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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

「斎藤寛第一歌集『アルゴン』」を耽読する

○   「在る」といふ罪負はされて二丁目の路地を抜けゆく斎藤容疑者

○   生意気な青年のまま死ぬ権利失ひしより続く沼棲み

○   一枚の硝子を背負ふ人の来て一人に負はるる硝子が行けり

○   革命は二百年ほど延期だと町内連絡網は伝へ来

○   後より〈戦争やりてえ!〉といふこゑす戦艦三笠映写室にて

○   ぼそぼそとぼそぼそとぼそぼそぼそと穂村弘の語る正論

○   春浅き生実野(おゆみの)ゆけば地を伝ふブルグミュラーは祈りに似たり

○   高みより見下ろす街をうつくしと思ひし頃はひよつ子なりき

○   ワープロがふうはり詩人になりし夜の「燦然珊瑚の休暇について」

○   真夜中の防犯カメラの前に立ちお ーい雲よと手を振つてみる

○   双乳の重さを負はぬ性なれば思惟しばしば浮き立ち易し

○   つくよみの冴ゆるころほひ両の乳搾りて妻は夜勤に出でぬ

○   指を切りたまねぎを切り指を切りさあ召し上がれぼくのサラダを

○   みづうみの霧にまみれぬかしこさとずるがしこさの境界線は

○   時間とふクスリ効く人効かぬ人わたくしなどはとことん効かぬ

○   生き急ぐ者は急げる夏の夜の各駅停車ドア開けて待つ

○   いつぽんの樹でありしころ真裸のひとに抱かれし たれにも言はず

○   茶も出さず金も返さず百五十円飲み込んだまま自販機の黙

○   青々と深みゆくらし大寒の黙と黙との行き交ふ空は

○   芋版に押されてねこは笑まひゐき熊澤醫院「よいこのくすり」

○   猥褻に寝合つたのよとのたまへる沼津の姉は異人に近し

○   「血も涙もありすぎつてのも困るのよ」沼津の姉の梅雨のぶつくさ

○   そんな時オレなら斯うしてやるぜとて沼津の姉はグラス投げたり

○   「タンカだかナンだか知らんが紙きれを受け取りました」と届く礼状

○   「批判には愛が要るのよ 非難には憎が要るのよ 今夜は寝るわ」

○   次の生は木立とならむ抱き合はず諍ひ合はずしづかに生きむ

○   褒め合ひて突つつき合ひて抱き合ひて楽しく煮くづれよさかなたち

○   こころより数倍広い肩幅を押し通しゆく 中年と謂ふ

○   薄かった 素裸だつた 二〇一一年三月一二日朝刊

○   中ジョッキ二杯目あたりで蒸し返す「あの件」いつしか快楽となり来

○   霧雨の路地のかたへに襤褸屑と化しつつ魚は宙へ目を開く

○   鈍色の声にて勝負パンツつて何? と問ひ来る妻を畏れき

○   この先も生きてゆく だが薄く死ぬ ちひさく再生する 引越し

○   めぐみ幼稚園ばら組のおいらには呪文だつたぜ〈シュハキマセリ〉は

○   わたくしを展開すれば不可思議な糊代ありてぴろぴろと揺る

○   「・・・いくら?・・・」「・・・にひやくじふゑん・・・」窓口の全人格を賭けたる対話

○   ひんがしのはたての部屋にくれなゐの残務一袋置き忘れ来ぬ

○   ホチキスの針逆らへば綴ぢ直す[家族]いづれはほどけゆかむを

○   紙飛行機と紙ヒコーキの飛ばしつこ そりやあヒコーキだらうつて?ふふ。

○   ローソンの袋の皺に眼はありてじいつと俺の方を見てゐる

○   綱取りを遂げたる力士に掲げられ鯛は黙して床を見てゐる

○   傘を使ふ動物を人間といふ見よくさぐさの自己愛の花

○   螢田より風祭まで胴赤き夏の電車に運ばれゆきぬ

○   短歌とふ情の世界と振る枕よりぽろぽろと蕎麦殻の落つ

○   短歌とは厄介者の子守唄、だらうか雨はほどなく止まむ

○   ことばしかないのだといふことばしかないのだといふことばしかない
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今週の「朝日俳壇」より(2020/12/27掲載)  ただ単に季節外れに咲くからに皇帝ダリアを愛づる俳人!  富士山の八合目にて立ち止まり雉撃ちしてた田部井淳子は?  出て困る!困られても出る菅総理!連日連夜会食するな!  大穴を当てて年越しするといふ狙ひ外れておけら街道!  香り佳し形小振りのラ・フランス!直ぐに食べねば腐つてしまふ! 

     高山れおな選

○   皇帝ダリア咲けば喪中の葉書来る  (高萩市)小林紀彦

 首席。
 「新たな冬の風物詩となった巨花と喪中葉書の取合せが生きている」とは、選者・高山れおな氏の寸評である。
 皇帝ダリヤを「新しい冬の風物詩」とする、高山れおな氏の寸評には従い難し!
     ただ単に季節外れに咲くからに皇帝ダリアを愛づる俳人!


○   人生の南はいづこ北風強し  (東京都)吉竹純

 次席。
 「行方克巳<生涯のいま午後何時鰯雲>を意識していようが、時間ではなく方角に振ったところが手柄」とは、選者・高山れおな氏の寸評である。
     富士山の八合目にて立ち止まり雉撃ちしてた田部井淳子は?


○   出て籠り籠りては出る年の逝く  (京都府精華町)土佐弘二

 三席。
 「多くの人の実感であろう」とは、選者・高山れおな氏の寸評であるが、私・鳥羽散歩も全く同感です!
      出て困る!困られても出る菅総理!連日連夜会食するな!


○   大穴が先頭メリークリスマス  (東京都)竹内宗一郎

 四席。
 去る十二月二十五日に東京・大井競馬場で行われた九レースの「メリークリスマス賞」の大穴と言えば、有年淳が騎乗する「イノデライト」(牡七歳/オッズ─410.4倍)でありましたが、彼は健闘虚しく最下位(11着)に終わりました。
 掲句の作者の竹内宗一郎さんに一言申し上げますが、「大穴狙いで年越し出来ず」とは、よく言ったものですね!
     大穴を当てて年越しするといふ狙ひ外れておけら街道!


○   ラ・フランス休ませてる間に腐るやつ  (潟上市)清水玲子

 九席。
 掲句の作者の清水玲子さんは、秋田県の住民ながら、「ラ・フランス」という洋ナシの特質をよく捉えられた作品を詠んでおられます!
 でも、私たち人間社会にも「ラ・フランス」みたいな奴がいたりしますから、掲句は風刺句として解釈しなければなりません!
     香り佳し形小振りのラ・フランス!直ぐに食べねば腐つてしまふ!  

今週の「朝日俳壇」より(2020/12/27掲載)  美しく名も無く生きて悔いはせずなれば胸中荒涼たらず!  桑山の木炭バスの荷台にておにぎり食べた事は忘れた!  コロナ禍は今年限りでありません!未来永劫続くコロナ禍!  中国に宿り木あまた寄生してUSAの権威没落!  菅さんを輩出したる秋の宮!茅葺屋根に百合の花咲く!

     大串章選

○   冬枯や名もなく生きて悔はなし  (横浜市)橋本直樹

 首席。
 「『悔はなし』ときっぱり言い切った。無位無官また良しである」とは、俳句結社誌「百鳥」の主宰にして朝日新聞や東京新聞や愛媛新聞など俳壇の選者である、大串章氏の寸評である。
 「名もなく生きて悔はなし」と断言する作者の目にするのは、荒涼たる冬枯の光景なのである!
     美しく名も無く生きて悔いはせずなれば胸中荒涼たらず!


○   霜枯や木炭バスを皆で押す  (諫早市)後藤耕平

 次席。
 「木炭バスがエンストを起すと、乗客と車掌が後押しして再起動させた。私にも経験がある」とは、昭和十二年に佐賀県嬉野町という僻陬の地で生まれた選者・大串章氏の寸評である。
 私・鳥羽散歩は、昭和十五年生まれで選者の大串章氏よりは三個年下ですが、そんな若輩の私にも、木炭を燃料として走るトラックを起動したり、エンストした時に後押しした経験が在ります。
 私が、近所の桑山製材所の木炭トラックに乗って行ったのが、菅総理大臣の故郷の<秋田県雄勝郡秋の宮村>の<湯ノ岱温泉>の<新五郎湯>でありましたが、途中の山道で件の木炭トラックがエンコしたので、私たち十数名の学童たちは、一所懸命に後押しした記憶があります。
     桑山の木炭バスの荷台にておにぎり食べた事は忘れた!
 

○   ワクチン待つ青き地球に十二月  (東京都)大澤都志子

 三席。
 「コロナ禍に翻弄された今年ならではの句」とは、コロナ禍に翻弄されるのが今年だけだと思っているかも知れない選者・大串章氏の寸評である。
     コロナ禍は今年限りでありません!未来永劫続くコロナ禍!


○   裸木に宿木あまた過疎の村  (ドイツ)ハルツォーク洋子

 五席。
 裸木に数多の宿り木が寄生しているドイツの黒森の有様は、私たち人間社会の象徴でありましょうか?
     中国に宿り木あまた寄生してUSAの権威没落!


○   空き家かと思ひし軒に干大根  (会津若松市)湯田一秋

 八席。
 掲句の作者は会津若松市にお住まいでありましょうが、こうした光景は、菅総理大臣の故郷である、秋田県湯沢市秋の宮辺りではざらに目に付く光景である。
     菅さんを輩出したる秋の宮!茅葺屋根に百合の花咲く!   

今週の「朝日俳壇」より(2020/12/27掲載)  「一年の最後の月が師走だ」と要らぬ寸評述ぶるか選者?  山茶花の白と紅との花散りて師走半ばの山陰浜田!  上水に散華よろしく溺死体!太宰治と山崎富栄!  名神に散華さながら轢死体!トヨタコロナの暴走に因り!  ひりひりと玻璃戸ふるはせ迫り来る寒波恐ろし故郷の冬!

     稲畑汀子選

○   家中が日ごと師走になりにけり  (枚方市)石橋玲子

 首席。
 「一句目。師走は一年の最後の月。やり残すことなく正月を迎えたい。師走に入って間もない頃は実感がないが、日ごとに師走になるとは妙」とは、選者・稲畑汀子氏のいちいち尤もな寸評ではありますが首席入選句の寸評にこれだけ多くの字数を費やすとは流石に「ホトトギス」の主宰である。
 尚、掲句の作者・石橋玲子さんは、日本伝統俳句協会会員、ホトトギス同人であり、平成二十四年に上梓された句集『春隣』(東京四季出版より刊行)は、「著者が四季折々に詠まれた400句を超える新鮮な秀句が収録されている。その上梓については、東日本大震災で生命の大切さ、人の絆の深さを改めて知り、『今生きている証を何とか句集に』と思われたのがきっかけとのこと」との事である。
     吾のことわからぬ母に林檎むく   (枚方市)石橋玲子
     大寺を賄ふ大根干してあり   (枚方市)石橋玲子
 上掲の二句は孰れも石橋玲子さん作の『NHK俳句』の入選作である。
     「一年の最後の月が師走だ」と要らぬ寸評述ぶるか選者?


○   山茶花の散る一瞬に彩散らす  (浜田市)田中清龍

 次席。
 「山茶花らしい瞬時をとらえた」とは、選者・稲畑汀子氏の寸評。
 下五の「彩散らす」に難あり!
     山茶花の白と紅との花散りて師走半ばの山陰浜田!


○   落葉して朱の際たちぬ檀の実  (洲本市)高田菲路

 三席。
 「枝に残った檀の実を実感を込めて描いた」とは、選者・稲畑汀子氏の寸評。
          檀の実爆ぜて色濃くなりにけり  小泉良子
          泣きしあとの眼の鮮しや檀の実  草間時彦
          真弓の実持てば嶺越しの風の音  加藤楸邨
          近づけば花にはあらず檀の実  石井とし夫
          戸隠や杉に風鳴りまゆみの実  森岡由江
          檀の実割れて山脈ひかり出す  福田甲子雄
          まなかひに高千穂立てる檀の実  米谷静二
          日の逃げて風のみ急ぐ檀の実  太田蓁樹
          檀の実嫁かずの月日密に濃き  つじ加代子
          檀の実割れて山脈ひかり出す  福田甲子雄
          近づきて花にはあらで真弓の実  五十嵐八重子
          しだれつつ夢のくれなゐ檀の実  堀口星眠
          檀の実画家の鉛筆やはらかし  小川軽舟
          まなかひに高千穂立てる檀の実  米谷静二
          しんじつを籠めてくれなゐ真弓の実  後藤比奈夫
          真実に好きな女は真由美のみ  鳥羽散歩


○   隣家より散華よろしく柿落葉  (川崎市)由良清流

 四席。
 「散華よろしく」との、大胆にして皮肉たっぷりの中七が魅力の一句である!
 稲畑汀子選の特質の一つとして挙げられるのは、「寸評を伴わない四席以下の入選句に稀に傑作が見られる!」という事であり、由良清流さん作の掲句などはその一例でありましょう!
     上水に散華よろしく溺死体!太宰治と山崎富栄!
     名神に散華さながら轢死体!トヨタコロナの暴走に因り!


○   玻璃ごしにひしひし迫る夜寒かな  (熊本県菊陽町)井芹眞一郎

 五席。
 今から四十五年も前の話であるが、ある年の暮れから正月に掛けて、生後一年足らずの長男を連れて妻の生家に里帰りした事がありました。
 妻の生家では、娘夫婦が孫を連れて里帰りをするのを歓待しようという事で、二階座敷の畳を取り替えたり、庭に面した廊下側の雨戸をアルミサッシに替えたりして準備して居たのでありましたが、帰省した直後の十二月三十日の深夜の寒さは尋常なものではありませんでした!
 私も雪国・秋田に生まれ育った者ですから、秋田の冬の寒さは充分に知っていて慣れている筈だったのですが、未だ赤子の長男が肺炎にでもなったりしたら大事になると思ったりもしたのでありました。
 掲句の趣旨は、「冬の夜の寒さがガラス窓越しにひしひしと身に迫って来る」という事であるが、 今から四十五年も前の私の実体験は、掲句が作者・井芹眞一郎さんの実体験に取材した作品に他ならない事を実証しているものである事をしみじみと実感されるのである。
     ひりひりと玻璃戸ふるはせ迫り来る寒波恐ろし故郷の冬!   

今週の「朝日俳壇」より(2020/12/27掲載)  明日もまた工事現場で旗振つて稼がにやならぬ熟女なりけり!  食欲をそそるか否かは金次第!銀座後醍醐お伝は不味い!  モノクロの母物映画に出演し死んだトモ子が僕を泣かせる!  アメリカに従ひたがる日本の総理大臣菅義偉氏!

     長谷川櫂選


○   一日の命ありけり熱き酒  (新座市)丸山巌子

 首席。
 「寒い一日と熱燗の酒。どちらもいとおしい」とは、選者・長谷川櫂氏の寸評である。
 晩酌の熱燗に「一日の命」の有り処を実感しているのは、埼玉県新座市にお住いの掲句の作者・丸山巌子さん!
 明けて還暦ながらも現役バリバリの熟女でありましょうか!
     明日もまた工事現場で旗振つて稼がにやならぬ熟女なりけり!


○   火が入りごそと動けるおでんかな  (境港市)大谷和三

 次席。
 「料理の句は食欲をそそるように詠む。このおでんのように」とは、選者・長谷川櫂氏の寸評である。
 大根にしろ、チクワブにしろ、卵にしろ、厚揚げにしろ、餅入り巾着にしろ、はんぺんにしろ、牛すじにしろ、おでんの具材はいずれも、塊状態でお伝鍋に入れられていて、「火が入り」少し温まってから形が崩れて「ごそ」と動き始めるのである。
     食欲をそそるか否かは金次第!銀座後醍醐お伝は不味い!


○   号泣の映画マスクが涙吸ふ  (戸田市)蜂巣厚子

 五席。
 件の「号泣の映画」を、戸田市にお住いの掲句の作者・蜂巣厚子さんは映画館では無くてテレビで観たのでありましょう!
 何故ならば、掲句の作者・蜂巣厚子さんは、敢えて命を懸けて三密の映画館に行く程の愚か者ではないはずだからである!
      モノクロの母物映画に出演し死んだトモ子が僕を泣かせる!


○   誰にでもついて行つちやうゐのこづち  (西海市)前田一草

 九席。
 そうですか!
 ゐのこづちは誰にでも従いて行っちゃうんですか!
 人を選ばないんですか!
 それなら、私たち日本国の貧乏人と同じですね!
     アメリカに従ひたがる日本の総理大臣菅義偉氏!       

『ウォータープルーフ』に限らず、歌人・沼尻つた子の折々をそっくり丸ごと思い思いにてんでん薔薇薔薇読む

○  少女という急行をやがて降りる娘に通過駅から手をふるばかり

○  ウイルスの宿るという髪切りおとすくろぐろと散るこれは怒りだ

○  夏風にセーラーの襟うらがえる娘に喪服を選ぶ日は来る

○  ホスピスの屋上の陽に刺されつつ『禁忌と好色』読みし日もあり

○  飛び方を忘れし凧にメーヴェなる名を付け風の谷へと帰す

○  しらさぎの羽づくろいする夕つ方きみはマスクのひだをひろげる

○  クリックのたびに振りぬく少年よ蔓のようなる腕をしならせ

○  みずからにつけたる姓の沼の淵われはときどき覗きこむなり

○  ささがにのごときわが手が端末を走り他人の失職を打つ

○  吾にふたつ静かの海のあるごとし永久脱毛ほどこしし腋

○  うす青き平成生まれの横顔を照らす求人検索画面

○  シュレッダーが驟雨のように鳴る真昼、雇用終了通知を受くる

○  姉弟はひたいを寄せて待ちており絵本のなかに月が昇るを

○  日々の糧あがなうための職を得る試験にカナダの首都を問われる

○  投げ易きアルミニウムの鍔持てる灰皿を会議室に並べる

○  履歴書を三味線として流れゆく瞽女であるなり派遣社員は

○  剪定の枝の香りの鉛筆を何本も盗らる 何本も削る

○  折紙の裏へ手紙を書く七歳 叱られしのちは水色を選る

○  まひるまにしゅわしゅわ消えてゆきそうで息子を日傘のうちに引き込む

○  四百五十円にてわれと娘のみの戸籍謄本を交付さる

○  凭れいる常磐線の窓越しに遠のきながら花火散りゆく

○  ことごとく投げだされたる本のなか防災頭巾の娘が眠る

○  レシートへ硬貨を乗せる 客の掌にわれの冷たき掌がふれぬよう

○  練習中に二度つぶれたる喉もて応援団員の娘は歌う

○  「おかあさん、おしごと、ばいばい。」ミニカーを握りしままの手を振りにけり

○  繰り返し子に掛けやる湯ガイブヒバクナイブヒバク皮膚うらがえしたし

○  PTA総会終えてママという蒸れた着ぐるみのチャックを下ろす

○  ひとひらを甲羅に貼りし亀ふいに濠へ潜りて花のみの浮く

○  ちんまりと総務課に座す チロルチョコ八十六個分の時給で

○  黙禱時に目を閉じるなと指示のありレジの金銭担当者には

○  アパートの鍵を幾度も差し損ね気づくおのれの四肢のふるえに

○  さやぐ葉とともに産声あげし子の名前に木偏を添えたり 五月

○  臥すわれの枕辺に娘はぬいぐるみ並べて涅槃図をこしらえる

○  苦情処理フローチャートに無き苦情聞きつつメモへ描く積乱雲

○  とねりこの蔭の家にて母ひとり椅子七脚と暮らしていたり

○  担任に添削されたる詩をひとつ裏の畑に燃した夏あり

○  折り畳み椅子は鋭くかち合えり雇用保険の説明会に

○  吾の知らぬ兄を知りいる兄嫁の華奢な手首を果汁がつたう

○  コンパスの銀を立たしめ女児は円の数だけ孔を穿ちぬ

○  ホスピスの通路を父と腕組んでバージンロードのように歩いた

○  伊那谷の底(そこい)に白き川はあり吾を産む前の母を泳がす

○  ままごとの椀に花びら摺り潰す サリンの響き舌に涼しき

○  死の床へ屈みて歌の種を拾う愚かな愚かなあなたの娘

○  梧桐の伸びゆく枝に届き得ぬ両腕 養育権を失う

○  借りたての部屋に横たえる 神様という大家にいつか帰す体を

○  不可思議な言語に兄の組みてゆく数千行ものプログラム美し

○  この声の限りに誰かを呼びしこと未だ無く夕暮れをただ歩む

○  水底の泥に生れたるヤゴ全て廃棄さる児らの手に触れぬまま

○  水溜りに近づくことを禁じられ靴を汚さず娘は帰り来ぬ

○  浚われしプールの底を打つ雨の、それでもここにとどまるしかない

○  店員用Tシャツに「がんばろう日本!」自分では読めぬ背中へ刷らる

○  わが娘にもわれにも父のあらぬ夏 麦茶に塩をつまみいれたり

○  新聞が新聞紙となる明けがたに行方不明者は死者へと変わる

○  東京電力(とうでん)に社内結婚せし友の賀状途絶えぬ 膾を残す

○  冷めし茶を飲みほし「一緒に住まないか」あなたは言えり余震の夜に

○  TOKYOに五輪の巡り来る年が十三回忌とのみ覚えおり

○  放射性物質は蛍、放射線は蛍の光という比喩に会う

○  捨ててきた「もし」の種から咲く花はあんなにきれいで見てはいけない

○  新聞が新聞紙となる明けがたに行方不明者は死者へと変わる

○  れんこんの穴に暮らしていた頃の匂いがします筑前煮には

○  酔うたまま眠りしひとの頬を舐め麒麟はラベルへと戻りたり

○  浅いカップ分厚いコップ汚しつつドリンクバーへ向かう 生きたい

○  あかくなる前の紅葉の名をきいた助手席の位置をずらしつつ

○  芒野にショールたなびき肩先の水玉模様は風疹のよう

○  すこしだけ雲の要素を溶けこませ滝がおちてくる夕間暮れ

○  生の花なのかと触れるロビーの瓶ひらくという字が疎開にはある

○  太刀魚か牡蠣かを選べる一皿の隅に添えられた不検出

○  新館のすべての部屋の引き出しに聖書は置かれている、まっすぐに

○  星ならば零れるものだ両の手をふさがれたときの歯の使いみち

○  わたしたち強い欲望が兆すたび在り処を知らない老後へすすむ

○  人感のフットライトはしばらくを灯る 足首の過ぎた後にも

○  おしあげた額の眼鏡をかけなおす朝のあなたに目は戻り来る

○  見るうちにうすれていった尾根の霧ここの歯磨き粉おいしいね 

○  ワイシャツに形状以外の記憶なく露草より淡い青の皺

○  消す術を誰も知らない火をつかう ポットの湯冷ましは水ではない

今週の「朝日俳壇」より(2020/12/20掲載) 十二月八日はジョン・レノン忌!国民総員「イマジン」歌へ! 十二月八日はつい昨日なのだ!クリスマスイブに浮かれてんぢやねー!  菅・小池、仇敵同士の間柄たまにホテルで会食したら!  コロナ禍を押して会食する者は小池都知事の仇敵なのだ!  この寒さ最中の十二月なのに氷川きよしの「母」聴くヤツも!  「母」聴けば三益愛子を思ひ出す!野添ひとみの姑だつた! この寒さ最中の十二月なのに氷川きよしの「母」聴くヤツも!  殊更に顎を持ち上げ偉ぶつて居るんぢやないよ博労風情!  俳聖と崇められたる芭蕉さへ冬詠むときははつか身構ふ!  

     高山れおな選

○   十二月八日国民マスクせよ  (白河市)佐藤佳夫

 首席。
 「威勢がよくて情けない。<玉音を理解せし者前に出よ>の渡辺白泉ばりだ」とは、選者・高山れおな氏の寸評である。
 1941年12月8日の未明に大日本帝国は、世に謂う<真珠湾攻撃>を行い米英両国に宣戦布告した。
 奇襲攻撃された側の米国では、その翌日にフランクリン・ルーズベルト大統領が、例の「リメンバー・パールハーバー」を趣旨とする演説を行い、この日を「屈辱の日」としているのであるが、奇襲攻撃した側の我が国には、この日を特定して謂う名称は未だに存在しない。
 仮に、我が国が第二次世界大戦の勝利国であったとしたならば、この12月8日は「栄光の日」だとか「旭光の日」だとか「真珠湾戦闘戦勝記念日」などと云った勇ましい名称で以て、私たち日本人の中の数パーセントの人々に記憶されていたに違いないが、私・鳥羽散歩を含めた残り数パーセントの国民は事が彼らの望むように運ばずに、敗戦後の我が国が<憲法九条>で以て<平和主義>を規定している事を大きな誇りとしているのである。
 然しながら、昨今の日本国では、その<平和主義>を規定している<憲法九条>の存在を恥として、その改定を迫る勢力が増大し、我が国の<平和主義>は風前の灯し火となっている。
 そうした現実の中に於いては、福島県白河市にお住いの佐藤佳夫作の「十二月八日国民マスクせよ」という一句は、必ずしも、我が国の現状を風刺した俳句とは言えず、むしろ、それを直述した<写生句>というべきなのかも知れません!
          戦争が廊下の奥に立ってゐた  渡辺白泉
          玉音を理解せし者前に出よ
          夏の海水兵ひとり紛失す
          繃帯を巻かれ巨大な兵となる
          憲兵の前で滑つて転んぢやつた
          銃後といふ不思議な町を丘で見た
          赤く蒼く黄色く黒く戦死せり
          街燈は夜霧にぬれるためにある
          桐一葉落ちて心に横たはる
          鳥篭の中に鳥とぶ青葉かな
          螢より麺麭を呉れろと泣く子かな
          蓋のない冬空底のないバケツ
          ああ小春我等涎し涙して
          おらは此のしつぽのとれた蜥蜴づら
          まんじゆしやげ昔おいらん泣きました
          われは恋ひきみは晩霞を告げわたる
          マリが住む地球に原爆などあるな
          新しき猿又ほしや百日紅 
          極月の夜の風鈴責めさいなむ
          瑞照りの蛇と居りたし誰も否
          苗代につるす目のない鴉かな
          鶏たちにカンナは見えぬかもしれぬ
          赤く蒼く黄色く黒く戦死せり
          松の花かくれて君とくらす夢
          鶯や製茶會社のホッチキス
          湧く風よ山羊のメケメケ蚊のドドンパ
          稲無限不意に涙の堰を切る
          檜葉の根に赤き日のさす冬至哉

     十二月八日はジョン・レノン忌!国民総員「イマジン」歌へ!
     十二月八日はつい昨日なのだ!クリスマスイブに浮かれてんぢやねー!


○   歩く人みな短日の顔持てり  (川崎市)小関新

 三席。
 「寒さと師走の気ぜわしさを思わせる、<短日の顔>という圧縮した表現が面白い」とは、選者・高山れおな氏の寸評である。
 東京での夏至の日の「日の出」の時刻は四時二十六分、同じく「日の入り」の時刻は十九時ジャストであり、冬至の日の「日の出」の時刻は六時四十七分、同じく「日の入り」の時刻は十六時三十二分である。
 という事は、夏至と冬至との日照時間差は、実に五時間以上、という事になりましょう!
 という事であるならば、冬至の頃に、川崎市内の繁華街を「歩く人みな」が「短日の顔」を持って、せかせかと急ぎ足で通り過ぎるのは、当然の事ではありませんか!
 東京都と境を接している、神奈川県川崎市にお住いの小関新さんは、斯かる当然の事を当然で無きが如くに思って驚き、掲句を詠んだのであり、掲句のテーマとも言うべき「歩く人みなが短日の顔を持って居る事を発見した事とそれに対すると驚き」は、私・鳥羽散歩にとっては、格別に新しい発見とは言えませんから、格別驚くにも値しません!(なんちゃったりして、変な所でカッコ付けたがるのが私の数多い精神的欠陥の一つなのである。)
     菅・小池、仇敵同士の間柄たまにホテルで会食したら!
     コロナ禍を押して会食する者は小池都知事の仇敵なのだ!
     

○   牡蠣剝場氷川きよしをエンドレス  (栃木県壬生町)あらゐひとし

 六席。
 「氷川きよしをエンドレス」とは、すこぶる愉快であり、私・鳥羽散歩は、快哉を叫ばんばかりの狂態を示しているのである!
     この寒さ最中の十二月なのに氷川きよしの「母」聴くヤツも!
     「母」聴けば三益愛子を思ひ出す!野添ひとみの姑だつた!


○   顎たかく牛を牽きゆく霜の市  (津市)中山みちはる

 八席。
 「霜の市」へと「牛を牽きゆく」博労の人相風体卑しき有様と「霜の市」の寒々とした有様とを活写した一句である。
     殊更に顎を持ち上げ偉ぶつて居るんぢやないよ博労風情!


○   古人みな冬詠むときは身構へて  (藤沢市)朝広三猫子

 末席。
 「意識して身構える」というよりも、寒さの所為なのか?ひとりでに身構えちゃうんですよね!

        雪の朝独リ寒鮭を嚙み得たり  『東日記』所収
        馬をさえながむる雪の朝かな  『野ざらし紀行』所収
        市人よこの笠売らう雪の傘  『野ざらし紀行』所収
        狂句木枯の身は竹斎に似たるかな  『野ざらし紀行』
        酒飲めばいとど寝られぬ夜の雪  『俳諧勧進牒』所収     
        京まではまだ半空や雪の雲  『笈の小文』所収
        磨直す鏡も清し雪の花  『笈の小文』所収)
        箱根越す人も有るらし今朝の雪  『笈の小文』所収
        雪散るや穂屋の薄の刈り残し  『猿蓑』所収
        二人見し雪は今年も降りけるか  『笈日記』所収
        京にあきてこの木枯らしや冬住い  『笈日記』所収
        木枯に岩吹きとがる杉間かな  『笈日記』所収    
        初雪や幸ひ庵に罷有る  『続虚栗』所収
        初雪やかけかかりたる橋の上  『其便』所収
        凩に匂ひやつけし帰花  『後の旅』所収
        萎れふすや世はさかさまの雪の竹  『続山井』所収        
        今朝の雪根深を薗の枝折かな  『板東太郎』所収
        黒森を何といふともけさの雪  『五十四郡』所収
        雪の中に兎の皮の髭作れ  『いつを昔』所収
        少将の尼の話や志賀の雪  『智月亭詠草』所収        
 上掲の句は、俳聖・松尾芭蕉作の「冬」を季題とした発句であるが、これらの句から「冬の句ならではの<身構え>」を指摘するのは必ずしも困難事ではない!
     俳聖と崇められたる芭蕉さへ冬詠むときははつか身構ふ!

今週の「朝日俳壇」より(2020/12/20掲載)  木の間より漏れ来る冬の光浴び焼かるる前の鳥の語らひ!  浮子を見ず向ふの岸に糸垂るる釣乙女のみ眺めて居たり!  五年後も生くる見通し立たざれば今日を限りのいのち饗宴!  ドジを踏む地団駄を踏むブタ箱の扉の奥のコンクリート踏む!  相模線寒川駅のホームにて彼の五人組共同謀議!  犯人は五人組だと決め付けて別の車輛に刑事が見張る!

     大串章選

○   冬木立鳥は光と遊びをり  (我孫子市)森住昌弘

 首席、並びに長谷川選の七席。
 「冬木立の中を飛びまわる鳥たち。<光と遊びをり>が楽しい」とは、選者・大串章氏の寸評である。
 私・鳥羽散歩は、鳥類学者でない事は勿論のこと、バタリー式鶏舎に鶏たちを拘禁して卵を搾取する養鶏業者でさえもありませんから、寡聞にして、「小鳥たちが冬木立から漏れて来る光に親しみ、心底楽しく遊び戯れているか否か?」という事に就いては、何一つ存じ上げませんし、従って、掲句が「作者ご自身の単なる思い寄せから成るものなのか?」、それとも、「鳥類の生活実態に即して詠まれたものなのか?」という点に就いても、何一つ責任ある文言を当ブログに記す事は出来ません!
 でも、今日のような晴天の日に、生田緑地なんかを散策して居て、葉が殆ど散り尽した冬木立から漏れて来る冬の光を浴びたりすると、心の底から楽しくなったりして、もしかしたら、年末ジャンボの七億円だって当るかも知れないなんて思ったりもします!
 だからこの俳句も、作者の森住昌弘さんが、私と同じ気持ちになって詠んだんだと思いますよ!
 そんな私の想像って、事の真実を見誤った想像なんでありましょうか?
     木の間より漏れ来る冬の光浴び焼かるる前の鳥の語らひ!


○   浮子を見ず雲を見てゐる小春かな  (霧島市)久野茂樹

 次席。
 「しばらく釣りを忘れて白雲を見ている太公望。<小春>が効いている」とは、大串氏の寸評である。
 鹿児島県霧島市にお住いの久野茂樹さんも、朝刊管理職の立場から解放されたばかりなのに、別荘地の草刈りをしたり太公望になったりして、なかなかお忙しそうですね!

 呂尚といふ者有り。東海の上の人なり。窮困して年老い、漁釣して周に至る。西伯将に猟せんとし、之を卜す。曰く、竜に非ず、彲に非ず、熊に非ず、羆に非ず、虎に非ず、貔に非ず。獲る所は覇王の輔ならんと。果して呂尚に渭水の陽に遇ふ。与に語り大いに悦びて曰く、「吾が先君太公より曰く、『当に聖人有りて周に適くべし。周因りて以って興らん』と。子は真に是なるか。吾が太公、子を望むこと久し」。故に之を号して太公望と曰ふ。載せて与倶に帰り、立てて師と為し、之を師尚父と謂ふ。
     浮子を見ず向ふの岸に糸垂るる釣乙女のみ眺めて居たり!


○   五年後の生疑はず日記買ふ  (各務原市)浅野妙子

 三席。
 「<癌の手術をして>と前書あり。五年、十年と長生きしてください」とは、選者・大串章氏の寸評である。
 五年、十年なんてケチ臭いことを言わずに、百二十歳までも長生きして下さい。
     五年後も生くる見通し立たざれば今日を限りのいのち饗宴!


○   一年のレゾンデートル賀状書く  (枚方市)衛藤聰一

 四席。
 「レゾンデートル(raison d'être)」とはフランス語であり、邦訳すれば「存在理由・存在意義」といった意味になろうかと思われますが、年賀状を書く事が自らの存在意義であったとしたならば、掲句の作者・衛藤聰一さんにとっての2020(令和2)年は、殆ど無意義な365日であったということになりましょう。
 私が思うには、大阪府枚方市にお住いの衛藤聰一さんは、「私は、今は私の妻となっている一人の美女を巡って貴方と恋の鞘当てをした衛藤聰一です。今年で85歳になりますが、妻女共々先ずは息災です。貴方様に於かれましては、如何でありましょうか」などと思いながら、かつての恋敵宛ての年賀状を認めていらっしゃるのでありましょう。
 であるとしたならば、<存在意義>を意味する「レゾンデートル」というフランスの哲学用語を掲句の中七として用いたのは、ケアレスミスという事になりましょうか!
 憖っか知ったか振りをして、朝日歌壇に投稿する俳句にフランスの実存主義哲学の用語なんか持ち出して来るから、無名の一読者に恥を掻かされたりするんですよ!
 恥を知れ!恥を!
     賀状書く己が命の証しとて!
     賀状読む汝の命の証しとて!


○   落葉踏むオルガンを踏むミシン踏む  (三鷹市)二瀬佐恵子

 五席。
 「落葉踏む⇒オルガンを踏む⇒ミシン踏む」との<踏む尽し>の一句であるが、事の序でに浮気なご亭主殿の金的でも踏まれたら如何ですか!
     ドジを踏む地団駄を踏むブタ箱の扉の奥のコンクリート踏む!


○   冬の朝一番電車の五人かな  (神奈川県寒川町)石原美枝子

 末席。
 作者の石原美枝子さんが神奈川県高座郡寒川町の住民である事に留意すると、件の「一番電車」とは、JR東日本の相模線を走る電車なのかも知れません。
 同線を走る一番電車と言えば、平日の場合は、<五時三十五分・寒川駅発茅ケ崎方面行き>と<四時五十分寒川駅発橋本方面行き>の二本ですが、件の「五人」が釣り客を装った強盗犯と推測されますから、彼らは下りの茅ケ崎方面に向かっているものと思われます!
 謎の五人組?
 疑惑塗れの五人組?
 場所柄が場所柄だけに余計に悪者みたいに見えるのかも知れません!
     相模線寒川駅のホームにて彼の五人組共同謀議!
     犯人は五人組だと決め付けて別の車輛に刑事が見張る!

今週の「朝日俳壇」より(2020/12/20掲載)  わたくしは生きる為さあ賑やかにただ只管に芋食つてやる!  ヨシヒデもそろそろ来るぞノーサイド!国民みなが笛を鳴らすぞ!  お互ひに恨みつこ無しがノーサイド!試合放棄と違ふんだよね!  心臓弁置換手術に二度目無し!鼓動止まれば我がノーサイド!

     長谷川櫂選

○   原子力十万年の冬に入る  (福島県伊達市)佐藤茂

 首席。
 「荒涼たる現代の冬景色。十万年とは長い」とは、選者・長谷川氏の寸評である。
 福島原発のメルトダウン事故に因って生じた高レベル放射性廃棄物が無害化するまでは十万年までの長い歳月を要する、と云う。
 選者・長谷川櫂氏に仰る通り「十万年とは長い!」。
 確かに長いかも知れないけれど、無害化するまで十万年という長い歳月を代償にして、私たち日本人は、耐用年数が過ぎようとしている数多くの原発を再使用する事を自公連立政権から強要されているのである!
 私は生きる!
 私はただ只管に生き抜いてやる!
 ただ只管に生き抜くために、私は今日も「さあ賑やかにただ芋食う」!
     わたくしは生きる為さあ賑やかにただ只管に芋食つてやる!

 【註】  さあ賑やかにただ芋食う(魚・油・肉・牛乳・緑黄野菜・海藻・卵・大豆・芋・果物) 


○   牡丹焚火燠火となりてなほ妖し  (沼田市)氏家孝

 次席。
 「福島県須賀川市の初冬の行事。燠火は尽きかけている火」とは、長谷川氏の寸評。
 「燠火は尽きかけている火」という、選者・長谷川櫂氏の寸評は本末を転倒した解説でありましょう。
 私・鳥羽散歩の認識するところに拠ると、「燠とは、赤くおこった炭火」の事であり、著名な小説家の野上弥生子(明治18年5月6日 - 昭和60年3月30日)氏も私と認識を同じくすると思われ、代表作『迷路』には、「かっかと赤くおこった火鉢の燠のやまに」という使用例が認められる。
 なお「牡丹焚火」とは、「福島県須賀川市の須賀川牡丹園内で毎年11月の第3土曜の薄暮から宵にかけて行われる民俗行事であり、天寿を全うした古木や途中で折れてしまった牡丹の木を供養する為に行われるのであるが、夕闇の中、紫色の炎に包まれ、ほのかに香りが漂う幻想的な雰囲気は須賀川の初冬の風物詩となっており、平成13年には環境省の<かおり風景100選>にも選定されていて、今は亡き作家・吉川英治氏が須賀川を訪れた際、この牡丹焚火を見学して感動し、当時執筆中であった『宮本武蔵』の一場面に情景豊かに描写しておられる」との事である。
 俳句では冬の季語とされている。

     煙なき牡丹焚火の焔かな  原石鼎
     牡丹焚くわれを投じて了りたり  神蔵器
     みちのくの闇をうしろに牡丹焚く  原裕
     二タ籠を今年の嵩に牡丹焚く  宮津昭彦
     牡丹焚く宙に青衣の女人の手  平井照敏
     牡丹焚火雅びを残し地に還る  道山昭爾
     玉づさを火種とすべし牡丹焚  水野恒彦
     ねむられず牡丹焚火の火が胸に  島谷征良
     みちのくにゆかしき牡丹供養かな  森澄雄
     牡丹焚く炎は地の神の舞ならむ  鈴木良戈
     亡き人に仕ふるごとく牡丹焚く  矢島渚男
     牡丹焚果ててくらやみ壁をなす  松村多美
     牡丹焚火山河は闇に納まれり  小檜山繁子
     焔の奥に母見え牡丹供養かな  伊藤いと子
     残り火の艶まだありし牡丹焚  大森三保子
     青邨忌ちかづく牡丹焚火かな  岩井久美恵
     牡丹焚く長寿の葬のごときかな  八牧美喜子
     牡丹焚火より持ち帰る酔すこし  上野澄江
     瑠璃の穂を吐きつぐ牡丹焚火かな  原コウ子
     紫の闇となりゆく牡丹焚く  市野沢弘子
     みちのくの闇のおもさの牡丹焚く  野澤節子
     目瞑れば牡丹焚く火の恍とあり  佐々木幸子
     牡丹とや菊とや焚火あえかなる  櫛原希伊子
     牡丹焚きしましろき灰を霧濡らす  上野さち子
     牡丹焚少し雛れて見てゐたり  加納花子
     牡丹供養はじめは闇を焚きにけり  岩淵喜代子
     おとろふる火を返しては牡丹焚く  村井美意子
     牡丹焚く火のおとろへに執しをり  飯島晴子
     残り火の吐く息ばかり牡丹焚  藤井淑子
     牡丹焚火何かささやく他の牡丹  山田みづえ
     真白なる灰を残しぬ牡丹焚  児玉輝代
     うす墨に牡丹供養の招き文  櫛原希伊子
     火の芯に花の精立つ牡丹焚く  伊藤晴子
     牡丹焚火園にゆかりの漢たち  高久田橙子
     牡丹焚く宙にちちははみんなゐて  平井照敏
     夕空のにはかに晴れて牡丹焚き  後藤青峙
     牡丹焚火父の火の色見えて来ぬ  森川光郎
     木が草に草が木になる牡丹焚く  矢島渚男
     牡丹焚く一島の風むらさきに  すずき波浪
     雨が闇深くす牡丹焚火かな  吉田木魂
     溝川を牡丹供養の灰流る  木村里風子
     牡丹焚いてシルクハットの黒を焼く  仁平勝
     牡丹焚火待つしぐれ傘かたむけて  吉田未灰
     ひたすらに牡丹の榾を焚くをとこ  道山昭爾
     牡丹焚く人のうしろの地獄めき  原裕
     金色の焔の牡丹焚火かな  山崎ひさを
     父在らば百十歳の牡丹焚く  有馬正二
     牡丹焚く枝を重ねし曇り空  椎橋清翠
     牡丹焚火鬱と頭上の松の枝  森川光郎
     牡丹焚火身内言霊ゆらぎをり  石寒太
     牡丹榾焚ける美学に溺れけり  吉年虹二
     牡丹焚き戻りは一人づつの黙  今瀬剛一
     牡丹火の燠となりても赫赫と  鳥羽散歩
     牡丹焚くボタンボタンと音立てて  鳥羽散歩


○   ノーサイドラガー全員汗立ちぬ  (奈良市)上田秋霜

 三席。
 「選手たちの汗が湯気に。寒さの中の熱気」とは、長谷川氏の寸評。
 私・鳥羽散歩のブログにはノーサイドはありません。
     ヨシヒデもそろそろ来るぞノーサイド!国民みなが笛を鳴らすぞ!
     お互ひに恨みつこ無しがノーサイド!試合放棄と違ふんだよね!


○   去年今年血管拡げ肺を切り  (松山市)河村章

 末席。
 「血管拡げ肺を切り」、それでも尚且つ図太く生きようとするのが人間なのである。
     心臓弁置換手術に二度目無し!鼓動止まれば我がノーサイド!

今週の「朝日俳壇」より(2020/12/20掲載)  自らを俳句家元呼称する否傍艇庫に斯かる失態!  潔き生き方奨励する者は苦労知らずの親馬鹿チャンリン!  「詩心=絵心」と云ふは詩心のみならず絵心知らずの戯言である!

     稲畑汀子選

○   雨弾く音の失せたる枯芭蕉  (八代市)山下しげ人

 首席。
 「音立てて枯芭蕉にたたきつけていた雨が小降りになった。その変化を巧みに詠んだ」とは、選者・稲畑氏の寸評である。
 「芭蕉野分して盥に雨を聞く夜かな」という一句は、蕉風俳諧の担い手の一人である、大原千春の編集になる『武蔵曲』((天和2年刊)に掲載されている、俳聖・松尾芭蕉作である。
熊本県八代市にお住いの掲句の作者・山下しげ人さんが、掲句をお詠みになられるに際しては、件の松尾芭蕉作を多分に意識下に置かれていたのでありましょうが、選者の稲畑汀子氏の寸評が是とあれとの関りを無視されている点に対しては、作者の山下しげ人さんは勿論の事、私たち朝日俳壇の鑑賞者の多くは、胸中に多大なる不満を抱いているのである。 
     自らを俳句家元呼称する否傍艇庫に斯かる失態!
 

○   潔き母の生涯紅葉散る  (伊万里市)萩原豊彦

 次席。
 「紅葉が散るように亡くなった母上を偲ぶ」とは、稲畑氏の寸評。
 初秋から中秋へ、そして中秋から晩秋へと色彩の鮮やかな変化を披歴しつつ「紅葉」が徐に散り行く有様は、必ずしも「潔い」とは言えません!
 であれば、掲句に於ける「潔き母の生涯」と「紅葉散る」とはベタな関係では無くて、世人たちの謂うところの「匂ひ付け」といった関わり方でありましょう。
     潔き生き方奨励する者は苦労知らずの親馬鹿チャンリン!


○   詩心といふは絵心紅葉散る  (泉大津市)多田羅初美

 三席。
 「紅葉が散る様子を見ていた。そこに詩心が生まれ、絵に描きたくなる瞬間」とは、稲畑氏の寸評。
 ただ只管に作品の要旨をなぞっているが如き寸評は、作品に対する正しい論評の在り方ではありません!
      「詩心=絵心」と云ふは詩心のみならず絵心知らずの戯言である!


○   勧進のお裾分けてふ煮大根  (大阪市)大川隆夫
 四席。
○   小窓あけ森の匂ひの寒気吸ふ  (東京都)藤森壮吉
 五席。
○   日本に確かな未来七五三  (川西市)上村敏夫
 六席。
○   人は皆旅をあきらめ神の旅  (高松市)和泉金子
 七席。
○   帰り来る君待つだけの落葉径  (豊中市)堀江信彦
 八席。
○   初景色末社の多きことも宇佐  (大分市)高柳和弘
 九席。
○   その昔防空頭巾いまマスク  (枚方市)富士容子
 末席。
 以上、稲畑汀子選の四席入選作から末席入選作までを並べ立ててみましたが、いずれも稲畑汀子選に相応しい入選作ではありましょうが?(イマイチの感無きにしもあらず!)  

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Author:鳥羽散歩
卑しくも<詩歌ブログ>を名乗る以上は、イラストやカラー写真で以て読者に取り入ろうとしてはなりません。ましてや、田舎町の安手のレストランで食べた料理のカラー写真で以て読者を幻惑させようとするのは論外です!当ブログは、カラー写真やイラストの類の夾雑物は一切無しの<詩歌ブログ>です。

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