水難事故は、修学旅行中だった小中学生100人を含む168人の命が失われるなどの大災害であったが、その当時は、未だ義務教育の学校で水泳の授業などという気の利いた授業を行って居なかったので、生徒・学童の多くは泳ぐ事が出来ずに溺死したのであり、この水難事故を切っ掛けとして、日本全国の学校にプールが造られて、水泳の授業が推進されるようになったのである。
 熊本県合志市にお住いの掲句の作者・坂田美代子さんが、プール通いをする切っ掛けとなったのは、彼女ご自身が、格別に水難事故に遭遇するであろうと予測しての事では無くて、合志市当局が社会教育の一環として行っている、「健康保持の為の高齢者の水泳教室」に、たまたま暇を持て余して居られたからご参加なさったまでの事でありましょう。
     年寄りの冷や水だから止めなさい!温水だから心配しないで!

 
〇   父の日にはがき百枚感無量  (伊丹市)宮川一樹

 末席。
 「はがき百枚」は、朝日俳壇に十回も入選しなければ貰えませんから、「父の日」のプレゼントとして貰ったならば「感無量」となるのも当然の事でありましょう。
     父の日は六月第三日曜日!今年はたまたま大安だつた!

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