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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

今週の「朝日俳壇」より(2021/1/31掲載)

     大串章選

〇   縄文の時代もかくや寒夕焼  (筑紫野市)二宮正博

 首席。
 「紅く輝く寒夕焼け。縄文時代の人々も感慨深く見ていたに違いない」とは、選者・大串章氏の、掲句の主旨をなぞっただけの寸評である。  
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今週の「朝日俳壇」より(2021/1/31掲載)

     長谷川櫂選

〇   八十代男性ですが耐へて春  (小平市)三浦正明

 三席。
 「高齢者に過酷なコロナ・ウイルス。防衛戦のつらさ」とは、選者・長谷川櫂氏の余りにも大袈裟な寸評である。
 斯く申す、私・鳥羽散歩も八十代の男性であり、然も外出や運動を極力控えた生活をする事を強いられて居ますが、それでも尚且つ、「防衛戦」などという大袈裟な心構えで暮らしているのではありません。
 掲句の掲句たる所以は「八十代男性です」などと、恰も合コンで自己紹介する時のセリフのような物言いをしている事の「俳諧性」にあるのである!
 選者の長谷川櫂氏は、掲句の其処の辺りの特質(美質)を見逃し、作者の三浦正明さんが、恰もコロナ禍と真正面から戦っているように思い込み、掲句を只今トレンドの、単なる「新型コロナウイルス禍」関連の句として受け止め、解釈しているのでありましょう。
 「人生百年」の今日、八十代と言えば、まだまだヒヨコみたいなものである。
      八十代!男の中の男です!魔羅も勃ちます資産も有ります!


〇   芦屋川くぐり東へ初電車  (芦屋市)瀬々英雄

 四席。
 元旦の寒さの中を「初電車」が通り過ぎて行く!
 件の初電車は「芦屋川」の地下に設えられた地下トンネルをくぐり抜けて大阪方面に向かっているのであるが、掲句の作者・瀬々英雄さんは、その事を改めて確認して、新年を迎えた気分に浸っているのである。
     芦屋川地下隧道を潜り抜け今朝も電車は東へ向かふ!


〇  老いて尚二人で入る柚子湯かな  (羽生市)小川正志

 六席。
 殊更に「老いて尚」と強調しているところから判断すると、埼玉県の北東部に位置する、人口約5万4千人のド田舎・羽生市にお住いの掲句の作者・小川正志さんは、ご夫婦二人でご入浴なさる事を、恰も、新型コロナウイルスに感染して居ながらも、菅総理大臣閣下の命令に逆らって入院を拒否しているが如く罪悪視しているのでありましょう。
 彼・菅義偉氏は私・鳥羽散歩と同郷ですので、この際、彼に成り代って申し上げますが、我が国の法律は、必ずしも「高齢者ご夫婦の同衾や同入浴を厳に戒めている」訳ではありませんし、否、むしろ「奨励している」次第でありますから、この際、恥ずかしがらずに、奥様共々、正々堂々と柚子湯にお入りになられる事をお勧め致します!
     柚子湯にて乳繰り合ふのは止めませう!脳溢血で風呂場で即死!


〇   全力で止まつてをりぬいかのぼり  (大村市)小谷一夫

 末席。
 一読して、作者名に視線を向けた瞬間、「この人、つい最近、何処かで会ったような気がする!」と思ったのも道理、掲句の作者・小谷一夫さんは、先週の大串章選の六席入選作、則ち「生涯の職場たる畑大根引」という作品、一見すると単なる平凡な生活詠のような感じであるが、深読みすると、自衛隊や在日米軍の航空基地拡張問題とも関連するような奥深い作品の作者として、私にとっては、特に印象深い作品をお詠みになっておられますね!
 先週の六席ご入選に引き続いての、今週の末席(末席を強調する必要は無いか、とは思われますが)ご入選、真におめでとうございます。
 それはともかくとして、「凧にみなぎる力を思う。留まることの大変さ」とは、選者・長谷川櫂氏の掲句に対する寸評でありますが、
選者・長谷川氏の仰せの如く、大空の凧の場合でも、大村湾添いの砂地の大根畑の場合でも、其処に「留まる」為には、確かに大きな力と我慢を要しましょう!
 でも、逆風に負けずに頑張って下さい! 
       全力で大根畑を守る人!大村さんの努力を称ふ!

今週の「朝日俳壇」より(2021/1/24掲載)

     大串章選

〇   鍋焼と決めて逢ひたる上野かな  (筑西市)加田怜

 五席。
 「鍋焼」則ち「鍋焼き饂飩」こそは、筑西市からの上京者が、埼玉県蕨市で所帯を構えている、かつての級友と「上野」のアメ横で待ち合わせをする時の昼食として、最も安価でしかも腹の足しになる食べ物なのかも知れません!
     節作の「土」さながらの暮らしにて鍋焼き饂飩は滅多に食べぬ!


〇   生涯の職場なる畑大根引  (大村市)小谷一夫

 六席。
 「大村航空基地地先海面の埋立てについて」というタイトルの下掲の文書は、福岡防衛施設局が大村市漁業組合宛てに発出した協力要請文であり、その内容の主旨は、「我が国の自衛隊と米国軍が共用している大村航空基地を拡張するに際して、大村湾の一部を埋め立てるから、その旨了解し協力して欲しい」というものであるが、当文書は、掲出の一句との関りが無きにしも非ず、と判断されるので、本ブログの愛読者の方々に於かれましては、先ずは、ご一読賜りたく臥してお願い申し上げ枡(なんちゃったりしてね!)

        大村航空基地地先海面の埋立てについて
                                      平成14年6月21日
                                      福岡防衛施設局
1 埋立て必要理由
 大村航空基地は、細長い敷地(約32万m2)に格納庫等の飛行場施設及び庁舎等が所狭しと混在しており、他基地と比較して、飛行場施設(格納庫等)、基地支援施設(航空需品倉庫、車両整備施設等)及び体育訓練施設が不足している状況です。
 しかしながら、現在の敷地内でこれらの施設を整備するための用地を確保することが困難なため、基地に隣接する大村湾の一部を埋立てさせていただき、これらの施設の整備用地とするものです。
2 計画概要
(1)当初の埋立計画は、埋立面積-約109,000m2、仕切堤延長-約800mにより実施することとしていましたが、貴漁協から漁業経営上、特に重要なスベリ北側が、埋立区域に含まれている等の理由により同意が得られませんでした。
(2)防衛庁としては、貴漁協から、スベリ北側を埋立区域から外した埋立計画にしてほしいとのご意向を踏まえ、この度、別図のとおり埋立変更計画(埋立面積-約106,000m2、仕切堤延長-約950m)を策定しましたので、埋立てにご協力頂きたくお願い申し上げます。 (以上、無断転載終了、関係者各位に深謝!)

 極く常識的な見地に立って申し述べますと、長崎県大村市と言えば、先ず真っ先に思い起こされるのは、前述の大村航空基地であり大村湾での漁業であり、前掲の要請文書は、その両者の両立の困難さを物語っているものである。
 本作の作者・小谷一夫さんは、その航空基地と大村湾漁業に象徴される大村市の一郭に於いて農業を営んでいらっしゃるので在り、本作の主旨は「航空基地と大村湾の狭間にある、狭小にして塩分の多い砂地の我が家の畑地に、私は大根栽培をしているが故に、収穫の秋の今、私は大根引きをしているが、この塩分の多い砂地の大根畑こそ、私の生涯の職場なのである」とするものであり、自衛隊の航空基地と漁業で以て認識されている大村市に於いて畑作農業を営んでいる者としての矜持と世間一般の常識に対する抵抗スピリッツを一句に託されたものでありましょう。
     大根の販売価格は百円で出荷価格は其の四分が一!


〇   冬耕の隣のモデルハウスかな  (加古川市)森木史子

 九席。
 住宅の建売業者の「儲かれば宜しい式の商魂の逞しさ」を以てすれば、兵庫県加古川市という、浄瑠璃芝居の『仮名手本忠臣蔵』に登場する<加古川本蔵>以外に何の取り柄も無い田舎町をして、一夜明ければ大阪や神戸のベッドタウン化せしめて、「冬耕」真っ最中の隣接地に「モデルハウス」を現出せしめるのでありましょうか!
     刃傷の邪魔だてしたる男にて武士の情けを知らない奴だ!


〇   麦踏の記憶は今も足裏に  (東かがわ市)桑島正樹

 末席。
 私・鳥羽散歩が小学生時に、クラスメイトの肥満体の女子児童を掴まえてよく口にしたセリフは、「あんたは将来、お百姓さんになって、麦踏みをすれば格好が付くね!」といった類の悪戯言でありました。
 因みに申し上げときますが、私の出生地の北東北の田舎町の農家は稲作農家ばかりで、麦を栽培している農家はただの一軒として見受けられませんでしたから、私のそうした悪戯は、知識力が旺盛だった私が、雑誌などから仕入れた知識の発露、則ち、「我が国西日本の農家の多くは二毛作を営んでいて、冬季間の裏作として栽培されているのは、大麦・小麦の類であるから、西日本の農家の女性たちは、寒風吹き荒ぶ真冬に、麦踏みに駆り出されるので可哀そうだ」といった類の、俄か覚えの知識をひけらかしての戯れ事だったのである。
     「麦踏みをすればあんたはカッコいい!」デブいをなごを揶揄つて云ふ!

今週の「朝日俳壇」より(2021/1/24掲載)

     高山れおな選

〇   吉凶も科学も詰まる暦売る  (大阪市)上西左大信

 首席。
 「暦の本質をずばりと」とは、選者・高山れおな氏の極めてご適切なる寸評である。
     吉凶を占はれつつほくそ笑む品川遊郭お職花魁!


〇   膝挟みして猟犬に言ひ聞かす  (塩尻市)古厩林生

 三席。
 「<膝挟み>の具体性がよい」とは、選者・高山れおな氏の過不足無しの寸評である。
     猟犬を膝挟みして猟師ゴン妻女失ひ自ら癒す!


〇   飾売り買い叩かれておりにけり  (大阪市)眞砂康人

 七席。
 昨年の暮れの正月市は、新型コロナウイルス禍の最中であったから、〆飾り売りも特価販売大安売りで兎にも角にも売り逃げたのでありましょう。
     飾り売り買ひ叩かれても手拍子でシャンシャンシャンとリズム宜しく!


〇   こくどうにびうきんみたいなたぬきかな  (日立市)かとうゆみ

 末席。
 「交通事故死した狸。比喩が率直適格。作者は七歳」とは、選者・高山れおな氏の真にご的確なる寸評である。
     祖父が云ふ「晩餉のおかずは狸汁!」祖母と母とは土鍋を洗ふ!

今週の「朝日俳壇」より(2021/1/24掲載)

     長谷川櫂選

〇   くらやみの七十億や春を待つ  (福島県伊達市)佐藤茂

 首席。
 作中の「七十億」とは世界の人口か?
 ところで、国連の2011年版『世界人口白書』によると、2011年10月31日に世界人口が70億人に到達したと推計されている 。
 また、アメリカ国勢調査局の推計では70億人の到達が2012年3月12日頃とされていて、2019年には77億人に到達したものと推定されている。
 従って、世界の人口を「七十億人」とする本作には、基礎的な数字の誤りがある!
 また、世界の人口の中の約九割弱が北半球に住み、残りの一割強が南半球に住んでいると推定されているから、仮に世界の人口を七十億人とした場合、七十億人中の九割、則ち、六十三万人弱の人々が、この新型コロナウイルス禍の「くらやみ」の中で「春」を待っているのであり、残りの七億人強の人々は冬が来るのを怯えているのである。
 作品内容に基本的な誤りの認められる一句を掴まえて首席入選句としたのは、選者・長谷川櫂氏の知識不足であり、選歌力の不足をも暴露するものでありましょう。
     コロナ禍に人口七十七億の水の惑星地球が藻掻く!


〇   霙来て八ツ目鰻の旨き頃  (能代市)田中瑞穂

 次席。
 「八ツ目鰻に脂がのる?こまやかな季節感」とは、選者・長谷川櫂氏の寸評。
 菅総理の故郷の秋田では、鰻と言えば「八ツ目鰻」を指して謂う事が多いが、私・鳥羽散歩も、秋田名産の「八ツ目鰻」を食べた事がありますが、いくら秋田名産とは言え、そんなに美味しいものではありませんし、第一に、「秋田県民は貧乏人だから、本物の鰻を食べられなくて、鰻と称して偽物の八ツ目鰻を食べているんだ!」という負い目を感じながら食べてたような気がします。
     十二月!秋田名物ハタハタの飯鮓醸す時節となりぬ!


〇   教へ子は可愛ゆきものよマスクして  (新潟市)岩田桂

 三席。
 マスクを掛ければ、どんな醜い面相をしていてもそれなりに可愛らしく見えるものと思われ、現に、この私・鳥羽散歩は、秋田の👹さながらの面相なんですが、それでも尚且つ、昨日の外出先の新百合ヶ丘駅前で、三人の妙齢の女性から道案内を頼まれましたよ!
 尤も、先方の女性もマスクで顔一面を覆っていましたから、美醜は勿論のこと、妙齢であったか否かも判りませんでしたが!
     マスク掛け「麻生図書館どこですか?」なんて訊くなよ!急いでんだよ!


〇   死なれてもまだ腹立つてゐる二月  (東京都)仲村初穂

 末席。
 「半ば許しているのだろう。俳句にできるのだから」とは、選者・長谷川櫂氏の寸評である。
 「死なれても」とは、受け身の表現であり、作者は「真に残念で悲しい事ではあるが死なれてしまった!」という意識と共に掲句を詠んだのでありましょう。
 故人は、掲句の作者のご亭主もしくは御尊父?
 「二月」は、死後二ケ月を意味するのか?
 それとも、季節を先取りして「二月」と言ってしまったのか?
 その孰れにしろ、「死なれてもきだ腹立つてゐる」という事は、よくありますよね!
 私、鳥羽散歩には、東京都にお住いの掲句の作者・仲村初穂さんのお気持ちがよく解りますよ!
     就任しまだ三ケ月!それなのに内閣支持率三割未満!

今週の「朝日俳壇」より(2021/1/24掲載)

     稲畑汀子選

〇   吉凶も科学も詰まる暦売る  (大阪市)上西左大信

 首席。
 「年末に売る翌年の暦。吉凶は当たるか当たらぬか分らぬが、過去は振り返らないという思いか」とは、選者・稲畑汀子氏の寸評である。
 「暦」と言えば、現在の我が国に於いては、伊勢神宮の神宮司庁が作成し頒布している「神宮暦」を指して謂う事が多いが、その記載内容には、日月の運行などの天文学的な観察や判断に基づいて記されている部分も在るが、運勢・吉凶などに就いて記した部分は迷信・俗信の類を記したものでありましょう。
 掲句の「吉凶も科学も詰まる」という上中の二句は、其処の辺りの事情を述べたものと思われ、選者の稲畑汀子氏が掲句を評して「吉凶は当たるか当たらぬか分らぬが、過去を振り返らないという思いか」とするのは、掲句を論評しているのでは無くて、作者の創作意図や掲句の寓意を理解する事が出来ないままに述べた戯言でありましょう。
     高嶋も伊勢神宮も暦売りヨドバシカメラはカレンダー売る!
     寸評も碌に述べ得ぬ状態で選者更迭緊急迫る!


〇   初雪がどか雪となる越後かな  (長岡市)桑原たかよし

 次席。
 「今年の雪への不安がにじみ出た一句」とは、他ならぬ選者・稲畑汀子氏の寸評でありますが、「作者・桑原たかよし氏の長年に渡る雪国・新潟住まいの経験に基づいて為された推測をご披歴なされた一句」と評する方が、掲句に対してのより適切な寸評でありましょう。
     初雪がどか雪となり消えぬまま三月末まで雁木の栃尾!
     新潟の越後湯沢は現役の宰相閣下の故郷と違ふ!
     現役の総理菅氏の古里は羽後の湯沢の秋ノ宮地区!
     現役と言へど間もなくお陀仏だ!閣僚官僚総理に離反!
     新潟の越後湯沢のマンションは十万円でも買ひ手が付かぬ!
     管理費が頗る高く新潟の越後湯沢のマンション売れぬ!


〇   街道は箱根駅伝山眠る  (横浜市)松永朔風

 三席。
 「毎年恒例の箱根駅伝に寄せる、作者の新年の興味」とは、選者・稲畑汀子氏の寸評でありますが、今年、令和三年の箱根駅伝初日の第五区、則ち、通称「箱根の山登り」の時間帯は、雨が降るでも雪が降るでも無くて天候が頗る宜しかったから、掲句の作者・松永朔風さんは、テレビ画面に映ったそうした様子を「街道は箱根駅伝山眠る」と述べたのでありましょう。
     逃げ切って創価大学優勝す!二位は東洋、三位駒沢!
     駒沢が見事逆転優勝し創価大学優勝逃す!
     一位から三位までの入賞校坊主養成関連大学!
     監督がタレント稼業に多忙にて青山学院連勝成らず!
     学業で慶応に負け駅伝で格下校に負けた早大!


〇   初雪や見なれし城の華やげる  (姫路市)黒田千賀子

 末席。
 作者は姫路城の在る姫路市の住民。
 「見なれし城」が効いている。
 作者の黒田千賀子さんは姫路市にお住まいでありますから、国宝の白鷺城こと「姫路城」の見える光景は、毎日毎日飽きる程にも見慣れている平凡な光景なのでありましょう。
 然るに、その平々凡たる姫路城も、今朝はいつもとは違って初雪を戴いているので、「白鷺城」と呼ぶに相応しく一段と華やかなものに、彼女の目に映ったのでありましょう。
     初雪は姫路の野山を埋め尽くし白鷺一羽飛び立たしむる!
     初雪に姫路城下は白一色!白鷺城とはよくぞ名付けし!

「古川順子第一歌集『四月の窓』(2020・11砂子屋書房刊)」を首を傾げながら拾い読みする

〇  花のある四月の窓のあかるさのようにきみに会いきみと別れ来

〇  こんぺいとう ちいさき冬のかたちして放られているあかるさのなか

〇  降るものを予感と名づけ春昼を降りゆくものの影を見ている

〇  映写機の光を浴びて溶けだしたあなたとすこしまじり合う午後

〇  春のひかり充ちれば重い荷のように流すよ笹の舟を浮かべて

〇  春を呼ぶ雨には違いなく細く長く垂れ来たような線なり

〇  いつだって遅れてやって来た人としてここにおりやわらかな雨

〇  また雨にふりこめられてくらがりにみちるみずうみ 印刷室へ

〇  〈たすけて〉の五十のくちが横たわる救命講習こだまする風

〇  栗の実のあおく内攻するちから一号館に長く雨降る

〇  尖らせることはほとんどなくなって鉛筆ゆるやかに線を描く

〇  すれちがうときふと気づく草いきれ微熱の子らの午後がはじまる

〇  雨はいつ雨から水になるのだろう 名のないものにひとはなれない

〇  いまはもう消えてしまった町の名を待ち合わせ場所としるす手子町

〇  目守られてわたくしもまた沈むだろう海の底いに閉づるまなぶた

〇  新人の若さと新しい上司を乗せて踏み込むアクセル深く

〇  連れゆかれる別室の未だ冷ややかな朝のひかりを背に立つ上司

〇  たましいを引きあげる手の静けさで記憶以前の場所に燃える火

〇  いつだって遅れてやって来た人としてここにおりやわらかな雨

〇  降りつづくみずのゆくえを思うとき可能性とはさみしいことば

〇  その部屋に眺めておりぬ遠心のちからと止まらんとするちからとを

〇  沈黙のなかに古びてゆくものへまあるく架かる屋根の空いろ

〇  水滴はしのびて来るよ砂利道をふむつま先にしらじらと虚

〇  くるぶしを水の記憶に浸しつつ待つひとのいて橋しずかなり

〇  見えている色の世界がちがうこと 芙蓉の香つよくはみ出る花壇

〇  闇にたたずみ咲くさくらばなみつみつとそうだったあれはあらがう力

〇  あわあわと夕闇は落ち大陸の地図はどこかが燃えてる今日も

〇  うつつならうつつのものとして触れる花あわあわとけぶる栴檀

〇  ほろびゆくことばをいくつ集めては七月ゆれている姫女苑

〇  日本語はやさしいことば そのあとはないという「さよなら」はなく

〇  そこのみに夏のひかりはあふれおり厨にふたつ残れる檸檬

〇  葡萄の実しずかに太る三校時 昇降口にならびおり靴

〇  こんなにも世界は音に満ちていてかばんのなかに散るロキソニン

〇  白き殻パチンと割ってくろがねにめだま焼く朝みつめられつつ

今週の「朝日歌壇」より(2021/1/24掲載)

   高野公彦選

〇  スマホよりはるかに軽きメモ用紙二枚を持ちて畑に出掛ける  (金沢市)前川久宜

 三席。
 「歌ができたら手軽にメモする」とは、選者・高野氏の寸評。
 本作の作者・前川久宜さんにとっては畑仕事も亦「吟行」なのであり、畑仕事のみならず日常生活の全てが吟行化しているからこそ斯くも素敵な短歌をお読みになられ、それらの作品が殆ど毎週のように朝日歌壇の入選作として朝日新聞の紙面に掲載されるのでありましょう。
     スマホより遥かに重いパソコンで「詩歌句誌面」の記事を書いてる!
     トイレにて小便するのも吟行だ!朝日新聞読むのも吟行!
     何もかも吟行だからと居直って前川さんは畑を荒らす!


〇  カピバラが柚子湯に入る冬至かな人間吾れも三個浮かべて  (岐阜県)河村陽子

 五席。
 「カキバラが柚子湯に入った事」に関わる下記の記事は、2020年12月23日10時30分付けの『朝日新聞デジタル』に掲載されたものを無断転載したものであり、又、時世柄、真に不謹慎とも言うべき、そのような悪戯事は、我が国の各地の浴場で行われたものと判断され、前述の『朝日新聞デジタル』の記事以外にも見受けられるので、この度、私・鳥羽散歩は、その記事をも、本ブログに無断転載させて頂き、日本国民各位に与える警鐘とさせて頂きます(なんちゃったりしてね)。

 富山市ファミリーパーク(富山市古沢)に、「カピバラの湯」が登場した。冬至に合わせて現在は「ゆず湯」になっていて、南米の水辺にすみ、寒さに弱いカピバラたちが、気持ちよさそうに湯船につかっている。
 同パークには6匹のカピバラの家族がおり、昨冬までは屋根の下に固まりじっとしていた。昨年7月に市民から寄付があり、展示場の一角に「カピバラの湯」を作ることにした。直径2メートル、水深50センチでお湯は38度に設定している。
 お風呂によく入っているのは、母のユメと3歳になる4匹の子どもたち。午前中は基本的にお湯につかり、泳いだり、もぐったりしているという。
 ユズも市民から50キロほど寄せられたもので、週末まで、ゆず湯に入るカピバラを見ることができる。(田島知樹)

 <以上の記事は『朝日新聞デジタル』から無断転載したものであり、以下の記事は『 KYODONEWS』から無断転載したものである。無断転載,、深謝!>

 鳥取県米子市の観光牧場「大山トム・ソーヤ牧場」で20日、冬至を前にカピバラが「ゆず湯」を楽しんだ。雪が降り積もる中、観光客は湯船で温まる心地よさそうな姿を写真に収めていた。
 雄の「とと丸」と雌の「なごみ」は、近くの入浴施設から提供された温泉が展示スペースの水槽に注がれると勢いよく入浴。地元産のユズを浮かべた露天風呂に漬かりながら、観光客からもらう大好物のクマザサを堪能していた。
 岡山市の会社員藤原俊通さん(56)は「漬かっている姿がかわいかった。雪の中というのはなかなか見られないので、来てよかった」と笑顔で話した。

     ネズミ目テンジクネズミ科カピバラの和名は何と「鬼天竺鼠」!
     ネズミ目テンジクネズミ科カピバラの中国名は「水豚」だって!
     カピバラが新型コロナウイルスの媒体だって噂まだ無し!


〇  小惑星の砂持ち帰る技術あれど事故炉の内部探り切れない  (郡山市)柴崎茂

 八席。
 其れと是とは、それぞれ一件に関わっている担当者も異なりますし、一件を取り巻く様々なる事情もありますから、別次元の事として分別しなければなりません!
 福島県郡山市にお住いの本作の作者・柴崎茂さんも亦、この際、大丈夫の大人として、余計な詮索を為さらないことが肝要でありましょう(なんちゃったりしてね)。
     GoToの復活予算は付けるのにコロナ防止の予算は付けぬ!
     惑星の砂持ち帰る事なんて不急不要の事ではないか!


〇  半分こする夫逝けり食べ残る蜜柑が匂ふ夜のテーブル  (一宮市)園部洋子

 九席。
 我が鳥羽家では、私と愚妻とが蜜柑を「半分こ」するなんてケチ臭い事を遣って居ません。
 蜜柑は、いくら高い店で買い求めたとしても高が知れた物ですから、この際、半分こなんてケチ臭い事を為さらないで、正々堂々と一個丸ごとお食べになられたら如何でありましょうか!
 あっ!
 真に失礼な事を口に出してしまいました!
 一宮市にお住いの本作の作者・宮部洋子さんの場合は、半分こして食べ合うお相手のご夫君が、お亡くなりになられて仕舞われたんですね!
 私としたことが、いくら気がつかなかった事とは言え、口に出して言うべきでない事を迂闊にも口に出して仕舞いましたが、何卒、この菅総理大臣並みの馬鹿に免じてご容赦下さいませ!
 でも、我が家で蜜柑を半分こして食べたりしない事は、嘘偽りなく、真実そのままの話なんですからね!
 昨日なんかは、4Lの超特大の特価品の蜜柑を愚妻が4個、口が抜群に小ぶりな私だって3個も食べてしまいましたよ!
 コロナ感染を防止する為には、「ビタミンCを摂取しなさい!」って、この頃やけに綺麗になった、あのコロナの女王のおばちゃんが言ってましたよ!
     菅落ち目!コロナの女王調子づきブランド品で召かし込んでる!
     粟島の森に成ってた蜜柑をば愛媛蜜柑と偽って売る!

今週の「朝日歌壇」より(2021/1/24掲載)

     永田和宏選

〇  六歳は柩の中の母に向きこらえつつ言う「死んでないよね」  (亀岡市)俣野右内

 首席。
 「死の意味がようやく朧げにわかりかけてきた六歳の孫。母に向かって『死んでないよね』と、必死の問いかけが悲しい」とは、選者・永田和宏氏の涙ながらの寸評である。
 「こらえつつ言う『死んでないよね』」という、下二句の十四音が泣かせる一首である。
     朧げに死ぬとふ事の意味を知り「かあさん死ぬな!」と縋り付きたり!


〇  監督に抱きつく勝者と監督に抱かれる敗者に分かつ勝負は  (観音寺市)篠原俊則

 次席。
 「ゲーム終了時の悲喜交々のシーン。<抱きつく勝者>と<抱かれる敗者>は成程見事な把握」とは、選者・永田氏の寸評。
 過日、無観客で行われた、卓球の日本選手権の女子シングルスの決勝が石川佳純選手の勝利で終わった折に「監督に抱きつく勝者と監督に抱かれる敗者」という涙ながらの名場面が展開されましたが、毎年の暮れに京都で行われる、高校駅伝の全国大会に於いては、しばしば斯かる場面が展開されるのである。
 こうした場面は、選手や監督が男女の区別に関わらず展開されていると思われるのであるが、私・鳥羽散歩は、世間並みの常識を持ち合わせている所為なのか、特に女子選手がゴールした時に男性監督の胸に抱き付いて行ったり、抱かれたりする場面だけが目に付いて致し方がありません。
 それは兎も角として、「監督に抱かれる」と言えば、数年前にマスコミの話題となった出来事でありますが、ある大学の女子柔道選手だったか、女子レスリング選手だったかは忘れてしまいましたが、件の大学に於いては、女子選手が男性の監督に抱かれる事を代償にして全国大会出場の夢を果たしたという事でありました。
 又、大相撲のある部屋では、「部屋持ち親方の女将さんが幕下以下の力士を抱く、というスペッシャルサービス付きで、彼らを励まし、彼らの逃亡を未然に防いで居た」という話もありましたが、あれらの話の結末は如何相成ったのでありましょうか?
     自らを満たす序でに丁髷の結へぬ弟子たちをも満たすサービス!


〇  湯豆腐の湯気の向かふに妻がゐた団欒といふ貴重な時間  (高松市)島田章平

 三席。
 今日、一月二十七日の午後、たまたま手にして走り読みして居た随筆集『遠い日のこと』(角川書店・平成9年刊)の中で、著者の飯田龍太氏が「俳句では湯豆腐の湯気の向こう側に浮かぶのは美人の顔なんですよ」といった主旨の事を語っていたので、早速、インターネットで検索してみたところ、それらしき数十句を検索し得たので以下に列挙させて頂きます。
     湯豆腐の湯気の向かうの倅かな  小林和世
     湯豆腐や佳き刻分くる友のゐて  赤池英津子
     湯豆腐や講釈ながき人とゐし  小梅順
     湯豆腐に老いの艶ある聞き巧者  酒井秀郎
     湯豆腐を吹く母と子と顔を寄せ  松原智津子
     んと母の匙の湯豆腐押しやる児  ことり
     湯豆腐をとらへて語りはじめけり  塙告冬
     湯豆腐や友あのころの顔になる  伊吹之博
     湯豆腐の湯気の家族のほほ赤し  鈴木陽子
     湯豆腐の浮けば召せよの京言葉  谷野黄沙
     湯豆腐や掴みどころのなき人と  川村清子
     湯豆腐を言葉少なき夫婦食ふ  溝渕弘志
     湯豆腐や無口な夫と摂る夕餉  永井惠子
     湯豆腐に思ひ出手繰るふたり住  大松一枝
     湯豆腐や和み始めし郷ことば  西村美枝
     湯豆腐に常より熱く語りけり  瀬戸峰子
     湯豆腐のゆれて賢兄愚弟老ゆ  西尾照子
     湯豆腐や主客どちらも耳遠き  松田泰子
     湯豆腐や夫との暮しこぢんまり  森清信子
     湯豆腐や四角四面の夫なれど  田島蔦子
     湯豆腐や男の歎ききくことも  鈴木真砂女
     大寒の六十妻よ湯豆腐よし  橋本夢道
     湯豆腐や一件落着せし夫婦  山本涼
     湯豆腐や強気弱気の人と居り  石山惠子
     湯豆腐や志もつ者同士  山本喜朗
     湯豆腐やともあれ命得し父と  小菅暢子
     湯豆腐の座をゆづりあふ師弟かな  長田等
     湯豆腐や兄弟だけの一忌日  渡辺いえ子
     湯豆腐や女子大を出てただの婆  木田千女
 何事に付けても物事というものは注文通りに事が運ばないものと思われて、これらの俳句の中では、今は亡き飯田龍太の言の如き場面、則ち、「湯豆腐の湯気の向こう側に美人の顔が浮かんでいる」という場面が必ずしも展開されているとは限らず、その顔たるや、「女子大を出たただの婆」の顔だったり、「強気弱気の人」の顔だったり、「一件落着せし夫婦」の顔だったり、「四角四面の夫」の顔だったり、「主客どちらも耳遠き」人の顔だったり、性別年齢共に不明の「掴みどころのなき人」の顔だったり、「老いの艶ある聞き巧者」の顔だったりして、せっかくの飯田龍太氏の言に逆らい、私・鳥羽散歩の期待をも裏切るのである。
 しかしながら、よくよく検索してみると、湯豆腐を季題とした俳句の中には、「湯豆腐や一人に大き鍋なりし(谷寿枝)・湯豆腐のせめて隣をよんで見る(尾崎紅葉) ・湯豆腐を好みし母も夫もなく(中道愛子)・湯豆腐や父の口ぐせ真似てみて(赤木真理)・湯豆腐やゆらりとうかぶ父母の顔(池内勝信)」といった、湯豆腐の湯気に当てられて独り暮らしの侘しさを詠んだ俳句だって数多く見受けられますから、尾崎紅葉氏を始めとした前掲数十句の作者諸氏は、兎にも角にも、湯豆腐鍋を共にする相手が居るだけに、「湯豆腐や幸せに居て気付かざる(関森勝夫)」といった類のそれなりに恵まれた境遇の方々だったのかも知れません。
 閑話休題。

 話題を俳句から短歌へと急転回させていただきますと、掲出の島田章平さん作の主旨に依りますと、「二人暮らしの家庭の<団欒>というものは、<湯豆腐の湯気の向かふに妻>が居て、こちら側に夫の吾が居てこそ辛うじて保たれる」ものらしい!
 それなのに、あの日から十年も経たない今日の夕餉の「湯豆腐の湯気の向かふ」には、当然居るべき筈の「妻」が不在なのである!
 「ある時はありのすさびに憎かりきなくてぞ人の恋しかりける」とは、『源氏物語』桐壺の巻の所収歌であり、宮中の女官たちが、今は亡き桐壷の更衣を偲ぶ場面であるが、宮中の女官ならぬ、高松市有数の愛妻家であったと推測される島田章平さんであってみれば、「ある時はありのすさび」の憎からで思い、「なくて」の後の今日の夕餉の欠落感には、如何とも為し難い思いに囚われ、嘆かれて居られるのでありましょう。
 「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」とは、久保田万太郎の句集『流寓抄以後』所収の名句であり、冬の季語・湯豆腐に事寄せて、自らのそれを含めた人間の命の儚さや、生きる事の虚しさを俳諧的かつ主情的に述べた名句である。
 「今は亡き妻に対する思慕の情」を主題にした名歌は、私の知る限りに於いても十指に余る!
 しかしながら、寡聞にして私・鳥羽散歩は、夕餉のおかずの「湯豆腐の湯気の向かふに」という、日常茶飯事的、且つ俳諧的な歌い出しを以て愛妻の不在を抒情的に詠い上げ、愛妻の死を今更のように嘆き慕う名歌に出合わせた事はありません!
 香川県高松市にお住いの歌詠み・島田章平さんの女々しさと、本作の俳諧味と抒情性とに絶大なる拍手を!
     ある暇のありのすさびの歌評にて言葉足らずをご容赦なされ!
 とは申せ、私は、年末から年明けに掛けてのここ数週間は、相棒のノートパソコンの不調に悩まされ、一時は、「詩歌句誌面」を廃絶しようと迄も思い詰めていたので、この度、島田章平さんの斯かる傑作に出会うを得て、大きな喜びに浸って居る次第なのであります。
     ありし日のありのすさびの睦言を思ひ出さする名歌なるらむ!
 島田章平さん、何時何時までも女々しい抒情歌を詠み続けて居て下さい!


〇  円山から市役所までの若き日のデモのコースを旅人として  (名古屋市)山西喜子

 六席。
 「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき」なる与謝野晶子の名歌を脳裏に置いての作品ではあるが、「若き日のデモのコースを」に、作者の世相批判の思いが込められているのでありましょうか?
 そう言えば、昨今の若者たちは、春闘ともデモ行進とも無縁の生活に追い遣られているようですね!
     県庁を取り巻きて沸くデモの声「賃金上げろ!暮らしを守れ!」


〇  ひき揚げし舟の形に雪積みて裏日本とふ廃語懐しむ  (佐渡市)小林俊之

 八席。
 「ひき揚げし舟の形に雪を積む」事は、佐渡地方の正月の習俗なのでありましょうか?
 そう!そう!
 新潟県佐渡市にお住いの小林俊之さんと同様に、私・鳥羽散歩は、俗に謂うところの「裏日本」に生まれ合わせた為に、他人に明かすことが出来ないほどの辛苦を味わいました!
 小林俊之さんは、「裏日本といふ廃語懐しむ」などと、裏日本居住者らしからぬ能天気な事を仰いますが、「裏日本」という差別語は、確かに辞書や新聞・雑誌などの誌面上からは消え失せましたが、その実質は、未だに、否、永久に消え失せません!
 例えば、菅総理大臣閣下の不人気振りに付いて考察してみますと、彼には、一国を統べる事が出来るような政治家としての才質に欠けているような側面が見受けられますが、それ以上に注目するべきは、彼の生まれ在所が、東北の秋田県湯沢市秋ノ宮地区(旧・秋田県雄勝郡秋ノ宮村)という、我が国有数の僻陬の地であったという点、更には、彼の国会演説や答弁、記者会見での答弁が「ズーズー弁」として蔑まれている秋田訛りの言葉であるという点でありましょう。
 彼・菅義偉氏は、自らの生まれ在所が「人口よりも熊の数が多い」とされている僻陬の地であるが故に、彼の口から出る言葉が「ズーズー弁」であるが故に、卑しめられ蔑まれなければならないのであり、その分だけ余計に強情を張って見せたりしなければならないのでありましょう。
     法政の夜間部卒を売り物に赤い絨毯踏み締め威張る!

今週の「朝日歌壇」より(2021/1/24掲載)

     佐佐木幸綱選

〇  みなさんが思う以上に亡くなった方覚えています介護従事者は  (町田市)村田知子

 次席。
 「日常語そのままの表現がストレートに心に響く。介護施設の職員の作」とは、選者・佐佐木幸綱氏の寸評である。
 佐佐木幸綱氏の寸評に「介護職員の作」とあるから、本作の作者・村田知子さんは「介護職」に従事しているのでありましょうし、であるならば、本作の大意は「世間一般の方々は、私たち介護従事者のことを『介護従事者の方々は、自分たちに介護されていて、その途中で命を失った高齢者の方々の事を、いろいろと忘れ難い事として覚えているだろう』などとお思いでありましょうが、私たち介護職従事者は、皆様方、世間一般の方々が想像している以上に、介護途上でお亡くなりになられた方々の事を忘れ難く記憶してものである。介護職というものは、それ程にも大変難儀な職業なんですよ」と、昨今、何かと話題の介護施設の職員の仕事の困難さと大切さを述べたものと思われる。
 然り!
 確かに、そのように思われるのであるが、本作はイマイチ分り難く、一首の意を読み取るのが困難である。
 新聞歌壇の入選作品のみならず、短歌専門誌や結社誌に掲載されている作品の中には、一首の意を読み取るのが難しく、且つ、その読み取り難さが一首の魅力となっているような類の歌が多くありますが、東京都下町田市にお住いの村田知子さんがお詠みになられた本作は、前述の如く、その大意を読み取るのが難しく、而も、その読み取り難さが作品の魅力となっているとは申し難い!
 で、あるならば、選者・佐佐木幸綱氏は、何が故に本作を首席入選作として、ご選定になられたのでありましょうか?
 其処の辺りの委しい理由を、私・鳥羽散歩は知りたいのである!
     皆さんが思う以上に辛く且つ賃金安い介護職員!
 作者の村田知子さんが、とか何とか詠んで下さったら、もう少しマシな論評になった筈なのにね!


〇  天井にとぐろ巻くごと雷をりてこの七日間能登に空なし  (羽咋市)北野みや子

 三席。
 「雪おこしの雷。生き物のように表現した上句、うまい」とは、選者・佐佐木氏の寸評。
 選者・佐佐木幸綱氏のいわゆる「雪おこし」とは、「冬季に日本海側で雪を伴って発生する雷。雷鳴が寝ていた雪を起こすようであることからこう呼ばれる。また寒ブリの漁期にあたることから,沿岸地方では<ブリ起こし>とも言う。雷は太平洋側では夏に多いが日本海側では冬に多い。金沢の雷日数は 7月と 8月が約 3日であるのに対し,12月と 1月は 6~7日である。日本海側の冬季は雷雲の雲底の高度が低い」との事であり、本作は、その「雪起こし」と言うよりも、私にとっては「鰤起こし」の凄まじさを主題とした一首であり、「天井にとぐろ巻くごと雷をりて」という、詠い出しの三句から始まって、「この七日間能登に空なし」と、鰤起こしの実態の凄まじさを強調して述べた下の二句までの一首全体が、<鰤起こし>の壮絶さを強調して詠い得ている傑作である。
 「鰤起こし」を主題にした、本作に接するにつけても思い出されるのは、この数年間、私・鳥羽散歩の「歌友」として、時に切磋琢磨し合い、時に酒席を共にした、結社誌「かりん」会員の松並善光さんとの交友である。
 彼・松並善光さんは、九州は大分県のご出身ではあるが、八十一歳というご生涯の一時期に、北陸の富山市にご赴任になられて居て、件の「鰤起こし」に取材した短歌の傑作を詠まれ、その多くは、馬場あき子選の入選作として朝日新聞紙上に掲載されていた事を、本ブログの愛読者の方々はご記憶なさっておられましょうか?
 朝日歌壇の常連入選者であり、近年、空しくもお亡くなりになられた方として著名な作者と言えば、三原市にお住いの岡田独甫でありますが、松並善光さんも亦、朝日歌壇の入選常連作家であり、私の記憶している限りに於いても、次のような傑作が朝日新聞の紙面に掲載されております。
     藍甕の海にも異変が希少なる花烏賊・ゲンゲ・白海老いずこ  (相模原市)松並善光 
     地ふぶきの荒ぶ尻屋崎の寒立馬よりあひて草を食む五六頭  
     寒椿ばさつと落ちて目覚めたり春の余寒のしじま残して  
     豊ノ海の「生ける化石」の兜蟹の危機を語りつつ友涙ぐむ  
     不知火の消えては燃ゆる夜のうみ伴天連ばやしを遠近に聞く  
     戦死したる父に空似の自画像と向かひてゐたり無言館にて 
     戦場を翔ける一羽の「青い鳥」イラクの少女は涼やかに描く   
     流鏑馬の武者はおほきく息したり三本の矢を連射の後に
     頑固(げってん)を通しし友と酌み交す焼酎『げってん』切れとコクあり
     駆けっこの苦手な女孫が是いかにパンをくわえて真っ先に来る
     被曝せる浪江の寺の緋ボタンに日照雨が白くひかりつつ降る
     怖るべしチェルノブイリの廃炉まつ二十七年 コンクリの棺
     あの日から時計の停まりし友の家に被曝の花が黙し咲きをり
     一本釣りマグロ談義にかたづのむ竜飛の漁師のなまる濁声
     酔芙蓉ほのぼの染まる坂のまちおわら流しが角まがり来る   
     ひんやりと無窮花咲きて在日の友はとつとつ故郷をかたる 

 又、次の六首は、「道の辺の花」というタイトルで、結社誌「かりん」の2016年5月号に掲載された連作である。
     『雑草手帳』ポケットに朝の散歩なり終の住処の相模はしもと   (相模原市)松並善光
     見栄よきに誰が名付けしか悪茄子トゲを隠し咲くむらさきの花
     屁屎葛に佳き名のあるを知らざるか早乙女花は庭隅に咲く
     道の辺の烏野豌豆へうげものパチパチ爆ぜて子ら叱りをり
     アスファルト突き破りたる浜菅のひとかぶに視るその土根性
     特攻花と呼ばれし黄色の草蓮華、宇佐空あとの森かげに咲く


     「なにクソ!」と「屁でもないや!」と居直つて屁糞葛は花咲かせたり!  鳥羽散歩 
     吾が庵のとぼそ叩きて訪ね来る友の逝きたり歌詠む友が!
                  (松並善光氏のご逝去を悼む)
      

〇  雪おこしの雷響む予約せしタイヤの付け替えまであと四日  (松江市)田中勝美

 四席。
 前掲の北野みや子さん作と同様に、「鰤起こし」に取材した傑作でありますが、「雪おこしの雷響む」という上二句と、「予約せしタイヤの付け替えまであと四日」という下三句とのバランスの宜しさが魅力の一首である。
     鰤起こしの風の身に沁む夜半なりき玻璃扉軋める夜半なりにき!


〇  書き初めの練習始まる教室に三十三の「美しい心」あり  (さいたま市)菊谷伸治

 六席。
 「三十三の『美しき心』あり」とは、木下恵介監督作の映画『二十四の瞳』を脳裏に置いての表現でありましょうか?
 又、作者の菊谷伸治さんは、居住地のさいたま市で書道塾を経営させい居られるのでありましょうか?
 で、あるとするならば、少なからず自画自賛的、且つ、手前味噌的傾向無しとせず!
     剣道の稽古始まる道場に神経苛む師範の喝声!


〇  レシートに榠樝は野菜と記されて買物袋に薔薇科の香り  (坂戸市)納谷香代子

 七席。
 「榠樝」は、果物と言えば果物ではあるが、かと言っても、生食に適する訳でも無く、且つ、煮ても焼いても食べる事が出来ない代物であり、是を販売していた商店は思案に余った挙句に、是を「野菜」と分類してレジスターに入力したのでありましょうか?
 「買物袋に薔薇科の香り」とした、下二句の表現は香し!

〇  おすそわけ・裏金・わいろ・忖度のスタンプ売ってる街の文具屋  (薩摩川内市)川野雄一

 八席。
 昨今の「街の文具屋」では、電子素材の丸型のスタンプが極めて安価で販売されて居て、それらの中には、「賄賂・袖の下・裏金・闇営業・汚職・詐欺・横領・収賄・背任・疑惑・告発・懲戒・不祥事・浮気・不倫・偽造・強要・談合・逮捕・八百長・賭博・買収・スパイ・裏切者・悪人・逃亡・搾取」といった面白的なスタンプも在るとの事でありますから、件の「おすそわけ・裏金・わいろ・忖度のスタンプ」なども販売されている事でありましょう。
     モリカケに「忖度」するとの判子押し疑惑塗れの決済を為す!

 
〇  寝顔見て今日も一日終わったと安堵する夜わが爪を切る  (尾道市)樋口麻紀子

 九席。
 「夜わが爪を切る」のは、「今日も一日終わったと安堵する」気持ちを込めての事でありましょうが、「夜間に爪切りをすると親者が死ぬ」という迷信が在る事を、作者の樋口麻紀子さんはご存じでありましょうか?
      わたくしは屁口捲子でありません!迷信なんか信じてません!


〇  覚えとこう渡り廊下の風の音私のお別れ会がはじまる  (萩市)石飛加名子

 末席。
 「覚えとこう」と軽く出たのが魅力の一首でありましょうか?
 又、「覚えとこう」とする内容が「渡り廊下の風の音」であるとする点にも、奥深さが感じられる一首である。
     覚えとこう今朝のトイレの悪臭を便秘をすると斯くも相成る!

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Author:鳥羽散歩
卑しくも<詩歌ブログ>を名乗る以上は、イラストやカラー写真で以て読者に取り入ろうとしてはなりません。ましてや、田舎町の安手のレストランで食べた料理のカラー写真で以て読者を幻惑させようとするのは論外です!当ブログは、カラー写真やイラストの類の夾雑物は一切無しの<詩歌ブログ>です。

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