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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

今週の「朝日歌壇」より(2021/4/4)

     高野公彦選

○  制服が私服の人を打ちのめすニュースが続く痛みと怒り  (東京都)十亀弘史

 首席。
 「例えばミャンマーの反政府デモで、制服(武器を所持)が私服の人々を打ちのめす場面」とは、選者・高野公彦氏の寸評であるが、数多ある症例の中から選択して、ミャンマーを具体例にした辺りに選者・高野公彦氏の限界が覗われる!


○  阪神忌に続き東北忌が巡るコロナ終息ひたすら待つ日  (茨木市)瀬川幸子

 次席。
  阪神淡路大震災が発生したのは平成七年(1995年)一月十七日でありますから、作中の「阪神忌」とは、一月十七日を指して言うのでありましょう。
 また、東東北大震災が発生したのは平成二十三年(2011年)三月十一日でありますから、作中の「東北忌」とは、三月十一日を指して言うのでありましょう。
 でも、そんな言い方をするのは、歌詠み特有の「身勝手=ご都合主義」ではありませんか?
 そんな言い方が許されるなら、「阪神忌=阪神タイガースが惨敗した記念日」、「東北忌=東北楽天ゴールデンイーグルスが惜敗した記念日」とする事だって許される筈であり、その方がより斬新な表現として奨励されましょう!

 
○  「していない」と断言しない政治家の「記憶にない」は「したかもしれない」  (綾瀬市)小室安弘

 三席。
 「していない」だとか「したかもしれない」なんて言われると、勉強嫌いの高校生が、物理の教師から「お前は期末試験でカンニングしたに違いない!そうでなければこんな高得点は有り得ない!」などと責められているみたいではありませんか!
 私、鳥羽散歩は、小学校二年生の頃に、学級担任の芳賀先生から、「鳥羽よ!お前は、ヘコした事があるだろう!小3のくせしてヘコの味なんか覚えてしまうと、将来碌な者にならないぞ!したならしたとはっきり言えよ!」と、職員室に呼ばれて責め立てられたことがありますが、その時の私は、最初は、事実そのままに「していない!絶対にしていない!」と返答していたのでありましたが、芳賀先生の責めの激しさに抵抗しきれずに、お終いには「したかもしれない?」と前言を翻してしまったように記憶しているのであります。


○  「じいちゃんとジグソーパズルしたもんね」五歳の中に夫は生きおり  (一宮市)園部洋子

 四席及び永田選の九席。
 「じいちゃんとジグソーパズルしたもんね」とは、父親を亡くした五歳児の言葉でありましょうが、「ジグソーパズル」とは、「一枚の絵を幾つかの小片に分解して、分解した物を再び組み立てるというタイプのパズル」である。
 そんな古臭くて面倒臭いゲームを持ち出して、年端の行かない子供の機嫌を取ろうとしたから、件の「じいちゃん」は早死にしたのかも知れませんね!


○  孫の字の「生きぬく力」書き初めが二年も我に寄り添いてある  (大和高田市)森村貴和子

 五席。
 バアバの孫褒めもこの段に至ると、最早、老醜以外の何者でもありません!
 

○  いつもより授業風景多く載る令和二年度卒業アルバム  (出雲市)塩田直也

 六席。
 下手な歌詠みの見え透いた手であり、何でもかんでもコロナの所為にするのが下手な歌詠みの下手な歌詠みたる所以でありましょうか?


○  入試日は三寒四温の三にして換気のたびに子ら震へをり  (可児市)前川泰信

 七席。
 本作も亦、コロナ関連の一首である。


○  おはようとおやすみの間ひとと生きおやすみのあとひとりで生きる  (長崎市)別所佐和子

 八席。
 これではいくらなんでも買えません!


○  怖さ知る津波に襲はれ遺されし登美子先生の歌は語り部  (津市)土屋太佳子
 九席。
○  春彼岸とみこ先生笑顔ですとみこ文庫に子供がきます  (東京都)福島あき子
 末席。 

 ハマキチという名の男の子が母親と田植えの手伝いをした帰り道、地蔵の近くで大勢の亡者が、空へと昇る光景を見た。旧暦で翌日は端午の節句。一年で最も、潮が引く大潮の日だった◆古老たちが「数十年ぶりの引き潮」と驚嘆する中、浜辺は海藻を採る村人で大にぎわい。そこに突然、山のような高い波が押し寄せ、多くの人馬をのみ込む。ハマキチ親子は、高台へ駆け上がり、難を逃れた。母親は「前日に見たことは津波の前兆」と確信したという。宮城県気仙沼市の大島に伝わる『みちびき地蔵』の物語は民話として現在に息づいている◆この物語は、明治三陸地震津波がモデルとされる。123年前のきょう、発生した巨大津波は北海道から宮城の太平洋岸を襲い、2万2000人の命を奪った◆<春彼岸 津波寄せ来し浜に立つ 我が曽祖父も波に消えたり>。気仙沼市立松岩小学校の教諭だった畠山登美子さんの短歌である。畠山さんの祖父は明治三陸地震津波で父を失い、村人と杉ノ下地区の高台へ集団移転した。だが、東日本大震災で畠山さんは、両親と大津波の犠牲となった。歌は、震災前に詠まれたものだったが、2011年4月10日付朝日新聞「朝日歌壇」に入選し、掲載された◆歴史を見詰め、災害の教訓を心に刻もう。失われた命に報いるために。(川)
 上掲の畠山登美子氏に関わる記事は、2019年6月15日付けの「公明党ニュース」に記載されている記事を転載させて頂いたものでありますが、私・鳥羽散歩は、寡聞にして、畠山登美子氏と公明党との関わりに就いては存じ上げません。
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卑しくも<詩歌ブログ>を名乗る以上は、イラストやカラー写真で以て読者に取り入ろうとしてはなりません。ましてや、田舎町の安手のレストランで食べた料理のカラー写真で以て読者を幻惑させようとするのは論外です!当ブログは、カラー写真やイラストの類の夾雑物は一切無しの<詩歌ブログ>です。

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