FC2ブログ

詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

「塚本邦雄第二歌集『装飾樂句』」読む

○  暗渠の渦に花揉まれをり識らざればつねに冷えびえと鮮しモスクワ

○  五月祭の汗の青年 病むわれは火のごとき孤獨もちてへだたる

○  愕然と干潟照りをり目つむりてまづしき惡をたくらみゐしが

○  愚かしき夏 われよりも馬車馬が先に麥藁帽子かむりて

○  長子偏愛されをり暑き庭園の地ふかく根の溶けゆくダリア

○  わが飼へる犬が卑しき耳垂れて眠りをり誰からも愛さるるな 
 
○  さわがしき愛恋のすゑ老優がつひに飼ひはじめし眼鏡猿 
 
○  人間に視つめらるれば炎天の縞馬の白き縞よごれたる 
 
○  屠殺場の黒き凍雪 死にあたひするなにものも地上にあらぬ
 
○  錘りつけしごとき睡りの中に恋ひ妬む水の上歩みしイエス 
 
○  飼猫をユダと名づけてその昧き平和の性をすこし愛すも
 
○  イエスの代価銀二十枚われの歯の幾枚か欠けて冬に入るべし 
 
○  水道管埋めし地の創なまなまと続けりわれの部屋の下まで 

○  イエスは三十四にて果てにき乾葡萄嚙みつつ苦くおもふその年齒

○  賣るべきイエスわれにあらねば狐色の毛布にふかく沒して眠る

○  キリストの齡死なずしてあかときを水飲むと此のあはき樂慾

○  われに昏き五月始まる血を賣りて來し靑年に笑みかけられて
 
○  われの戰後の伴侶の一つ陰險に内部にしづくする洋傘も

○  晩夏の屋根にタール塗りしが家ぬちの猜疑かたみに深からしむる

○  赤き旗の背後のなにを信じゐる靑年か瞳に荒野うつして

○  忠魂碑建ちてにはかにさむざむと西日の中の辛子色の町

○  サーカスのかかりしあとに冬草が濃く萌えぬ今年いくさ無かりき

○  原爆忌昏れて空地に干されゐし洋傘が風にころがりまはる

○  ガラス工場ガラスの屑を踏み平し道とす いくさ海彼に熄む日

○  われらすでに平和を言はず眞空管斷れしが暑き下水にうかび

○  爆擊の日もぬるき水吐きゐたる水道に死がしたたり始む

○  いくさなくば飢うるものらに休日の夕迫りつつブリキ色の海

○  愕然と干潟照りをり目つむりてまづしき惡をたくらみゐしが
 
○  死が内部にそだちつつありおもおもと朱欒(うちむらさき)のかがやく晩果

○  漕刑囚(ガレリアン)のはるけき裔か花持てるときもその肩もりあがらせて

○  屋上苑より罌粟の果投げてゐるわれとわが生くる地の昏き斷絕

○  まづしくて薔薇に貝殻蟲がわき時經てほろび去るまでを見き

○  黴びて重きディスクの希臘民謠の和音を愛しつつ零落す

○  ジャン・コクトーに肖たる自轉車乘りが負けある冬の日の競輪終る

○  北を指す流木にして解かれたる十字架のごとふかき創もつ

○  娶りちかき漁夫のこころに暗礁をふかく祕めたる錆色の沖

○  硝子工くちびる荒れて吹く壜に音樂のごとこもれる氣泡

○  羽蟻逐はれて夜の天窓にひしめけり生きゐれば果てに逅ふ鏖(みなごろし)

○  「キージェ中尉」の樂ながれ來て寒天は慾望のごと固まりゆきつ

○  腐敗ちかきレモンに煮湯そそぎつつ親しもよ輕騎兵ジュリアン

○  屋上の獣園より地下酒場まで黒き水道管つらぬけり 

○  道化師と道化師の妻 鐵漿色の向日葵の果をへだてて眠る

○  熱鬧にひるがへる掌よ夜にひるにかがやけるもの喪ひゆけり

○  血紅の魚卵に鹽のきらめける眞夜にして胸に消ゆる裝飾樂句(カデンツア)

○  イエスに肖たる郵便夫來て鮮紅の鞄の口を暗くひらけり

○  アヴェ・マリアの忘れゐし節おもひ出づ死魚浮かびたる午の干潟に

○  湖水あふるるごとき音して隣室の靑年が春夜髪あらひゐる

○  雨季迫る不毛の地にて実となりし罌粟、蒼白の殺意をもてり 
 
○  ひややけき漆黒の夢あふれ出づ若き流刑囚の胸より 
 
○  暗渠はげしく汚水ながせり神父の子なれば劇しきものひたに恋ふ 
 
○  風媒花ひそかに暗き果を胎すしきりに冷ゆる夜の荒地にて 
 
○  晴天に遠き地階の抜け道に少女ゐて錆びし銃器を愛す

○  狷介にして三人の美しき子女有てり 風のなかの翌檜

○  かつて棄てられたる軍靴、春雨の運河の底をうごきつつあり

○  市民らは休戰喇叭以後晴れてにくめり弱き骨牌の王を

○  われに應ふるわれの内部の声昧し乾貝が水吸ひてにほへる

○  水に卵うむ蜉蝣よわれにまだ惡なさむための半生がある

○  三十歳 アレクサンドリア種葡萄黑き一つぶ喰みてあと棄つ

○  つつしみて生きむ或る日を來し少女昏き地に蛇描きて去れり

○  少年發熱して去りしかば初夏の地に昏れてゆく砂繪の麒麟

○  晩夏うちら暗きサーカス 白馬は少年のごと汚れやすくて

○  榮ゆることなく晩年は到らむにこのシグナルの濁る橙黄
スポンサーサイト



「塚本邦雄第一歌集 『水葬物語』」を読む

○  革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ

○  地主らの凍死するころ壜詰の花キャベツが街にはこび去られき

○  騎兵らがかつて目もくれずに過ぎた薔薇苑でその遺児ら密会

○  海の泡、泡に映れるひるの月にやはらかき木のいかりをおろす

○  眼を洗ひいくたびか洗ひ視る葦のもの想ふこともなき莖太き

○  春きざすとて戰ひと戰ひの谷間に覚むる幼な雲雀か

○  館いま華燭のうたげ 凍雪に雪やはらかくふりつもりつつ

○  輸出用蘭花の束を空港へ空港へ乞食夫妻がはこび

○  賠償のかたにもらひし雌・雄の鬪魚をフライパンにころがす

○  園はいま初夏、恋の記憶などつぶつぶ黒き果と熟れゐつつ

○  てのひらの迷路の渦をさまよへるてんたう蠢の背の赤と黒
 
○  元平和論者のまるい寢台に敷く――純毛の元軍艦旗

○  國國の眼にかこまれて繪更紗や模造眞珠をつくる平和を

○  聖母像ばかりならべてある美術館の出口につづく火藥庫

○  萬國旗つくりのねむい饒舌がつなぐ戰(いくさ)と平和と危機と

○  夜会の燈とほく隔ててたそがるる野に黒蝶のゆくしるべせよ
 
○  ある夏の小麥の飢饉、そのやるせなさ唄ふアルト歌手のロマンス

○  黒き旗・旗 はためける荒地より深き睡りを欲りて巷へ

○  黒蝶の翅のかなたに湛へたるや冷やけき喪の湖を信じき

○  墓碑に今、花環はすがれ戰ひをにくみゐしことばすべて微けく

○  いくさには用途絶無なキュラサオの壜に貼る黒いうつしゑの裸婦

○  湖の夜明け、ピアノに水死者のゆびほぐれおちならすレクイエム

○  裸婦ら黒き絹をまとひて去りしのち窪地の邑(まち)をひたしくる潮

○  肉を買ふ金てのひらにわたる夜の運河にひらき黒き花・花

○  しかもなほ雨、ひとらみな十字架をうつしづかなる釘音きけり

○  男は身をひさぐすべなし若萌えの野に黒き椅子一つころがり

○  禁獵のふれが解かれし鈍色の野に眸ふせる少年と蛾と

○  鍵孔から覗けば黒きてのひらにすきとほりゐる雲雀の卵

○  黴雨空がずりおちてくる マリアらの真紅にひらく十指の上に
 
○  貴族らは夕日を 火夫はひるがほを 少女はひとで恋へり。海にて

○  窓下にむせぶギターラ、ギターラは墓穴に似し黒き洞(あな)もち 

○  赤い旗のひるがへる野に根をおろし下から上へ咲くジギタリス

○  黒檀の扇のかげににくしみと愛のひとみがこもごもに燃え
 
○  炎天の河口にながれくるものを待つ晴朗な偽ハムレット

○  くりかへし翔べぬ天使に読みきかす―白葡萄醋酸製法秘伝
 
○  アルカリの湖底に生れて貝殻はきりきりと死の螺旋に巻かれ
 
○  海底に夜ごとしづかに溶けゐつつあらむ。航空母艦も火夫も

○  円柱のかさなる翳をくぐり来て火口湖に昨夜の死蝶をながす
 
○  廃港は霧ひたひたと流れよるこよひ幾たり目かのオフェリア

○  百合が港に売られある日日、溺死人見物につづくマダムも僧も

○  水死者のゆびにまつはる一枚の荒地の地図にある私娼窟

○  戰爭のたびに砂鐵をしたたらす暗き乳房のために禱るも 

○  ヴァチカンの少女らきたりひしめける肉截器械類展示会

○  嘘つきの聖母に会つて賽銭をとりかへすべくカテドラ―ルへ 

○  みづうみに水ありし日の恋唄をまことしやかに弾くギタリスト

○  夜会の燈とほく隔ててたそがるる野に黒蝶のゆくしるべせよ
 
○  乾葡萄のむせるにほひにいらいらと少年は背より抱きしめられぬ

○  かへりこぬ牡の鵞鳥をにくみゐし少女も母となり森は冬
 
○  まだ眠りゐるふくよかなあけがたの湿地で殻をぬぐかたつむり
  
○  割礼の前夜、霧ふる無花果樹の杜で少年同士ほほよせ

○  雪の夜の浴室で愛されてゐた黒いたまごがゆくへふめいに
 
○  象牙のカスタネットに彫りし花文字の マリオ 父の名 ゆくさき知れず

○  牝豹逐ひおひつきし森、樹の洞にとろりと林檎酒醸されゐ
 
○  殺戮の果てし野にとり遺されしオルガンがひとり奏でる雅歌を

○  当方は二十五、銃器ブローカー、秘書求む。―桃色の踵の
 
○  ここを過ぎれば人間の街、野あざみのうるはしき棘ひとみにしるす

○  ひとでらは昔抱きし軍艦のかの黒き腹恋ひつつ今日も 

○  園丁は薔薇の沐浴のすむまでを蝶につきまとはれつつ待てり

 
         著者による「跋」 
 僕たちはかつて、素晴らしく明晰な窓と、爽快な線を有つ、ある殿堂の縮尺図を設計した。それは屡屡書き改められ、附加され、やうやく図の上に、不可視の映像が着着と組みたてられつつあつた。その室・室の鏡には、過剰抒情の曇りも汚点もなく、それぞれの階段は正しく三十一で、然も各階は、韻律の陶酔から正しくめざめ、壁間の飾燈は、批評としての風刺、感傷なき叡智にきらめき、流れてくる音楽は、叙事性の蘇りとロマンへ誘ひとを、美しく語りかける筈であつた。
 僕たちは共同の実験室で、この殿堂のすべての構成要素を、より精密なより健康な方程式により、創造すべく孜孜と営みつづけた。方程式を、僕たちはかりに「方法」とよび、ラボラトリーを「メトード」と名づけた。そのむくいの無い、然し光栄あるいとなみの半ば、一九五〇年五月二十一日、この実験室の創始者は、たぐひ稀な才能をひめて夭折した。畏友 杉原一司 二十五歳。
 この『水葬物語』九聯二百四十五首は、彼が発見した種種の方程式による、僕のまづしい実験の結果の一部にすぎない。しかしこの結晶、可結晶体、化合物が構成した、かの輝かしい「殿堂」の相似形は、過去のさまざまの歪んだ架設物、即ち、模倣と独断のモデルニスム、神秘と霊感とに靠れかかつたリリシスム、神の国にのみ通用した奇怪なユマニスム等等といちじるしく次元を異にして聳え、何人かの眼は、必ずやその内部の知性の燈をひそかに認めるであらうことを信じてゐる。
 たたかひとたたかひの谷間において、この燈が生きるための何を導き出すか、また具体的に、現代の短歌にいくばくを附加し、示唆するかは、僕自身にも全くの疑問ではあるが、僕はやはり、明日も明後日も、そして生命あるかぎり、この営みを誇りをもつて続けると、あらためて茲に誓はう。
 われわれにとつて野望こそは、思考の底辺にあつて、すべてをその上に建設するところの、誠実性であり、生きる努力である <K・S>
       一九五一・五・五 著者

昭和26年8月7日(メトード社)A5版和装(袋綴・四ツ目綴)カバー附116頁
印刷:高柳年雄 製本:池上浩山人 120部印刷(114番本) 頒価500円
本文組:3首/頁(1首2行 20字/行)

「塚本邦雄第四歌集 『水銀傅説』」を読む

○  燻製卵はるけき火事の香にみちて母がわれ生みたること恕す 

○  橘に青銅の果はきざしつつ死後のくにの夏のはじめ 

○  たましひは死にむかひつつカント・フラメンコと赤き海胆を愛せり 

○  二月二人の底に深紅の井戸光りカンパーニュ・プルミエ街の断水 

○  処女らとわれら野にあそびてさむき晴天に烏賊焙れる呪ひ 

○  雉子焙かれつつ昇天のはねひらく 神無き母に二まいのてのひら  

○  乳房その他に溺れてわれら在る夜をすなはち立ちてねむれり馬は 

○  うすぐらき孔子のことばかざりたる父よりのたまごいろの絵葉書 

○  ダリを父として大雪の魚市の箱に睡魔のごとき海鼠ら 
 
○  青年娶らむとして槍投げの槍の穂を頬に当つ 去年の雪いまいづこ 
 
○  あざやかに夜の杜若マルキ・ド・サド選集は父にうばはれしかば 
 
○  母国亡ぶる季節、晩夏の水族館昏れて心霊のごとし水母(は 
 
○  青年期たちまち昏れて蛇屋にはむせびつつ花梗なす夏の蛇 
 
○  ガウディの聖家族(サグラダ・ファミリア)寺院垂るそれよりも乳果食ふ父あはれ 

○  肉叉(フォーク)買ひて掌に重るとき夏の日はたのし青年の四肢の冷肉

○  死するよろこび生くるものらに塩壺の底ふかく昼の砂漠遺す 
 
○  夏の夜のわがわかものの髪けむり火刑とはうすむらさきの罰 
 
○  くちなしの実煮る妹よ鏖殺ののちに来む世のはつなつのため 
 
○  ま冬あかがね色に産院ともりたりあきらかに醒めよ泡なす胎児ら 
 
○  青葉かげわが家を占めてみなごろしの唄うたふ妹のほととぎす 
 
○  詩と死ひとしきわが領域に夏さりて木曜の森火曜の竈
 
○  娶らざりしイエスを切に嘉しつつかなた葎の夭き蝮ら 
 
○  人を悪みて罪愛すれば山中に山火事のあとかぐはしきかな 
 
○  シェパードと駆けつつわれに微笑みし青年に爽やけき凶事あれ 
 
○  一壜の酢に橄欖の果をしづめその死待つ愛の巣の十二月 

○  楽器店甲蟲のごとセロ光りわがこころかすかに欲りす 失明 
 
○  秋ふかきピエタに赤き罅はしりあきらかに屍毒(プトマイン)もつイエス 
 
○  月光の書肆に少女らむらがりて医書探す不吉なるみのりかな 
 
○  愛人の愛遅遅として群青の沓下をその底より編めり 
 
○  きりぎりす鼓膜のかなた迷宮に殺されし胎児らが耳ひらく  

○  父よ汝がいたき愛撫の掌を待ちて柩のなかのわれの舟唄
 
○  不姙明らかなればこの愛ながらへむ紫蘇の実噛めるわが水妖少女(オンディーヌ) 
 
○  死後のごと五月明けつつ街ゆきて窓に緋縅の甲冑見しか 
 
○  スープの皿に針沈みつつゆめわれら知らぬアンダルシアに月照る 

「塚本邦雄第五歌集『緑色研究』」を読む

○  鼠滅ぼしわが家寺院のにほひする数日ののち鉄色の夏 

○  夏至のひかり胸にながれて青年のたとふれば錫のごとき独身 

○  風太郎おごそかに塩かつぎ去り蜩のその日ぐらしのこころ 

○  アヴェ・マリア、人妻まりあ 八月の電柱人のにほひに灼けて 

○  体育館まひる吊輪の二つの眼盲ひて絢爛たる不在あり 

○  金砿貨車かたへ過ぎつつ 喫泉に口づくるわれはかりそめの死者 

○  揚雲雀そのかみ支那に耳斬りの刑ありてこの群青の午

○  まづ脛より青年となる少年の真夏、流水算ひややかに 

○  艱難汝を襤褸となさむ勿忘草色のひとみのわすれがたみよ 

○  医師は安楽死を語れども逆光の自転車屋の宙吊りの自転車 

○  五月来る硝子のかなた森閑と嬰児みなころされたるみどり 

○  出埃及記とや 群青の海さして乳母車うしろむきに走る 

○  其処より明るき生の記憶ぞ父の死につづきカリガリ博士への恋 

○  死にいたるやまひのはじめ壜詰の群れの一つに朱の雲丹充てる 

○  夫婦と犬つめたき葡萄かこみをり あやふくボルジァ家に連なりつ 

○  あたらしき墓立つは家建つよりもはれやかにわがこころの夏至 

○  かみそりのさやのうちなる虹色の殺意、鏡に父と竝びて 

○  釘、蕨、カラーを買ひて屋上にのぼりきたりつ。神はわが櫓  

○  労働を忌みつつ生きしわが上に空梅雨の市電火花散らしつ 

○  夏の塩甘し わが目の日蝕といもうとの半身の月蝕 

○  対位法こそほろびしか 暗紅のふちかがやける結婚通知 

○  いもうとよ髪あらふとき火あぶりのまへのジャンヌの黒きかなしみ 

○  復活祭まづ男の死より始まるといもうとが完膚なきまで粧ふ 

○  薔薇、胎児、欲望その他幽閉しことごとく夜の塀そびえたつ 

○  母よ口あきたまへすずしくなまぐさくヴァチカン宮殿の厨見ゆ  

○  一穂の錐買ひしかばかたへなる一茎のやはらかき妹 

○  ラ・マルセイエーズ心の国歌とし燐寸の横っ腹のかすりきず 

○  少女ふたばよりかんばしくかなかなの唖刺し殺す夏至物語 

○  理髪店まひるとざして縛めし青年の皮剥げる火曜日 

○  雉食へばましてしのばゆ再また娶りあかあかと冬も半裸のピカソ

○  鏡店すぎゆくわれを滅裂にうつし鏡の墓光りかへる

○  水球(ウォーター・ポロ)の青年栗色に潜れり 娶らざりし da Vinch

○  光る針魚頭より食ふ、父めとらざりせばさはやかにわれ莫なし

○  ある日婚姻 わが放ちたるわかものの背の紋章の鷹の羽ちがひ 

○  心に酢満つるゆふべの祝福とわかものが肉充ちし緋のシャツ

「塚本邦雄第六歌集『感幻樂』」を読む

○  褐色の猟銃あをき拳銃とあふ触れて夜の聖・銃器店 
 
○  睡りの中に壮年(さかり)すぎつつはつなつのひかりは豹のごとわれを噛む 
 
○  あまたなる愛の一つをえらびつつ青年の髪の底なる白髪 
 
○  黒硝子なす夜の天の天幕に網膜のあみみはれカナンよ 
 
○  豹 檜 冰室の冰 硝子工 すはだかを最高のよそほひとす  
 
○  歌満ちてうたはぬわれと藁の上に病める牡牛のやさしきおもさ 
 
○  ほほゑみに肖てはるかなれ霜月の火事のなかなるピアノ一台 

○  戀に死すてふ とほき檜のはつ霜にわれらがくちびるの火ぞ冷ゆる

○  おおはるかなる沖には雪のふるものを胡椒こぼれしあかときの皿
 
○  馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ
 
○  さらば若者 わが王国の昼火事のはじめのほのほ新芽のごとし 
 
○  一人の刺客を措きてえらぶべき愛なくば 水の底の椿 
  
○  錐・蠍・旱・雁・掏摸・檻・囮・森・橇・二人・鎖・百合・塵 
 
○  瞋りこそこの世に遺す花としてたてがみに夜の霜ふれるかな 
 
○  帝王のかく閑かなる怒りもて割く新月の香のたちばなを 
 
○  にくむべき詩歌わすれむながつきを五黄の菊のわがこころ踰ゆ 
 
○  レスラーがグレコ・ロマンのほろにがき対位法 月、枇杷色に満つ
 
○  固きカラーに擦れし咽喉輪のくれなゐのさらばとは永久に男の言葉

○  シーツをよぎる青きはたはた夏風邪の家族泡立つごとき眠りに

○  はなびらに孔ふさがれし噴水のわれより奪ふものあらば侮蔑

○  わかものの臀緊れるを抒情詩のきはみにおきて夏あさきかな

○  水上スキーのあかがねの脚はるかなる沖ゆく 牡は牡みごもれよ

○  死は一瞬のめまひに肖つつ夏はやも少女らが亜麻いろの腋の巣

○  噴上げの穂さき疾風に吹きをれて頬うつ しびるるばかりに僕

○  鮮血の赤の他人のわかものと硝子へだてて立つがらす舗(に)

○  わかき父あり時に激してわれを殴つよろこびと夏あをき柘榴と

○  たとへば父の冤罪の眸愛すべし二重封筒のうちの群青

○  恋に死すてふ とほき檜のはつ霜にわれらがくちびるの火ぞ冷ゆる

○  瀕死の扇風機にゆび入れて死なしめつ夏まだきわが就眠儀式

○  いたみもて世界の外に佇つわれと紅き逆睫毛の曼珠沙華

○  青麦に黒麦まじる罰の愛 イエス胸ぬめらかにほろびき

○  霜月の半童貞の腰縊る革帶のカンガルーの人肌
 
○  世界より逸るるばかりををとこらがかなしき肉のほかのゆふすげ

○  乳房ありてこの空間のみだるるにかへらなむいざ楕円積分

     訃報:塚本邦雄さん84歳=前衛短歌の第一人者
 前衛短歌運動を主導した戦後の代表的歌人で元近畿大教授の塚本邦雄さんが9日午後3時54分、呼吸不全のため大阪府守口市の病院で亡くなった。84歳だった。葬儀は13日の予定。自宅は東大阪市南鴻池町。喪主は長男で作家の青史さん。
 滋賀県東近江市生まれ。神崎商業学校卒。商社に就職し、1941年、広島県・呉海軍工廠に動員された。会社勤務の傍ら作歌に取り組み、戦後の47年、「日本歌人」の前川佐美雄に師事。49年には杉原一司と同人誌「メトード」を創刊し、51年の第1歌集「水葬物語」で独自の反写実の方法が注目を浴びた。第2歌集「装飾楽句(カデンツア)」を刊行した56年、大岡信さんとの方法論争で前衛短歌の立場を鮮明にした。
 以後、寺山修司、岡井隆さんらと精力的に前衛短歌運動を展開。代表作「日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも」(58年刊の歌集「日本人霊歌」所収)に見られるように、近代短歌とは異なる自在な韻律と技法を駆使して幻想的な美と情念の世界を開き、「言葉の魔術師」と呼ばれた。古今東西の文芸・芸術をテーマにした評論や小説も発表し、多彩な活動は歌壇の枠を超え日本の文学表現に広く影響を及ぼした。
 「日本人霊歌」で現代歌人協会賞、「不変律」で迢空賞、「魔王」で現代短歌大賞を受賞。他の歌集に「感幻楽」「詩歌変」「黄金律」、最終歌集となった01年の「約翰(ヨハネ)伝偽書」など、評論に「夕暮の諧調」「定型幻視論」「茂吉秀歌」など、小説に「紺青のわかれ」「荊冠伝説」など。「塚本邦雄全集」(全15巻、別巻1)がある。
 85年から歌誌「玲瓏」を主宰。毎日新聞の朝刊に連載したコラム「けさひらく言葉」(81~86年、1面題字下)「塚本邦雄の選歌新唱」(87~91年)は人気を集めた。90年に紫綬褒章を受章。89~99年、近畿大文芸学部教授を務めた。
 2年ほど前からは年3回発行の「玲瓏」に発表する歌が1首にとどまるなど、体調を崩して本格的な作歌・評論活動から遠ざかっていたが、今秋に開催予定の玲瓏20周年記念大会には参加すると楽しみにしていたという。
     ◇独自の言語世界を展開、貫いた「前衛」の気概
 塚本邦雄氏は、戦後歌壇に颯爽と登場、鋭く豊潤な独自の言語世界を展開して、その地位を確立した。商社マンとして生計を立てていた時代もあって、短歌の仕事以外では、ディレッタント(好事家)ないしはアマチュアの趣味人とみなされることが多かった。そのような中央文壇とは距離をおき大阪に定住し、定家から茂吉にいたる精妙な評論をはじめ、小説から俳句、詩、美術評論、シャンソンの研究にまでおよぶ広範なジャンルで「塚本邦雄全集」(15巻・別巻1)にまとめられた、おびただしい著作を生み出した。
 「500人を相手にしていれば十分」としていた氏も、「サンデー毎日」や毎日新聞題字下の長期コラム「けさひらく言葉」で、多数の読者を獲得。新聞の連載にしては難解との非難にも「分かりやすい、くみしやすいものばかりが幅をきかすのは悪い風潮。新聞にも、読者が考え込んでしまうものは要る」と動じなかった。国の国語政策を「無用の干渉」と相手にせず、自らの著作は旧仮名遣いと正字漢字で押し通して譲らなかった。
 物腰やわらかでダンディーな紳士だったが、いったん持論を口にすると、その博覧強記が関西アクセントの速射砲のようにほとばしって、聴く者を圧倒した。大学の教壇に立ってからは、若い世代に、言語感覚の貧しい者ととびきり豊かな者とが、大きな格差で混在していることに驚きながらも、数々のすぐれた才能を発見したことを喜んだ。
 歌壇の巨星として多くの信奉者が集まるようになってからも、前衛としての気概は終生衰えを知らず、晩年の歌にも、自らの内と外を射通すような激しい表現が、しばしば現代社会への痛烈な批判となった。前衛短歌の旗手として、鮮烈絢爛の言葉の光を放ち続けた生涯だった。【客員編集委員・八木亜夫】
     ◇現代短歌に革命をもたらした
 ▽現代歌人協会理事長、篠弘さんの話 現代短歌に革命をもたらした人。これだけ突出した人は100年に1人だろう。斬新な短歌の方法論は、すべての世代に多大な影響を与え、短歌を“時代の詩”に押し上げた。知識の広さ、言葉に対する限りない好奇心は他の追随を許さなかった。晩年に体調を崩されたのは残念だったが、歌人として円熟を拒否した姿勢は見事なものだった。
     ◇文学全体に大きな影響及ぼした
 ▽ 歌人、岡井隆さんの話 戦後短歌史において最も偉大な歌人を失った。短歌界だけでなく文学全体に及ぼした影響は大きい。戦後の第二芸術論で衰弱しかかった歌壇に、斬新で超現実的なモダニズムの手法を大胆に取り入れた。その手法は現在の若い歌人に絶大な影響を及ぼした。寺山修司とともに前衛短歌運動の盟友だっただけに、寂寥感は大きい。
毎日新聞 2005年6月10日 3時00分

     塚本邦雄さん訪問記  短歌朝日編集長・越村隆二
 八月七日は塚本邦雄さんの誕生日です。塚本さんが八十二歳になるこの日、大阪府東大阪市南鴻池町二丁目のご自宅におじゃましました。訪問前、次のような会話が編集部でありました。
 私「誕生日だから手ぶらというわけにもいかないし、先生は何がお好きなんだろう」
 編集部員「甘いものですかね。でも、塚本さんの”いま”は、誰も分からないんですよ」
 私「どんな具合なんだろう。お会いできるのかな?」
 編集部員「ご子息の靑史さんが窓口です」
 塚本宅は、遠くに生駒山が望める住宅地にありました。私の右手には、いろいろ考えた挙句の「メロン」がぶら下げられていました。
 一階は靑史さんの仕事場と居間で、ここで撮影の打ち合わせをしましたが、あいさつがすむかすまないかのうちに、靑史さんが
 「おやじを呼びますよ。二階にいますから」
 これには私もびっくりで、
 「いいんですか。先生は本当に大丈夫なんですか。ご無理はなさらないで下さいよ」
 しばらくして、塚本さんが、靑史さんの奥さまの肩を借りながら、階段を降りてきました。廊下のところで、
 私「先生、お元気そうですね」
 塚本「撮影かね。君、ありがとう。頼むよ」
 塚本さんの、特徴のあるあの広い額はつやつやとしていました。口調もしっかりし、体に張りがありました。
 間もなく塚本さんは二階に戻りましたが、私が驚かされたのは、今年七月七日に行われた東京歌会の評を見せられた時です。いっぱい書き込みがあるうえ、ワープロ特有の書体で打たれた「鸛」をきちんと書き直しているなど、精神の集中が少しも鈍っていないのでした。
 「塚本先生は健在だ」
 帰りのタクシーの中で、私はそうつぶやいていました。
     (短歌朝日2002年11・12月号掲載)

生涯
 滋賀県神崎郡南五個荘村川並(現東近江市五個荘川並町)に生まれる。父方の塚本家、母方の外村家はともに近江商人の家系である。母方の祖父(外村甚吉)は、近江一円に弟子を持つ俳諧の宗匠だった。1938年、神崎商業学校(現・滋賀県立八日市高等学校)卒業。彦根高商(現・滋賀大学)卒という説もあるが、本人が書いた履歴書にそのような記載は一切ない。卒業後、又一株式会社(現三菱商事RtMジャパン)に勤務しながら、兄・塚本春雄の影響で作歌を始める。1941年、呉海軍工廠に徴用され、1943年に地元の短歌結社「木槿」に入会。終戦の年、投下された原爆の茸雲を仰ぎ見た記憶がいつまでも残ったと言う。
 戦後は大阪に転じ、1947年に奈良に本部のあった「日本歌人」に入会、前川佐美雄に師事する。1948年5月10日、「青樫」の竹島慶子と結婚。山陽地方に転勤。翌年の4月9日、倉敷で長男・靑史誕生。その後、松江に転勤するが、鳥取在住の杉原一司と「日本歌人」を通じて知り合い、1949年に同人誌『メトード』を創刊。 
 1950年に他界した杉原一司の追悼として、1951年に第一歌集『水葬物語』を刊行。同歌集は中井英夫や三島由紀夫に絶賛される。1952年、大阪へ転勤となり、中河内郡盾津町(現東大阪市南鴻池町)へ転居。当地を終の棲家とした。同年に創刊されたアドニス会の機関誌「ADONIS」に菱川紳名義で寄稿する。1954年、結核に感染したことが判明、同年「ADONIS」の別冊として単独名義(菱川紳)の創作小説誌『アポロの末裔』が発行される。医師大東勝之助の指示に従い2年間自宅療養に専念。結核回復後も商社勤務を続け、1956年に第二歌集『裝飾樂句(カデンツァ)』、1958年に第三歌集『日本人靈歌』を上梓。
 以下24冊の序数歌集の他に、多くの短歌、俳句、詩、小説、評論を発表した。歌集の全冊数は80冊を越える。だが、邦雄の文学業績で軸となったのは、岡井隆や寺山修司とともに1960年代の前衛短歌運動を成功させたことである。またその中にあって「日本歌人」から離れ、永らく無所属を貫いていたが、1985年に短歌結社『玲瓏』を設立して機関誌『玲瓏』を創刊、以後(没後も)一貫して同社主宰の座にある。さらに1990年より近畿大学文芸学部教授としても後進の育成に励んだ。
 晩年にも旺盛な活動を続けていたが、1998年9月8日に妻・慶子が他界、2000年7月には自らの健康を損ねた。そのため、晩年を慮った息子の靑史が帰省し、同居して最期を看取った。2005年6月9日、呼吸不全のため大阪府吹田市の病院で死去。戒名は玲瓏院神変日授居士[1]。尚、玲瓏の会員らを中心に、以後、忌日は『神變忌(しんぺんき)』と称するようになっている。以降に靑史の手で資料の整理がなされ、2009年1月末、自宅にあった邦雄の蔵書・直筆原稿・愛用品や書簡など様々な遺品が日本現代詩歌文学館へ寄贈されている。なお2013年7月に、遺族の手により旧宅は処分された。
  

「塚本邦雄第十一歌集『閑雅空間』」を読む

○  壮年の今ははるけく詩歌てふ白妙の牡丹咲きかたぶけり

○  豪雨来るはじめ百粒はるかなるわかもののかしはでのごとしも

○  初蝶は現るる一瞬とほざかる言葉超ゆべきこころあらねど

○  思ひ出でて父の怒りにむせぶ日もあらむ蓮田に花刈りつくす

○  ニーチェにうときまままた真夏蕺草の花咲くかぎり咲かせおくべし

○  女逐ひてうつつなかりし 六月に見ず八月に見たる紫陽花

○  柘榴の膜にがしそれより若者のにがみはうすれつつ露のチエロ

○  背黄青鸚鵡になんぢヘブライ語教へ日日に迎ふるつひの晩餐

○  夕闇に鶴たつたつた今われの耳のうしろに火のかをりして

○  故郷は杉鉄砲の弾丸かをりわれも死者いきしちにひみりゐ

○  初霜の地に籠の蛍振りおとす母やはや おこそとのほもをろを 

○  夏櫨に不可思議の紺ただよへり歌なすなべて穢れし者ら

○  夕霜に枯るる茗荷のこゑきこゆ人なるわれの枯るるひびきは

○  仏飯に菫の匂ひ愛人に刺され赤光まとひて死せり

○  子が空色の長沓穿きてちちははの知らぬ真夏の死にむかふなり

○  歌はずば言葉ほろびむみじか夜の光に神の婚のおもかげ

○  殺意よりややうすき藍たなびきて友来る 刎頚の友来るあやふ

○  葬送の汗の杉の香悪友の一人あやしく生き残りける

○  霞へだてて遊ぶ二つのいかのぼり父にかくし子母には連れ子

○  夢の沖に鶴立ちまよふ 言葉とはいのちをおもひ出づるよすが

○  血縁の何ぞさらさら麻の葉の夏蒲団秋風に晒して

○  男は遠き泉のごとし瑠璃懸巣あはれ図鑑にかがやきみてり

○  鶴を見ず津軽は知らずさわさわと知命過ぎける月日を生きよ

○  りんりんと歯の根は痛む夢の底濃きたそがれにとどくばかり

○  窓をよぎるは赤き帆柱ははそはの母よはや生みたまふな何も

○  十三年音信絶えて大寒の昨日とどきしひるがほの種子

○  リラの雨うから朝食の影うるみそのつかのまの魑魅魍魎図

○  空蝉を満たす驟雨のさもあらばあれ男らがなになしとげむ

○  黒谷の昼の紅梅一抹のあはれみを死者よりぞたまはる

○  初蝶は現るる一瞬とほざかる言葉超ゆべきこころあらねど

○  昼花火めつむりし時しろがねの鎖わがこころに沈みたれ

○  劉生のあはれみにくき美少女はひるの冰室の火事見つつゐし

○  精霊の一つは若く水の上におきわすれける薄荷のかをり

○  母の綺羅さむざむとして向日葵の枯れつくすまで七十五日

○  曼珠沙華今朝万象のかげもつれそめつふたたび人と生(あ)るるな

○  ハープ掻く爪ひりひりとフーガ今ほのほの色の冰のひびよ

○  二月の星わが額にあり一切のえにし断たむとして皆愛す

○  山茱萸のけむれる一枝えらびつつ髣髴と生前のかなしみ

○  花鋪の山桜かたぶき遊星にのこすわが歌よみびとしらず

○  死後も高熱のわが息薔薇色に身体髪膚魔に享(う)けしかば

○  星の秋ことばの秋やうつしみの六腑こころのほかのぬばたま

○  からすむぎ刈るやすなはち覡の墓よりあかつきの鈴の声

○  青梅童子耳さにづらひなかぞらに摩訶不思議なる夏のふるさと

○  夏の巷先へ先へと道岐れ奥にひらける海こそ桔梗

○  金星に何忘れ来し 歯科医院出て雨の香に口ひらく時

○  翡翠の前世おそらく青空のかけらわがこころこそ夜の霜

○  木犀の枯るる梢の星月夜人西方にはづかしめらる

○  蝉時雨ここより生を呼びかへす露ちりぢりに夕映の夏

○  伝へ得ぬわがいとけなき日日の糧イソップの酸き葡萄冷えたり

○  殺意よりややうすき藍たなびきて友来る 刎頚の友来るあやふ

○  拳銃の重みこほしきうるしやみ菖蒲あやふくほぐるる時ぞ

○  花空木雨にひしめき愛したる数と殺(あや)めし数異ならず

○  死なばめぐりあふべき敵よ水色の気球ひきずりおろされて藍

○  引潮に長脛濡るる青年のなごりの靑やつかの間の愛

○  木苺の琥珀の粒の咽喉越えて昨日はや前の世に似たるかな

○  花空木雨にひしめき愛したる數と殺めし數異ならず

○  燕麦一ヘクタール 火星にもひとりのわれの坐する土あれ

○  ヴェネツィアは硝子器曇るゆふかげにわれを思へばわれ在らざりし

○  動脈のすゑ罌粟いろにせせらぐとおもへ深夜のアムステルダム



1977年6月20日湯川書房刊
菊変型判貼函附336頁
装幀/政田岑生

今週の「朝日俳壇」より(2020/10/25掲載)

     稲畑汀子選

○   地に還る千の花びら萩起す  (神奈川県寒川町)石原美枝子

 首席。
 「花をつけた萩叢は風に倒れやすい。それを抱き起こすとき花に触れて地に零す。それを見事に描写した」とは、選者・稲畑氏の。掲句を誤解しての寸評である。
 朝露夜露に濡れた萩叢は頭でっかちであるから風に倒れ易い事、及び、作者の石原美枝子さんがそれを抱き起こしたのは、選者・稲畑汀子さん仰せの如くでありますが、「それを抱き起こすとき花に触れて地に零す」という寸評でのご指摘は当たっていません!
 何故ならば、萩叢の「千の花びら」は、自然の摂理として自ずから「地に還る」のでありますから!
       一家に遊女もねたり萩と月   松尾芭蕉
       行々て倒れふすとも萩の原   河合曾良
       起されて起て物うし萩の花   各務支考
       薄見つ萩やなからん此辺り   与謝蕪村
       月の客或時は又萩の客   高野素十
       いちはやく萩は乱るる風を得つ   大野林火
       しだれ萩尚美しく括りたる   西本一都
       萩刈るや朝鮮へ海真平ら   今井聖
       木槿垣萩の花垣むかひあひ   泉鏡花
       乱萩子と踏跨ぎふり返り   横光利一
       さきがけて一切経寺萩刈れり   安住敦
       萩叢や隣は子供多くして   石田波郷
       暮早き灯に躍りいづ萩一枝   加藤楸邨
       萩散るや掃き拡げたる潦   西山泊雲
       一通の電報萩に生畢る   宮武寒々
       白萩の波に紅さす一枝あり   永井龍男
       躓きて盗人萩の名を覚ゆ   松山足羽
       お隣の句座を覗きぬ雨の萩   岸田稚魚
       揺れる萩揺れざる萩も風の中   星野椿
       山萩の撓みに細る塩の道   村上光子
       萩あかり雨の法要長びきぬ   井上雪
       寺を出て萩に片よる水の音   桂信子
       明王も伎芸天女も萩の中   田畑美穂女
       萩括る人僧名に呼ばれけり   毛塚静枝
       白萩に夢のほつれを繕へり   水下寿代
       白猫の通ひ路となる萩の庭   横山房子
       雨粒を飾りて萩の盛りかな   西村和子


○   秋日傘気づかぬままに閉ぢてをり  (西宮市)黒田国義

 三席。
 「いつか日が落ち、日傘を閉じていることに気がついた」とは、是も亦、理解に苦しむ、選者・稲畑氏の寸評である。
 「いつか日が落ち」などと、余計な言葉を付け加えるところに稲畑汀子選の稲畑汀子選たる所以があるのである!
     気が付けば日傘を閉じて歩み居り夕陽背に負ふ酒蔵通り!


○  径細くなるほど太し虫の声  (芦屋市)笹尾清一路

 四席。
 「径細くなるほど太し虫の声」とは、ささやかながらも一つの発見であり、「虫の声」に傾斜して作者自身の耳と心とを描写しているのでもありましょう。
     径細くなり行くほど急坂の富士登山駅伝競走!

「石原吉郎歌集『北鎌倉』・同句集『石原吉郎句集』」を読む

       『北鎌倉』

○  今生の水面を垂りて相逢はず藤は他界を逆向きて立つ
○  蹼の膜を啖ひてたじろがぬまなこの奥の狂気しも見よ
○  わが佇つは双基立てる樹のごとき墓碑の剛毅の間とぞ知れ
○  「我れ渇く」無花果の成るもと飢ゑたりし〈彼〉
○  男の子しもロトのごとくにふり向きて塩の柱となることありや
○  「この病ひ死には到らず」発念の道なす途の道の行く果て
○  鎌倉は鎌倉ならじ鎌倉の北の剛毅のいたみともせむ
○  鎌倉に在りてやとほき北の空 星の降る夜を清しとみるや
○  鎌倉の鎌倉なりし日の果てを蹌踉と歩ます酢のままの脚
○  遠景はとほきにありて北を呼ぶ北よりとほき北ありやさらに
○  飢ゑしも餓死には到る過程ならずわれらはときに飢ゑにより樹つ
○  北鎌倉橋ある川に橋ありて橋あれば橋 橋なくば川
○  鎌倉の北の大路の行く果てを直に白刃の立つをば見たり
○  塩のごと思想を口に含みてしをとこはいづれ去りて還らず
○  今生の水面を垂りて相逢はず藤は他界を逆向きて立つ
○  夕暮れの暮れの絶え間をひとしきり 夕べは朝を耐えかねてみよ

   短歌集『北鎌倉』
 短歌集『北鎌倉13』は、1978年に花神社から発行された。石原の死の直前に編集され校定されたが、死後〝石原吉郎遺稿歌集〟として出版された。全体は、「病中詠」「鍔鳴り」「 飲食」「切出し」「創傷」「塩」「北鎌倉」「発念抄」「すべては遠し」「生き霊」の部立てのもとに全部で99首が集録されている。

       『石原吉郎句集』

○   その少女坐れば髪が胡桃の香
○   リスボンはいかなる町ぞ霧の燭
○   無花果や使徒が旅立つひとりづつ
○   懐手蹼(ミズカキ) そこにあるごとく
○   懐手蹼ありといつてみよ
○   縊死者へ撓む子午線 南風のair pocket
○   百一人目の加入者受取る拳銃(コルト)と夏
○   林檎の切口かがやき彼はかならず死ぬ
○   緯度ひとしき政変ヨットかたむき去る
○   独立記念日火夫より不意に火が匂ふ
○   「犬ワハダシダ」もはや嘘をつくまでもない
○   柿の木の下へ正午を射ちおとす
○   夕焼けの壁画を食らふ馬ばかり
○   告発や口笛霧へ射ちこまる
○   薔薇売る自由血を売る自由肩の肉
○   ジャムのごと背に夕焼けをなすらるる
○   夕焼けが棲む髭夜が来て棲む髭
○   立冬や徹底的に塔立たず
○   ハーモニカ二十六穴雁帰る
○   ジャムのごと背に夕焼けをなすらるる
○   けさ開く芥子あり確と見て通る
○   無花果や使徒が旅立つひとりづつ
○   いちご食ふ天使も耳を食ふ悪魔も
○   われおもふゆゑ十字架と葱坊主
○   打ちあげて華麗なるものの降りつぐ
○   死者ねむる眠らば繚乱たる真下
○   墓碑ひとつひとつの影もあざむかず

     『石原吉郎句集』
『石原吉郎句集――附句評論6』は、1974年2月に深夜叢書社から発行されており、「俳句155句」「自句自解」「他人の俳句から」「定型についての覚書」「賭けと poesie」「俳句と〈ものがたり〉について」「あとがき」によって構成されている。  

今週の「朝日俳壇」より(2020/10/25掲載)  出逢つても黙して顔を下げるだけ!メガロポリスに暮らす侘しさ!  赤い羽 僕の背広に似合はない!そもそも僕は赤が嫌ひだ!  コロナ禍を怖れて窓を閉め切つた寝室での吾が夜長かな!

     長谷川櫂選

○   コロナ死者世界百万秋深む  (山梨県市川三郷町)笠井彰

 三席。
 「<秋深し>では終わらない。もっと深刻化するということ」とは、選者・長谷川氏の寸評。
 昨夜、寝室の空気を入れ替えようとして窓を開けたら、隣りの家から二度も三度も咳をする音が聞えて来たので、これはいけないと思って、慌てて窓を閉めました。
 隣家のご主人は、いつもなら、平日は朝早く革鞄を抱えて出勤して行き、土日には野球のユニフォームを着て何処かのグランドにも出掛けて行くのですが、ここ二、三日は朝になっても姿を見せません。
 もしかしたら、彼は新型コロナウイルスに罹患したのかも知れません。
 もしもそうであったとしたら、私の寝室の窓と隣家の窓との間には、三メートル足らずの間隔しかありませんから、隣家のご主人の心身に住み着いている新型コロナウイルスが、私の寝室に飛んで来るかも知れません。
 仮に、そんな事態に見舞われたとしたら、私も私の連れ合いも新型コロナウイルスに対する抵抗力を備えていない高齢者ですからイチコロです。
 そんな次第で、隣家に面した我が家の窓は、今朝も閉めっ切りの状態なので湿っぽくてたまりません。
 今だから言うけれど、都会での近所付き合いって、なんか煩わしいものですね!
     出逢つても黙して顔を下げるだけ!メガロポリスに暮らす侘しさ!


○   赤い羽根つけて胸から歩き出す  (厚木市)北村純一

 五席。
 「胸から歩き出す」とは、なかなか観察眼が鋭い!
 もう三日経つといよいよ十一月!
 国会で代表質問する立憲民主党の枝野さんの胸には赤い羽根が着いて居ませんでした!
 今日の午後からは、日本共産党の志位さんが代表質問するという事ですが、彼の胸には赤い羽根が着いているでしょうか!
 赤い羽根の共同募金は、自公連立政権が、自らの失政を糊塗する為に遣っているのかも知れませんから、枝野さんも志位さんも、殊更に赤い羽を胸に着けたりして登段しないのかも知れませんね!
     赤い羽 僕の背広に似合はない!そもそも僕は赤が嫌ひだ!


○   博多発五島航路の夜長かな  (長崎県小値賀町)中上庄一郎

 七席。
 前日の23時45分に博多港を出発して、翌日の8時15分に福江港に到着する、博多と福江とを結ぶ定期フェリー「太古」に取材した一首でありましょうか?
 「太古」は博多から福江を結ぶ定期フェリーです。
 大正5年創業以来、野母商船の数多くの船に命名され親しまれてきました。
 中国は北栄時代の詩人『唐庚』による漢詩の一節「静如太古(しずかなることたいこのごとし)」より、悠久の時を湛える海の静謐と、航海の無事への祈りをこめて名づけられました。
 博多から福江を結ぶ定期フェリー「太古」は、ながい長い時を重ねて幾度か生まれかわり、生活物資や人々を運ぶ『かけ橋』として、海とともに生きてきました。それはカタチあるものだけでなく、そこに込められた『息吹』や『想い』のようなもっと深く大きな見えないものも、静かにやさしく包み込むように運んできました。
 どうぞ、海を走る『ゆりかご』のようにやさしい夢を見せてくれるこの太古で、快適な船旅をお楽しみください。
     コロナ禍を怖れて窓を閉め切つた寝室での吾が夜長かな! 

今週の「朝日歌壇」より(2020/10/25掲載)  山峡の駅のホームで待つ合ひ間牡鹿入り来て牝鹿と交尾む!  鷹柱見むと思ひて来しかども鷹は見ずして海鵜見にけり!  石鎚に銀河が注ぐこの宵も君を恋ひをりテントの中で!  吾輩は跳び箱音痴の年寄りで開脚跳びの五段を跳べず!  姉ちゃんのアドバイスも空しくて後ろばっかり視ていたそうすけ!  被災地に首都の機能を移転して官僚どもを転住させよ!  政権が嫌ふからとて必ずしも学者であるとは言へません!  学童のふんどし借りて相撲取り葉書十枚せしめた島田氏!  金沢の男と同棲したりするなんて愚かなことしられんな!  春を告ぐる鶯さへも撃ち殺し焼鳥にして喰つてたもんだ!

     馬場あき子選

○  うたうたう小鳥の重さがひとさじの塩くらいだと知った日の空  (丸亀市)金倉かおる

 首席。
 「10グラムから15グラムくらいの体重の小鳥たちの切ないほどの命を塩の重さでうたったことが心に沁みる」とは、選者・馬場あき子氏の寸評である。
 ところで、私・鳥羽散歩の体重は、日によって多少の違いがあるが、約六十㎏である。
 六十㎏と言えば、昭和三十年代までお米の出荷に使われていた米俵一俵の重さであり、その当時の農家の男衆は、是を両肩に担いで歩いていたものである。
 それなのに、現代社会には「うたうたう小鳥の重さがひとさじの塩くらいだと知った日の空」なんて、まるで我が身のか弱さを誇りにしているような女性が居るなんて、一体全体、日本人は何処までだらしなくなって行くのでありましょうか?
     春を告ぐる鶯さへも撃ち殺し焼鳥にして喰つてたもんだ!


○  仕送りをおろす時浮かぶ母の顔「ムダ使いしられんな」の声も  (富山市)松田わこ

 次席。
 「母の言葉、優しい口調とともにきびしさもある」とは、馬場あき子氏の寸評。
 「ムダ使いしられんな」とは、「ムダ使いをしてはいけない」という意味の富山弁である。
 即ち、富山弁の「○○しれんな」は、「○○」する事を軽く禁止する言い方なのである。
      金沢の男と同棲したりするなんて愚かなことしられんな!


○  ふうせんが九つとんでいきました選者四氏の心の中を  (高松市)島田章平

 三席。
 「10月4日付歌壇のやまぞえそうすけ君の歌に感じての歌」とは、選者・馬場あき子氏の寸評である。
 馬場あき子氏の寸評に曰く「10月4日付歌壇のやまぞえそうすけ君の歌」とは下掲の一首であり、私・鳥羽散歩は、その四選者共選という朝日歌壇史上稀に見る傑作に対して、次の如き戯評(ならぬ愚評)を加えているので合せて記して置きます。

    ふうせんが九つとんでいきましたひきざんはいつもちょっとかなしい  (奈良市)やまぞえそうすけ
 馬場あき子選の三席及び佐佐木幸綱選の九席、高野公彦選の末席、永田和宏選の八席。
 「下句の<かなしい>の発見がすばらしい。大量の風船の喪失感」とは、共選者の一人・馬場あき子氏の寸評である。
 奈良市名物の「山添短歌一家」のご長男の<やまぞえそうすけ>君の出番でありますが、「スーパーの開店記念大売り出しで貰った風船十二個の中の九個がママのうっかりミスで風に吹き飛ばされました。残りの風船は幾つででしょうか?」とは、まさしくも「いつもちょっとかなしい」「ひきざん」でありましょう!
     風船を幾つもくれる売り出しはアフターコロナの昨今は無し!
     引き算はいつも哀しい!今週はみんな揃つて嬉しい入選!

 改めて熟慮してみるに、やまぞえそうすけ君は、今年の夏休み中に、新装成って開店記念大売り出しの運びとなった、さるショッピングモールに足を運んで、やっとの思いで手に入れた風船十二個の中の九個を、お母さんのうっかりミスで失ってしまった事を、悔やんでも悔やんでも悔やみ足りない程にも悔やんだのでありましょう。
 そうした彼の悔しい思いが「ふうせんが九つとんでいきましたひきざんはいつもちょっとかなしい」という、四選者共選の傑作を現出せしめたのであり、「<せっかく手に入れた風船十二個の中の九個を失ってしまった事>=<12-9=3>」と即断して悔やむのは、世知辛い現代社会に生きる者としては極めて当然の事でありましょう。
 然るに、この度、この難問に関わり、新たに香川県高松市にお住いの島田章平さんなる畢生のマジシャンが登場して、彼の引き算を一躍掛け算に変幻せしめたのである。
 即ち、件の四選者共選作に関わる数式は、作者・やまぞえそうすけ君の意図としては「12-9=3」という引き算だったのであるが、是が一旦、彼の畢生のマジシャンこと島田章平氏の手に掛ると「(12-3)×4=36」という、掛け算の数式に早変わりするのである。
 「(12-3)×4=36」!
 即ち、小学一年生・やまぞえそうすけくんは、件の畢生のマジシャン・島田章平氏に御助力を仰いだ結果、当初は十二個に過ぎなかった風船を三十六個に変化させ、それに加えて、郵便葉書を四十枚も手に入れたのである。
 持つべきものは斯道の良き先輩であり、粗略に扱わざるべきものは、高齢者の叡智である!
    学童のふんどし借りて相撲取り葉書十枚せしめた島田氏!

  
○  政権に嫌われてこそ学者なれガレリオカント滝川美濃部  (渋川市)中村幸生

 四席。
 手抜きしないで「ガレリオ・カント・滝川・美濃部」と書きなさいよ!
     政権が嫌ふからとて必ずしも学者であるとは言へません!


○  九年半汚染土袋はまだ積まれ一万二千個の仮死の土あり  (福島市)澤正宏

 五席。
 自民党政権と東京電力と福島県の政治屋とが結託して、彼の地に東京電力の原発を誘致しようと画策していた折りに、福島県民の多くがそれに賛意を示した事や、本気になって反対運動を起さなかった事のツケが、それから半世紀以上も過ぎた今になって回って来たという事ではありませんか!
      被災地に首都の機能を移転して官僚どもを転住させよ!


○  さんかんびおねえちゃんからポイントをおしえてもらううしろをむかない  (奈良市)やまぞえそうすけ

 六席。
 嘘おっしゃい!
 先週の高野公彦選の九席入選作が、「初めての一年生の参観はかわるがわるに子らの振り向く」という作品であり、その作者欄には「奈良市・山添聖子」とありましたよ!
 奈良市の山添聖子さんと言えば君のお母さんでしょう!
 そうすけ君は、お母さんが参観に来てるかとうか気になって、まょろきょろ後ろばっかり視てたんじゃないの!
     姉ちゃんのアドバイスも空しくて後ろばっかり視ていたそうすけ!

 
○  ロケットになったつもりで走り出すへいきゃくとびでとび箱五だん  (奈良市)山添葵

 七席。
 「ロケットになったつもりで走り出す」が、抜群にカッコいい!
 山添短歌姉弟の詠歌レベルは、往年の松田短歌姉妹のそれを凌駕しつつあるような感じである!
     でかした!でかした葵さん!
     閉脚跳び箱五段とは!
     月ロケットにも劣るまい!
     見事でかした葵さん!
         オリンピックに出られるかもね!

     吾輩は跳び箱音痴の年寄りで開脚跳びの五段を跳べず!


○  石鎚に銀河が注ぎ込むを待つ君とカメラと星のテント場  (西条市)丹佳子

 八席。
 「石鎚に銀河が注ぎ込むを待つ」との、上の三句は題材が目新しくて宜しい!
 然しながら、下の二句で「君と+カメラと+星のテント場」と、月並みな語句を連ねて<逃げを打った>のは、あまり宜しくありません。
     石鎚に銀河が注ぐこの宵も君を恋ひをりテントの中で!


○  藤村と芭蕉にゆかし伊良湖岬鷹の渡りを灯台に待つ  (津市)中山道治

 九席。
 「鷹ひとつ見つけてうれし伊良湖岬」とは、貞享4年に俳聖・松尾芭蕉がこの地を訪れた際に詠んだ句であり、伊良湖岬の国道259線沿いの「芭蕉の句碑公園」に句碑が建てられてある。
 また、明治31年(1898)の夏の朝、この地・伊良湖岬の恋路ヶ浜を散歩していた後の民俗学者・柳田国男は椰子の実を見つけました。
 その話を東京に帰ってから友人の詩人・島崎藤村に語ったところ、それを素材として、島崎藤村は、彼の有名な抒情詩「名も知らぬ遠き島より流れよる椰子の実ひとつ・・・」を詠んだとのことである。
 時移り、この抒情詩が発表されてか36年後の昭和11年7月、大中寅二によって曲が付けられました。
     名も知らぬ 遠き島より
     流れ寄る 椰子の実一つ
        故郷の岸を 離れて
        汝はそも 波に幾月
     旧の木は 生いや茂れる
     枝はなお 影をやなせる
        われもまた 渚を枕
        孤身の 浮寝の旅ぞ
     実をとりて 胸にあつれば
     新たなり 流離の憂い
        海の日の 沈むを見れば
        激り落つ 異郷の涙
     思いやる 八重の汐々
     いずれの日にか 国に帰らん

    鷹柱見むと思ひて来しかども鷹は見ずして海鵜見にけり!
     

○  山峡の駅のホームの湾曲に沿ひて牝鹿は歩み去りたり  (ひたちなか市)篠原克彦

 末席。
 「山峡の駅のホームの湾曲に沿ひて」とあるが、件の「駅のホーム」は、両側に山が迫っている谷間の湾曲した地形なりに造られているのであり、その湾曲したホームを、件の「牝鹿」は「歩み」去って行ったのでありましょう。
 無人駅と思しき「山峡の駅のホーム」の静けさと、件の「牝鹿」が駅の構内に侵入してから、湾曲したホームに沿って歩み去るまでの時間の経過をも描いている佳作である。
     山峡の無人駅での待ち時間 牝鹿入り来て線路を歩む!
     山峡の駅のホームで待つ合ひ間牡鹿入り来て牝鹿と交尾む!

 | HOME |  古い記事へ »

文字サイズの変更

プロフィール

鳥羽散歩

Author:鳥羽散歩
卑しくも<詩歌ブログ>を名乗る以上は、イラストやカラー写真で以て読者に取り入ろうとしてはなりません。ましてや、田舎町の安手のレストランで食べた料理のカラー写真で以て読者を幻惑させようとするのは論外です!当ブログは、カラー写真やイラストの類の夾雑物は一切無しの<詩歌ブログ>です。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

短歌 (867)
俳句 (339)
随想 (25)
詩 (8)
川柳 (18)
「朝日新聞」を読む (6)
昨日のトピック (1)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

designed by たけやん