fc2ブログ

「『りとむ・創刊30周記念号』所収の『寺山修司短歌語彙』」を読む  執筆途上にて失禁!

 昨日・一月十七日の午前九時過ぎに、私は女房と連れ立ってイオン新百合ヶ丘店に食料品の買い出しに出掛けました。
 実を言うと、「これから食糧の買い出しに出掛けるぞ!」といった気分で大風呂敷をふところに入れ、しかも、わざわざバスにまで乗って買い物に出掛けたのは、年が明けてから昨日が最初なのである。
 と云うのは、昨年末の三十日と三十一日の二日間に件のイオン新百合ヶ丘店、及び、三和百合丘店にて、食品を肇とした.正月用品の大半を買い求めていたので、長男一家四人が<恒例のお年始>と称して<お年玉の集金>に遣ってくるに違いない元旦から三、四日間に食する物の大半は冷凍庫に格納済であったのであり、その上、お金を遣うことを唯一の趣味にしている独り身の次男が、「昨夜の大安売りで買った」と称して、ズワイガニ・タラバガニ・毛ガニなどのカニ類や筋子に明太子、超大型のプラ製パック入りの刺身セット二組などと、ありとあらゆる御馳走を両手に提げて元旦の夜明け前に我が家の玄関先に姿を見せたので、それらの品々をも大型の冷凍庫に格納していたから、長男一家四人がいくら食いしん坊でも正月のご馳走には不足無しと思われ、また、.食いしん坊四人組が食い余したものを、俗世間の方々と比較するとやや口が小さめの私と女房とがチビリチビリと食べていると、松の内からの数日間は大風呂敷を広げて買い出しに出掛けるような必要が無かったからのである。
 例に拠って例の如く、前口上が長きに亙りましたが、これからが本番である。
 実を申し上げますと、イオンで買い物をしたのは女房一人であり、私・鳥羽散歩の本来の目的は、川崎市立麻生図書館で、「短歌結社誌『かりん』及び、同じくは『りとむ』の、なるべくは新しい冊子をの帯出せむ」という点にありました。
 ところが、第一目的の『かりん』は昨年の九月号までしか無かったので止む無く諦め、目的を「りとむ」に変えたところ、「『りとむ』の2022年7月号」が、「創刊30周年記念号」という事で、通常のものより五倍増の分厚さであったので、早速、その帯出に及んだのでありました。
 件の『創刊30周年記念号』は、総ページ数が四百余ページという分厚さであり、その半分以上を占める二百数十ページは「資料編『寺山修司短歌語彙』」というスペシャル版でありました。
 帰宅して早速、件の「資料編『寺山修司短歌語彙』」をペラペラと捲ってみたところ、要するに、寺山修司が生前に刊行した四冊の歌集所収作品・一千首弱を単語単位で分解し、五十音順に並べただけの代物で、世の寺山ファンと云えども、随喜の涙を流して喜悦するといった体裁のようには見受けられなかったのであります。

 ところが、ところがである!
 夕餉が終わり、件の大冊を私は自らの寝室に携えて行って、熟読玩味に及んだのではありますが、その初っ端に目に着いたのは、「愛・愛語・青空・青麦・悪霊・揚羽・明日」などと云う、昔馴染みの寺山短歌に用いられていて、「寺山語彙」と呼ぶが当然の名詞であり、その後にも陸続と登場するのは、「明日・飴屋・遺産・一漁夫・田舎教師・犬・鰯雲・嘘・海霧・斧-叔母・果樹園・棺・嚏・黒髪・故郷・国語教師・黒人悲歌・殺人者・死火山・」といった、凡そ、世の寺山短歌ファンならば、これらの名詞は、寺山修司作の4冊の歌集の何れの作品に用いられている単語なのか、と見当が付けられるような単語なのであり、別の言い方をすれば、これらの名詞の何れもが「遊郭・テラヤマ」の<御職>を張れるような単語なのでありました。

 
スポンサーサイト



0Comments