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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

今週の「朝日俳壇」より(2020/11/29掲載)  何故に太陽回る?氷山を溶かしてツバルを水没せしむる為!  手を洗ひさくら餡パン食ぶるのはコロナ感染防止する為!  木村屋のへそ餡パンを食しつつ君と歩まむ銀座ホコ天!  木村屋のさくら餡パン啄みて歩行者天国歩むコロナ禍!  スガ総理真の為政者たらむとし民間頼みの日中外交!  芋の露連山影を正しうし武田信玄・鶴翼の陣!  縄文より絶ゆる事なき冬将軍!木の実は枯れて鹿は塒に!  コスモスの揺らぎにつれて傾ぐるは母の記憶と吾子の胎動!  さう言へば何か不満げ芭蕉像!徳川幕府の忍びにあらむ!

     高山れおな選

○   我がために太陽回る日向ぼこ  (神戸市)森木道典

 首席、並びに長谷川選の八席。
 「天上天下唯我独尊の恍惚」とは、選者・高山れおな氏の寸評である。
 雲一つ無い晴天とは言え、晩秋ともなれば陽射しは弱いし冷たい風も吹きましょう!
 従って、兵庫県神戸市にお住いの森木道典さんは、必ずしも「天上天下唯我独尊の恍惚」境に、我が身を置いて、掲句をお詠みになられたとは限りません!
 否、むしろ、年老いて粗大不燃ゴミ化したるが故に、己が老妻からも愚息の嫁女からも年端の行かない孫たちからも嫌われた挙句に、已むを得ざる身の処し方として、ご近所の小公園に御出座しになられ、プラスチック製・背凭れ付きのベンチにごろりと仰向けに寝転んだのが、件の「日向ぼこ」に真相であり、「我がために太陽回る」とは、私たち読者向けのせめてもの強がりなのでありましょう。
     何故に太陽回る?氷山を溶かしてツバルを水没せしむる為!
 

○   餡パンは明治に生きて文化の日  (所沢市)岡部泉

 次席。
 「<生きて>が良い」とは、選者・高山れおな氏の文字通りの寸評である。
 「餡パン」の発明者は、 文化十四年(1817)に、常陸国河内郡田宮村(牛久市田宮町)の農家に出生した木村安兵衛である。
 「木村安兵衛は,河内郡田宮村の農家に生まれ,将来を夢見て江戸へ出ましたが,すぐに成功できる仕事などはありませんでした。何もかも混迷の極に達していた幕末には,自分の明日の生き方さえも掴めませんでした。やがて明治維新を迎えます。(時代は新しく動き始めたが,何か新しい商売はないだろうか。そうだ。外国人が食べるパンはどうだろう。パン屋をやってみよう。)こう考えた安兵衛はパン屋を開くことを決心し,さっそくパンの作り方について研究し,明治二年(1869)に,東京の新橋駅の近くに文英堂というパン屋を開きました。この頃,長崎や横浜などで外国人を相手にパンを造っていた店はありましたが,日本人を対象にした店は初めてでした。しかし,安兵衛が初めに売り出したのは,ヨーロッパ式の堅焼きパンでしたので,日本人の口には合いませんでした。店にやってくるお客も少なく,商売にはなりません。思い余った安兵衛は,パンを持って売りに出掛けました。『パンはいかがですか』と、喉が嗄れるほど大きな声を出しても,パンはさっぱり売れません。その上,パン屋を開いて一年も経たないうちに,火事が起こって,店は焼けてしまったのです。(もうだめだ。せっかく開いた店なのに,残念だ。)安兵衛は,悔しくてしかたがありませんでした。しかし,このぐらいのことで挫けてしまう安兵衛ではありません。(世の中は変わったのだ。いつかきっと,みんながパンを食べるようになるはずだ。)と自分に言い聞かせながら,もう一度,パン屋を開く決心をします。(日本人には,かた焼きパンではだめだ。日本人が喜んで食べるパンでなくては。)と考え,安兵衛は,日本人の口に合うパンを造るためにいろいろ工夫してみました。(そうだ。パンの中に日本に古くからある餡を入れたらどうだろう。)新しいパン造りが始まりました。毎日,毎日,小麦粉をねって,新しいパン造りの研究を続けました。安兵衛の願いは,ふっくらとした日本人好みのパンを焼きあげることでした。そして,ふっくらとさせるための菌として日本酒の酵母を使うことに気がついたのです。これで餡をくるみ,焼きあげると,とても美味しいパンができあがりました。餡パンの登場です。西洋風の堅焼きパンと違って,ふっくらとした日本人向けの餡パンは店に出されると評判がよく,毎日のように売り上げが伸びていきました。明治七年 (1874) には,銀座4丁目の煉瓦造りの建物に「木村屋」の看板が掲げられました。明治八年(1875)に,木村屋が明治天皇に献上した餡パンは,まん中が凹んでいて,そこに塩づけした八重桜の花がつけられていました。人々からへそパンと呼ばれて,素晴らしい売れ行きを見せました。『銀座名物,へそパンをください』と、木村屋のへそパンは,どこへ行っても人々の間で大変な人気でした。日本人好みの味であったことと,<へそパン>という呼び名がユ-モラスだったからでしょう。安兵衛のパン造りへの情熱と努力は斯くして報われた」のであったとさ!
     手を洗ひさくら餡パン食ぶるのはコロナ感染防止する為!
     木村屋のへそ餡パンを食しつつ君と歩まむ銀座ホコ天!
     木村屋のさくら餡パン啄みて歩行者天国歩むコロナ禍!


○   為政者の言葉は魔術すがれ虫  (大和市)荒井修

 三席。
 「基本的には批判的に作られた句だろうが、権力が持つ蠱惑する力へも思いをいたさせるようだ。下五に首相の名が、物名歌式に詠みこまれている」とは、選者・高山れおな氏の至れり尽くせりの寸評である。
 ところで、「すがれ虫」とは、「盛りの時期を過ぎて衰えた声で鳴いている虫」を指して云うのであり、昨今の菅総理の置かれた立場こそは、まさしくも「すがれ虫」と呼ぶに相応しいものである!
     スガ総理真の為政者たらむとし民間頼みの日中外交!


○   芋の葉に凝る露のごと句を詠まん  (千葉市)高山薫

 五席。
 然り!
 そうです、素晴らしい句を詠む為には、「芋の葉に凝る朝露」の如く澄み切った詩心で以て眼前の光景に対峙しなければなりません!  
     芋の露連山影を正しうし武田信玄・鶴翼の陣!


○   縄文を継ぐ雨耳へ秋の聲  (藤沢市)朝広三猫子

 六席。
 今から一万三千年前に始まり、一万年以上も続いていたと推定される縄文時代!
 その縄文時代の人々は、狩猟に都合の良い川や海に近い地に定住し、すでに農耕をしていたと推定されるのであるが、その住居は、地面を掘り窪めて床面とし、4〜7本ほどの柱を立て、その上に煙出しのある草屋根を掛けた半地下式の「竪穴式住居」であったと推定されているのである。
 その竪穴式の住居の中で、彼ら縄文人は、どんな気持ちで梅雨の長雨に耐えていたのか!
 どんな思いで「秋の聲」に耳を澄ましていたのか?
     縄文より絶ゆる事なき冬将軍!木の実は枯れて鹿は塒に!


○   思ひ出の中のコスモス未だ揺らぎ  (神戸市)西村伸子

 八席。
 然り!
 「思ひ出の中のコスモス」に限らず、「コスモス」の咲いている光景の中のコスモスは、常に揺らぎ動いているものである。
     コスモスの揺らぎにつれて傾ぐるは母の記憶と吾子の胎動!


○   不満げな芭蕉像の口冬の風  (川崎市)小関新

 九席。
 「芭蕉像」が「不満げ」にしているとは、川崎市にお住いの掲句の作者・小関新さんによる新発見であり、新発見の在る一句は、私・鳥羽散歩は「佳し!」して是認せざるを得ません!
     さう言へば何か不満げ芭蕉像!徳川幕府の忍びにあらむ!
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今週の「朝日俳壇」より(2020/11/29掲載)  先年来、知人数多ご逝去の通知の在るも喜多さんご無事!  帰り端、悪友・弥次に出くはして寿町に誘はれたり!  メキシコを原産地とする通称「黄花コスモス」が在るではないか!  白・緑・そしてピンクが秋桜をイメージさせる色彩なのだ!  暮の秋椋さん宅を裏戸より訪ねてぞ為す「恙有りや」と!  奈良県の県庁所在地・奈良に住む田村さんちに大根あげた!  入浴後牛乳飲むのが楽しみだ!つくば温泉、牛乳在るか? 

     稲畑汀子選

○   秋惜む風の言葉の森深く  (香川県綾川町)福家市子

 首席。
 「森の中は時折風が渡り、作者はそれを言葉と思う。この詩心は自然と共鳴して奥が深い」とは、選者・稲畑汀子氏の一所懸命なる寸評である。
 遠い森の黄葉したブナの巨木の葉を吹き散らす晩秋の寒風こそは、冬将軍の襲来を告知する神の言葉なのかも知れません。
 そんな神の言葉に耳を澄ませるのは、讃岐うどんの発祥地として知られる、香川県綾川町にお住いの福家市子さんなのである。
 斯く申す私・鳥羽散歩は、かつて天神様人形のコレクターとして知られた郷土玩具愛好家であったのであり、天神様土人形を蒐集するべく香川県綾川町の清滝天満宮に参宮する事を期して居たのであったが、その願望も果たさざる儘に傘寿を迎えてしまったのは、返す返すも悔やまれるのである。
 尚、私が蒐集した天神様人形は、先般、惜しまれつつ黄泉路に旅立った、矢口孝雄氏描く漫画『釣りキチ三平』全巻などと共に、先年、「油屋コレクション」に寄託したので、 秋田市金足片田字待入109の『特定非営利活動法人・油谷これくしょん』(旧金足東小学校)に展示されているものと思われる。
    先年来、知人数多ご逝去の通知の在るも喜多さんご無事!


○   闘病の友にみせたき帰り花  (長岡市)桑原たかよし

 次席。
 「帰り花と出会った。闘病の友にみせたいという優しさ」とは、選者・稲畑汀子氏の寸評である。
本年、令和二年は、先年来続く「異常気象」の所為なのか?桜の「帰り花」が極めて多い年であった。
かの政界の闇将軍のお膝元、新潟県長岡市にお住いの掲句の作者・桑原たかよしさんは、件の「帰り花」を「闘病の友に見せた木」願望をお持ちであるとか、本年に限って申せば、「帰り花」は、何も政界の闇将軍のお膝元の新潟県長岡市に限定されず、日本全国各地の桜の木の枝にポツリポツリと咲いていますから、その気になれば、いとも容易く、件の闘病の友に見せる事が出来ましょう。
 「見せる事が出来る、出来ない」は、要は気持ちの問題なのであり、自分の気持ち一つで、件の「帰り花」などは誰にでも見せられるのである!
      帰り端、悪友・弥次に出くはして寿町に誘はれたり!


○   三色の風を紡ぎて秋桜  (今治市)横田青天子

 三席。
 「コスモスと風の情景を詩的にとらえた」とは、選者・稲畑汀子氏の寸評である。
 「三色の風」を詠まれた掲句に接するにつけても思われるのは、この世の中には、「三色旗」を国旗とする国家の多さである。
 私の知る範囲に於いても、三色旗を国旗としている国歌は、「フランス・イタリア・アイルランド・コートジボワール・ルーマニア・チャド・ベルギー・マリ・ギニア・リトアニア・ブルガリア・ハンガリー・イエメン・ルクセンブルク・オランダ・ロシア・シエラレオネ・エストニア・ガボン」・アルメニア・ドイツ・ボリビア」などの二十数カ国の多きに及んでいるのである。
 通常、「赤=勇気・白=信仰・青=忠誠心」などと、それぞれの色彩には定まった意味付けが為されているのであるが、最近得た新知識に拠ると、三色旗を国歌として掲げている国歌の中の全てが、こうした定番的な意味付けで以て、自国の国旗に三色旗としているとは限らないものと思われる。
 そうそう、いささか申し遅れましたが、掲句の作者のご説に拠りますと「秋桜」は「三色の風を紡ぎて」いるとの事でありますが、件の「三色」とは、如何なる色彩なのでありましょうか?
 私・鳥羽散歩にとっては、「秋桜=ピンク」なのでありますが、ピンク以外に秋桜をイメージする色彩は如何なる色彩なのでありましょうか?
     メキシコを原産地とする通称「黄花コスモス」が在るではないか!
     白・緑・そしてピンクが秋桜をイメージさせる色彩なのだ!


○   裏戸より恙の話題暮の秋  (鳥取市)椋誠一朗

 五席。
 「恙の話題」ならば、確かに「暮の秋」に「裏戸より」訪ねてするに相応しい「話題」なのでありましょう。
     暮の秋椋さん宅を裏戸より訪ねてぞ為す「恙有りや」と!


○   土つきし大根貰ふ宇陀郡  (奈良市)田村英一

 九席。
 作中の「宇陀郡」とは、奈良県のに所在する「郡」の名称であり、現在「宇陀郡」に所属するのは、曽爾村(そにむら)と御杖村(みつえむら)の二つの村だけであるが、1880年(明治13年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記二村の他、宇陀市の大部分(榛原笠間・榛原安田・榛原柳・榛原角柄・大宇陀大熊・大宇陀牧・大宇陀栗野・大宇陀田原・大宇陀東平尾・大宇陀上片岡・大宇陀下片岡および室生三本松、室生大野、室生向淵以北を除く)が宇陀郡に所属していたのである。
 たつた今、ネット検索したところ、「宇陀郡大宇陀町大字岩清水字コミナカ2123番1」なる地番にヒットしたが、言われてみれば確かに、「宇陀郡大宇陀町大字岩清水字コミナカ2123番1」なる地番の住民からならば、「土つきし大根」を貰ったりする事も在り得ましょう!
     奈良県の県庁所在地・奈良に住む田村さんちに大根あげた!


○   露店湯の肩がとらへてゐる夜寒  (つくば市)大倉真知子

 末席。
 半身浴が健康に宜しいとの理由で以て推奨されている今日であれば、「露店湯」での入浴最中に「夜寒」を「肩がとらへてゐる」事も在り得ましょう!
 茨城県つくば市西大橋614-1の「つくば温泉・喜楽里別邸 」は「露天風呂や寝転び湯等、湯船の種類が多い。アメニティも充実してると思う。 別料金で岩盤浴や食事もあり、1日ゆっくりできる」との事でありますが、「ただ、車じゃないとアクセスが不便」との事でもありますが、それで宜しかったならば、何卒、宜しく御来湯賜りたくお願い申し上げます。
     入浴後牛乳飲むのが楽しみだ!つくば温泉、牛乳在るか? 

今週の「朝日俳壇」より(2020/11/29掲載)  越谷のウイズコロナの宵なれど「円満家族鬼ころし」飲む!  余命をば温むるべく落葉焚く!日記・アルバム炎中に焼べむ!  小鳥来て森の音楽はじまりぬタクト振るのは熊のプーさん!  秋時雨止まぬ上総の流山!近藤勇の陣屋の軒端!  鴨一羽水の紅葉を崩し行く魔子さまの振る手網逃れむと!

     大串章選

○   熱燗やバブルを語る地下酒場  (越谷市)新井高四郎

 次席。
 「嘗ての企業戦士たちが、華やかだったバブル時代を語り合っている」とは、選者・大串章氏の寸評である。
 ウイズコロナの昨今であれば、嘗ての企業戦士たちも、場末の地下酒場で熱燗をちびりちびりと舐めずりながら、お互いに己の幻の過去を語り合うしか術が無いのでありましょう!
 ところで、同じ地下酒場で舐める熱燗にしても、越谷市の地下酒場で舐めるそれは、東京・銀座の地下酒場で舐めるそれとは、幾分か味わいが異なるのではありませんか?
     越谷のウイズコロナの宵なれど「円満家族鬼ころし」飲む!


○   枯落葉焚いて余命を温むる  (奈良市)田村英一

 三席。
 「<余命>を温むる、と言ったところが佳い。心身ともに温まる感じ」とは、選者・大串章氏の寸評である。
 御自らが「枯落葉」であるのも知らないで、枯落葉なんか焚いているとは、これは何とも哀れな事であり、「枯落葉が枯落葉を焚くとは、脚の引っ張り合いではありませんか!」と言いたくもなりますよ!
     余命をば温むるべく落葉焚く!日記・アルバム炎中に焼べむ!


○   小鳥来て森の音楽はじまりぬ  (福岡市)松尾康乃

 五席。
 『ウイキペディア』の記するところに拠りますと、朝日俳壇の選者の大串章氏は、「俳句を叙情を盛る器として捉え、具象的、かつ人間性に基づく抒情性の高い俳風である。明るさとおおらかさのある叙景句にも長ける。飯田龍太は<常凡をおそれぬ恒心の確かさ>と評し、大野林火は『朝の舟』を評し純粋さと透明さ、詩精神の高さを指摘した」との事ではありませんか!
 で、あるならば、大串氏は何故に斯かる駄作を朝日俳壇の入選作に推されたのでありましょうか?
 福岡市にお住いの松尾康乃さんと仰るご婦人のお詠みになられた掲句は、見方によっては「常凡をおそれぬ恒心の確かさ」によって詠まれた作品のようにも思われますが、大野林火氏がご指摘された大串俳句の特質たる、「詩精神の高さ」だとか、「純粋さ」だとか、「透明さ」だとかは、小指の爪先の垢ほども認められないではありませんか!
     小鳥来て森の音楽はじまりぬタクト振るのは熊のプーさん!


○   秋時雨駅舎にはかに密となり  (流山市)津金實

 六席。
 あの裸の大将の菅総理は、意地になって「Go Toトラベル」ならぬ「Go Toトラブル」を停止しようとしないばかりか、「Go Toイート」なんてヘンテコリンな事を遣らかしたのではあるが、流石に感染拡大には抵抗し切れず、東京・大阪などでは、せっかく買ったプレミアム付食事券が使えなくなったのである。
 でもね、流山市の「駅舎」が「にわかに密」となったとは、流石の私も知りませんでした!
     秋時雨止まぬ上総の流山!近藤勇の陣屋の軒端!


○   鴨一羽水の紅葉を崩しゆく  (筑後市)近藤史紀

 八席。
 おのれ!
 たかが鴨の分際で、落花狼藉の振る舞いに及ぶとは、この儂としては見逃す事は出来ん!
 ならば早速、吹き矢で撃ち殺して鴨鍋にしてやろう!
     鴨一羽水の紅葉を崩し行く魔子さまの振る手網逃れむと!

今週の「朝日俳壇」より(2020/11/29掲載)  木枯らしが燐寸の火をば吹き飛ばし秋の宮の国有林を焼く!  菊の花香る文化の日の翌る日に文化功労者の顕彰式!  馬場あき子先生はなぜ文化勲章を貰へないのでありませうか!  二度ならず三度、四度もアキアカネ妻の帽子にぢやれ着くは何故?  鑑識が事件現場に乗り込んで調べた後に刑事が捜査!  千歳飴ノドチンコに引つ掛けて死んだ例しも在るぢやない!

     長谷川櫂選

○   凩やマチスのやうな木葉の舞  (川越市)岡部甲之

 首席。
 「マチスの<ダンス>。輪になって踊る木の葉」とは、選者・長谷川氏の寸評である!
 それにしても、長谷川櫂氏が、近代絵画にこんなにも造詣が深いとはね!
 でも、マチスの「ダンス」ってたら、中学の美術の教科書にだって載ってるくらいのポピュラーな絵だから、朝日俳壇の選者が知っても構わないのではありませんか!
     木枯らしが燐寸の火をば吹き飛ばし秋の宮の国有林を焼く!


○   菊匂ふ人の優しき日なりけり  (横浜市)高野茂

 次席。
 「菊香る季節。ちょっとした心づかいが身にしみる」とは、選者・長谷川櫂氏の<分け知りぶった>寸評である。
 薔薇やカーネーションなんかと違って、菊の花は香りが香りだから、その前に立つと、どんな人間だって、優しい気持ちになることを強いられるんですよ!
 私、鳥羽散歩は、八十年余りの歳月を生きて来たけれど、やまだ嘗て、菊花展の会場で喧嘩している場面に出くわしたことなんかありません!
 それはそれとして、たった今、思い出したんですが、私たちが小・中学生の頃は、大抵、何処の学校でも、十一月三日の文化の日に「学芸会」を遣って居たのですが、その日の朝の集会での校長の挨拶が、予め教育委員会から指示されて居たみたいにして、「菊の花香る文化の日に学芸会を行う事が出来たのは、校長としての私の喜びであり、先生方や生徒児童の皆様方の喜びでもありましょう…………」から始まって、十分間以上も長々と続いていたように記憶しておりますが、本ブログの読者の方々の学校に於かれましては、如何なものでありましょうか?
     菊の花香る文化の日の翌る日に文化功労者の顕彰式!
     馬場あき子先生はなぜ文化勲章を貰へないのでありませうか?


○   二度三度妻の帽子に秋あかね  (袖ヶ浦市)浜野まさる

 三席。
 「今なお優しく妻を見守る夫」とは、選者・長谷川櫂氏のお人柄が偲ばれる寸評である!
 掲句が詞書付きであったとしたならば、「於、袖ケ浦市菊花展」とあるべき場面でありましょうか!
     二度ならず三度、四度もアキアカネ妻の帽子にぢやれ着くは何故?


○   朝露の美大で何か叩く音  (八王子市)中尾公一

 四席。
 八王子界隈で「美大」と言ったら、多摩美術大学の八王子キャンパスともう一つ、東京造形大学が在りますが、単に「美大」と言ったら、やはり「多摩美術大学の八王子キャンパス」を指しているのでありましょう!
 何?その「美大」で、「朝露」の乾かない時刻から「何か叩く音」がするって?
 それは大変だ!
 乃木英樹教授の後添えの美形の誉れ高い奥様・富士田蓉子さんが何者かに惨殺されて、その事件現場の板敷を、警視庁の刑事たちが剥がしている音かも知れませんよ!
     鑑識が事件現場に乗り込んで調べた後に刑事が捜査!


○   ふたおやもはらからも亡し七五三  (横浜市)松永朔風

 末席。
 「七五三の子どもを見て今の自分を省みる。九十二歳」とは、選者・長谷川櫂氏の高齢者贔屓の寸評である。
 幾ら生命科学が発達した世の中でも、九十二歳の男に「ふたおやもはらから」も無いのは、必ずしも嘆くべき事ではありません!
 曽孫さんから貰った千歳飴を喉珍子に引っ掛けて死んだりしないように、よくよく留意されて長生きして下さい!
     千歳飴ノドチンコに引つ掛けて死んだ例しも在るぢやない!

今週の「朝日歌壇」より(2020/11/22掲載)  買ひ出しに出掛けたりせずベランダのサラダ菜に拠りビタミン摂取!  ニトリによる島忠株のTOBは島忠店舗のニトリ化である!  トロ箱で法蓮草を栽培し弘法市で販売せむとす!  赤松の森で松茸獲れたから松茸御飯にしてね母さん!  多摩川で密漁したる尺鮎の塩焼き肴にして飲むラガー!  何もかも失くして死んだ父母のマイナス遺産は相続しない!  何もかも失くしてしまつた彼だけど羽織の紐はマグネット式!  スガ総理ふんどし締めて掛らねばこの難局を乗り越えられぬ!  アベさんの桜を見る会疑惑をばあからさまにした読売新聞!  保守層と袂を分かちこの際はジャイアンツをも斬れ読売新聞!  アメリカに菅野投手を売つたあと誰をエースにするのだ巨人!  壊れたるラジオ呼ばはりされちやつてスガ首相は可哀想な人!  壊れたるラジオ呼ばはりされるより秋田に帰つて杉の枝打て!  雄物川の源流に湧く温泉で湯浴みしてれば良かつた菅氏!  源流に還れ菅さん!故里の秋の宮の森荒れ果てにけり!  撮り鉄がみなシャッターを押したれど煙に巻かれてデコイチ撮れず!  撮り鉄になつたふりして喜多さんがカメラ向けたるアンパンマン号!  コロナ禍で客の寄り来ぬ浅草の東京大衆歌謡楽団!  哲学の道にさしたる穴は無しチンチン電車の敷石敷けば!  若王子出でし折りには曇れるも夕陽眩しき白沙村荘!  彼の人は猪鹿蝶のマスク掛け保護者席にて澄まして御座る!  母なれば古都奈良に住む者なればわたし豹柄ワンピ着ません!  新米のママには杓文字を渡さない!諏訪氏以来の習俗哀れ!  蜂の仔やザザ虫ばかり食べて居て米の美味しさ知らぬ健民!  大鵬の孫「納谷」改め「王鵬」の十両昇進決定せらる!  大鵬の孫「納谷」改め「王鵬」の父の忠茂、何地に居らむ!  名にし負ふ大鵬関の孫にして貴闘力の息子「王鵬」!

     高野公彦選

○  百均に家庭菜園コーナーの新設されるコロナ禍の日々  (鴻巣市)佐久間正城

 首席。
 「百均ショップも時代を反映して変化する」とは、選者・高野公彦氏の寸評である。
 折りも折り、ニトリHDによる島忠との経営統合問題を島忠側が了承し、島忠株が一株当たり5500円という、目玉の飛び出るような高価格でニトリHDによって公開買い付け(TOB)されるのである。
 TOB期間は11月16日から12月28日までとなっていて、TOBが成功すれば、ニトリHDは2200億円という大枚を投じて島忠を完全子会社するのであるが、ニトリHD側の発表によると、「今回のTOBは、島忠のニトリ化を目的とするものではない」との事である。
 然しながら、ホームセンターやスーパーマーケットや百均などの赤字体質の解消は、経営者としては喫緊の課題であり、百均に野菜菜園コーナーが設置される事も必然的な事象でありましょう。
      買ひ出しに出掛けたりせずベランダのサラダ菜に拠りビタミン摂取!
      ニトリによる島忠株のTOBは島忠店舗のニトリ化である!
      トロ箱で法蓮草を栽培し弘法市で販売せむとす!
      赤松の森で松茸獲れたから松茸御飯にしてね母さん!
      多摩川で密漁したる尺鮎の塩焼き肴にして飲むラガー!


○  何もかも失くした我に一つだけ父母に授かりしほほえみ残る  (高槻市)小野まなび

 次席。
 「失意のどん底で、でも自分には両親の呉れたほほえみが残っている、と自分を励ます作者」とは、選者・高野公彦氏の寸評。
 微笑は酒の肴にもご飯のおかずにもなりませんが、仏頂面しているよりはいくらかマシでありましょうか?
     何もかも失くして死んだ父母のマイナス遺産は相続しない!
     何もかも失くしてしまつた彼だけど羽織の紐はマグネット式!
     スガ総理ふんどし締めて掛らねばこの難局を乗り越えられぬ!
     アベさんの桜を見る会疑惑をばあからさまにした読売新聞!
     保守層と袂を分かちこの際はジャイアンツをも斬れ読売新聞!
     アメリカに菅野投手を売つたあと誰をエースにするのだ巨人!  


○  国権の最高機関と習えどもそこに響くはこわれた言葉  (福岡市)田中ゆかり

 三席。
 「国会での、うわべだけで内容の空疎な答弁への鋭い批判である」とは、選者・高野公彦氏の寸評。
 日本国憲法・第41条に「国会は、国権の最高機関であって、国の、唯一の立法機関である」と記されている。

 『AERA』(2020年11月30日号)の記するところに拠ると、「議員宿舎のエレベーター前でばったり会った時の権力者は、とても疲れている様子だったという。『総理大臣の職はいかがですか?』。そう菅義偉首相(71)に声を掛けたのは、これまで社民党時代を含めて歴代8人の首相と論戦を交わしてきた立憲民主党の辻元清美・衆議院予算委筆頭理事(60)。質問に菅首相は笑いながらこう返したそうだ。『官房長官の方が忙しかった。国対もあったし』。そして、こうポロリと本音を漏らしたという。『外交とかまだ慣れないところがあるかなぁ……』。 辻元氏と菅首相は当選同期で、世襲ではない、叩き上げの国会議員同士。首相になっても偉そうにする素振りは感じなかった、と、辻元氏はその会話を振り返る。自分の意見とは異なる有権者を指して『こんな人たち』と言い放ち、国会では質問者に平気で野次を飛ばす安倍晋三・前首相と対峙した時のような不快感はないそうだ。『案外、菅さんは素直なところがあって、本音をポロッと仰ることがある。だから、私は嫌いにはなれないんです。似ているといえば、お亡くなりになった小渕恵三首相ですかね』。菅政権発足後、初めての予算委員会は<学術会議任命拒否>の問題一色だった。まるで壊れたレコードのように、事務方が書いた答弁書通りの発言を繰り返す態度は、安全運転に徹するという官邸の作戦だ。菅首相の答弁の特徴は、自らの<国家観>に就いての言及が少ないことだ。これも安倍前首相とは対照的だ。ある自民党議員はこう不満を漏らす。『安倍政権の政策の一丁目一番地は憲法改正。これは自民党の党是でもあり、良い悪いは別にして国民にも分かり易い。ただ、菅政権は一体、どんな国を目指そうとしているのか、よく分からない。実利主義はともかく、予算委員会の限られた時間の中で力説されるのは、ケータイ料金を下げる、判子やファクスを無くす、とか。これが改革だと言われても、いまいちピンと来ない』。菅政権になって、与党席からの首相答弁に対する賛同の野次は明らかに少なくなった。辻元氏は『菅首相は、国民に本当のことを話せない時ほど言葉が少ない』と分析。象徴的だったのが、名簿は事前に見ていないと断言していた菅首相が、事務方の差し紙をきっかけに答弁を翻し、事前に事務方から説明を受けていたと答弁を修正した場面だと言う。『誰から(6人を拒否すると)説明を受けたのですかと質すと、渋々、杉田和博官房副長官と白状した。官邸の戦略的には絶対に出してはならない名前だった。事務方は焦ったと思いますよ。安倍さんだったら、のらりくらりと絶対に誤魔化したと思います』。更にこう続ける。『できるだけ国民の前で嘘はつきたくない、という菅さんの本音が滲み出た瞬間でした。その意味では、普通の人が総理になったんです。安倍さんはコテコテの脂ぎったステーキのようでしたが、菅さんはサラサラッとしたお茶漬けかな。実は味わい深いのか味がなくて物足りないのかは、まだ判断できませんが』。自民党の一部からも菅首相の答弁を不安視する声が上がる。そうした声が『支持率が高止まりしている間に解散総選挙を』という早期解散論の根拠となっている。実際、政権発足直後の9月の内閣支持率は65%。学術会議問題で落ちたものの11月でも56%だった。早期解散の場合、来年度の予算成立後のタイミングが有力と見られている。年内の首相出席の予算委員会は残りわずか。事務方の答弁書に頼るのではなく、自分の政治観、国家観を国民に説明して欲しい。(編集部・中原一歩)」との事である。
     壊れたるラジオ呼ばはりされちやつてスガ首相は可哀想な人!
     壊れたるラジオ呼ばはりされるより秋田に帰つて杉の枝打て!
     本来は草鞋履きして畑掘り苺栽培するべき総理!
     雄物川の源流に湧く温泉で湯浴みしてれば良かつた菅氏!
     源流に還れ菅さん!故里の秋の宮の森荒れ果てにけり!


○  園児らが跨線橋にて手を振ればプンと鳴らして準急が行く  (富士見市)武川行男

 四席。
 「園児らが跨線橋にて」せっかく「手」を振ったのにも関わらず、「プンと鳴らして準急が行く」なんて、特急でもないクセして生意気ですね!
     撮り鉄がみなシャッターを押したれど煙に巻かれてデコイチ撮れず!
     撮り鉄になつたふりして喜多さんがカメラ向けたるアンパンマン号!
     コロナ禍で客の寄り来ぬ浅草の東京大衆歌謡楽団!


○  コロナ禍で閑散としてあな嬉し西田が愛でた哲学の道  (宇治市)辻本勝史

 五席。
 世界遺産の銀閣寺から若王子神社に至る「哲学の道」には、かつて京都市電の路面を覆っていた敷石をリサイクル利用した石畳が敷かれていますから、入りたくても「あな」など在りません!
      哲学の道にさしたる穴は無しチンチン電車の敷石敷けば!
      コロナ禍で寂寞としてあな侘し奥日光の戦場ヶ原!
      若王子出でし折りには曇れるも夕陽眩しき白沙村荘!


○  鮮やかな花柄、白、黒 参観日マスクで覚える保護者の顔ぶれ  (奈良市)山添聖子

 六席。
 ウイズコロナ最中に決行された「参観日」とあって、「鮮やかな花柄、白、黒」の「マスク」で顔面を覆った大勢の「保護者」が押し掛けましたが、その中でも取り分けて彩りの鮮やかなマスクを掛けていたのは、やまぞえそうすけ君と山添葵さんのママさんだったのではありませんか!
 なにしろ、他の児童のママさん方と比較した場合、山添さんちのママさんへの注目度が絶大でありますからね!
     彼の人は猪鹿蝶のマスク掛け保護者席にて澄まして御座る!
     母なれば古都奈良に住む者なればわたし豹柄ワンピ着ません!


○  新米が在れど古米を食む八十路新米炊くのは孫が来た時  (長野市)青木武明

 七席。
 信州は山ばっかりで田圃が少ないから、昔からお米を大切に扱っていたのであり、死の床に就いている爺さん婆さんの枕元で、竹筒に入れたお米を振って聴かせる事が親孝行の一つであった、という話もあります。
 従って、そういう習俗に慣れている「八十路」の爺さん婆さんにとっては、「新米を炊くのは孫が来た時」以外に無かったのは、理の当然の事でありましょう。
      新米のママには杓文字を渡さない!諏訪氏以来の習俗哀れ!
      蜂の仔やザザ虫ばかり食べて居て米の美味しさ知らぬ健民!


○  枯れ初めし青紫蘇に飛蝗ひとつゐて一人のランチ分を摘む秋  (坂戸市)納谷香代子

 八席。
 なかなか手の込んだウイズコロナ題材の一首である!
 「埼玉県坂戸市の在にお住いの本作の作者・納谷佳代子さんは一人世帯である。その一人世帯の納谷香代子ちでは、何かの足しにしようと思って、ベランダのトロ箱に青紫蘇を植えているのであり、その青紫蘇はそろそろ枯れ始めたのであるが、あろう事か、その枯れ始めた青紫蘇に飛蝗がひとつ留っているので、生き物の命を慈しむ性癖を持って居る納谷佳代子さんは、飛蝗という生き物の命を慈しむが故に青紫蘇を摘む事が出来ない!性格が性格であるが故に青紫蘇を摘む事が出来ないのであるが、然しながら、件の青紫蘇を、彼女はランチの彩りとして添えなければならない、という必要性に迫られているのであるから、已む無く彼女は、件の青紫蘇を本の少しだけ摘む事を敢えて決行した」とするのが、本作の大意でありましょう。
 これ程までに並べ立てて「本作の大意でありましょう」も無いもんだが、私・鳥羽散歩は、認知症防止策の一環として、この記事を書いているのでありますから、本ブログの読者の方々に於かれましては、何卒、ご許容賜りたくお願い申し上げます。
 ところで、「電話帳に掲載されている情報によると、<納谷>という苗字の人は全国に約4,100人程おり、<納谷>は、全国で<3,520番目>に多い名字」であるとの事。
 また、「<納谷>姓の人は、<北海道・東京・大阪・秋田・新潟>の順に多く分布しているようであり、埼玉県には約百三十人居る」との事。
 という事でありますから、「本作の作者・納谷佳代子さんは、埼玉県の納谷姓の住民・百三十名中の一人」という、極めて貴重なる存在なのである!
     大鵬の孫「納谷」改め「王鵬」の十両昇進決定せらる!
     大鵬の孫「納谷」改め「王鵬」の父の忠茂、何地に居らむ!


○  名にし負うコウヤボウキの白い花山の空気を更に浄める  (熊谷市)飯島悟

 九席。
 「コウヤボウキ」は、「キク科の落葉低木で、日当たりのよい乾いた林や山岳地を好んで生える。かつて和歌山県の高野山では、弘法大師の教えで果樹や竹などの植栽を禁じられていたため、この植物で作った箒が用いられていた事に因って、高野帚と呼ばれるようになった」との事。
 それにしても、「名にし負うコウヤボウキ」とは、些か大袈裟な表現ではありませんか?
     名にし負ふ大鵬関の孫にして貴闘力の息子「王鵬」!

今週の「朝日歌壇」より(2020/11/22掲載)  農家さんは土地をたんまり持つてるが娘の器量はあんまりよぐね!  俯瞰的、総合的に読むべきで近視眼的に読んではならぬ!  俯瞰的、総合的に詠むべきで左翼的には詠んではならぬ!  接吻を許してしまうと直ぐさまに身体を求めて来る男たち!  東条の番犬として名を馳せし四方隊長年上なりき!  骨太の貴さまだから骨瓶に入らぬ程の大きな骨も!  チャイム鳴り子ら一斉に立ち上がりマスクはめずに歩くは危険!  スガ禍から我が身を守る為にこそアベノマスクを捨てないで置く!  木道を行けば出逢はむ羚羊の啼く音わびしき冬は来にけり!  田沢湖の湖畔に眠る父母に削り華一枝手向けむとする!  尾瀬沼の畔に一夜宿り居てカレーライスを美味しと食べむ!  

     永田和弘選

○  判子押し一国一城の主人だと不動産屋が夫にだけ言う  (川崎市)川上美須紀

 首席。
 「家を買ってなぜ男だけが一国一城の主になるのか、誰もそれを不思議に思わないのかと作者は問う」とは、選者・永田和宏氏の寸評である。
 「夫にだけ」しか言わなかったとは、真に失礼な話であり、商売下手な「不動産屋」ではありませんか!
 でも、川崎市にお住いの川上美須紀さんは、件の不動産屋が貴女に「一国一城の主だ」と言わなかった事だけがご不満なのであり、「判子」云々は、どうでも宜しいと思っているみたいですね?
 そもそもの話をすれば、犬小屋かせいぜい鶏小屋程度の広さしかない中古マンションを、しかもローン払いで買って一国一城の主も何も無いのではありませんか!
 こんな貧乏たらしい話ばっかりしてるから、日本人はアメリカ人や中国人から軽く見られるんですよ!
     農家さんは土地をたんまり持つてるが娘の器量はあんまりよぐね!


○  六人の任命拒否のその後は過去の歴史が教えてくれる  (亀岡市)俣野右内

 次席。
 「俣野さん、松村さんの両作を並べてみると、学術会議がどのような展開を見せるのかが自ずから見えてくる」とは、選者・永田和宏氏の寸評である。
 京都府亀岡市にお住いの本作の作者・俣野右内さんは、「ニッポンの過去の歴史は、私たち庶民に忍従しか教えて呉れない!」とでも言いたげにして、この一首をお詠みになられたのでありましょうか!
     俯瞰的、総合的に読むべきで近視眼的に読んではならぬ!
     俯瞰的、総合的に詠むべきで左翼的には詠んではならぬ!


○  だんだんに馴れて来ますと親しげにすり寄ってくる名はファシズム  (我孫子市)松村幸一

 三席。
 学術会議会員任命拒否の次に来るのは平和憲法の改悪なのかも知れません!
 そんな段階なのに、立憲民主党の党首は、「私たちは立憲民主党は、憲法改正不要論の立場に立つものではない!」なんて事を仰るから、彼らに付け上がらせるんですよ!
     接吻を許してしまうと直ぐさまに身体を求めて来る男たち!


○  日本が輝いていたあの頃の首相はみんな年上だった  (大和郡山市)四方護

 四席。
 「みんな年上」云々はともかくとして、「日本が輝いていたあの頃」って、一体全体、何時の時期を指して言ってるんですかね!
 私たちの日本が特需景気で湧いてた頃には、日本海を隔てた向こう側では、盛んにドンパチ遣ってて、そのお蔭で<経済復興>とやらが訪れたんですよ!
     東条の番犬として名を馳せし四方隊長年上なりき!


○  一枚の葉書に一首 沈黙の善人などでありたくはない  (観音寺市)篠原俊則

 五席。
 「沈黙の善人などでありたくはない」と仰る、香川県観音寺市にお住いの篠原俊則さんの「一枚の葉書に一首」を記して、朝日歌壇に入選された作品の中から、令和二年正月以来の作品を以下に列挙させて頂きます。

  お互いのペットを褒める柔らかき言葉の満ちる動物病院  (1/12馬場選)
  工事費も工期も膨らむ埋め立てを辺野古の海は黙しつつ受く  (1/19永田選)
  ベトナム人のサムさんの焼くパンの香のやさしく満ちる朝の店さき  (1/19馬場選)
  被災地にブルーシートの屋根がある年末ゴルフに興ずる総理  (1/26高野選)
  「募ってはいるが募集はしていない」意味を五十字以内で述べよ  (2/23永田選)
  肺炎のニュースの多さに安堵する国会議員が何人かいる  (3/1永田選)
  犬は前人は後ろに重心をかけバランスを取りつつ歩む  (3/8永田選)
  心愛ちゃんが「未来のあなたを見たいです」と綴りし時の豊かな未来  (3/15永田選)
  スーパーに冷凍炒飯売り切れて始まる春の全国休校  (3/22馬場選)
  ひゅんひゅんと客無き土俵に響きいる弓の鋭く空を切る音  (4/5高野・永田選)
  コロナ禍の列島洗うごとく降る弥生みそかの雨の優しさ  (4/19永田選)
  「いい人生だった」と人工呼吸器を若者に譲り逝きし老女よ  (5/3高野選)
  収入の減らぬ総理が犬を抱きソファーで本読む動画を上げる  (5/10高野選)
  雨ガッパにガムテープ巻き患者診る医師を支える精神尊し  (5/17馬場選)
  鼻か顎どちらか隠せない布のマスクのごときコロナ対策  (5/31永田選
  真実は庶民の暮らしのなかにあるプロンプターに映りはしない  (6/14永田選)
  「気の緩み見える」と担当大臣が評者のごとく日本を語る  (6/21佐佐木選)
  賭け麻雀為し政権を揺るがせる「余人をもって代えがたき人」  (6/21永田選)
  香港の自由のために一票を投じたたった一人の勇気  (7/5永田選)
  志半ばに滋さんが逝きめぐみさんは二度父をうしなう  (7/5佐佐木選) 
  日本にもいるはずだあの警官も圧殺されたあの黒人も  (7/12馬場選)
  予讃線の土手の草刈る男らは青き紫陽花刈り残したり  (7/12高野選) 
  深く深く七万本の杭打たれ辺野古の海は痛みにたえる  (7/19永田選)
  ボート牽く自衛隊員雨に濡れ尊きものは前線にある  (8/2高野選)
  吊るされたボール高く高く跳ぶ丸い海しか知らぬイルカは  (8/2永田選)
  もう何も書けない書かない香港の町に貼られた真白き付箋  (8/9永田選)
  船頭の一人もいない船に乗る心地日本のコロナ対策  (8/16高野選)
  厚き身を我に盛りつけ身の薄き鰻を妻は「美味しい」と食む  (8/23永田選)
  「怖かった」そのひとことを言わせんと少女に手錠をかける中国  (9/13永田選)
  闘病の歌詠む住持の名を長く見ぬまま虫の鳴くころとなる  (10/4永田選)
  川岸がゆっくり浸食されてゆくごとく商店消えるふるさと  (10/4高野選)
  七試合七つのマスク七つの名ナオミ・オオサカ成し遂げし業  (10/11永田選)
  六人の任命の拒否 前例を打破して「悪しき前例」作る  (11/1永田選)
  退院の大統領につき従う男の運ぶ鞄の黒さ  (11/8高野選)
  非正規のボーナス認めぬ判決よ命に正規非正規はない  (11/8永田選)
  闘病の歌詠む住持の名を長く見ぬまま虫の鳴くころとなる  (11/10永田選)
  川岸がゆっくり浸食されてゆくごとく商店消えるふるさと  (11/10高野選)


○  弟の骨揚げを待つひとときに酒を酌みたり貴さまの分も  (長野県)沓掛喜久男

 六席。
 いくら何でも、「貴さま」とまで仰るのは頂けません!
     骨太の貴さまだから骨瓶に入らぬ程の大きな骨も!


○  チャイム鳴り子らは小声で歌いだすマスク小さくふくらませつつ  (町田市)村田知子

 七席。
 我が家の近所の保育園では、園児たちにマスクをさせないで外歩きをさせているみたいですが、幼児たちは、新型コロナウイルスに感染しないのでありましょうか?
     チャイム鳴り子ら一斉に立ち上がりマスクはめずに歩くは危険!


○  ウエディングベールを選ぶように子は身にまといつつカーテン選ぶ  (奈良市)山添聖子

 八席。
 昔から、「ウエディングベール」は<魔除け>の役割りを果たすと信じられていますから、葵さんとそうすけ君は、新型コロナウイルスから身を守るためにカーテンを選んでいるのかも知れませんね! 
     スガ禍から我が身を守る為にこそアベノマスクを捨てないで置く! 


○  語尾上がる琵琶湖にあらず語尾下がる琵琶湖のほとり父母眠る  (茨木市)瀬川幸子

 九席。
 「語尾上がる」の場合は「琵琶湖」の「コ」にアクセントを置いて発音し、「語尾下がる」の場合は、「琵琶湖」の「ビ」にアクセントを置いて発音するのでありましょうか?
 だとしたら、大阪府茨木市にお住いの本作の作者・瀬川幸子さんのご父母様は、お二人共に「ビ琶湖」の畔に眠っておられるんですね!
     田沢湖の湖畔に眠る父母に削り華一枝手向けむとする!


○  木道の大沼小沼草紅葉荷を解く宿の夕餉は早し  (小城市)福地由親

 末席。
 「荷を解く宿の夕餉」は超早く、しかも、超不味い<カレーライス>ばっかりなのでありましょう!
      尾瀬沼の畔に一夜宿り居てカレーライスを美味しと食べむ!
      木道を行けば出逢はむ羚羊の啼く音わびしき冬は来にけり!

今週の「朝日歌壇」より(2020/11/22掲載)  朱の肌は火事場明りに照らされて娘お七の思ひ募らす!  毬剝けば鬼皮見えて鬼皮を剝けば出で来る栗の実ならむ!  暮れて行く宿の窓辺に望めども彼の南湖院霞みて見えず!  またオマエ似ても似つかぬ顔をして総理気取りで外遊するか!  又も負け!愚将率いる巨人軍!江川卓を監督にせよ!  名にし負ふ『釣りキチ三平』の著者たりき矢口孝雄氏ご逝去とのこと!  ミシガン号欠航せしか!湖雲山・龍雲寺の僧、梵鐘乱打!  こんな歌読んで呉れて有難う!そんな感じで誉めて下さい!  下るべき時期を失ひ菅総理!弊履の如く捨てられにけり!  まつろはぬ者みな捨てて其の挙句己が行き場を失くした総理!  羽後国秋の宮生れのジヤゴタロの衣のタテは綻びにけり!  

     佐佐木幸綱選

○  夕暮れて塒に戻る四千の白鳥明りに瓢湖は暮れず  (阿賀野市)小林重雄

 首席。
 「いよいよ白鳥が多くなってくる季節である。朝飛び立っていった白鳥たちが、次々に瓢湖にもどってくる夕暮れのにぎわい」とは、選者・佐佐木幸綱氏の寸評である。
 本作の文脈を辿る事は必ずしも容易いことではありませんが、「白鳥には夕暮れになれば塒に戻る習性が有るが、その夕暮れになって塒である瓢湖に戻って来た四千羽の白鳥の翼明りに照らされて瓢湖はしばし暮れなずんでいる」といったところが、一首の意でありましょうか?
 「白鳥明りに瓢湖は暮れず」とは、なかなか興味深い表現であり、作者・小林重雄さんに依る、湖畔の夕景色の発見でもありましょう。
 「明り」を基幹として構成された「~~明り」という熟語を、この傘寿過ぎの高齢者の思い付くままに列挙してみましょう。
 「月明り・星明り・街明り・村明り・港明り・浦明り・燈台明り・灯火明り・焚火明り・ランプ明り・提灯明り・ガス燈明り・火事明り・火事場明り・修羅場明り・血染め明り」等などであり、「明智小五郎探偵は、妖艶な熟女の死体が修羅場明りに照らされて殺人現場に転がっているのを認めたが、件の熟女の死体からは有ろう事か秘部が切り取られていたのであった」などといった具合に使用されたりもする。
 「修羅場明り」が「血染めの修羅場ゆえの明るさ」であるとすれば、「白鳥明り」とは、「白鳥の翼や羽毛の白さゆえの明るさ」でありましょうか!
 「その<白鳥明り>に照射されて、夕暮れ時であるにも関わらず<瓢湖>が暮れなずんでいる光景に、菅義偉政権の推進する<Go To トラベルキャンペーン>に便乗出来る訳でもないのに、近場の瓢湖を訪れた作者は、しばし見惚れて居る」のでありましょうか!
      朱の肌は火事場明りに照らされて娘お七の思ひ募らす!


○  牡蠣むけば命浸せるサロマ湖の水ほたほたと滴らせたり  (旭川市)高口玲子

 次席及び馬場選の九席、高野選の末席。
 「手にのせたサロマ湖産の牡蠣をクローズアップ」とは、選者・佐佐木幸綱氏の寸評である。
 旭川市にお住いの本作の作者・高口玲子さんは、「サロマ湖」に棲息していた「牡蠣」という生き物の命の営みの哀れさを詠む事を通じて、私たち、この地球上に産み落とされ、呼吸をして棲息して行かなければならない、ありとあらゆる生き物の命の営みの空しさを慨歎しているのでありましょう。
     毬剝けば鬼皮見えて鬼皮を剝けば出で来る栗の実ならむ!


○  娘の手術明日に控えて着きし宿暮れゆく窓に捜す病院  (茅ケ崎市)和田光子

 三席。
 「母と子の緊張感が伝わってくる」とは、選者・佐佐木幸綱氏の寸評である。
 何の手術かは定かでありませんが、「娘の手術」を「明日に控えて」、一晩の宿りを求めて辿り着いた「宿」!
 その「宿」の「暮れゆく窓」から、明日手術が行われる「病院」を「捜す」作者と作者の娘!
 本作を通じて、作者が訴えようとしているのも、生きとし生きる者の命の営みの無情さでありましょう。
      暮れて行く宿の窓辺に望めども彼の南湖院霞みて見えず!


○  またオマエしょうがないねと言いたげに草刈る我を見てるアナグマ  (三浦市)下里真佐子

 四席。
 また、此処にも、命の営みの無情さを慨歎する存在が一人居て、何と驚いた事に、彼女が生きる為に行う「草刈る」姿を、「またオマエしょうがないねと言いたげ」にして「見てる」のは、あの煮ても焼いても食えない「アナグマ」なのである。
     またオマエ似ても似つかぬ顔をして総理気取りで外遊するか!


○  振り返りたい衝動を抑えてる子がいる今日は保護者参観日  (横浜市)白鳥孝雄

 五席。
 「保護者参観日」に、教室の後方に設えられた保護者席を、「振り返りたい衝動を抑えてる子」が一人居るが、件の「子」は、昨今、話題の国営賭博場設置云々問題で揉めている、神奈川県横浜市にお住いの本作の作者・白鳥孝雄さんちの一人っ子であり、彼も亦、命の営みの無情さを慨歎する存在の一人なのかも知れません!
     又も負け!愚将率いる巨人軍!江川卓を監督にせよ!


○  百歳の母の部屋から聞こえ来る小さな声の「長崎の鐘」  (高松市)島田章平

 六席。
     亡き妻の母は白寿に母子草 (高松市)島田章平
 上掲の句は、去る2020年3月29日付けの朝日新聞朝刊に掲載された島田章平さん作であり、大串章選の首席入選作である。
 掲出の一首に登場する「百歳の母」とは、上掲の句に登場する「亡き妻の母」と推察され、作者の島田章平さんの義理の母に当る高齢者女性でありましょう。
 であるならば、件の「母」は、高齢者介護施設に入所されたままで、新年早々百歳の春を迎えられる筈であり、島田章平さんは、今は亡き奥様への思いを胸中に抱きつつ、ご自身の義理の母たる百歳の老女のお見舞いに出掛けられたのであるが彼女の部屋から聞こえ来るのは、金切り声を張り上げての『銀座カンカン娘』や『天城越え』や『津軽海峡雪景色』ではなかったし、かと言って、可愛らしい声での『七つの子』でも『カラスの赤ちゃん何故鳴くの』でもなくて、小さな声の『長崎の鐘』であった」とするのが、本作の趣旨である。
 ところで、『長崎の鐘』は、昭和二十年八月九日に長崎市に落とされた原子爆弾の被災者・長崎医科大学(現長崎大学医学部)助教授の永井隆氏自らが、爆心地に近い同大学で被爆した時の状況と、右側頭動脈切断の重症を負いながら被爆者の救護活動に当たる有様を記録した随筆『長崎の鐘』に基いて、昭和二十四年七月に制作・発表された、サトウハチロー作詞・古関裕而作曲の歌謡曲であり、その典拠となった随筆『長崎の鐘』そのものが、<連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の検閲に遭って、校了後直ぐには出版許可が下りなかった>などという話題などとも相俟って、戦後歌謡史上有数のヒット曲となり、令和二年の今日に至るまで、私たち日本人の間で歌われ口ずさまれる事となったのである。

      『長崎の鐘』  作詞:サトウハチロー/作曲:古関裕而/歌唱:藤山一郎

       こよなく晴れた 青空を
       悲しと思う せつなさよ
       うねりの波の 人の世に
       はかなく生きる 野の花よ
       なぐさめ はげまし 長崎の
       ああ 長崎の鐘が鳴る

       召されて妻は 天国へ
       別れてひとり 旅立ちぬ
       かたみに残る ロザリオの
       鎖に白き わが涙
       なぐさめ はげまし 長崎の
       ああ 長崎の鐘が鳴る

       こころの罪を うちあけて
       更けゆく夜の 月すみぬ
       貧しき家の 柱にも
       気高く白き マリア様
       なぐさめ はげまし 長崎の
       ああ 長崎の鐘が鳴る 

 この名曲の特質の一つとして上げれらるべきは、「反戦・反核・反軍国主義」という思想を胸中に秘めていながら、それを直接的に歌い上げること無く、今は亡き妻への「相聞歌」に仕立て上げている点でありましょうが、その本質は、反戦歌であり、反核歌であり、反軍国主義歌である。
 この名曲を、彼の国民歌手・藤山一郎が唄ったのは昭和二十四年七月、即ち、島田章平さん作中の「百歳の母」の三十路前であり、後々、島田章平さんと結ばれる筈の我が愛娘のご養育に一緒懸命であった時期でありましょう。
 その愛娘のご養育に一所懸命な、三十路前の女性の胸底深くに刷り込まれて居て、新型コロナウイルスに呪縛された令和二年の今日、再び蘇り来るのが、彼の隠れ反戦歌『長崎の鐘』だったのである!
 一見、「妻恋い物語・母恋い物語」風に装いながら、本作は、唯一の被爆国である事を忘れて、核兵器禁止協定に背を向け、原子力発電に依拠しようとする我が国社会に警鐘を鳴らす一首である!
     名にし負ふ『釣りキチ三平』の著者たりき矢口孝雄氏ご逝去とのこと!


○  定期便欠航せしか今日もまた夕空仰ぎ僧の鐘撞く  (滋賀県)藤井了義

 七席。
 琵琶湖畔一帯の市町村は、我が国有数の仏教寺院の所在地として知られているが、今宵また、暮れなずむ夕焼け空を仰ぎつつ、檀家制度の崩壊を憂いつつ、件の仏教寺院の僧侶たちは、撞けども叩けどもお布施が集まる筈も無い梵鐘を撞いて居るのでありましょうか?
     ミシガン号欠航せしか!湖雲山・龍雲寺の僧、梵鐘乱打!


○  こんな日に甘えてくれてありがとうなんでわかるの猫ってすごいよ  (八戸市)藤田直

 八席。
 「藁にもすがりたい気持」って言葉は聴いた事がありますが、「猫にも縋りたい気持ち」って言葉は聴いた事がありません!
     こんな歌読んで呉れて有難う!そんな感じで誉めて下さい!


○  登るべき山を語らず木を語るビジョン乏しき所信表明  (観音寺市)篠原俊則

 九席。
 名将・原辰徳監督の兵を語らざるが如く、名伯楽・菅義偉氏も亦、己が仕えし安倍総理の「桜を見る会」の一件に就いては何も語らないことでありましょう。
     下るべき時期を失ひ菅総理!弊履の如く捨てられにけり!


○  まつろはぬ者切り捨つる菅総理鳥の眼を左右に泳がす  (北九州市)松尾あけみ

 末席。 
 「鳥の眼を左右に泳がす」との、カウンターパンチの効き目抜群の秀歌である。
     まつろはぬ者みな捨てて其の挙句己が行き場を失くした総理!
     羽後国秋の宮生れのジヤゴタロの衣のタテは綻びにけり! 

「河野裕子処女歌集『森のやうに獣のやうに』」を読む

○  夕闇の桜花の記憶と重なりてはじめて聴きし日の君が血のおと

○  逆立ちしておまへがおれを眺めてた たつた一度きりのあの夏のこと

○  光ある教室の隅の木の椅子に柔らかくもの言ふ君が坐りをり

○  ふつふつと湧くこの寂しさは何ならむ級友らみな卒へし教室に立つ時

○  たとへば君 ガサツと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか

○  デボン紀の裸子植物のせしごとき浅き呼吸を恋ひつつ睡る

○  目瞑ればまなうら寒くこがしつつ鯖雲なだるるふるさとなりき

○  われを呼ぶうら若きこゑよ喉ぼとけ桃の核ほどひかりてゐたる

○  ブラウスの中まで明るき初夏の日にけぶれるごときわが乳房あり

○  さんらんと硝子戸砕く夕ひかりわれはつぶてのごとき恋を得し

○  坂の上異様に赫く昏れゆきぬ坂の向かうに何かあるごとく

○  丈高きこの半身に満ちて来し夕日は花のやうな傷をひらきつ

○  月光の若き長身抱かむに見えざる唇よりわが名を呼べり

○  青年は背より老いゆくなだれ落つるうるしもみぢをきりぎしにして

○  片耳がしづかに立ちて睡りゐる熱い砂上の緋の受信室

○  言ひかけて開きし唇の濡れをれば今しばしわれを娶らずにゐよ
 
○  振りむけばなくなりさうな追憶の ゆふやみに咲くいちめんの菜の花
 
○  森のやうに獣のやうにわれは生く群青の空耳研ぐばかり
      
○  横たはる獣のごとき地の熱に耳あててゐたり陽がおちるまで

○  透明を重ねゆくごとき愛にして汝は愛さるることしか知らぬ

○  わが頬を打ちたるのちにわらわらと泣きたきごとき表情をせり

○  死ぬことのあるゆゑながき一瞬をめがねやのめがねにわが映りゐる

○  死の後にゆき逢ふごとき寂かさに水に映りて桜立ちゐき

○  甕の水わが顔吸ひてとつぷりと納屋の暗がりに光りてゐたる 

○  光ある教室の隅の木の椅子に柔らかくもの言ふ君が坐りをり

○  ふつふつと湧くこの寂しさは何ならむ級友らみな卒へし教室に立つ時

○  わが髪の付きしセーターにふさふさと身を包み街を歩きておらむ

○  片耳がしづかに立ちて睡りゐる熱い砂上の緋の受信室

○  青林檎与へしことを唯一の積極として別れ来にけり

○  おほよその君の範囲を知りしこと安しとも寂しとも冬林檎むく

○  にくしみに冷えつつ摘みし十薬の白十文字の花逆さ干す 

○  今さらに恨むせんすべなきものをどくだみは匂ふ闇に光りて

○  肌ざむき欠落の時もどくだみは闇に十字に連なり咲けり




ふるさとの本家の梁に一本の古き縄垂れ揺れをりしこと  森のやうに
にんげんの耳たぶのごとき形してむき身の貝が白くならべり
森のやうに獣のやうにわれは生く群青の空耳研ぐばかり
抱擁のきはまるうつつ巻き緊めし髪わらわらとゆるみ始めつ
振り向けばなくなりさうな追憶の ゆふやみに咲くいちめんの菜の花
われを呼ぶうら若きこゑよ喉ぼとけ桃の核ほどひかりてゐたる
夏帽子すこしななめにかぶりゐてうつ向くときに眉は長かり
水かがみしわしわ歪むゆふまぐれわれにありたる母系も絶えぬ 
君をすこしわかりかけてくれば男と言ふものがだんだんわからなくなる
死ぬことのあるゆゑながき一瞬をめがねやのめがねにわが映りゐる
やはらかく冬の林檎を煮たるのみ曇天の午後早く昏れたり
にくしみに冷えつつ摘みし十薬の白十文字の花逆さ干す
夏の日の石段高しその裡を真昼の瀑布しづかにくだる
かばひくるる君が傍へにあはあはとひるがほのごと明かりてゐたり
石のごと灼けゐる夏にからみつき一点くらかりき 花はひるがほ
君がもつ汗水のにほひ髪のにほひわがかきわけて初夏に入りゆく
いつまでも少年のやうな君のこと 樹液したたる夏木々熱し
逆光に耳ばかりふたつ燃えてゐる寡黙のひとりをひそかに憎む
いつの日かはかなきことと思ひ出さむ肩に顔よせ風よけしことも 
朝かげの径を駈け来るあなたにも一本の肋骨欠けてゐるべし
びらびらと人間の掌の形して招きをるべし夜のプラタナス
振り向けば喪ひしものばかりなり 茜おもたく空みたしゆく
今頃はぼんやり鉛筆の芯などを見つめてゐむと病みて思へり
癒えたならマルテの手記も読みたしと冷たきベッド撫でつつ思ふ
どうでもよきことなれどきびきびと彼は確かに嘘を言いゐき
君の持つ得体の知れぬかなしきものパンを食ぶる時君は稚し
寝ぐせつきしあなたの髪を風が吹くいちめんにあかるい街をゆくとき
少女期終わらむとしてうぶ毛濃き顔うちつけの西日にさらすかな
土偶にも卑弥呼にも通ひだくだくとわれの日本の女の血めぐる

「河野裕子第二歌集『ひるがほ』」を読む

○  とつぷりと頭の先までを浸されて夕焼洪水の中電柱ともる

○  わが裡の何を欲りせる抱擁の泳ぐやうなる腕の形よ

○  臆すなく明るき個所に実をはらみ花らの生理の放つ香甘し

○  吾を産みし母より汝れの父よりもいのち間近にわが肉を蹴る

○  かなしみは母在ることにさかのぼり硝子器の水に溺るる夕日

○  まがなしくいのち二つとなりし身を泉のごとき夜の湯に浸す

○  殺しても足らざる程にひと一人憎みて生きいきとなりゆく吾か

○  づきづきと脈打つばかりひと一人憎みて熱き湯からあがりつ

○  産むことも生まれしこともかなしみの一つ涯とし夜の灯り消す

○  逝かせし子と生まれ来る子と未生なる闇のいづくにすれちがひしか

○  しんしんとひとすぢ続く蟬のこゑ産みたる後の薄明に聴こゆ

○  君は今小さき水たまりをまたぎしかわが磨く匙のふと暗みたり

○  寒烏賊の腹をさぐりてぬめぬめと光れる闇をつかみ出だしぬ

○  笑ひゐし子は眠りしか柔らかく背になじみ来て重くなりたり

○  このいのち終る日のこと想ほへば産むとふことも罪やも知れぬ

○  髪羞し汝が挿しくれしひるがほもひかりあえかにゆふべは萎えぬ

○  林中のごとき寂けさ 月は来て暗き書棚の肩を照らせり

○  うつそみを夜毎出でゆく魂魄は葬り処の土にまみれて還る

○  寂しさを知り分けし子が母を呼ぶ草笛よりも繊きそのこゑ

○  やや傾ぎ担がれゆきし棺のことその後様ざまに夢に見たりし

○  この二人子に似てゐしならむはかなき子あたたかきミルク分けつつ想ふ

○  もの暗きわれの在処よ月光の半ば及べる湯に膝を抱く

○  抱き上げて子に見せやりしキリンほど寂しからねど吾もすこし汚れて

○  生まれ来しわれの暗さに遡行してほたるは水に触れつつ飛べり

○  嘘つきて憎みてかつは裏切りて夕べざぶざぶ冬菜を洗ふ

○  しんきらり鬼は見たりし菜の花の間に蒼きにんげんの耳

○  古井戸に白き蓮咲き人招(よ)ぶと聞かされ眠りき昼闇ふかく

○  土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ

○  高空を移りつつゐる鳥のこゑ病めば人ごゑよりも近く聞こゆる

○  抱き上げて子に見せやりしキリンほど寂しからねど吾もすこし汚れて

○  群がれる人頭の彼方見やりつつキリンはしづかにやせて佇ちゐし

○  この雨夜キリンは病みて睡りゐむ頭の暗闇にアフリカの陽を抱き

○  雨の匂ひしてゐる夜を鳥よりも深く首曲げ眠れり孤り

○  夜と昼の生理ことなる樹の下に肺持つわれの胸息づけり

○  あるだけの静脈透けてゆくやうな夕べ生きいきと鼓動ふたつしてゐる

○  病める子がしばし遊びてをりし卓象牙の子馬は宙を蹴りつつ

○  君と子らを得たる腕よさはさはと朝の夏草かき抱きて刈る

○  晩夏光かすかに翳る坂道を下り来るひとの眉濡れてをり

○  耳ひかる馬があへぎて過ぎし後ただしんしんと暑き日の昏れ

○  わが影の頭のあたりにて首太き男の影が煙草ふかしをり

○  びろびろと臆面もなき耳ふたつ今日幾人にさらし来しかな

○  こぬか星にじめる夏の薄闇にみみづくは柔き肉を裂きゐし

○  髪やさし汝が挿しくれしひるがほもひかりあえかにゆふべは萎えぬ

○  暗い昼それより暗くひるがほの薄き花びら陽をつつみゐき

○  ひるがほの花あかりほどのわが胸に額埋め来て稚かりける

○  先をゆく白シャツの背の青むまでめぐり若葉の椎群落よ

「河野裕子第三歌集『桜森』」を読む

○  夜の扉わづか開きてのぞきゐし夕映えはとほき華やぎに似る 

○  かなかなの千の旋律ひとつこえに研がれて天の昏らみに聴こゆ

○  みづうみの湿りを吸ひてどこまでも春の曇天膨れてゆけり

○  少女のやうに逝きたりしかば年経りて吾娘のごとくに思ふ日あらむ

○  舐るがに縋りつく祖母をひきずりて笑ふも怒るも泣くもかなはぬ

○  古甕のうちにひそひそ坐るごとし一日音なく雪は降りつぐ

○  針山に針はさびゆく 亡き祖母が在りし日の髪に刺さりたるまま

○  子を連れてゐるといふこと人中に子は柔らかき楯ともなりて

○  身一つにありし日日には知らざりき日向にても子を見喪ふことを

○  昏れかけし記憶の中に窓ひとつ開きゐて黄色き馬の貌見ゆ

○  股めがね指めがねして子は見をり凧消えゆきし洞のごとき空

○  たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり

○  君を打ち子を打ち灼けるごとき掌よざんざんばらんと髪とき眠る

○  わが胸をのぞかば胸のくらがりに桜森見ゆ吹雪きゐる見ゆ

○  必ずや吾を喰ひつくす男なり眼をあけしまま喰はれてやらむ

○  子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る

○  子を叱る母らのこゑのいきいきと響くつよさをわがこゑも持つ

○  しらかみに大き楕円を描きし子は楕円に入りてひとり遊びす

○  われはわれを産みしならずやかの太初吾を生せし海身裡に揺らぐ
   
○  花や藁乾きてゆける陽の下に血の壺のやうに重たきわれは

○  地に直に触れゐる部分のやはらかさ裸足といふこと私といふこと
   
○  この髪膚われを包みてわれとなすこのぐにやぐにやの湯の底のわれ

○  ちちははも君も子も重し月あらぬ湯の底のわれ更にも重し

○  登りても登りてもなほ坂は坂われみづからを灼く血が苦し

○  肉が肉押しわけてゐる雑踏にどつとかなしきわが乳房なる

○  ほしいまま雨に打たせし髪匂ふ誰のものにもあらざり今も

○  ざつくりと朝より裂けてゐる空に肩さし入れて朝より憂鬱

○  ほのぐらき桜の森に棲み待ちて胸乳ゆたかに花浴みゐたる

○  ゆふがほのひかり寂けき傍らに花より冥くみづは匂へり

○  死者のみを切なく愛し蜜こゆき白桃無惨に夜ふけに喰へり

○  ひたぶるに夕日の坂は傾斜せり喉のくらがりが血まみれなり

○  睡さうな生首どもをひとつづつ夕日の納屋の棚からおろす

○  君が指をつたひて落つる血の雫かくまざまざと君が血を見る

○  羞しさや 君が視界の中に居て身震ふほどに君が唇欲し

○  焼けおつる橋かも恋は赫あかと背後煽られ汝へ架くる腕 
  
○  火の中に火よりも熱く焼かれゐる壺のくるめき抱かれてわれも

○  限りある生を互みに照らしつつほたるの点滅に息合はせをり

○  とかげのやうに灼けつく壁に貼りつきてふるへてをりぬひとを憎みて

○  月面の山脈あをくうるめると髪のびそめし子を抱き上ぐ

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Author:鳥羽散歩
卑しくも<詩歌ブログ>を名乗る以上は、イラストやカラー写真で以て読者に取り入ろうとしてはなりません。ましてや、田舎町の安手のレストランで食べた料理のカラー写真で以て読者を幻惑させようとするのは論外です!当ブログは、カラー写真やイラストの類の夾雑物は一切無しの<詩歌ブログ>です。

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