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詩歌句誌面

読解なくして論評あらず。

今週の「朝日歌壇」より(2020/1/12掲載)       三訂版、只今公開中!乞う、ご再読!  一件がなかった事には誰も出来ず、桜を見る会彼と行くかい? 

     佐佐木幸綱選


○  共に撃たれしアフガン人を悼みたる家族の声のとうとかりけり  (水戸市)中原千絵子

 いきなり他人の短歌の改作案を提示するみたいで、作者の中原千絵子さんに対しては大変失礼致しますが、例えば、本作が「撃たれたるアフガンびとを悼みたる家族の声の尊かりけり」といったものであったとしても、作品を通じて作者が述べようとした趣旨の凡そを私たち読者が汲み取る事は可能でありましょう。
 然しながら、作品の創作意図や趣旨を読者や選者に対してより完璧に伝達しようと目論む作者にとっては、本作の冒頭に「共に」という連用修飾語を置く事が、是が非でも必要だったのであり、その結果として、本作は、「共に撃たれしアフガン人を悼みたる家族の声のとうとかりけり」という、一句目二字字余りの形で詠まれて投稿されて選定されて、そして、今、<朝日歌壇>の本年最初の佐佐木幸綱選の首席入選作として、その読解を目論む、私・鳥羽散歩の前に現出しているのである。
 私は、自らが所属する短歌会の昨年末の覆面歌会に、「焼香を待つ間(ま)若きらの奏でしは故友(とも)の母校の寮歌なりけり」という一首を投稿し、自分自身としては、この一首の内容は、必ずしも傑出した読解力を持つ方ばかりではない所属会員諸氏にとっても、極めて容易に理解し得るものであるに違いない、と思っていたのでありましたが、意外や意外、とある一所属会員から「五句目に<寮歌>とあるのにも関わらず、三句目に<奏で>と置くのは理解し難い!何故ならば、<寮歌とは歌うべきものであり、演奏するべきものではないからである>」との、奇想天外なるご指摘をご賜り、しかも、私たちをご指導なさって居られる、著名なる歌人の某氏から、「この一首は極めて間延びしているが、その原因は、単純に<友>とすれば宜しい所を殊更に<故友>として.、無用な<ふりがな>を施した点にある」との、ある意味では適切とも思われるご指摘をいただいたのでありました。
 作者が読者に.、一首の内容への理解をどの程度まで求めるかは、ケースバイケース、各人各様ではありましょうが、掲出の一首の作者・中原千絵子さんにとっては、この一首の内容を読者及び選者に、より確実に、より深甚に伝達する為には、例え、定型と韻律とを乱しても、詠い出しの一句を「共に撃たれし」としなければならなかったのでありましょう。
 掲出作は、そうした点に就いての評価が大きく別れる一首ではありましょう。
 水戸市にお住いの中原千絵子さん、この度は佐佐木幸綱選の首席入選、大変お目出とうございます。
     ご亭主と共に撃たれしアフガンの犠牲者気遣ふご家族思ふ  鳥羽散歩


○  リンゴ畑の泥掻き帰る木に赤く出荷叶わぬリンゴいただき  (中央市)前田良一

 文脈に留意して熟慮すれば、「リンゴ畑の泥掻き帰る」という冒頭の連文節が、「りんごいただき」という末尾の連文節句を連用修飾していて、更に、三句目冒頭の「木に」という単文節が、五句目末尾の動詞「いただき」を連用修飾している事が理解されましょう。
 然しながら、こうした複雑な構文は、<必ずしも短歌表現に適しているとは言えない>と、私には思われます。
 表現上、評価の分かれる作品が、首席、次席と二首続いて入選している。
     熟れ過ぎて出荷叶わぬリンゴ捥ぎ堆積したる泥掻き終えぬ  鳥羽散歩
 僅かに<五句三十一音>に過ぎない短歌形式に、過重なる荷物を背わせようとしてはいけません。
 欲張ってはいけません!
 本作の作者にとっては、「赤く出荷叶わぬリンゴ」は、ただ単に木から捥ぎ取ったのではなくて、<神聖なるリンゴの木からの頂き物だった>のかも知れませんが?


○  いい筆を使えばもっといい文字が書けるといいつつ年賀状書く  (館林市)阿部芳夫

 「書けるといいつつ」という四句目の字余り、及び、「年賀状書く」という五句目の字余りが、韻律を乱していない、という点を評価するべきでありましょう。
 また、作者は、「いい筆を使えばもっといい文字が書けるといいつつ」も、結局は「いい筆」を使うことなく「年賀状」を書いたのでありましょうが、そうした作者自らの微妙な心理を、適切を得た言葉遣いを以てして、より具体的に表現し得た点は、作者・阿部芳夫さんの高い力量の証しでありましょう。
 館林市にお住いの阿部芳夫さんの相変わらずのご健筆に脱帽し、自らの禿頭を就寝前の床前に曝け出している、今宵の鳥羽散歩である。
     弘法は筆を選ばずとか謂ふとちびた筆もて賀状を記す  鳥羽散歩


○  思ひがけぬ良き解答の出で来たりて静かな生徒をしつかりと褒む  (町田市)村田知子

 私・鳥羽散歩もかつては高校の教壇に立って居たので、「思ひがけぬ良き解答の出で来たり」し時の、出題教師としての大きな喜びに就いては、この度、本作に接するを得て今更に記憶を新たにしている次第である。
 件の「思ひがけぬ良き解答」を現出せしめたる「生徒」が、利かん気で積極的に発言する生徒ではなくて、「静かな生徒」であった点、そして、件の「静かな生徒」を、出題教師である作者が「しっかりと褒」める点などに就いても、かつては作者と同業者であった私・鳥羽散歩は、大いなる共感と感動を覚えているのである。
 この佳作に接するを得て、私は私自身の過ぎ去った過去に就いての記憶を新たにしている次第である。
     空白に感謝の意のみ記し置き校門巣立ちし劣等生よ!  鳥羽散歩
     「感謝」との漢字二字のみ記されて空白なりし回答用紙!
 なんちゃったりして、あまりにも田舎芝居じみているのではありませんか!この返歌は!!     

    
○  氾濫の泥なほ残る極月の千曲の岸辺に芽吹く川柳  (長野市)岸田浩生

 「極月の千曲の岸辺」に、「氾濫の泥なほ残る」とは、真に凄惨なる光景である!
 然し乍ら、その「極月の千曲の岸辺」の凄惨さを救済するが如くに、「川柳」が既に芽吹いているのでありましょう。
 兼好法師の『徒然草』に曰く、「(前略)春暮れて後、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ、秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅も蕾みぬ。木の葉の落つるも、先づ落ちて芽ぐむにはあらず、下より萌しつはるに堪へずして落つるなり。迎ふる気、下に設けたる故に、待ちとる序甚だ速し。生・老・病・死の移り来る事、また、これに過ぎたり。四季は、なほ、定まれる序あり。死期は序を待たず。死は、前よりしも来らず。かねて後に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し」と!(第百五十五段)
 また、古代中国の思想書『淮南子』に曰く、「塞上に近きの人に、術を善くする者有り。馬故無くして亡げて胡に入る。人皆之を弔す。其の父曰はく、『此れ何遽ぞ福と為らざらんや』と。居ること数月、其の馬胡の駿馬を将ゐて帰る。人皆之を賀す。其の父曰はく、『此れ何遽ぞ禍と為る能はざらんや』と。家良馬に富む。其の子騎を好み、堕ちて其の髀を折る。人皆之を弔す。其の父曰く、『此れ何遽ぞ福と為らざらんや』と。丁壮なる者、弦を引きて戦ひ、塞に近きの人、死する者十に九なり。此れ独り跛の故を以つて、父子相保てり。故に福の禍と為り、禍の福と為る、化極むべからず、深測るべからざるなり」と!
 そうです。
 「氾濫の泥なほ残る極月の千曲の岸辺」にも、必ずやずや「川柳」が「芽吹く」ものです!
     「せんりゅう」と読まるる惧れ無しとせず。ルビ施すが肝要である。  鳥羽散歩


○ 「このことがなかつたことにはならない」詩織さんのひとつのピリオド (高松市)島田章平

 朝日新聞などの、マスコミ報道に依拠しての、客観的事実(と言えましょうか?)に基いての一首であると推測される。
 ところで、作中の「詩織さん」とは、「我が国のフリージャーナリストにして、映像作家の伊藤詩織氏」である。
 彼女は、「自らの就職や米国での就労ビザ取得に就いての相談のため、東京都内で当時TBSの政治部記者でワシントン支局長であった山口敬之氏と会食したのであったが、同日深夜から4日早朝にかけて飲酒後に記憶をなくし、ホテル内で山口氏に乱暴されたとして、準強姦容疑で警視庁に被害届を提出。東京地裁が2016年7月に嫌疑不十分で不起訴としたため、2017年5月、検察審査会に審査を申し立てた。東京第6検察審査会は2017年9月、不起訴を覆すだけの理由がないとして<不起訴相当>と議決した」との事。
 また、彼女は、「2017年9月28日、<望まない性行為で精神的苦痛を受けた>として、山口氏を相手に、1100万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こしたが、それと並行して、その直後の10月18日に、自らの訴えを綴った手記『Black Box』を出版し、同月24日には、日本外国特派員協会で会見を行った」との事である。
 その一方、「訴えられた側の山口敬之氏は、同月26日発売の月刊『Hanada』に、<私を訴えた伊藤詩織さんへ>と題する手記を掲載し、伊藤詩織氏の主張を全面的に否定した」との事であり、更には、「1019年2月、山口氏が<伊藤さんの記者会見での発言などで社会的信用を奪われた>として、伊藤詩織氏を相手に慰謝料1億3000万円と謝罪広告の掲載を求めて反訴した」との事である。
 「裁判は山口氏.、伊藤氏の双方の訴えを同時に審理し、同年12月18日、伊藤氏側の請求を認め、330万円を支払うよう山口氏側に命じた上で、山口氏側の反訴は棄却した」との事である。
 作中のカッコ書き、「このことがなかつたことにはならない」は、民事裁判の判決が出た後の、伊藤詩織氏のコメントであり、その詳細は、「『勝訴したからといってこのことがなかったことにはならない』、『今まで出てこなかった証言、証拠を見ていただける機会ができた』」との事である。
 私・鳥羽散歩は、「世間を騒がせた事件などに就いてのマスコミ報道に依拠されて短歌を詠まれて投稿され、それがまた、新聞歌壇の入選作品として新聞紙上に掲載される」といった、昨今流行りの傾向に就いては、必ずしも賛意を示そうとする者ではありません。
 然し乍ら、朝日新聞に拠る報道内容は勿論の事、朝日歌壇への投稿作品の是非を判定し、当該作品を入選作品に選定した選者・佐佐木幸綱氏の深甚なる選歌力と学識経験の深さを信じるが故に、否、それ以上に、自らの短歌読解力を信じるが故に、そして何よりも、詠歌の対象を客観的事実や作者の生活近辺に発生した事柄だけに限定する、といった狭量を怖れるが故に、香川県高松市にお住いの島田章平さん作のこの一首を、極く最近、奥様をお亡くしになられ、未だ、その悲しみの底に沈棲なさって居られながらも、我が国伝統の詩歌たる、短歌や俳句をお詠みになられていらっしゃる、島田章平さんがお詠みになられるに相応しい佳作として、高く評価させていただくと同時に、独り身の島田章平さんの昨今のお暮し向きに、ふとも思いを馳せる次第であります。
 閑話休題。
 前衛短歌で名声を馳せた、塚本邦雄氏は、前衛流の短歌を詠むに際して、自らが詠んでいる作品の音数を指折り数えていた、との事でありますが、私が、この度、島田章平さん作の本作に接し得た際、私は、「私の尊敬する塚本邦雄氏同様に、島田章平さんも亦、音数を指折り数えながら、短歌を詠んでいる詠み手である」と確信致しました。
 何故ならば、本作は、一見、字余り風に見受けられながらも、その実、「このことが/なかつたことに/はならない/しおりさんのひ/とつのぴりおど」と、ぴったりと三十一音に仕立て上げられているからであります。
 私の所属する短歌会の会員諸氏の中にも、<字余りや字足らずにしなくても宜しい作品である>のにも関わらず、<推敲不足が原因の字余りや字足らずの短歌(短歌未満か?)>を詠草として投稿し、尚且つ、平然と構えて居られる方がいらっしゃいますが、短歌文芸の基本が<五句三十一音>である事を忘れてはなりません。
 尚、島田章平さん作は、「このことが⇒なかつたことにはならない⇒詩織さんの⇒ひとつのピリオド」と、四個の連文節に区分する事が出来て、それらの四個の連文節が互いに関連し合い、響き合って、一連のリズムを形成し、一個の意味と詩想とを醸し出しているのである。
 塚本邦雄氏が何が故に、.自作品の音数を指を折って数えながらも、句割れや句跨がりといった屈折した技法を用いた短歌ばかりを詠み続けていたのか?
 彼・塚本邦雄氏は、<五句三十一音>という短歌の基本形式を尊重しながらも、五句以外の新しいリズムを形成しようと思っていらしたのでありましょう。
     どの事もなかつた事にはなりません!フクシマ原発汚染水措置.!  鳥羽散歩
     どの件もなかつた事に出来はせず!桜は春にまた咲くけれど!
     どの籤も買わない籤ではありません!900000000円は夢と消えにき!
     どの木にも美味しいリンゴはなりません!農家の方の苦労なければ!
     どの馬にも乗れる訳ではありません!藤田菜七子は単なるじゃじゃ馬!
     誰にでも多少の過誤がありまして!鳥羽の記せる当該歌への評!
     
 
○  ケバブ屋の隣の猫の名はケバブ時々ケバブもらえるらしい  (東京都)伊東澄子

 「ケバブ」とは、「中東とその周辺地域で供される、肉・魚・野菜などをローストして調理する料理の総称」であり、「ケバブ屋」とは、「ケバブを販売する者、或いは、ケバブ販売店である」とか!
 私の耳にするところに拠ると、「昨今の東京都内や首都圏内には、件のケバブと称して、得体の知れない食物を販売する屋台や店舗が急激に増大しつつある」とか!
 ところで、本作は、「ケバブ屋の隣の猫」が、誰かの悪戯心が原因で「ケバブ」と命名された事に着目しての作品であると推測され、件の「ケバブ」が「時々ケバブをもらえるらしい」とは、作者ご自身のケバブ屋に対する差別感と、それとは裏腹な羨望感とが主たる原因を為しての叙述である、と推測される。
 そうした私の手前勝手な憶測や推測は別とすれば、本作は、風俗詠の一種であり、しかも、安倍某に蹂躙され、支配されている、昨今の我が国住民に対する批評眼を以てした風俗詠である。
     売れ残り賞味期限切れのケバブさへ猫に食はせぬケバブ屋ありき!  鳥羽散歩
     ケバブ屋のケバフ造りの原料は猫の肉との巷の噂!
     突として猫の.ケバブが疾走し?ケバブ屋さんも休業状態?
     渋谷署が殺猫事件を担当し毛深な刑事ら必死の捜査!
     今未明、猫殺戮の容疑者逮捕!一件落着ケバブで乾杯!
     ケバブ屋の残飯箱に潜みゐし猫のケバブを偲ぶ夕暮れ!


○  やわらかな湯気で裸の人間をつつんで笑ます銭湯の富士  (川崎市)八嶋智津子

 銭湯を繁盛に導く秘訣の一つは、「柔和なる湯気を以てして入湯者の裸体を包み、番台を座って居る者が、白髪頭のおっちゃんや婆様では無くて、美顔痩身の美女であり、しかも、その美女なる存在が、少なくとも数分置きに男風呂の湯加減を観に来て、時折、入湯者のご尊顔を凝視するといった、スペッシャルサービス精神を発揮する」事でありましょう。
 で、あるならば、本作に見られる銭湯の如き、「ただ単に、富士山のペンキ絵と柔らかな湯気で裸の入湯者を笑ます事だけが取り柄の銭湯」は、早晩、開店休業状態に陥入する事が必至でありましょう。
     番台は越後ゆ出でます出稼ぎ者、入湯早々湯垢浮きたり!  鳥羽散歩
     富士山のペンキ絵のみが取り柄にて垢掻き爺さん居るも銭湯!     


○  にこにこと小羊役で這い回り大きな拍手おゆうぎかいは  (仙台市)村岡美知子

 たとえ「子羊役」であろうと<狼役>であろうと、自らのお腹をいためた愛し児がステージ上で何役かを一所懸命に演じて居たとしたならば、生母としては人目も憚らずに「大きな拍手」を贈るのが、人間共通の心理というものでありましょう。
     にこにこと小石を二個も拾ひ来て川面に放る吾子の愛しさ  鳥羽散歩
     忍従し小羊役を演じしも狼役の児に喰はれたり!


○  隣国のミサイルばかり気に掛けて忘れし夫の煙草のけむり  (埼玉県)小林夕里子

  怖いのは、隣国のミサイル攻撃だけではありません!
  真実怖れるべきは、隣人たちからの無視と地域社会での村八分状態でありましょう。
  故に、町内会会場での喫煙、及び、路上での喫煙は厳に謹むべきかと思われますが、作中主体が「隣国のミサイルばかり気に掛けて」居た結果として、「忘れし夫の煙草のけむり」が、未処理のままであったとしたら、受動喫煙問題が社会問題となっている今日、ご家族一同が村八分状態に置かれる事が必至でありましょう。
 本作は、受動喫煙問題を題材とした一首であるが、それと北朝鮮のミサイル発射問題を連動させた事により、受動喫煙問題の深刻さをより深く強調され得たものと思われます。
     英国の王室離脱問題に比すべき皇女の結婚問題!  鳥羽散歩
     英国の王子の話題に喰はれたり我が国皇女の結婚問題!
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コメント

有難うございました。

鳥羽散歩 様

ご無沙汰しています。
今日、拝見しました。
私の歌に真摯な歌評を頂き有難うございました。
塚本邦雄先生の御名前の横に私の名前を書いて頂いた事は
嬉しい事ですが、恥ずかしい限りです。
ただ、仰る通り、少なくとも三十一文字の韻律だけはできるだけ
守りたいと考えています。
字余りや破調もありますが、できるだけ歌の形を守りたいと思っています。
本当に未熟ですが、これからも御批評を宜しくお願い致します。
御体くれぐれも御自愛ください。
                島田章平 拝

Re: 有難うございました。

> 鳥羽散歩 様
>
> ご無沙汰しています。
> 今日、拝見しました。
> 私の歌に真摯な歌評を頂き有難うございました。
> 塚本邦雄先生の御名前の横に私の名前を書いて頂いた事は
> 嬉しい事ですが、恥ずかしい限りです。
> ただ、仰る通り、少なくとも三十一文字の韻律だけはできるだけ
> 守りたいと考えています。
> 字余りや破調もありますが、できるだけ歌の形を守りたいと思っています。
> 本当に未熟ですが、これからも御批評を宜しくお願い致します。
> 御体くれぐれも御自愛ください。
>                 島田章平 拝

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